破綻論理。

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空の記憶

第33話 決意First posted : 2014.12.29
Last update : 2023.03.31

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っ!」

 表彰式の後、壇を降りた直後に大きな声で名前を呼ばれた。振り返る前に勢いよく飛びつかれる。
 後ろにひっくり返りそうになったが、何とか堪えた。と思ったら腰を掴まれ、高く抱き上げられて、思わず情けない悲鳴が零れる。

「ほらジェームズ、がびっくりしてるだろ!」
「あはははは、知ったこっちゃないね!!」

 ぐるんぐるんと回っていた視点が、やっと落ち着いた。
 そこは自分の目線よりも相当高い場所で、ちょうど手をついたところは丸くてさらさらとしていた。数瞬後、それはシリウスの頭だということ、そしてどうやらぼくはシリウスに肩車されているようだということに気付いて慌てる。

「ちょ、ちょっと!」
「なんだい、え? 疲れて足が動かない? それは大変だ、僕らが連れて行ってあげないと!」
「棒読み具合ひどいな!」

 いくら叫んでも止まってくれるような奴らじゃないことくらい分かっている。ジェームズはシリウスと共に先導しているし、リーマスは笑っているし、ピーター一人じゃこの二人の暴走は止められる訳がないし。

 ジェームズとシリウスはぼくを肩車したまま、大広間中をぐるりと一周する。その間ぼくはずっと注目の的で、ぼくは恥ずかしさのあまりシリウスにしがみついたまま、ずっと顔を伏せていた。

! ってば!」

 ジェームズの声が聞こえる。背中を揺すられて、ようやく声のした方へとちらりと視線を向けた。

「顔を上げてよ」
「う……やだよ、恥ずかしいよ……」
、お願いだよ」
「うぅ……」

 シリウス、リーマス、ピーターにまでも「」と声を掛けられ、腹を決めた。
 意を決して、ゆっくりと顔を上げる。

「……あ」

 ぼくの目の前には、決勝戦を見に来てくれた大勢の人々の姿があった。
 大広間のずっと奥まで、一体何人いるのだろう……数えるのも諦めるくらい。そんなにたくさんの人々が皆、一斉にぼくを見上げては、笑顔で、拍手をしたり手を振ったり、思い思いにぼくを讃えてくれていた。

 ──どうして気付かなかったのだろう。大広間中を震わす、割れんばかりの盛大な拍手に。
 どうして気付かなかったのだろう……。
 何かが胸に込み上げてきて、ぼくは奥歯を噛み締めた。

「ありがとう、皆」

 そう呟いた声は、ジェームズとシリウスに拾われて「何を言ってるんだ」と笑われた。





 お祭り騒ぎも終わった。窓から差し込む鮮やかな夕焼けが、大広間中を染めている。あれだけ大勢集まっていた人々は、今やまばらになって思い思いに自由な時間を楽しんでいるようだ。
 ジェームズ達と別れた後、ぼくは二人が寄り添って座っているテーブルへと近付いていった。

「あら、

 夕焼けよりもずっと胸に来るような、綺麗な赤い髪を持つ少女──リリー・エバンズは、ぼくを見て柔らかく微笑んだ。
 リリーの声に、ぼくの一番の親友である少年──セブルス・スネイプは顔を上げると、読んでいた本をパタンと閉じた。

「二人とも」

 ぼくは、二人のすぐ傍の椅子に腰掛けた。

「おめでとう」
「おめでとう、

 二人から口々に祝いの言葉を述べられ、少々照れる。「ありがとう」と笑った。

「まぁ、なら優勝くらいするんじゃないかと思っていたがな」
「当然よね、私達のなんだもの」
「二人とも、買い被り過ぎだってば……」
「そんなことないわ! 、あなたってば自己評価が低すぎよ」

 そう言いながら、リリーはぼくの左手をそっと取った。優しい目つきで、ぼくの手の甲を撫でる。
 その仕草に、感触に、今から喋ろうとしていた言葉が喉の奥に仕舞い込まれていくのを感じた。

「……こんな手が、あんなに凄い魔法を生み出してたって思うと……」

 ぎゅ、と指を握り込まれる。リリーの手は温かくて、それでいて細くて、薄くて、力を入れるとポキッとあっけなく折れちゃうんじゃないかと思うくらいで、何だかドキドキした。
 やがて、すっとリリーの手が離れていく。少し残念だと思ったが、引き止めるのも何だか変で、ぼくはそのまま手が離れていくのを見送った。

「おめでとう、。……なぁ、これ、さっきもらっていた盾か? ちょっと見ても大丈夫か?」
「あ、うん。いいよ」

 セブルスはぼくの腕に抱えられている盾を指差した。ぼくが手渡すと、セブルスは慎重にその盾を受け取り、恐る恐る検分する。

「そんなに身構えなくても、簡単には壊れないって」
「いや、万が一のことがあるだろう。この盾は、君が伝統ある大会で優勝したことの証だ。壊すことはおろか、傷一つさえつけるのは僕が許さない」

 ぼく、じゃなくって君が許さないのか。苦笑しつつも、セブルスらしいなと思う。

「思っていたより、小さいんだな……」
「そうだね。でも細工が凄いんだよ、ゴブリン製って聞いた。この細工全部銀で出来てるんだってさ」
「へぇ……」

 セブルスが物珍しげに『魔法魔術大会学生の部』『校内の部優勝』『レイブンクロー寮四年 幣原』と彫られた部分を指でそっとなぞった。

「これ……君の両親には見せるのか?」
「うん、そのつもり。多分、すっごく喜んでもらえると思う」
「あぁ……そうだな」

 静かに、セブルスは微笑んだ。

「きっと、喜んでくれる筈だ……」


 春から夏へと、日差しが移り変わる頃。
 ぼくらはまだ、幸せだった。

 

  ◇  ◆  ◇

 

「ドラコ、話があるの」

 いつになく強い口調のアクアに、ドラコは驚いた顔で振り返った。
 ルーピンが辞めたと今朝方スネイプに聞き、スリザリンの談話室は大盛り上がりしていたところだった。今日はお祝いだパーティーだなどと、スリザリン寮は一年から七年まで上を下への大騒ぎ。その真っ最中のこと。

「どうしたんだ、アクア。珍しいな。早く済むか? パーティーの準備がまだ途中なんだ。僕が抜けちゃ、準備に滞りが出る」
「……えぇ、早く済むわ。後々大変でしょうけど」

 アクアの言葉に、ドラコは疑問符を浮かべる。

「……さすがに私一人の問題じゃないから。でも、出来るだけあなたの手は煩わせない……言い出したのは私だから」
「……何の話だ?」

 アクアは小さく息を吸い込むと、真っ直ぐにドラコを見つめた。

「……婚約を解消しましょう、ドラコ」

 ドラコはしばらく呆然とアクアを見つめていたものの──やがて「はぁあっ!?」と大声を上げ、ドラコはアクアに詰め寄った。その大声に、談話室にいたかなりの人数が振り向くのもお構いなしだ。

「な、何言ってんだお前……自分が言ってることの意味が分かってるのか?」
「……分かってる」
「分かってない! アクア、こういうのは思いつきで行動しちゃダメなんだよ。少しはちゃんと考えてから……」

 何人もの生徒がドラコとアクアを注視する。その視線にすら気付かないまま、ドラコはアクアの肩を揺さぶった。

「……ちゃんと考えたわ……考えた。その末の行動が、これよ」
「じゃあ考え直せ! お前は何も知らないからそんなことが言えるんだ。お前は」
「守られてばかりは、もう嫌なの!」

 アクアの大声に、ドラコは思わずたじろいだ。
 今にも泣き出しそうに顔を歪めつつ、アクアは懸命に言う。

「……今まで散々、あなたに守られてきた。それはとっても、とっても感謝してるの。あなたがいなかったら、私は多分、潰れてた。あなたの背中に隠れることで、今までいろんなものから逃げてきた。……でも、もう逃げたくない」
「だからって……」
「……私は、勇気が欲しかった。決められた道じゃない、自分自身で生きる道を作る勇気が。でも、そんな勇気なんてないって、ずっと諦めてた……でも、違ったの。決められた道以外を望みながら、私は今まで自分から動こうとはしなかった……誰かの影に隠れて、息を潜めて生きてきた。でも、それはもう、やめる」

 大きな目の隅に涙が溜まり始める。ローブの裾で乱暴に拭ってから、アクアはドラコを見上げた。

「わたし──私は、弱虫で、泣き虫で、我が侭で、いつもドラコにすっごい迷惑かけて……不器用で、意地ばっか張ってて、でも──私は、あなたに守られてばっかは、嫌なの」

「……アクア」
「私だって……私だって、誰かを守りたい。守られる人じゃなくって、守る人に、守れる人に、私はなりたいの」

 そう言い切り、アクアは堪え切れなくなったかのようにポロポロと涙を零した。あぁもう、と舌打ちしつつも、ドラコはアクアの頭を抱き寄せ、落ち着かせるように軽く背中を叩いてやる。
 子供のころからずっと一緒に育ったのだ、あやし方くらい心得ている。それに、こういう時のアクアは絶対に自分の意志を曲げないことも。

「多分、すっごい怒られるぞ」
「……うん」
「僕はもう、お前と一緒にいてやれなくなるぞ」
「……分かってる」
「誰に何を言われても、庇ってあげられなくなるぞ」
「……それで、いいの。……それが、いいの」

 アクアが頭を振った。

「……そこまで言うんならな。流石に、お前にそんな酷い顔で詰め寄られちゃ敵わない」
「ひ、酷い顔って……」
「実際そうだろう。ほら、顔拭け。ハンカチ貸すから。あぁ、顔を擦るな、赤くなるぞ」
「う……うるさいわ」

 そう言いつつ、アクアは素直にドラコのハンカチで顔を押さえた。

「ということは、きっと夏休みは戦場だな……母上にぶん殴られる覚悟はできてるか?」
「……今更、よ」
「そうか」

 ドラコは小さく息をつく。
 ──この少女を、自分こそが守らなければと思っていた。
 器用に生きることができない幼馴染を守れるのは自分だけだと思っていた。
 ……でも、違ったのだ。

 アクアは自分が守ってやらねばならないほど弱くない。自分でしっかり前を向いて歩いている。
 なら、自分は彼女の幼馴染として、誰よりも彼女を知っている者として、後押しをしてやらなければならない。

「……アクア、お前、好きな奴ができたんだろ」

 アクアが驚いた顔でドラコを見上げる。その顔が見る見る間に朱に染まっていくのが面白く、ドラコは思わず吹き出した。

「な……っ、ち、違うわ! そんなんじゃ、ちが、違うってば!」
「そんなに言い訳しなくても、何年一緒にいると思ってんだ。しかしまぁ、あんな女みたいな顔した奴が好きなんて、お前の趣味もなかなか……」
「やっ、それ以上言わないでっ! 別に私は、その、べちゅに!」
「噛んだぞ」
「うるさいわ!」

 そんなにも真っ赤な顔をして、よくもまぁ。

「……アキに謝っとかないとな……」
「違うわっ! アキじゃない、別に私、違うから! 好きな人が出来たんじゃな、ないから!」
「今更何を言ってんだ」
「違うの! アキなんて、アキなんて別に……」

 初めて見るほど動揺しまくってるアクアをさておいて、ドラコは肩を竦めた。



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