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空の記憶

第37話 二人の少女、重ならない恋模様First posted : 2015.10.13
Last update : 2022.10.13

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 ふくろう試験が終わったその後の週末は、ホグズミード休暇だった。五年生は誰もが皆、気が抜けない試験が終わった開放感ではしゃぎ回っていた。

、早く!」

 そんな中、一際はしゃいでいたのはリリーだった。ぼくの手を思いっきり引っ張って、人混みの中をすいすいと掻き分けていく。ぼくはそんなリリーについていくのが精一杯だ。

「な、何をそんなに、急いでるのさ……っ」

 息も絶え絶えにそう呻くと、リリーは楽しげに「だって、今日はマダム・パディフットの店で、先着順のスイーツバイキングがあるんですもの!」と微笑んだ。
 その笑顔は、どうしようもなく『今まで通り』で、晴れやかで、暗いものなど何もないようで──だからこそ、酷く歪に見えた。

 ──こうなるとは、目に見えていたんだ。

 分かっていた、ことじゃないか。

 やがて着いたマダム・パディフットの店は、大通りから一本脇道に入った、小さな喫茶店だった。ピンクを基調とした、なんとも言えぬ少女趣味の可愛らしさに溢れていて、それがぼくの足を竦ませる。
 しかしリリーはぼくの気も知らないで、ぐいぐいとぼくの手を引っ張って行くのだ。

 店に入ると、中はピンクのフリルが雪崩を起こしていた──ぼくにはそう見えた。どこを見ても、ピンク、フリル、ピンク、フリル。ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
 甘ったるい香料の匂いと、それにも負けぬ甘いお菓子の匂いが、凄まじい喧嘩を繰り広げている。

 リリーはぼくの手を離すことなく、店の店員に「スイーツバイキング、大丈夫ですか?」と尋ねていた。そしてぼくを見ると、「大丈夫だって、やったわね、!」と綺麗な笑顔を浮かべてみせる。
 ぼくはそんなリリーに、曖昧な笑顔を返した。普段なら、そんな笑顔を浮かべるぼくに対して「そんな心が全くこもってない笑顔を適当に浮かべないで欲しいわ! それなら無表情の方がマシよ!」と不機嫌になるリリーは、今日ばかりはそうじゃないようだ。
 ……今日ばかりは、というか。……なんと言えばいいのか。

 案内されて、席に着く。気付いたが、このお店の窓ガラスは全て曇りガラスだ。
 おまけに、周囲のお客さんが皆カップルだということが、ぼくをより落ち着かなくさせた。既に混ざり合った甘い匂いで酔いそうだというのに。

、紅茶で良かったかしら?」

 そう言ってリリーは、ぼくの前に紅茶を置いた。気付けば、いつの間に取ってきたのだろう、テーブルの上には大量のケーキ。

 リリーはその内の一つを自分の小皿に載せると、スプーンに掬い、口の中に入れ、物凄く幸せそうな表情をした。そしてぼくを見ると首をこてんと傾げ、「食べないの?」と尋ねる。
 正直、甘い香りで既に満腹ではあったが、リリーのそんな言葉を断ることが出来るほど、ぼくは精神が強くない。出来る限り甘くなさそうなガトーショコラを選び、ぼくは自分の皿に載せた。
 甘いものは嫌いじゃないし、普段は普通に食べるけれども、こんな場所で平然と食べることはぼくには出来そうになかった。

 しかし、食べている間は何もしなくていい、というのは、少しだけ気が楽になるものだ。

 最近、というか、あれからのリリーは、あの日のことを忘れたように──あの日のこととは、ぼくとのあれこれじゃなく、セブルスのことだ──はしゃいでいる。
 五年生の誰もが、試験が終わって浮かれているから、その中で上手く溶け込んではいるが──リリーのはしゃぎようは他の人とは違うことを、多分この世で、ぼくだけが、知っていた。

「でね、あそこでメリーがね……聞いてるの? 

 リリーの言葉に、ぼくはガトーショコラの上のホイップクリームを突つくのを止めると、顔を上げた。笑顔を浮かべてみせる。

「聞いてる、聞いてる。で、メリーがどうしたの?」
「あのね、そこでね──」

 あれからぼくらは、一言もセブルスについて話していない。
 ぼくはリリーの話に適度に相槌を打ちながら、静かに目を伏せた。

 こんな関係がいいものだとは、思っていない。

 でも、一体どうすればいいのか、ぼくには分からなかった。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 アクアマリン・ベルフェゴールは、あてもなく校内を彷徨い歩いていた。

 談話室にはいたくなかった。闇の帝王が戻ってきたのだということを、誰よりも、どこの寮よりも、スリザリン寮の生徒は知っていた。それに恐れ怯える者、見ない振りをして目を逸らす者、反応は様々だ。
 ドラコは恐れ怯える者、そして、自分は見ない振りをして目を逸らす者か、と、アクアは分析する。

 空はもう夕焼けに沈んでいた。もう夏めいてきて、日もどんどんと伸びてきているが、もう間もなく日没を迎えるだろう。
 闇夜に沈むホグワーツで、皆は今日、何を考えながら目を閉じるだろうか。

 消えたセドリック・ディゴリー。『ヴォルデモートが戻ってきた』と言ったハリー・ポッター。

 足音に、ふと顔を上げた。そして、目を見開く。

「……アキ?」
「……やぁ、アクア」

 優しい目つきで、大きな黒い瞳を細め、目の前の少年は、アキ・ポッターは、微笑んだ。

「……てっきり、ポッターの元にいるのだと思っていたけれど」

 三大魔法学校対抗試合の最終試合は、先ほど終わったばかりだ。
 優勝杯を掴んで姿を消したのは、ハリー・ポッターとセドリック・ディゴリーの二人。それなのに、帰ってきたのはハリー・ポッターだけ。
 何かが、あちらであったのだ。血と泥でボロボロになったハリー・ポッターの姿を一目見て、それは容易に理解出来た。闇の帝王が復活した、そう嬉々として綴られた手紙が両親から届いたのは、すぐだった。目を通してすぐさま、絶望に駆られたものだ。

 だからこそ、この少年は、ハリー・ポッターの隣にいるものだと思っていたのに。

「ハリーの話は、もう聞いたよ。ぼくはそろそろ、ぼくの望みを叶えるべきだ──そう思ったんだ」

 アキはそう言うものの、アクアには要領を得ない。
 アキはおそらく、アクアに意図を理解させないように喋っているのだと、それだけがかろうじて理解出来た。

「……あなたの望みって?」

 そう尋ねると、アキはより一層優しげな目つきをした。アクアの問いに直接は答えることなく、アキは言葉を紡ぐ。

「……本当はね。ここまで来る間、ずっと考えていたんだ。君に何を喋ろうか、って。でも、君に会った瞬間、ごちゃごちゃしてた考えが全部吹っ飛んじゃった。そしてね、今、一つの想いで一杯なんだ」

 アクアの手を、アキはそっと取った。壊れ物を扱うような手つきで、優しく握る。

「ありがとう。ぼくを受け入れてくれて、ありがとう。ぼくを選んでくれて、ありがとう。君と一緒にいたら、ぼくはどんな悩み事も吹き飛ぶ気がした。君のためなら、それこそなんだって、やってやるって気分になれた。君の隣は、何より幸せだった」

 大好きだよ、アクア。
 そう言って、満ち足りた表情で、アキは微笑んだ。

「……どうして、そんなこと言うの?」

 そんなの、まるで。
 まるで、最後の別れのようじゃないか。

「どうして……そんな表情で、笑うのよ」

 いつでも、この少年はそうだった。辛い時こそ、儚い笑顔を浮かべてみせる。
 この少年の泣き顔を、アクアは見たことがなかった。いつでも、アキは笑っていた。時には困ったように、時には心から楽しげに。そして、時には、悲しみを全て押し隠して。

「……きっと、今の君は、今のぼくに祈ってはくれないんだろうね……でも、もしも、一つだけ願いが叶うなら」

 幣原のために。
 祈ってくれ。

 少年は、少女からするりと手を離した。
 トントンッと跳ねる仕草で少女から数歩距離を取ると、綺麗な笑顔を浮かべて、少女を振り返る。

「じゃあね、アクア」
「あっ……」

 思わず、手を伸ばした。しかし目の前を、ザァッと桃色が散る。
 目を瞠った。桃色に隠されて、アキの姿は消えてしまう。

 視界を遮った桃色の正体は、たくさんの桜の花びらだった。
 身をかがめると、手を伸ばし、拾い上げる。

「アクア!」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには彼の兄、ハリー・ポッターの姿があった。未だに血まみれで、泥だらけのローブを羽織っている。
 身体中が傷だらけだったが、そんなのに構っていられないと、目が訴えていた。

アキを見なかったか!?」
「……さっき見たわ。様子がおかしかった。私に、ありがとうって……幣原のために、祈ってくれって、言い残して……消えてしまったの」

 クソッと、ハリー・ポッターは大きく舌打ちをした。アクアの前に散らばる桜の花びらを見て「……っ、あの、格好つけが!」と吐き捨てる。
 嫌な予感に背筋が震えた。ハリーは真剣な眼差しをアクアに向ける。

アキを探してくれないか、アクア」

 焦る瞳のまま、ハリー・ポッターは言った。

「あいつは、アキは、死ぬつもりだ」



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