「秋!?」
ふらりと倒れ込んだ少年に、セブルスはここが図書館であるということさえ忘れ、声を上げて駆け寄った。慌てて抱き起こし、何事かと集まってきた人に「誰か、マダム・ポンフリーを呼んでこい!」と叫ぶ。
「セブ? どうしたの……秋!?」
「リリー」
人垣を掻き分け、リリーがこちらに近付いてきた。秋に気付くと息を呑み、慌てて膝を付く。
「何があったの?」
「分からない。急に目の前で倒れたんだ」
早口で説明した。リリーは唇をぎゅっと引き結ぶと、秋の額に手を当てる。
「……熱があるわ。きっと、ずっと一人で無理してたのね」
「……そうだろうな」
セブルスは、秋の小さな身体を見下ろした。
駆け付けてきた校医のマダム・ポンフリーに、秋を引き渡す。
医務室で、目が覚めるまで付き添う旨を伝えると、マダム・ポンフリーは妙な顔をしてセブルスとリリーの顔を交互に見たが、最後には了承してくれた。
「……あの、秋は大丈夫なんですか?」
リリーがおずおずと尋ねる。
「大丈夫な訳がないでしょう。倒れるまで無理に無理を重ねて。倒れて当然です」
ぴしゃりとマダム・ポンフリーが告げた。
「睡眠不足と疲労です! 十二歳の子供がそんなもので倒れるなんて、信じられませんよ。あなた方も、彼の友人なら、止めるなりなんなりしてあげなさい!」
鋭い言葉に、思わずセブルスとリリーは肩を竦めた。
「……あの、秋はどのくらい無理をしてたんでしょうか?」
セブルスが尋ねる。マダム・ポンフリーはフンと鼻を鳴らした。
「一日の睡眠時間が二、三時間、と言ったところでしょうね。それも一日二日じゃありませんよ、ここ数ヶ月ずっと、そんな無茶をやり通してきたんでしょう。……全く、そんな切羽詰まってまで、一体何をしていたのか……」
セブルスとリリーは顔を見合わせる。悲しげに、リリーは頷いた。
「ここです。目が覚めたら呼んでください」
シャッとマダム・ポンフリーが白いカーテンを引き、二人を中に入れる。杖を振って椅子を二脚出すと、もうやるべきことは終わったとばかりにつかつかと出て行ってしまった。
セブルスとリリーは躊躇いながらも椅子に座ると、ベッドに横たわる秋を黙って見つめた。
血の気がない顔。心労により、最初に見た時より少しやつれたようだ。目の下には隈が見て取れる。白いシーツに、黒い髪が流れていた。髪が結ばれたままなのに気付き、髪紐の端を引っ張って解く。リリーが手を伸ばして、秋の顔に掛かった髪を払った。
「……『友人なら』、か……秋にとって僕らは、友人なのかな……」
自嘲的に呟く。
秋のために何も出来なかった僕らを、秋は友人だと呼んでくれるだろうか。
「……分からないわ」
リリーも同じ考えなのだろう──俯いて、頭を振った。
胸の中で、言葉にならない感情が渦巻く。
セブルスとリリーは、黙って秋を見つめていた。
◇ ◆ ◇
「スネイプ教授がクィディッチの監督を?」
ぼくは思わず吹き出した。
クリスマス休暇が明けて一ヶ月少し経った頃。クィディッチのグリフィンドール対ハッフルパフ、ハリーの二度目の試合で、ぼくはアリスから双眼鏡を借り、眼下のフィールドを──正確には箒に乗ったスネイプ教授をだが──眺めていた。
「スネイプなんて見て、面白いか?」
「面白いよ。あの先生の箒テクは凄まじいからね」
「どっちの意味でだ」
「壊滅的な意味でだよ」
幣原秋の世界で、レイブンクローとスリザリンが合同で飛行訓練を行った時のことを思い返す。その時に比べたら、今の教授の箒テクは抜群に上手い。きっと練習したんだろうな、と微笑ましくなる。
「……てかお前、スネイプのこと嫌ってなかったっけ?」
「ちょっと最近、考えが変わってきてね」
ぼくは朗らかに言った。アリスは眉を寄せ首を傾げていたが、プレイ・ボールの笛がなると慌ててぼくから双眼鏡を取り返し目に当てた。ぼくはアリスに気付かれないように、ローブの中でそっと杖を握り締める。
もしクィレル教授がハリーに何かするのを見たら、ここからでも呪文を当ててやる。前回杖を持たずにクィディッチ観戦に来てしまった教訓だ。
「アキ! お前の兄貴!」
「どこ!?」
聞かずとも分かった。一直線に誰よりも速く急降下をする紅の選手。スネイプ教授の脇をすり抜け、意気揚々と腕を挙げる。その手にはスニッチが握られていた。思わず歓声を上げる。
「すげ……お前の兄貴、五分も掛からずスニッチ捕まえやがった」
アリスが時計を見、感嘆の息を漏らした。ぼくは誇らしげに「だってハリーだもん」と胸を張る。
「てかアリス、いい加減ハリーを『お前の兄貴』って呼ぶの止めたら? 普通にハリーって呼んであげようよ」
「面倒臭い」
ぼくは肩を竦めた。
試合終了後、前回の教訓を踏まえ、ぼくは沸き立つグリフィンドール寮に突撃することはせず、更衣室前でハリーを待っていた。アリスは面倒臭いと言って先にレイブンクロー寮に戻ってしまったので、今回はぼく一人だ。
一時間ほど待って、ようやくハリーが箒を片手に更衣室から出てきた。周りに誰もいないことを良いことに、ぼくは後ろからそっと近付いて──
「ハリー! おめでとうっ!」
「うぁ!? ……アキ!」
ぎゅっとハリーの背中に飛びついた。ハリーは驚いたようにびくっと肩を強張らせたが、ぼくだと分かるとストンと肩の力を抜く。ハリーの隣に並んだ。
「待っててくれたの?」
「まあね」
「入ってきてもよかったのに」
「グリフィンドール寮のお祝いだもん。他寮<ぼく>が入っちゃまずいっしょ」
「アキならいつでも大歓迎だよ」
夕方の日差しが眩しくて、ぼくは目を細める。箒置き場でハリーが箒を片付けている間、ぼくはぼんやりと夕日に照らされるホグワーツを眺めていた。
「僕、やったよ。鏡のことなんて考えずに、頑張った」
ハリーがいつの間にか隣に立っていた。ぼくと同じようにホグワーツ城を見ながら、言う。
「うん、すごいよ。ハリーは頑張った。アリスもすごいって言ってたもん。あのアリスがだよ?」
ハリーが喜びを噛み締めるように、頷いた。
「ねぇアキ、一つ聞いてもいい?」
「何?」
ハリーはいつも通りの表情だった。眩しげにホグワーツ城を見ている。眼鏡に、夕日が反射していた。
「みぞの鏡でアキが見たの、僕らの父さん母さんじゃなかったんでしょ?」
静かに、穏やかに、ハリーが尋ねる。
ぼくは目を閉じて、小さく笑った。
「そうだよ」
まぶたの裏に、夕日の残像。
世界が、燃えるように赤い。
「……そっか」
ハリーは、何も聞いては来なかった。
この距離が、心地好い。
ずっと一緒に育ってきた故の、この距離が。
誰よりもぼくを理解してるのは、紛れも無く、ハリーだ。
同時に、ハリーを一番理解してるのが、ぼくであるといいな、と願う。
「戻ろうか。夜ご飯食べ損ねちゃう」
「うん。……あ、待って、アキ」
急にハリーの声のトーンが変わった。見ると、訝しげに眉を寄せ、ホグワーツ城を睨んでいる。
「どうしたの?」
「ほら、あそこ……スネイプだ。一体何処に行くんだろう?」
言った傍から、ハリーは箒置き場に向かって走っていた。すぐさま箒を二本引っ掴んで戻ってくると、ぼくに一本を投げ渡す。
「クイーンスイープ五号、フレッドかジョージのだよ──ちょっと拝借しよう。箒には乗れるよね?」
「それなりだけど……まさか、追うつもり?」
ハリーはぼくの声なんて聞こえちゃいないようにニンバス2000に飛び乗ると、地を蹴って舞い上がった。ぼくはため息をついて箒に跨がると、ハリーの後を追う。
黒いフードを被った人物が、特徴的なヒョコヒョコ歩きで禁じられた森へと向かっている。三頭犬に噛まれた足の傷が、まだ治っていないのだ。城の上を滑走し森の真上に来た時にはもう、スネイプ教授は森の中に入り姿は見えなかった。
しかしハリーは落ち着き払って円を描きながら高度を下げると、一際高いぶなの木に音を立てずに降り立つ。ぼくもその隣に着地した。
「上手いじゃん、箒テク」
「ハリーには及ばないよ」
箒をしっかり握りしめ、葉っぱの影から下を覗き込む。
木の下の薄暗い平地に、スネイプ教授とクィレル教授が向かい合って立っていた。小さく肩を竦め、ぼくは耳をそばたてる。
「……な、なんで……よりによって、こ、こんな場所で……セブルス、君にあ、会わなくちゃいけないんだ」
「このことは二人だけの問題にしようと思いましてね。生徒諸君に『賢者の石』のことを知られてはまずいのでね」
ぼくは息を呑んだ。ハリーが身を乗り出す。クィレル教授が何かもごもご言ったが、スネイプ教授がそれを遮った。
「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もう分かったのかね」
「で、でもセブルス……私は……」
「クィレル、私を敵に回したくなかったら」
スネイプ教授が一歩クィレル教授に近付く。
「ど、どういうことなのか、私には……」
「私が何が言いたいか、よく分かってるはずだ」
そこでふくろうが大きな声で鳴いたため、ハリーが驚いて木から落ちそうになった。助けようかと手を伸ばしかけたが、クィレル教授の言葉に意識を引っ張られた。
「……幣原似の、ポ、ポッターの弟と、け、結託しているのか?」
慌てて下を覗き込む。スネイプ教授の表情は、ぴくりとも変わらなかった。
「私が?」
「ハロウィーンの時、み、見られた。聡い子だ、気付いてもおかしくない……」
「……私は、何も知りませんよ。……それに、アキ・ポッターと幣原秋は、違う。別人です」
「そ、それはそうだが……」
ハリーがようやっと体勢を立て直した。今のところが聞こえてなかったらいいなと願いつつ、ぼくは改めて耳に神経を集中させる。
「……あなたの怪しげなまやかしについて聞かせて頂きましょうか」
「で、でも私は、な、何も……」
「いいでしょう。それでは、近々、またお話をすることになりますな。もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいていただきましょう」
スネイプ教授はマントを頭からすっぽり被ると、大股に立ち去って行った。クィレル教授はその場に立ち尽くしている。その氷のような無表情に、思わず、背筋が冷えた。
怪しげなまやかしとは、一体何のことだろう。
「……戻ろう、アキ」
ハリーがぼくの肩を軽く叩く。ぼくは、小さく頷いた。
試験まで残り三ヶ月を切り、徐々に学校全体が試験ムードに染まり始めた。きっとこの雰囲気は、先生方と、そしてレイブンクロー生が主となって醸し出しているに違いない。……と、思っていたのだが。
「アキ! 悪いんだけどこの呪文の時の杖の振り方を教えてくれないかしら? Cを描くの? それともOを描くの?」
ハーマイオニーさんも凄まじく勉強熱心なお方でした。もう君、レイブンクローに入るべきだったんじゃないの? と思うくらい。
「そこはCで合ってるよ。てか、どっちでも大して変わらないでしょ」
「何言ってるの! 正しい振り方の方がより効果が出るに決まってるじゃない!」
ハーマイオニーの熱の入りように、アリスと顔を見合わせて肩を竦めた。あのピリピリしたレイブンクローの雰囲気が恐ろしくて図書館に逃げてきたのだが、どうやら大して変わりはないらしい。
「……というか、ハーマイオニーがここにいるってことは……」
「アキ!!」
後ろから喜色満面の声を掛けられて、ぼくはがくりと肩を落とした。振り向かなくともよく分かる、ハリーしかいない。
ハリーはそのままぼくの正面に荷物を置くと腰を下ろした。本格的に居座るつもりらしい。さらにその隣、アリスの真っ正面におずおずとロンが座る。ハーマイオニーが慌てて勉強道具を掻き集めてきて、一気に総勢五人に膨れ上がった。
「……はぁ……」
アリスがため息をついて、じと目でぼくを睨んだ。曖昧に笑顔を返して、ぼくは魔法史の教科書に顔を隠す。
「こんなのとっても覚えきれないよ」
ロンがとうとう音を上げた。羽根ペンを投げ出すと、恨めしげに窓から空を見上げる。今日はイギリスにしては抜けるような青空で、こんな日に外で日向ぼっこしたら凄く気持ち良さそうだなと思う日差しだった。
「そう言わずに、頑張ってみようよ」
「でもさぁ……あっ!」
ロンが急に遠くを指差した。反射的に振り返る。
「ハグリッド! 図書館で何してるんだい?」
ハグリッドがもじもじしながら書棚の間から現れた。後ろに何か隠している。ハグリッドを図書館で見るだなんて、初めてだ。狭い通路にハグリッドがいると、それだけでみっちり一杯になってしまう。
「いや、ちーっと見てるだけ」
答えた声が上擦っていて、いかにも嘘ついてますーって雰囲気だ。アリスも訝しげに首を傾げている。
「お前さんたちは何をしてるんだ? アキと……おっ、もしかしてフィスナーの家の子か? お前さんの親父さんには世話になった」
「ども……アリス・フィスナーっす」
アリスは小さく息を吐いた。目を逸らし、眉を寄せている。
「まさか、ニコラス・フラメルをまだ探しとるんじゃないだろうね」
「そんなのもうとっくの昔に分かったさ。それだけじゃない。あの犬が何を守っているかも知ってるよ。『賢者のい──』」
「シーッ!」
慌ててハリーとハーマイオニーがロンの口を塞ぎにかかった。ぼくとアリスは顔を見合わせる。
「そのことは大声で言い触らしちゃいかん。お前さんたち、全くどうかしちまったんじゃないか」
「丁度良かった、ハグリッドに聞きたいことがあるんだけど。フラッフィー以外にあの石を守っているのは何なの?」
ハリーの頭をハーマイオニーが小突いた。ぼくの方をちらりと見てハリーにそれとなく目配せしてる。あっ、とハリーが小さく息を呑んだ。
「シーッ! いいか──後で小屋に来てくれや。ただし、教えるなんて約束はできねぇぞ。ここでそんなことを喋りまくられちゃ困る。生徒が知ってるはずはねーんだから。俺がしゃべったと思われるだろうが……」
「じゃ、後で行くよ」
ハリーが朗らかに言った。
ハグリッドが出て行った後、きょとんとした顔でアリスが尋ねた。
「なぁ、石って何だ? ニコラス・フラメル? フラッフィーが石を守ってる? どういうことだよ」
途端、テーブルの空気が凍りつく。三人の顔がみるみるうちに青ざめていくのが、ちょっと見ていて面白かった。
「誰も口割らねぇなら、俺が勝手に推理するぞ。そうだな……まず、ホグワーツには何かが隠されてる。それは賢者の石で、そうか、そこでフラメルが関係してんのか。隠されてる場所は、そうだな──四階の禁じられた廊下あたりか? フラッフィーっていう名前の何かが、そいつを守ってんだな。そして、その犬以外にも賢者の石を守ろうとしているのがある。……そういや、少し前にグリンゴッツが破られた、ってニュースがあったな。でも『何も盗まれなかった』と供述が出ている。あれは妙だなと思っていたんだが、ひょっとしたらそれも関係してんのか?」
ぼくは思わず内心で舌を巻いた。今の一瞬でこれだけの話を纏め上げるとは、アリス、君って頭良かったんだな。いや、授業態度とか見てたら、意外と真面目なんだって分かるけどさ。
「ぼくらに隠し通すのは無理だと思うよ。一体何を企んでんのさ」
三人は目配せし合う。意を決したように、ハーマイオニーが口火を切った。
「実は……」
一時間後、ぼくらは総勢五人でハグリッドの小屋を訪れると、カーテンは全部閉まっており薄暗く、中からむっとした空気が流れてきた。
アリスが「マジかよ……」と呆れた声を発する。ぼくは小さく頷いた。
ハグリッドはぼくらを招き入れると、お茶とサンドイッチを勧める。暖炉に目を遣ると、予想通り暖炉の火は燃え盛っていた。ぼくは小さく肩を竦める。知らないぞー?
「……なぁ、ドラゴンって、飼ったら法律違反だよな?」
「うん……」
アリスに小さな声で耳打ちされ、ぼくは頷いた。
ハリーがハグリッドに尋ねる。
「フラッフィー以外に『賢者の石』を守っているのは何か、ハグリッドに教えてもらえたらなと思って」
「もちろんそんなことはできん。まず第一、俺自身が知らん。第二に、お前さんたちはもう知り過ぎておる。だから俺が知ってたとしても言わん。石がここにあるのにはそれなりの訳があるんだ。グリンゴッツから盗まれそうになってなあ──―もう既にそれも気付いておるだろうが。大体フラッフィーのことも、一体どうしてお前さんたちに知られてしまったのか分からんなぁ」
「ねぇ、ハグリッド。私たちに言いたくないだけでしょう。でも、絶対知ってるのよね。だって、ここで起きてることであなたの知らないことなんかないんですもの」
ハーマイオニーがおだてるのに、ハグリッドはにっこり笑った。アリスが小さくため息を吐く。
「私たち、石が盗まれないように、誰が、どうやって守りを固めたのかなぁって考えてるだけなのよ。ダンブルドアが信頼して助けを借りるのは誰かしらね。ハグリッド以外に」
ハグリッドは誇らしげに胸を張った。ここまでおだてに弱いだなんて、ハグリッドのこれからが心配だ。まぁ、この年にまで来るともう治る治らないの話じゃなくなるんだろうけど……。
「まあ、それくらいなら言ってもかまわんじゃろう……さてと──俺からフラッフィーを借りて何人かの先生が魔法の罠を掛けたんだ。スプラウト先生、フリットウィック先生、マクゴナガル先生、それからクィレル先生、勿論ダンブルドア先生もちょっと細工したし、待てよ、誰か忘れておるな。そうそう、スネイプ先生」
「スネイプだって?」
ハリーが驚いたように声を上げた。ハグリッドが窘めるように眉を寄せる。
「ああ、そうだ。まだあのことにこだわっておるのか? スネイプは石を守る方の手助けをしたんだ。盗もうとするはずがない」
指折り数え、先生の名前を心の中で復唱する。ふむ、と考え込んだ。
「ハグリッドだけがフラッフィーを大人しくさせられるんだよね? 誰にも教えたりはしないよね? 例え先生にだって」
「俺とダンブルドア先生以外は誰一人として知らん」
「そう、それなら一安心だ」
ハリーが安心したように呟く。いいや、とぼくは内心で首を振った。フラッフィーは確かに大きくて凶暴だ、番犬として何かを守るにはうってつけの存在かもしれない。それでも、所詮気絶させてしまえばどうってことはない。そう、ハロウィンの時、ぼくがやったように。
「ハグリッド、窓を開けてもいい? ゆだっちゃうよ」
ロンが死にそうな声を上げた。ハグリッドはちらりと暖炉を見て、「悪いな。それはできん」と返す。
「ハグリッド──あれは何?」
ハリーが恐る恐る尋ねた。あれ、とはつまり、暖炉の炎の真ん中に置かれた、大きな黒い卵のことだ。ハグリッドの小屋に入った瞬間、誰もが気が付いていたが、今まで知らんぷりをしていたものだ。
「えーと、あれは……その……」
ハグリッドはそわそわと髭を弄る。ロンは「ハグリッド、どこで手に入れたの? 凄く高かったろう」と言いながら暖炉に近付き屈み込んだ。
「賭けに勝ったんだ。昨日の晩、村まで行って、ちょっと酒を飲んで、知らない奴とトランプをしてな。はっきり言えば、そいつは厄介払い出来て喜んでおったな」
そりゃあそうだろう、こんなの厄介以外の何物でもない。信じられない、とばかりにアリスが大きなため息を漏らす。ハーマイオニーが慎重に尋ねた。
「だけど、もし卵が
「それで、ちいと読んどるんだがな」
ハグリッドは枕の下から大きな本を取り出し、パラパラと捲る。
「図書館から借りたんだ──『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』──勿論、ちいと古いが、何でも書いてある。(なんでンなもんが図書館にあるんだ、とアリスが呆れたように呟いた)母竜が息を吹きかけるように卵は火の中に置け。なぁ? それからっと……孵った時にはブランデーと鶏の血を混ぜて三十分ごとにバケツ一杯飲ませろとか。それとここを見てみろや──卵の見分け方──俺のはノルウェー・リッジバックという種類らしい。こいつが珍しいやつでな」
「ハグリッド、この家は木の家なのよ」
ハーマイオニーが的確なツッコミを入れたが、ハグリッドには聞こえちゃいない。やれやれとぼくは米神を抑えた。
面倒なことになってしまった。
「……お前、知ってただろ」
「んー?」
ハリー達と別れた後、アリスと一緒にレイブンクロー寮へと戻っている時、アリスが尋ねた。……いや、こちらが否定することを考えていないような雰囲気、言うならば『断定した』か。
「あの三人が白状したこと、だ」
「……そうだね。知ってた、って言うか、気付いてた」
「そして、あの三人が知らない何かにも気付いてる」
「…………」
ぼくは黙って微笑んだ。ぼくに話す気がないと分かったのか、アリスは小さくため息を吐く。
「言いたくねぇなら、別に構わねぇよ。……でも、本当に危ない時には、迷わず俺を呼べ。そうだな……ムカつく奴をぶん殴るくらいはしてやるから」
「……アリスのそういうとこ、ぼく大好き」
清々しくて、気持ちいい。
こいつはやっぱり、悪い奴じゃない。
確かに喧嘩っ早いし無愛想だし、近寄り難いオーラを放ってるけど──本当は、誰よりも面倒見がいい、お兄ちゃんだ。
「あーあ、それにしても、ドラゴンか……どうなるんかねぇ」
アリスが呟く。ぼくは小さく笑って、アリスを見上げた。
ほらね。
面倒見がいい、お兄ちゃんじゃないか。
「……なんだよ」
「うふふ、別にー?」
気持ち悪ぃ、と睨んで、アリスはぼくの頭を軽く小突く。
笑顔で、ぼくは窓から空を見上げた。
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