破綻論理。

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空の記憶

第21話 それはぼくらの願いだったFirst posted : 2011.07.28
Last update : 2022.09.12

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「……ぁ」

 目を開けて最初に見えたのは、真っ白な天井だった。
 白いカーテン。白いシーツ。白いブランケット。
 そして──

「起きたのか」

 すぐ側には、小柄な黒髪の少年がいた。顰め面で読んでいた本を閉じると、ぼくに向き直る。

「……セブ、ルス?」

 確かめるように尋ねれば「他に誰に見えるんだ」と無愛想な声が返ってきた。

「……あは。久しぶり」

 最後に話したのは、確か、九月一日のコンパートメントだ。早いもので、あれから半年もの月日が経っていた。そうだというのに、ぼくなんかのことを覚えてくれているなんて。

「大丈夫か」
「……ぼく、何で医務室に……?」
「図書館で倒れたんだ」

 大丈夫か、と、再びセブルスが尋ねる。反射で大丈夫だよ、と答えようとした、その声が詰まった。

 目の前の景色が歪む。鼻の奥がツンとして、咄嗟に目を拭った。それでも、どうしてだか涙が溢れて、止まらない。止め方が、分からない。

「……ぅ……く……」

 歯を食い縛ると、声を抑えた。
 本当は分かっている。
 ぼくは、嬉しかったんだ。
 ぼくを気遣ってくれる人が、大丈夫か、なんて声を掛けてくれる人がいることが、涙が出る程、嬉しかったんだ。

 駄目だ、こんなのみっともない。

 セブルスのため息が聞こえた。きっと呆れているのだ。そりゃそうだよ、突然泣き出すなんて、一体どうかしている。

 ベッドのスプリングが、ギシリと軋んだ。
 そっと、頭と肩を引き寄せられる。びくりと震えるぼくの背中を、宥めるように優しく叩いた。

「いいから」

 耳元で聞こえる、セブルスの声。

「泣いて、いいから」

 震えた声が、鼓膜を揺らす。
 背中に、静かに腕が回された。ぎゅっと強く力が込められる。

 久しぶりに感じる他人の暖かさに、もう堪えることは出来なかった。
 ぼくの頭を、髪を、肩を、背中を、ただただ優しく辿る手。

「……ごめんね……ごめんね、……」

 何で、君が謝るんだよ。
 何で、君が泣くんだよ。
 ごめんねは、こっちの台詞なのに。

「もう絶対、君を一人にしないから……」

 もう絶対、誰にも君を傷つけさせないから。
 震える声が、耳元で囁く。
 ぼくは、小さく頷いた。

 声を殺して静かに泣くぼくを、セブルスはずっと、抱きしめ続けてくれた。


  ◇  ◆  ◇



「ドラコに見られたぁ?」

 呆れた声を上げたぼくに、ハリーとロン、ハーマイオニーの三人は揃って項垂れた。

 ハグリッドのドラゴンが孵った一週間後、ハグリッドの小屋でおずおずと三人が切り出した話に、ぼくは米神を抑えた。しかも話によると、見られたのはドラゴンが孵ったその日らしい。

「何でもっと早く言わないの!」
「いや、アキ、それはごもっとも」

 ハリーが両手を挙げ降参の意を示す。アリスは散らかしっぱなしのブランデーの瓶を片付けていたが、ぼくらの話を聞くと「なんだマルフォイか。分かった、黙らせてくればいいんだろ?」と言って腕を回しながら小屋から出て行こうとしたので、慌てて止めた。全くもう、喧嘩早いんだから。

「外に放せば? 自由にしてあげれば?」

 ハリーが提案するのに、ハグリッドは首を振った。

「そんなことは出来ん。こんなにちっちゃいんだ。死んじまう」
「……案外しぶとく生き残りそうだけどな、こいつ」

 アリスがドラゴンを肩に乗せたまま呟く。このドラゴンは何故か妙にアリスに懐いていて、正直なところハグリッドよりも好かれてるんじゃないかとぼくは見ている。……ちなみにぼくは動物に嫌われるスキルを思う存分発動中らしく、ドラゴンの近くに──つまりはアリスの近くに──近寄ると炎を吐いて威嚇されるため、泣く泣く狭い小屋の隅っこで過ごすようにしていた。

「この子をノーバートと呼ぶことにしたんだ。もう俺がはっきり分かるらしいよ。見ててごらん。ノーバートや、ノーバート! ママちゃんはどこ?」

 しかしドラゴン──ノーバートはアリスの肩に乗ったまま、ハグリッドの方を見向きもしない。ため息をついてアリスがノーバートを掴むと(何でそんなに乱暴に扱われても大人しいんだノーバート! ぼくには一ミリたりとも心を開いてくれないのに!)ハグリッドに突き出した。ノーバートがハグリッドに向かって牙を剥く。……おいおい。

「ハグリッド、二週間もしたら、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言い付けるかわからないよ」

 ハリーがきっぱりと言った。ハグリッドはアリスから受け取ったノーバートを優しく撫でながら(しかしノーバートの目はずっとアリスの方を向いている)俯く。

「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことは分かっとる。だけんどほっぽり出すなんてことは出来ん。どうしても出来ん。なぁ、アリス? お前さんもそう思うだろ?」
「いや、俺は……」

 アリスが苦笑いを浮かべて首を傾げ、困ったようにぼくを見た。……なるほど、素晴らしい一方通行だ。

「チャーリー!」

 突然ハリーがロンに向かって叫んだ。ロンは目をぱちくりさせてハリーを見「君も狂っちゃったのかい。僕はロンだよ、分かるかい?」と心配げに尋ねる。ハリーはむっとした目でロンを睨むと、早口で告げた。

「違うよ──チャーリーだ。君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている──チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ」

 ロンはパンッと手を叩いた。

「名案! ハグリッド、どうだい?」

 ハグリッドはしばらく渋っていたが、再三の説得により最後には頷いた。

「これで厄介事が終わったな」

 アリスがほっとしたように呟いた。ぼくも大きく頷く。

 しかし、ここからが本番だったのだ。
 何のかって? ……厄介事の、さ。





「ウィーズリーがノーバートに噛まれた」

 談話室の扉を乱暴に開けたアリスは、つかつかとぼくの正面まで歩き、肘掛け椅子にどっかりと腰を下ろした。談話室に誰もいないことを確認すると、僅かに声を潜めて告げる。

「……嘘だろ、おい」

 読んでいた本をパタンと閉じ、ぼくは小さくため息を吐いた。

「いつの話?」
「昨日らしい。さっきハグリッドの家で聞いた。今は医務室に釘づけだって」
「ドラゴンの牙には、確か毒あったもんね」

 ローブの中に杖が入っているのを確かめ、立ち上がった。肩を竦めてアリスも腰を上げる。

「行くか」
「おう」

 目配せし合い、レイブンクロー塔から出た。放課後の校内は、やけに静かだ。窓から見える校庭にも、人影は数える程しかいない。試験前だし、皆図書館か寮に篭って勉強しているのだろう。

「そんな中、ぼくらはまた妙なことに首突っ込んでる、と」
「まぁな」
「一体何やってんだろうな、ぼくらは」
「俺は巻き込まれただけだ」
「またまた。ノーバートが一番懐いてたの、アリスじゃん」
「お前にはちっとも懐かないよな」
「うっ……」

 痛いとこ刺されて、ぼくは頬を引き攣らせる。……仕方ないじゃないか、体質なんだもん。ぼくだって動物と戯れたりしたいのに。

「……なんでぼくばっかこんな目に……」

 いや、ぼくだけじゃなく、幣原もだけど。

 がっくりと項垂れたまま、先導するアリスの後ろを着いていく。医務室に向かう足取りには、迷いがない。

 人の話し声を聞き付け、思わず足が止まった。振り返ると、そこには一つの教室。天文学関係の器材がごちゃごちゃと置いてある、まぁいわば物置だ。ドアが若干開いていて、そこから光と声が漏れている。

 一体どうして、そんなことが無性に気に掛かったのか。無意識の反射に驚くも、そんなものは次に聞こえてきた『ドラゴン』という単語に吹っ飛んだ。扉に駆け寄ると、物陰に隠れて聞き耳を立てる。

「……だから、土曜日の夜にあいつらがドラゴンを移動するんだ。間違いない」
「……だからって……」
「……アキ? どうしたんだ?」

 不思議そうに近付いてきたアリスにシィーッとジェスチャーをして、ぼくは親指でその教室を指し示した。アリスは訝しげな顔をしていたが、教室の中の話し声を二言三言聞いて理解したらしく顔色を変えた。背伸びをし、ドアの上の辺りについている小窓を覗き込むと、眉間に皴を寄せる。

「……マルフォイとベルフェゴールだ。やっぱりな」
「え!?」

 思わず大声が出そうになって、慌てて口を抑えた。注意して中から漏れる声を聞いてみると、なるほど、確かにその二人の声だ。

「ドラゴンがいるんだ、ハグリッドの小屋で、あいつらは飼ってる──僕は見たんだ!」
「……でも、法律違反。……そんなことが本当にホグワーツであっているとは、考えにくいわ」

 ごめんね。そんなことが実際にホグワーツであっているんです。……全く。

「なんだよ、僕が言ってることが信じられないって言うのか!?」
「……ドラコが嘘をついてるとは、考えてない。……ただ、信じ難いだけ」
「ふん──お前に信じてもらわなくてもいいさ。……土曜日の零時に、あいつらはドラゴンを、城で一番高い塔に運ぶ──それは間違いない」

 思わず息を呑んだ。
 どうして、ドラコがそれを知っている?

 アリスは真剣な瞳で身を乗り出した。

「……なんで、そう言い切れるの?」
「今日、ウィーズリーのお見舞いに行ったのさ。右手に包帯をぐるぐると巻いてね。ウィーズリーは犬に噛まれたって言ったらしいが、マダム・ポンフリーが疑わしげだったね。それで僕は悟ったのさ。ウィーズリーはドラゴンに噛まれたんだって」
「……ドラゴンの牙には、毒がある。……すぐさま治療しないと、酷い目に」
「そうさ。でもウィーズリーは面倒臭がってそれをしなかった。馬鹿な奴だ。僕はウィーズリーに言ってやったのさ、マダム・ポンフリーに言い付けられたくなかったら、大人しくこの本を貸せ──ってな」

 彼女が答えるまでに、しばらく間があった。やがて彼女が発した言葉は、戸惑いの色が滲んでいた。

「……え? ドラコ、あなたひょっとして──本を借りに行っただけなの? ウィーズリーのところまで?」
「ああそうさ。あの本は面白いと評判なんだ。ウィーズリーが持つより僕が持っていた方が、本だって喜ぶだろ」

 ドラコ、君はなんて可愛い奴なんだ! 予想の斜め上を越えてくれるな。こういうところ、嫌いになれないんだよなぁ。

 彼女はしばらく無言だったが、やがて仕切り直すように小さく咳払いをすると、改めて尋ねる。

「……で? ……なんでドラゴンを土曜の零時に運ぶことが分かったのか、聞いていないわ」
「あぁ。なぁに、簡単なことさ。ウィーズリーから借りた本の中に、この手紙が挟まってた。ウィーズリーの兄からの返事さ。ドラゴンの仕事に就いていた奴がいたような気がするから、おそらくあのドラゴンの処理を依頼したに違いない」

 ロンの馬鹿!! 色んな思いはあるが、ひとまずはロンの馬鹿野郎としか出て来ない!

「ここで僕が、あいつらがドラゴンを運んでいるところを捕まえたら──あいつらを退学に出来るチャンスかもしれない」
「……っ、駄目……!」
「駄目? なんでだ。お前もスリザリン生なら、ポッターのことが嫌いだろう? ポッターの奴め、自分が『生き残った男の子』だからって、調子に乗ってる。どの教師もあいつには甘いんだ──マクゴナガルだって、あいつを一年なのにクィディッチのチームに入れたんだぞ!」

 突撃しそうになったぼくを、アリスは予想していたように押さえ込む。口を手で押さえられ、身動きどころか喋ることも出来ない。むっとアリスを睨んだが、しかしアリスは真剣な目で教室内の様子を伺っていた。

「これはチャンスだ。ポッターにウィーズリー、それに『穢れた血』のグレンジャーを──」
「……その単語を言わないで」

 彼女が鋭い声で制した。アリスもきっとドアを睨みつける。……不良の眼光って怖いのな。ぼくまで背筋が凍ったぞ。

「──この学校からいなくなる、な。まぁ悪くても、減点、罰則か。楽しみだな」
「……そんな……止めて、ドラコ。お願い……」

 彼女の制止を、ドラコは無視した。彼女は焦ったように声のトーンを高める。

「どうした? 最近お前、変だぞ」
「……そんなことしても、何も意味ないじゃない。お願い……今、あの人の手を、煩わせるのは止めて……」
「誰だよ? あの人って」

 彼女は言葉に詰まったように黙り込んだ。ドラコは小さなため息をつく。

「……まぁ、退学にはならないだろ。そんなに滅多になることじゃない。言うならば、そう、嫌がらせかな」
「……そんなくだらないこと、止めて」
「うるさいな!!」

 バンッ、と乾いた音がした。苛立ったドラコが机か何かを叩いたのだ。声を荒げる。

「なんなんだよ最近! そんなに僕がポッターにちょっかい出すのが気に食わないのか!? 毎回毎回いちいち突っ掛かって来やがって、訳分かんないよお前!」
「……っ、ドラコは何も分かってない!」

 堪えられなくなったように、彼女が大声を出した。ぼくは少し驚く。

「何がだよ! お前には何が分かってるっていうんだよ!」
「……この学校で、また危険なことが起きようとしているの! 闇の帝王がいた時みたいにっ……」
「あの方の名前を出すな!!」

 今度はガンガラガッシャンと金属質な音が鳴り響いた。音に身体を竦める。恐らく、ドラコがバケツか何かを蹴ったのだろう。

「……何も分かってないのは、お前の方だ、アクア。少しは親族の中で浮いていることくらい、自覚したらどうだ」
「……闇の帝王を崇拝するのは、間違ってる。……彼はただの人殺しよ。なんで皆、そんな人の家来なんかになり下がるの?」
「それが浮いてるって言ってんだよ!」
「……私は間違ってない!!」
「……勝手にしろ」

 ドラコは吐き捨てるように呟いた。コツコツと足音が近付いてくる。アリスはぼくを抱えると、慌ててドアの影から飛び出し、すぐ近くの教室に滑り込んだ。

 危機一髪、ドアで身体を隠した直後、ドラコが教室から出て来た。厳しい顔ですたすたと足早に廊下を歩いて行く。ドラコが角を曲がったのを確かめてから、ぼくはアリスのホールドから抜け出すと、彼女がいる教室前に近寄った。

 隙間から、静かに、彼女の姿を見る。
 彼女が指先でぐいと目元を拭う。その仕草を黙って見て、ドアから離れた。

「どうした?」
「なんでもない」

 小さくため息をついて、ぼくは歩き出した。



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