「「あ」」
寝室の扉の前で、同寮で同室であるリィフ・フィスナーとばったり鉢合わせをしたぼくは、思わず声を漏らした。しばし、顔を見合わせて立ち尽くす。
先に身を引いたのは、リィフ・フィスナーの方だった。「どうぞ」と微笑んで道を開けてくれる。思わず恐縮しそうになったが、堪えた。
「……ありがとう。それと、いろんなことも」
そのまま一歩二歩と進む、そんなぼくの背後から声が投げかけられた。
「君が、誰に何をされても決して声を上げなかったのは、君が臆病だったからじゃない。そのことに、今更気付いたよ」
脚を止めた。振り返りリィフを見る。彼は、口元を吊らせ笑っていた。
「プライドが高いんだ。『虐められている』ということが、被害者のように他人から見られるということが、誰にどんな嫌がらせをされるよりも君は耐えられなかったと……そういうことだろう?」
「……何を言っているのか、ぼくには分からないよ」
こちらも、笑って返事をする。
「ぼくはただ、君に『ありがとう』と言ったんだ。……君でしょう? ぼくにちょっかい出すなって、皆に言ってくれたのは」
そう言って、前を向く。
背筋を伸ばして、ぼくは歩いた。
◇ ◆ ◇
今までの経験上、多少のことでは動じない自信があるぼくでも、何者が校内にいると知ってなお、目前の試験に集中出来るほどず太くはない。それでもなんとか解答用紙を埋めることが出来たのは、ひとえに『夢』で幣原秋の人生を追体験していたからだ。あいつが真面目な努力家で良かった。
教師らに相談しに行くことも考えたが、鉄壁の魔法防御を誇るというこの学校で、そんな奴が入り込んでいる、だなんて、子供の戯言としてしか処理されないだろう。なにせ、ぼくだって未だに信じられないのだ。しかも、ぼくが『怪しいな』と思っている人は、教師の中にいるのだから──
「……と、そうそう」
なんだかんだで全ての試験から解放され、生徒たちは束の間の自由を謳歌しているようだ。今日が珍しくも青空が見えるからか、こうして廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。ぼくのクラスメイトだって、皆外へと繰り出してしまった。
「ぼくだって、遊びたいのは山々なんだけどねぇ……」
ひとり呟き、肩を竦める。目的の場所──禁じられた廊下へ繋がる扉の前で、足を止めた。
森での罰則の後から、ぼくは毎日禁じられた廊下を確かめるようにしていた。と言っても、何か特別な魔法を掛けている訳ではない。扉と壁の境目に、セロハンテープを貼り付けたり、小さな紙を挟み込んだり。侵入を阻む類のものではなく、侵入を感知するためだけの代物だ。
なにせ、相手は『闇の魔術に対する防衛術』教師。生半可な術では、きっと逆に探知されてしまうだろう。それならばいっそのこと、割り切って『魔法を使わない』という選択肢を選んでみた。
「……ん。大丈夫、かな」
セロハンテープは剥がれた形跡もなく、そこにあった。紙も同じく。
肩の荷が下りた気分になって、ぐっと背伸びをした。ついでに欠伸を一つ零す。
さて、暗い気分に浸るのは終わりだ。試験終わりでパァッと遊びたいのはぼくだって一緒。今日は久しぶりに、アリスとチェスでもしようかな。いや、アリスは嫌がるかもしれない。あいつは屋内で引きこもっているよりも、外に出る方が好きな奴だから。さっきも木陰で昼寝していたし。それなら、箒でも借りてミニゲームとでも洒落込もうか。うんうん、と頷いて廊下を歩いていると、不審な人物を見かけた。
「……スネイプ教授、何をしているんですか?」
少し躊躇った挙句、扉に耳を押し当てていたスネイプ教授に声を掛ける。教授はぼくの言葉にぎくりと飛び退くと「なんでもない」と言い捨て、足早に立ち去って行った。思わず首を傾げる。
「どうしたんだろう……」
首を捻った。もしかして、部屋で何か気を惹かれるようなことが起こっているのだろうか。好奇心に駆られ、鍵穴に耳を当てる。何だか最近、よく盗み聞きをしている気がするな。気のせいだと思いたい。
「──────」
「────」
声の主は二人、男女の声だ。会話をしているようだが、内容までは聞き取れない。
ローブから試験問題を引っ張り出すと、くるりと丸めて扉に当てた。筒の中に響かせ呪文を掛けると、それだけで部屋の中で聞いているかのようにはっきりと聞き取ることが出来る。盗聴防止の類の呪文は掛けられていないようだ。
『とうとう今日だ。あの方もお喜びになるだろう……もう一度我等の時代が来る。それにお前の両親には世話になった。お前からも礼を言っておいてくれ』
『……嫌よ。あなたから言えばいいじゃない。……クィリナス』
冷たい声。もう間違えない、アクアマリン・ベルフェゴールの声だ。
クィリナスって誰だっけ? と一瞬考え、はっと思い出す。クィレル教授のファーストネームか。
『私の意思とは、すなわちあのお方の意思だぞ、アクアマリン。お前に拒否権なんてある訳がないだろう』
『……よく分からないわ。何で、そんな……』
彼女はそっと呟いた。
『人に寄生することが出来るだなんて』
『あぁ、あのお方も惨めだと考えていらっしゃる。だからこそ、早急にも賢者の石が必要なのだ』
寄生? 一体、どういう意味だろう。首を捻りかけ──クィレル教授の次の言葉に、息を呑んだ。
『ハリー・ポッターを殺す。ご主人様の悲願が、ようやく叶いなさるのだ……』
なんでもないことのようにクィレル教授は──敬称なんてもうつけるもんか、クィレルは──言い放った。耳をぐっと押しつける。息を殺して、クィレルの言葉を待った。
『……何で、そんなことを』
『それはあのお方しか分からない。あぁ──それと、もう一人。ご主人様は、幣原秋似のポッターの弟も始末したいと感じていらっしゃる。それには私も同意見だ……外見ばかりか、能力までもそっくりな幣原のコピー、ご主人様が脅威に思われるのも当然のことよ……』
『……幣原秋については、私もあなたから聞いて少しは知ってるけれど。……あのポッターの弟、そんなに聡いかしら? ……私も注意して見ていたけれど、ただのお調子者のようで……取るに足るほどの存在ではないと思うわ』
彼女の率直な意見が耳に痛い。そっかぁ、ぼく、そういう風に思われてたのかぁ……ちょっと涙目。
『確かに性格面では、そうだ。だが、技能面では? ……少なくとも私には、彼が安全な存在だとは思えない。早急に消し去るべきだろう。……幣原のように、完全に敵に回ってしまってからでは遅い』
『……なら、彼、勘付いているんじゃない?』
『何にだ?』
小さな笑い声がした。彼女のものだ。
『……永遠に続く命なんて、そんなもの、本当に欲しい? ……ドラコが言ってたわ。禁じられた森で、ユニコーンの血を飲む化け物がいたってね。……あなたたちでしょう? ユニコーンの血は、たとえ死の淵にいようとも命を永らえさせてくれる。呪われた命と引き換えに。……賢者の石を手に入れるまでの短い命を求めて。……ドラコから話を聞いただけの私でも、ざっとこのくらいは分かる。……なら、アキ・ポッターがあなたの言う通り、幣原と同じくらい聡い奴だったら? ……闇の帝王がホグワーツにいることくらい、勘付くのが普通じゃないかしら。……今、一番儚い生にしがみついている存在とは何か。ホグワーツに迫っている危険とは何か。ホグワーツに何が隠されているのか。……もしかして、今にも闇の帝王の計画を砕こうとしているかもしれないわよ?』
彼女は、楽しそうに告げた。クィレルは数秒沈黙した後、低い声を出す。
『アクアマリン、少しは言葉に注意した方がいい。まるで、闇の帝王が挫かれるのが楽しみのようだ』
『…………そう聞こえたのなら、謝るわ』
『それでいい。……しかし、幣原秋に酷似していると言っても、所詮は十一歳、出来ることなど高が知れている……勘付いたって何が出来る? 十一の小僧がホグワーツ教師に、ましてや闇の帝王に! 指をくわえて見ているしかあるまいよ……』
彼女は黙り込んだ。それもそうか、と納得したのかもしれない。
『アクアマリン、私達が石を手にしたら、お前の家を我々の隠れ家として提供するのだ。お前の両親は闇の帝王の一番の忠実な僕、何処よりも安全だとご主人様は考えていらっしゃる……ふくろう便を送るのだ。いいな?』
『…………』
彼女の返事は、聞こえなかった。
程なくして靴音が近付いてくるのに、慌てて近くの観葉植物の影に隠れる。すぐさまカチャリと扉が開き、今まで決して見たことのない満足げな表情を浮かべたクィレルが姿を見せた。迷いなく歩き去るその後ろ姿をじっと見つめ、詰めていた息を吐き出す。
「……あぁ」
ぼくらの命が狙われていると知った今。
「ハリーを、守らなきゃ」
自分の命よりも大切な人が危険だと知った今。
この手に、『国が一つ滅ぶ』とまで言わしめる力を持つ今。
何を迷う必要がある?
「終わらせてくるよ、ハリー。君に、指一本たりとも触れさせたりなんてしないから」
待っててね。
そう呟いて、物陰から立ち上がった瞬間──
目の前に、杖が突き出された。
「……動かないで」
「……やぁ、ベルフェゴール」
ぼくは彼女の目を見つめ、笑った。彼女はちっとも表情を変えることなく口を開く。
「……ここにいるってことは、私達の話、聞いてたのね」
「まぁね」
なかなか勘が鋭い子のようだ。
「で、君は何を望んでいるのかな? ぼくとハリーに、死んで欲しい?」
「……死ぬ気なんて、これっぽっちもない癖に」
「大正解」
目を細めて、彼女を見つめた。彼女は小さく息を吐く。
「……そうね。出来るなら、死んで欲しくはないかもしれないわ。人が死ぬのは、あまり見たくないもの」
「じゃあ、この杖を下ろしてくれない?」
「駄目。……だって、下ろしたら、あなたは四階の廊下に行くでしょう? それは、死にに行くのと同義」
「……間違ってはないけど惜しいね」
彼女は眉を顰めた。ぼくはにっこり笑って、ローブの中の杖を軽く掴む。
「
彼女の手から杖が吹き飛び、カンカンキャラリと廊下に転がった。彼女はちらりと振り返り杖を見たが、そのままぼくに向き直る。
「君に死んで欲しくないって思ってもらえるのは光栄の至りだけど、生憎とぼやぼやしてたらどっちにしろ死んじゃうらしいんでね。せめて、生き汚く足掻かせてもらうよ」
「……死なない自信があるとでも? ……あなたも知ってる通り、相手はいみじくも現役ホグワーツ教師と、力は殆ど失われたけれども、闇の帝王。ただの一生徒が、敵う相手じゃない」
「ぼくのこと、心配してくれてるの?それは嬉しいや」
「……茶化さないで」
彼女が眉を吊り上げた。そんな彼女の目の前に、びしっと人差し指を突き出す。一瞬たじろいだように、彼女が肩を震わせた。
ぼくは笑って──
「『呪文学の天才児』を、舐めないでよね」
幣原秋の異名を呟いて、指を鳴らす。
瞬間、色鮮やかな火花が弾けた。至近距離での火花に、彼女は反射的に顔を背ける。
「……なーんてね。ぼくが、君を傷つけるワケないじゃない」
だってぼく、結構君のこと好きだし。
本心を茶化して仄めかせば、案の定彼女はぎゅっと苛立ったように眉を寄せた。からかわれたと感じたようだ。
……そんなつもりは、ないんだけどね。
「……この火花は、魔力?」
「なんなら、そこから打ち上げ花火の真似事でもしてみせようか?」
「結構よ。……ねぇ」
彼女は、静かにぼくを見上げた。灰色の双眼に、意志の強さを感じさせる光が灯っている。それを見て思わずどきりとした。
「……あなた、幣原秋って知ってる?」
ぼくは、笑って言った。
「ちょっとだけね」
「……じゃあ」
彼女は、無表情に問う。
「……彼なら、この状況で、どう動くかしら」
「行くに決まってるじゃないか、禁じられた廊下に」
答えが自然に滑り出た。考えるそぶりも見せず即答したことで、妙な疑心を生み出してしまったのではと焦るが、しかし彼女は違和感を抱いた様子もなく、頤に指を当て視線を宙にさ迷わせている。
「……そうよね。彼なら……きっと、そう言うのかもね」
彼女は、そう呟くと頭を振った。はらはらと優雅に長い銀髪が揺れる。一体どういう頭の振り方をすればそうなるのか、ぼくにはさっぱり分からなかった。
そして、彼女はぼくを見つめて──小さく首を傾げ、微笑んだ。
「……ポッター」
微笑みに、彼女の意志を織り交ぜて。
切実さを滲ませて。
彼女は、深々と頭を下げる。
「お願い。……闇の帝王とクィリナスを、止めて」
最後の声は、微かに震えていた。
ぼくは手を伸ばして、彼女の頭をそっと撫でる。
「分かった。行ってくる」
ぱっと彼女は顔を上げた。ぼくはにっこり笑って、彼女に背を向ける。とそこで、彼女がぼくの袖を掴んで引き留めた。
「……あと、もう一つ」
「……何?」
「振り返らないで」と彼女に制され、仕方なしに背中で彼女の言葉を待つ。
背中に、小さな感触があった。多分、彼女の手だ。心臓がばくばくしてるの、気付かれないか心配だ。
彼女は小さく、囁いた。
「……死なないで」
「……御心のままに、お嬢様」
手のひらの感触が消えた。そのままぼくは歩き出す。
角を曲がる時に振り返れば、そこには既に、彼女の姿はなかった。
「……全くさぁ」
好きな子に頼られるって、凄まじい威力あるよね。
小さく笑って、ぼくはローブの中の杖を握り締めた。
ゆっくりと息を吐いて心を落ち着けると、ぼくは静かに禁じられた扉を押し開けた。低い軋みを上げて扉が開く。ふと、耳にハープの音色が聞こえて来た。同時に獣の寝息も。
薄暗い室内を見渡すと、魔法を掛けられ自動で演奏をしているハープが片隅に置かれていた。音楽を聴かせたら、三頭犬──フラッフィーは眠くなるのか。
仕掛け扉を開けると、少し離れた先で扉が開く音が聞こえた。ハッと息を呑み、気配を殺す。先達者だ──クィレルに違いない。
扉が閉まる音がして、それから充分時間が経ってから、仕掛け扉を飛び降りた。着地をし、周囲を見渡す。
小さな羽虫か、さもなきゃ鳥か。羽根の付いた鍵だと認識するのに、少し時間が掛かった。小さく薄暗い部屋に、縦横無尽に飛び回る小さな鍵。きっとこの中の一つが、先に進むための鍵なのか。
しかし、これを探し出すには骨が折れる。御誂え向きに、隅には箒が立て掛けてあったけれど、最年少シーカーに選ばれたハリーならばともかく、ちょっと身軽なだけの運動神経人並み(もしかすると以下かもしれない)のインドア少年であるぼくにとっては随分と強敵だ。
「……え?」
キィィ、と音を立て、奥へと続く扉が開いた。思わず立ち竦む。風で開いた? そんなことが?
しかし悩んでいる暇はない。手間が省けたと喜ぶべきだ。閉じてしまわぬよう扉に指を掛けると、先を覗く。
大きなチェス盤だ。駒が、人の大きさほどのサイズになっている。駒に囲まれたチェス盤の上で、一人の人間が立っていた。クィレルだ。
「チェックメイト」
その嗄れた声は、クィレルの声ではないにも関わらず、クィレルの立つ辺りから聞こえた。辺りを見回すも、他には誰も見当たらない。
白のキングが、自身の王冠を脱ぐとクィレルの足元に放る。それを一瞥すらせずに、クィレルはチェス盤を降りると先へと進んだ。奥の扉が閉まる音を聞き届けた後、部屋の中に足を踏み入れる。
「……一体、何分で……」
ぼくが羽根の付いた鍵の部屋に足を踏み入れたとき、クィレルがチェスを始めたのだとしても、時間にしたら十分もなかったはずだ。しかも、これは賢者の石を狙う侵入者に対する時間稼ぎのためのチェス。相当の難易度を誇るはずだ。
闇の帝王──ヴォルデモートの仕業なのか? でも、あの場にはクィレルしかいなかった。授業風景を見る限り、失礼ながら、クィレルがそこまで頭が切れる人物とは思えないのだが──
「…………」
纏まらぬ考えに囚われ、時間を無駄にしてしまうことこそ愚の骨頂だ。ひとまず今は、クィレルの後を追うことが最重要。
奥の扉から、ドォン……という重たい何かが倒れる音がした。閉じた扉を僅かに開け、中を確かめる。
目よりも先に鼻が反応した。この匂いは──トロールだ。頭から血を流して気絶している。コツコツと足音の後、ドアノブが回る音が聞こえた。足音は、扉の奥に呑まれ遠ざかって行く。しばらく扉に耳を当て、様子を伺った。
話し声が聞こえる。二人の男の声だ。一人はクィレルの、そしてもう一人の声は、先ほど──「チェックメイト」と呟いた声と同じ、年老いたような嗄れた声だ。
『この、一番小さな瓶だ──これが、黒い炎を抜け、先に進ませてくれる。もっとも、これに書かれた文章に違いがなければな』
『わ、分かりました、ご主人様……』
やがて、靴音が遠ざかって行く。声は二種類聞こえるのに、靴音は一人分。
「…………」
声が聞こえなくなったのを確認して、そっと扉を開けた。机の上に、瓶と巻紙が置いてある。なるほど、これのことを指して言っていたのか。
扉を閉めた途端、扉が燃え上がった。目の前の扉と背後の扉、共に炎が上がる。自然に発火したのではない、これは魔法だ。木の扉は炎に包まれているけれど、焼け落ち炭になる気配は感じられない。しかし近付いただけでも熱気は感じられて、ここを生身で通り抜けるのは厳しいだろう。
となると、と巻紙を手に取った。目を通す。
前には危険 後ろは安全
君が見つけさえすれば 二つが君を救うだろう
七つのうちの一つだけ 君を前進させるだろう
別の一つで退却の 道が開ける その人に
二つの瓶は イラクサ酒
残る三つは殺人者 列にまぎれて隠れてる
長々居たくないならば どれかを選んでみるがいい
君が選ぶのに役に立つ 四つのヒントを差し上げよう
まず第一のヒントだが どんなにずるく隠れても
イラクサ酒の左は いつも毒入り瓶がある
第二のヒントは両端の 二つの瓶は種類が違う
君が前進したいなら 二つのどちらも友ではない
第三のヒントは見たとおり 七つの瓶は大きさが違う
小人も巨人もどちらにも 死の毒薬は入ってない
第四のヒントは双子の薬 ちょっと見た目は違っても
左端から二番目と 右の端から二番目の
瓶の中身は同じ味
あぁ、と、読み終えて分かった。論理パズルだ。懐かしいな、小さい時に嵌まったことがある。
「あの声は確か、一番小さな小瓶が先に進む薬だって言ってたな……」
しかし念のため、自分自身でも論理パズルを解いてみた。何度か確認をして、間違っていないことを確かめる。少し躊躇したが、息を止めると一口飲んだ。冷たい氷が身体をすり抜けて行くような感覚に、思わず身震いをする。
「……さて、行きますか」
口元を拭うと、両手を黒い炎に突っ込んだ。先ほどまで室内を覆っていた熱気は感じられず、炎は肌を焼くことなく、微かに感触を感じられるだけだ。
設置されている罠は、確か次で最後。恐らくはダンブルドアの仕掛けたものだろう。クィレルの協力者がヴォルデモートであろうと、ダンブルドアの知恵に敵うとは思えない。きっとこの先で立ち往生しているはずだ。
つまり、ヴォルデモートがこの先にいるということ。
左手で杖を掲げたまま、扉を僅かに押し開けた。瞬間、ぼくよりも数倍強い力で外側から引かれ、バランスを崩す。
脳味噌を揺さぶられる感覚に、堪らず膝から崩れ落ちた。顔面を冷たい床で打ち付けるも、痛みは感じ取れず、ただただ冷たかった。
「意外と遅かったな」
頭上から嘲るような声が降ってきた。あぁ、とそこでやっと自分の愚かさを認識する。ぼくはただ、泳がされていただけなのだ。正義感ぶった、馬鹿で愚かな子供に過ぎなかった。
視界が、徐々に黒に塗り潰される。
──あぁ、これぼく、死ぬかなぁ。
薄れる意識で、考えた。
──ぼくが死んだら、ハリーは悲しむよね。
──アリスは……どうだろ、怒るかな。
そして。
最後に思うこと。
──ごめんね。最初で最後の約束、守れなくて。
短い一瞬でこれだけのことを脳裏に思い浮かべた後、ぼくは意識を手放した。
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