破綻論理。

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空の記憶

第13話 擦れ違った先に見えるものFirst posted : 2014.03.13
Last update : 2023.03.31

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 端的に言うと、ぼくがスリザリン寮に連れ込まれ、レギュラスに膝詰めで精神的に追い込まれるという羽目にはならなかった。

 理由は単純。ぼくの親友セブルス・スネイプがぼくを助けてくれたからである。
 簡単に、片腕一本で。

「こいつは僕の友人だ。無作法をしたのなら謝るよ、レギュラス」

 ぼくを背後に庇うように立ち、セブルスはそう言い放った。それでレギュラスは頭に上っていた血が抜けたようだ。

「……っ、すみません」

 きっとレギュラスの謝罪は、ぼくではなくセブルスに向けられたものなのだろう。
 ともかくとして。

「レギュラス・ブラック。ブラック家を、そうか、君は本当に何も知らないんだなぁ」
「シリウスの家だろ? 大体レギュラスもレギュラスだよ、誰もが自分のことを知っていると思ってるんだ。だから、ぼくみたいな何も知らない奴が現れると極端に驚く」
「……、怒ってるのか?」
「怒ってなんかないさ。怒る道理なんてないんだもの」

 セブルスは小さくため息をついた。ちょっと、ぼくは別に怒ってないってば。

「まぁスリザリンにいると、ブラック家を知らない奴なんてトンと出会わないからなぁ……ブラック家と言えば、多分魔法界では一番名の知れた家柄だぞ」
「へぇ、貴族のお坊ちゃんって訳かい」
……」

 セブルスが眉を寄せたのに、流石にぼくも態度を改めた。小さな声で「ごめん」と呟き先を促す。

「まぁ君の言う通り、貴族の坊ちゃんに変わりはあるまい。……、『純血』という言葉を知っているか?」
「純血? 先祖代々ぼくは純粋な日本人だとかいうその純血かい? まぁぼくの母は日本人じゃないから、今のたとえはちょっと違う訳だけど」
「そうだが、少し違うな。魔法界での純血とは、正しくは、先祖をいくら辿っても魔力を持った人物しか輩出していないという意味だ。初めは単に魔法使いと魔女の夫婦から生まれた魔法族を指す単語だったのだが、今となっては純血の魔法族のみで続いてきた家系の魔法族の夫婦の間に生まれた魔法族のことを指す」
「……へぇ」

 初めて知ったなぁ。となると、ぼくはどうなのだろう。両親からはあまり家系の話を聞いたことがない。そもそもぼくは両親以外の親族にも出会ったことがない訳だし。

「セブルスは純血なの?」
「……っ」

 何の気なしにセブルスに尋ねると、セブルスは息を呑んでぼくを見つめた。
 三年一緒にいたけれど、この表情は初めて見た。じっとセブルスを見つめていると、ふいっと顔を逸らされた。

「……違う。僕は母親が純血で、父親は……マグルだ。そういう子供のことは『半純血』、ないし『混血』という」

 言いながら杖を引き抜いたセブルスは、空中に『Half Blood』と綴ってみせた。

「純血は非常に数が少ない。少ないが故に、高貴で尊い。もしくは、高貴で尊いからこそ少ない。そんな純血家系で一番勢力が大きい家柄が、ブラック家だ。普通、魔法使いの親に育てられた子供は皆知っていることなんだけどな。マグル生まれでもそのようなことは一年生のうちに覚えこませる……」
「だってぼく、日本から来たんだもの」
「知ってるさ。そう棘のある口調で言うな」

 セブルスが柔らかめの口調で言う。

「レギュラスもただ戸惑って驚いただけだろう……悪気があった訳じゃない、許してやれ」
「だからぼくは別に怒ってなんて……うん、ごめん」

 全く、とセブルスは呟いた。

「……じゃあどうしてレギュラスは『兄は家を憎んでいる』なんて言ったの?」
「それは……また別の話になる。ブラック家は代々スリザリンばかりを輩出してきた。その家族の中でも唯一の異端として、シリウス・ブラックはグリフィンドールに組み分けされた……」
「え? でも別に、寮なんてどこに組み分けされたって同じじゃない」
「同じじゃないんだよ。グリフィンドールとスリザリンの対立は君も知っているだろう。スリザリン生はグリフィンドール生を憎んでいるんだ。何世紀も前から、創設者の時代から」
「……でも、君はリリーを憎んではいないだろう?」

 セブルスは呆気に取られた顔をした。次の瞬間我に返って頭を振ると、今のぼくの言葉を聞かなかったかのように話を進める。

「……えっと、だな。創設者の思想の話になるが、スリザリンの創設者サラザール・スリザリンは『マグル生まれの者は魔法を教えるに値しない、魔法族とマグルは区別されなきゃならない』という思想の持ち主だった。ブラック家はその思想を色濃く継いでいる。英国魔法界では、マグル生まれだが魔法が使える者を『穢れた血』と呼んでいる」
「穢れた血……?」
「そうだ」

 セブルスはやや強めに言った。押し通すような声音だった。

「……でも、どうしてマグル生まれを、その、排斥するようなことを?」
「君はどうしてだと思う?」
「……質問を質問で返すなんて……」

 そう愚痴りながらも、ぼくは素直に考えを巡らす。

「……んー」

 ちら、ちら、とセブルスを見上げるように視線を送ると、セブルスはやがて根負けしたように顔を覆った。

「……っ、一六九二年!」
「国際機密保持法の制定!」
「それだよ! もう!」

 ……セブルス可愛いなぁ。

「魔法史で習っただろう。中世、どれほどの数の魔法使いがマグルによって排除させられた? だから魔法省は国際機密保持法を制定したんだ。マグルから身を守るために。第一次世界大戦、そして第二次世界大戦は僕達の親の時代だ。マグルがあの時代に何をしたか、日本出身の君ならばよく知っている筈だ」
「…………」

 あぁ、知っている。
 広島と長崎のあの惨劇を、ぼくは知っている。

「だから、魔法使いとマグルとの婚姻は、法律に抵触することに加え、倫理的にも恥ずべきことだという意見が広まった。マグルは、折角の頭脳をあんな何万人も虐殺する兵器をこしらえるために使ってきた! 僕達魔法族はずっと、何世紀もの歴史の中、マグルから息を潜めて逃げ続けてきた……だが、もうそんな時代は終わりだ」

 セブルスはそこで嬉しそうに笑った。
 その笑みは少しだけ、ぼくの背筋を凍りつかせた。

「マグルは穢れたものだ。穢れていて、野蛮で、残酷で、残虐で、凄惨で、無慈悲だ。だから僕達魔法族が、厳しく管理し支配下に置かねばならない。マグル生まれも同罪だ。穢れたものを魔法界に入れてはならない。この世界は今こそ浄化されるべきだ」
「ちょ……ちょっと待って、セブルス」

 セブルスの腕を掴み、ぼくは慌てて引き止める。

「それは極論ってやつじゃないの? 確かにマグルはぼくら魔法使いの考えが及ばない化学兵器を大量殺戮に使った歴史がある。それは、それはどうやっても否定はできない」
「否定する必要もないな、あぁ」
「……だからと言って! 同じ人間だということに変わりはないじゃないか。人と人との関わりに、魔法が使えるから上だとか使えないから下だとか、そんなの関係ないだろう? それにマグルの数の方が、ぼくら魔法使いよりもずっとずっと多いんだ。彼らを管理したり支配したりなんてできる訳がない!」
「できるさ。僕達がやるんだ。『あの方』がいればどこまででもできる。僕達は無限の可能性を持っているんだ。僕達だけが持つ魔法の才能、それを生かさないなんて勿体ないだろう?」

 セブルスの言葉に、ぼくは今度こそ身を凍らせた。

「セブルス、君はマグルがやる野蛮な行為を嫌っているんだろう!? だったら何故、同じ行為に身をやつす!?」
「同じ行為? どこがだ」
「だって君が言っているのは、まさしくマグルが魔法使いに対し行使した支配と同じじゃないか! マグルがぼくらを排斥しようとした時と同じだ、武力を持って別の人種を制圧しようとしている!」
「全然違うな。マグルが僕達にしたのは『排除』だ。彼らは虫ケラのように僕達を潰していった。だが僕達がしようとしているのは『支配』だ。魔法使いの叡智の下で支配されるんだぞ? マグル共の愚かなやり方とは次元が違う。マグルが、また大規模な戦争を起こして同士討ちをしないように見守ってあげようとしているんだ。彼らのためにもなるだろうさ」

 ──やばい、流されそうになる。
 セブルスの意見の勢いに流されかける。
 でも『違う』ということだけは、感覚として分かるのだ。

 日本にいる友人の中に、魔法使いは誰一人としていない。
 でもぼくは、彼らが自分より劣っているなんて一度も思ったことがない。

 ぼくより足が速い子。
 ぼくより歌が上手い子。
 ぼくより絵が上手な子。
 ぼくより優しい子。
 ぼくより心が広い子。
 彼らを支配する?
 そんな思想──馬鹿げている。

 第一────

「それに、さっき言ってくれたじゃないか、君の父親だってマグルだろう!?」

 ぼくの言葉に、セブルスはプッツン来たらしい。

「だから嫌なんだよ、マグルなんて僕は大嫌いだッ!!」

 セブルスの怒鳴り声を聞いたのは、初めてだった。
 脳天から爪先まで、ジィンと痺れが走る。

 ぼくに背を向けたセブルスは、足音も荒々しく歩き去って行った。
 ぼくは呆然と、その場にただ突っ立っていた。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 新学期初日。朝食に大広間へと降りてきたぼくらに、早速新しい時間割が配られた。
 時間割を配っていた監督生は、手渡す前に一瞬ちらりとぼくの時間割を見て不思議そうな顔をした。その違和感の正体を悟られないようにと、ぼくは半ば奪い取るようにして時間割を受け取ると、そのままグリフィンドールへのテーブルへと走っていく。

 ハーマイオニーもぼくと同じ行動を取ったようだ。ぼくらはグリフィンドールとレイブンクローのテーブルのちょうど中間辺りで出会うことになった。

アキ! あなたも時間割を受け取ったのね!」
「あぁ……まさか一日に十科目もあるなんて思いもしなかったけどね、全く……九時から『占い学』と『マグル学』と『数占い学』か、気が狂いそうだよ」

 やれやれと頭を振るぼくとは反対に、ハーマイオニーは楽しそうに笑っている。この子は本当に勉強することが好きなんだろうなぁ。

「今年は私達……私しか全科目履修する人はいないみたいね。ビルやパーシーは十二ふくろうだったし、そういう人が他にもいるだろうと思ったんだけど……迷惑かけてごめんなさいね」
「別に構わないよ。ぼくも新たな知識を得るのは好きだしね」

 主要七科目は既に幣原として習っているのだ。幣原は数占い学と古代ルーン文字学を取っていたから、それらも多分大丈夫だし。
 後、不安要素といえば────

「『魔法生物飼育学』は無理かもなぁ……」
「え? 折角のハグリッドの授業なのに……あぁ、そうね、あなたは……ね」

 ハーマイオニーが察して苦笑いを浮かべてみせる。
 ……ぼくだって動物と触れ合いたいやい。くっそぉ。

「ハリーとロンは占い学を取ってたよね。じゃあ朝食が終わったら、まずはそれぞれ占い学の教室へ」
「分かったわ。その後落ち合ってマグル学、その後数占い学、で大丈夫?」
「大丈夫。じゃあ、また後で」

 お互い頷き合い、ぼくらは別れた。





「……左手でカップを持ち、おりをカップの内側に沿って三度回しましょう。それからカップを受け皿の上に伏せてください。最後の一滴が切れるのを待ってご自分のカップを相手に渡し、読んでもらいます。『未来の霧を晴らす』の五ページ、六ページを見て、葉の模様を読みましょう。あたくしは皆様の中に移動して、お助けしたり、お教えしたりいたしますわ──」

 占い学のシビル・トレローニー先生の、霧がかったような囁き声に眠気が誘発される。部屋は暑いくらいにポカポカと暖かいし、窓のカーテンは閉め切られていて薄暗いし、香料の香りは漂っているしで、思わずまぶたが重たくなってしまう。
 流石に最初の授業で寝る訳にはいかないと、ぼくは眠い目を擦りながらもウトウトしているアリスの肩を揺さぶった。

「子供達よ、心を広げるのです。そして自分の目で俗世を見透かすのです!」

 トレローニー先生が声を張り上げている。
 すぐ隣はハリー達が座るテーブルだったが、ハリーもロンも眠たそうだ。ハーマイオニーだけが教科書と睨めっこしている。

 アリスとカップを交換し、お茶の葉を見た。
 ……でも果たして、これが何かの形に見えるものなのだろうか? ぼくの感受性が乏しいせいかもしれないけれど、本当に、お茶っ葉が雑多に底に張り付いているようにしか見えない。

 まぁ、雲を見て「あ、これ何とかの形に見える!」とか、星を見て「確かに牡牛の形に見える!」とか思ったこと、これまでの人生で一度もないしなぁ……星を見ても星座線しか浮かばない。昔の人は、よくあの線から牡牛の形を連想したものだ。アリスなんて、すぐ隣のハリー達のテーブルに先生がいるにもかかわらず、大きな欠伸を零す始末だし。
 占いは確かに魔法の中心ではあるものの、学問としては少し漠然としていて難しい。特にこの先生は実践形式が主のようだし。

「そう言えば、ユークの件はどうなったの?」

 お茶っ葉を見るのは諦めた。アリスにそう囁くと、アリスも小さな声で返す。

「あぁ。少し混乱したようだったけど、レイブンクローならまだ言い訳が利くということで話が落ち着いた。ユークがグリフィンドールに行かなくって良かったぜ」
「ふふっ、アリスってば相当好かれてるじゃない」
「止めてくれ……俺はガキのお守は好きじゃない」

 そんなこと言って、実際かなり面倒見が良いのはどこのどなたでしょうかね。
 その時トレローニー先生がハリーのカップを持ち上げ「あたくしが見てみましょうね」と言ったので、皆がシーンと静かになった。

はやぶさ……まあ、あなたは恐ろしい敵をお持ちね」
「でも、誰でもそんなこと知ってるわ」

 ハーマイオニーが聞こえよがしに囁いた。ハーマイオニーがそんなことを言うとはと少し驚く。占い学に書物は不必要だと言われたことがよっぽど癪だったのだろうか。

「だってそうなんですもの。ハリーと『例のあの人』のことはみんな知ってるわ」

 トレローニー先生はハーマイオニーを無視することに決めたようだ。そのままハリーのカップをためつすがめつ見つめている。

「棍棒……攻撃。おや、まあ、これは幸せなカップではありませんわね……」
「僕、それは山高帽だと思ったけど」
髑髏どくろ……行く手に危険が。まあ、あなた……」

 ロンの声もハーマイオニーと同様に無視された。

「おお──かわいそうな子──いいえ、言わない方がよろしいわ……ええ、お聞きにならないでちょうだい……」
「先生、どういうことですか?」

 聞いて欲しくないのならば言わなければいいのに、なんて思ってしまうのは、ぼくが捻くれているからだろうか。ディーン・トーマスが尋ねるのも無理なからんよ。

「まあ、あなた、あなたには死神犬グリムが取り憑いています」
「何がですって?」

 ハリーはきょとんとした顔で尋ねた。あぁ、ハリーは知らないかもなぁ。

 死神犬、もしくはヘル・ハウンド──ブラックドッグとも呼ばれる、イギリスでは広く『悪魔の化身』として知られた妖精だ。不吉な象徴とされ、目撃した者を死へと誘うと言われている──ま、御伽噺の類だね。

 ハリーの薄い反応が、トレローニー先生にとっては面白くなかったらしい。

「グリム、あなた、死神犬ですよ! 墓場に取り憑く巨大な亡霊犬です! かわいそうな子。これは不吉な予兆──大凶の前兆──死の予告です!」

 拳を握り『死』を強調するトレローニー先生に、ハリーも流石に怯えた顔をした。しかしハーマイオニーは立ち上がると、冷静にハリーのカップを傾ける。

死神犬グリムには見えないと思うわ」

 ハーマイオニーの態度に、トレローニー先生もカチンと来たようだ。イラッとした表情でハーマイオニーをジロリと見ては言い放つ。

「こんなことを言ってごめんあそばせ。あなたにはほとんどオーラが感じられませんのよ。未来の響きへの感受性というものがほとんどございませんわ」
「……なぁアキ、これってどこの何とかファイトだ?」
「キャットファイトのことを言いたいのなら、微妙に違うと思うけどね、アリス」

 ぼくとアリスは顔を見合わせ笑い合う。しかしハリーが「僕が死ぬか死なないか、さっさと決めたらいいだろう!」と大声を出したことで、教室がこれまでとはまた違った静けさに包まれた。

「今日の授業はここまでにいたしましょう。そう……どうぞお片づけなさってね……」





「お前の兄貴はなかなか言う奴だな」
「横でごちゃごちゃ言われるのが嫌なだけだよ……それに、死神犬グリム……ね」

 先日ハリーが喋っていたことを、ぼくは思い返していた。
 なんでもハリーは、ダーズリー家を飛び出したその日に大きな黒い犬を見たのだという。その直後『夜の騎士ナイトバス』に轢き殺されかけたらしい。そもそも『夜の騎士ナイトバス』自体がかなり荒っぽい運転なようだが、それでもハリーは少し怖がっていた。

「……あっ、アリス、ごめん、先に行っててくれないか? ちょっとトイレに行ってくるよ」
「ん? そうか。ま、次は魔法史だし、別にちょっとくらい遅れても平気だけどな」
「うん、そうするよ……じゃあね!」

 アリスに手を振り踵を返すと、ぼくは近場の空き教室に滑り込んだ。先程ハーマイオニーがスッと入っていったのを横目で見ていたのだ。

「来たわね、アキ! じゃあ……始めるわよ」

 ぼくの訪れを待っていたハーマイオニーは、パッと顔を輝かせ駆け寄ってきた。どことなく緊張した手つきで、逆転時計タイムターナーの鎖をぼくの首にも掛ける。

「えっと……一回ひっくり返せば良いのよね?」

 ハーマイオニーが逆転時計をひっくり返した。途端、教室の外が騒がしくなり、やがてしんと静まり返る。砂が落ち切ったことを確認して首から鎖を外した。時計を見ると、確かに一時間だけ時間が戻っている。

「ほ、本当に時間が戻ったの?」
「信じるしかないだろうさ……行こう、早くしないと自分達と遭遇しちゃうよ」
「わ、分かってるわ!」

 ぼくらは空き教室を抜け出し、北棟を駆け降りた。
 ……全く、どうして占い学の教室はこんなにも高い塔の上なんだ。遠いじゃないか全くもう!

「絶対、近道が、ある筈だ、わっ!」

 走りながらハーマイオニーが息を弾ませる。彼女のカバンは教科書や教材でパンパンに膨れていて重そうだ。

「ハーマイオニー、ちょっと待って。今の時間なら歩いて行っても十分間に合うよ。それより……」

 ポケットから杖を取り出し一振りする。ハーマイオニーは驚いた表情で荷物を抱え直した。今の魔法が正しく効いたなら、彼女が持っているカバンの重さは以前の十分の一ほどになった筈だ。

「しょ、消失呪文の発展系じゃない! しかも無言でなんて……」
「魔法は賢く使うべきだろ、ハーマイオニー?」

 ニコリと笑ってみせる。額の汗を拭ったハーマイオニーも「……そうね」と言って笑った。

 授業開始のギリギリに滑り込んだというのに、マグル学の教室はまばらにしか人がいなかった。ざっと数えてみても二十人ほどだ。
 占い学はレイブンクローとグリフィンドールが合同の授業だったが、マグル学は全寮生が対象のようだ。だって────

「あ、アクアもこの授業取ってんの!?」

 スリザリンの彼女、アクアマリン・ベルフェゴールが教室に居たことに、ぼくは思わず唖然とした。ぼくのそんな反応に、アクアはぷくっと頬を膨らませ「……そんなに驚くことかしら」と言う。可愛い。

「だ、だって、スリザリン生なんて君しかいないじゃないか……その、別にスリザリンに偏見を持ってる訳じゃないんだけど……」

 辺りを見回すと、いつの間にかハーマイオニーがグリフィンドールの女子達と合流していた。気を利かせてくれたのだろうか……流石、ハーマイオニー。

 始業のチャイムと共に、皆も慌てて席に戻って行った。そろそろ先生も来る頃だろう、いつまでも突っ立っているのはまずい。
 その時、服の裾を引っ張られた。誰か──なんて見ずとも分かる、アクアだ。

「……この中であなた以外、お友達がいないの。……隣に座っても、構わないかしら?」
「……っ、……!」

 そんな誘い、断れる訳がないじゃないか。



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