その後、ぼくとセブルスは何となく気まずい雰囲気のまま、お互い話しかけることもなく日々を送っていた。
元々ぼくらは寮が違う。会おうと思わない限り、会わずとも何も問題なく時が過ぎてしまう。
このままでは良くないと分かっているのに、どうすればいいか分からないまま二の足を踏む。それはきっと、セブルスも同じだったと思う。
そんなぼくらが何やかんやで和解するきっかけとなったのは──認めたくはないものの、やはりあの事件のおかげだろう。
「世にも珍しい薬を開発した!」
そう叫びながらジェームズがレイブンクローの朝食の席に乱入してきたのは、十一月も半ばとなった頃のこと。ちょうど魔法魔術大会四年生の部における三回戦が終わった頃合いで、ぼくとジェームズ、そしてシリウスが四回戦へと駒を進めていた。
次の四回戦が、予選トーナメントにおける準決勝に当たるようだ。今残っているのはぼくら三人に加え、ハッフルパフ生が一人。四回戦でぼくとシリウス、ジェームズとそのハッフルパフ生が戦い、勝った二人が本戦に──すなわち学年混合の決勝戦へと進むことになる。
……まさかぼくがここまで残ることになるなんてなぁ。感慨深い。リィフはシリウスと善戦の末に負けちゃったし、ちょっと残念だ。
はてさて。
「……何?」
「とにかく、これを食べてみてくれ!」
ジェームズがぼくの手の上に何かを乗せる。それをまじまじと見つめた。
「……飴?」
透明の袋で包装されたそれは、飴玉のようだった。薄い水色がかった半透明で、小石ほどのサイズだ。しかしいくらぼくでも、悪戯仕掛人筆頭のジェームズからもらった飴を無警戒に口にするほどバカでも愚かでもない。
──それにこいつ、ついさっき『世にも珍しい薬を開発した!』とか叫んでなかったっけ。
「さあさあ、早く! 食べてみてよ!」
「いや、こんな怪しいものをぼくに食べろと?」
「怪しくない怪しくない!」
「二回言うあたりがまずもって怪しい!」
いやいやいや、と両手を振ってのけぞるぼくに、ほらほらほら、と詰め寄るジェームズ。やめてくれ。
ちなみに学年首席かつ目立ちたがり屋のジェームズは、他寮のレイブンクロー生ですらその名が知れ渡った有名人であり、ぼくがそんな有名人の彼と言い合いをしているものだから、周囲からは凄まじいまでの注目が集まっていた……やめてくれ。
そんな時に、まるでヒーローのように助けに来てくれるリィフ・フィスナーは、今日に限って寝坊だし。くそ、こんなことなら無理矢理叩き起こして引きずって来ればよかった。
「ええい、頑固な奴め! ならこうしてくれる!」
ぼくとの攻防に痺れを切らしたジェームズは、どういうことかその飴を自分の口の中に放り込んだ。直後、テーブルに置いてあったグラスを手に取り、中の水を口に含む。
そして────
ぼくの顎をぐいと掴んだジェームズは、そのまま顔を上向けさせると、無理矢理自分の口の中の水と共に、飴をもぼくの口の中に移したのだった。
つまりは、そう──口移し。
「…………っ!?」
辺りは一時騒然となる。ぼくこそ、だ。何をされたのか、さっぱり頭がついていかない。
ぼくが水ごと飴を飲み込んだのを確認し、ジェームズはぼくから唇を離した。その後ようやく騒がしい周囲に気付いたのか「あれ?」と不思議そうに首を傾げている。
「飲み込んだかい? 秋」
「……っ、アンタは……!」
やっと、今の状況まで頭が追いついた。恐らく今のぼくの顔は、羞恥で真っ赤に染まっていることだろう。
当たり前だ。大事な大事な初チューを、よりにもよって、あぁ、本当に、よりにもよって! 好きな女の子ならまだしも、こんな奴に!! こんなクソ眼鏡なんかに!!!!
「……あれ? その反応を見るに、もしかして君、今のがファーストキスだったのかい? それは悪いことをしたね。まぁ犬に噛まれたと思って諦めてよ。いや、鹿かな?」
ハッハッハと笑うジェームズに、ぼくの怒りは頂点に達した。
「
杖も持たずにぼくは叫んだ。途端、ジェームズに不可視の縄が巻き付く。
ジェームズは驚いたようにぼくを見たものの、知ったこっちゃない。
「
恐らくジェームズが持っている飴は一つではない筈だ。一体いくつ作ったかまでは分からないが『実験台』がぼくだけとも思えない。
そんなぼくの読み通り、ジェームズのポケットから四つ、五つと飴玉が飛んでくる。それら全てをキャッチしたぼくは、一つの包み紙を乱暴に破り捨てた。水の汲まれたコップを手に、身動きの取れないジェームズに歩み寄る。
「あ、あはは……秋?」
乾いた笑みを漏らすジェームズの口に、問答無用で飴玉を突っ込んだ。コップの水を口の中に注ぎ込むと、両手で奴の口を覆い、鼻を摘んで少し待つ。
堪え切れなくなったジェームズが、口の中の飴玉を飲み込んだ。その様をゆっくり確認してから、ぼくはジェームズを解放してあげる。なんかとんでもなく苦しそうにゲッホンゲッホン咳き込んでいるけれど、悪かったとはちっとも思わない。
「ポッター!! あなた秋になんてことをしてくれたのよ! 私の天使に!!」
と、リリーが物凄い勢いでこちらに走ってきた。どうやらグリフィンドールのテーブルにまで話が伝え及んだらしい。
四つん這いになって咳き込むジェームズの脇腹に容赦なく蹴りを入れたリリーは(「グハッ!!」とジェームズが更にもんどりうった)、ぼくの両頬に手を当て顔を近付けた。
「あぁ、もう! 秋、今起きたことは全部忘れるのよ! 私の天使を穢すだなんて、よくもまぁやってくれたじゃない、ポッター!」
……天、使? リリーも大概おかしいぞ。
リリーの介入──もとい乱入に、流石にジェームズ一人残してはおけないと残りの悪戯仕掛人が駆けつけてきた。彼らの視線が、ぼくとリリーから地面に倒れ伏しているジェームズへと移る。
「えっと、つまりこれは……秋に<おいた>したジェームズが、リリーから鉄槌を喰らった……という解釈でいいのかな?」
リーマスが苦笑している。そうだ、とぼくはリリーの手を自分の頬から外すと彼らに駆け寄った。
「ねぇ、さっきの水色の飴玉! あれは一体何なんだ、君達なら知っている筈だよね!?」
「あぁ、うん、まぁ……その」
「ちょっとシリウス、僕の後ろに隠れないでよ!」
「このクソ犬、秋の前にちゃんと出るんだ!」
リーマスとピーターに押し出され、シリウスがぼくの前に出てきた。「えっと」と言う声も普段より歯切れが悪い。
「その、新たに悪戯グッズを発明して……ちゃんとできてたら、女の姿になるんだけど……」
シリウスの言葉が終わる前に、ポンッと軽い音がしてぼくの身体が白い煙に包まれた。
途端、胸の辺りに何やら柔らかなものが。……こ、これは、もしや。しかし触って確認するのも
ぼくの姿を視認して、シリウスの目が輝いた。
「よっしゃ、成功だぜ相棒!」とジェームズを振り返ったシリウスは、ジェームズが立ち上がろうとしてリリーに再び蹴り転がされているのを確認し、まるで見なかったかのように振る舞いながらも、流れる動作でぼくの胸──そう、先程ぼくが触って確認するのも憚られると描写したその脂肪の塊を鷲掴みにした。
「すっげぇ、なぁおい、ズボンの中……」
ぼくに詰め寄ったシリウスは、一瞬後リリーの手によって地面に転がされていた。流石リリー。
しかしぼくも、やられっぱなしじゃいられない。
「
呪文を唱え指を鳴らすと、例の水色の飴玉が空中に浮遊する。
ぼくはシリウスとリーマス、ピーターに向かってにっこりと笑いかけた。
「さあ、三人とも、口を開けて?」
◇ ◆ ◇
あの『魔法生物飼育学』の授業から数日。今日は初めてのリーマス……先生の、闇の魔術に対する防衛術の授業だ。
なのだが……。
「……遅いねぇ、先生」
机に突っ伏しながら呟く。隣でハリーが「そうだね」と相槌を打ってくれた。
左手で杖をくるりくるりと回しつつ、ぼくは大きく息をついた。全く、もう授業開始のチャイムは鳴ったというのに。これじゃあぼくとハーマイオニーが遅刻するかもと
その時、やっとリーマス……先生が教室に入ってきた。パッと私語が止む。
古いカバンを教壇に置いた先生は「やあ、皆」と微笑んだ。
「教科書はカバンに戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ」
その言葉に、何人かの生徒が怪訝そうに顔を見合わせた。大方、去年ロックハートがピクシー妖精を持ち込んだ時のことを思い出しているのだろう。ロックハートよりもリーマスの方がよっぽどまともなのは言うまでもないけれど……でもリーマスは何をする気なのだろう?
リーマスの後に従い教室を出たところ、ピーブズと鉢合わせた。手近な鍵穴にチューインガムを詰め込んでいる。リーマス……先生の姿を認めたピーブズは、途端に嘲るように歌い出した。
「ルーニ、ルーピ、ルーピン。バーカ、マヌケ、ルーピン。ルーニ、ルーピ、ルーピン──」
ピーブズって奴は何年経とうが相変わらずこんな調子だ。呆れて肩を竦めるも、しかしリーマスは笑っていた。
「ピーブズ、私なら鍵穴からガムを剥がしておくけどね。フィルチさんが箒を取りに入れなくなるじゃないか」
しかしピーブズがリーマスの言うことを聞く筈もない。案の定、ピーブズはリーマスに舌を突き出しケタケタと笑った。
予想していたように小さく息をついたリーマスは、ぼくらを振り返ると杖を取り出し微笑んだ。
「この簡単な呪文は役に立つよ。よく見ておきなさい──
リーマスが杖を振る。途端、チューインガムの弾丸が鍵穴から飛び出し、ピーブズの鼻の穴に見事命中した。ピーブズは悪態をつきながらスィーッと消えていく。
……おぉ、紛れもなくリーマスの手口だ。鮮やかで容赦がない。そして、この一撃で皆のリーマスを見る目が変わったのが分かった。
打って変わって尊敬の眼差しを向けられるようになったリーマスは、皆を引き連れ職員室までやって来た。
職員室にはただ一人、スネイプ教授の姿があった。ぼくらが職員室に入ってくる様子を眺めながら意地悪そうな笑みを浮かべている。リーマスが最後に入って扉を閉めた瞬間、教授はスッと立ち上がった。
「ルーピン、開けておいてくれ。我輩、出来れば見たくないのでね」
「……じゃあ、もっと早く出て行っていればいいじゃないか」
ハリーが小声で悪態をつく。ある程度距離があるから聞こえてはいないだろうけど、教授が一瞬こちらを見たので思わず肝が冷えた。
扉の前でくるりと振り返った教授は、嘲る口調で捨て台詞を吐く。
「ルーピン、多分誰も君に忠告していないと思うが、このクラスにはネビル・ロングボトムがいる。この子には難しい課題を与えないようご忠告申し上げておこう。ミス・グレンジャーが耳元でヒソヒソ指図を与えるなら別だがね」
ネビルがパッと顔を赤らめ顔を伏せた。流石にそれはやり過ぎだろうと、ぼくも思わず眉が寄る。
リーマスは一瞬だけ鋭い眼差しを見せたものの、すぐさま普段通りの穏やかな笑みを教授に向けた。
「術の最初の段階で、ネビルに私のアシスタントを務めてもらいたいと思ってましてね。それに、ネビルはきっと、とてもうまくやってくれると思いますよ」
スネイプ教授は物言いたげに唇を引き攣らせたが、何も言わずにバタンと扉を閉めて出て行った。リーマスは何事もなかったように手を振り、皆を部屋の奥まで来るよう合図する。
部屋の奥には古い洋
リーマスがその脇に立った瞬間、箪笥が急に震えてバーンと大きな音を立てる。びくりと何人かが驚いて飛び上がった。
「あぁ、アキ、今のはびっくりしたね」
「う、うるさいよ、びっくりなんてしてない」
「心配しなくていいよ。中にまね妖怪──ボガートが入っているんだ」
皆が一斉に胡乱な目つきでリーマスを見た。どう見ても心配するべき事象だろうと言いたげな目だ。
注目の中、リーマスは
「
ベッドの下の隙間かぁ。そりゃあ一部の男子諸君はちっとばかり困る羽目になりそうだ。何とかして自力で倒さないと秘蔵のコレクションが衆目に晒されることになってしまう。一部の男子の表情が引き締まるのも道理というものだ。
……え? 真面目にやれって? ぼくはいつだって真面目さ、何言っちゃってんの全く。
「──ここにいるのは昨日の午後に入り込んだやつで、三年の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っておいていただきたいと校長先生にお願いしたんですよ。……それでは最初の問題ですが、まね妖怪のボガートとは何でしょう?」
レイブンクローからもちらほらと手が上がるものの、ハーマイオニーの速度には敵わない。
「形態模写妖怪です。私達が一番怖いと思うのはこれだと判断すると、それに姿を変えることができます」
「私でもそんなに上手くは説明できなかったろう」
リーマスはにっこりと笑った。褒められてハーマイオニーの頬も赤く染まる。
「だから、中の暗がりに座り込んでいるまね妖怪は、まだなんの姿にもなっていない。箪笥の戸の外にいる誰かが、何を怖がるのかまだ知らない。まね妖怪が一人ぼっちの時にどんな姿をしているのか、誰も知らない。しかし私が外に出してやると、たちまちそれぞれが一番怖いと思っているものに姿を変える筈です──ということはつまり、初めっから私達の方がまね妖怪より大変有利な立場にありますが……ハリー、何故だか分かるかな?」
突然当てられたハリーがびくっと肩を震わせた。「えーと……」と数秒考えた後、思いついたように口を開く。
「僕達、人数がたくさんいるので、まね妖怪はどんな姿に変身すればいいか分からない?」
「その通り。……
まね妖怪を退散させる呪文は簡単だ。しかし精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけるのは、笑いなんだ。君達は、まね妖怪に、君達が滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみて──『
「
全員が一斉に唱えた。リーマスは満足そうに頷く。
「そう。とっても上手だ。でもここまでは簡単なんだけどね。呪文だけでは十分じゃないんだよ。そこで、ネビル、君の登場だ」
ネビルが震えながら進み出た。心配になるほど顔が青白い。
リーマスは朗らかに口を開いた。
「よーし、ネビル。一つずつ行こうか。君が世界一怖いものはなんだい?」
ネビルの唇が小さく動く。しかし声が小さすぎて、誰も聞き取ることができなかった。
「ん? ごめん、ネビル、聞こえなかった」
「…………スネイプ先生」
蚊の鳴くような声だった。クラス全員が今のネビルの台詞に笑ったものの、リーマスは真面目な顔で顎を撫でる。
「スネイプ先生か……フーム……ネビル、君はおばあさんと暮らしているね?」
「え……はい。でも──僕、まね妖怪がばあちゃんに変身するのも嫌です」
「いや、いや、そういう意味じゃないんだよ。教えてくれないか。おばあさんはいつも、どんな服を着ていらっしゃるのかな?」
「えっと……いっつもおんなじ帽子。たかーくて、てっぺんにハゲタカの剥製がついてるの。それに、ながーいドレス……たいてい、緑色……それと、ときどき狐の毛皮の襟巻きしてる」
「ハンドバッグは?」
「おっきな赤いやつ」
「それに化粧もさせてみようか……」
「え?」
「いやいや何でもないよネビル」
うっわぁ、リーマス……先生が滅茶苦茶生き生きしてらっしゃる。
「ゴホン。よし、それじゃ。ネビル、その服装をはっきり思い浮かべることができるかな? 心の目で見えるかな? 君のおばあさんの髪が紫色になった様子を鮮明に想像できるかい?」
「む、紫……? な、なんとか」
ネビルが自信なさげに答えた。
ダメだ、ぼくも笑いを堪えないと。まだ早い……やっぱり実物を見てから笑おうじゃないか……。
……リーマス、先生、その目でぼくを見るなって!
「ネビル、
ダメだリーマス、詳しく描写するのは反則だ。
教室中が爆笑の渦に包まれ、堪え切れずぼくも吹き出してしまった。
「ネビルが首尾よくやっつけたら、その後まね妖怪は次々に君達に向かってくることだろう。みんな、ちょっと考えてくれるかい。何が一番怖いかって。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか、想像してみて……」
ぼくが一番怖いもの、か。改めて考えると難しい。ぼくは何が怖いのだろう?
ハリーは普段優しいけど、怒ったハリーは結構怖い。賞味期限が切れた卵も案外怖い。読むのをとても楽しみにしていた推理小説を図書館で借りたのに、登場人物の欄に『←犯人』と落書きがあったりするのもかなり怖い。泣き叫ぶレベルかもしれない。
後、アクアに嫌われるのも怖い……あ、いや、うん。
「みんな、いいかい?」
リーマスの声。うーん、まだ何も決まっていないものの、まね妖怪を前にしたら何か思いつくだろう。
……そう言えば幣原秋の怖いものは、実家に置いてある小説で読んだ死神だったなぁ……うん、あれは確かに怖かった。その死神の持つ大鎌で、死神自身を真っ二つにさせたのは『
「ネビル、私達は下がっていようか。君に場所を空けてあげよう。いいね? 次の生徒は前に出るように私が声を掛けるから……。みんな下がって、さあ、ネビルが間違いなくやっつけられるように──」
言われるがまま、ぼくらは壁にぴったりと張り付きネビルを見守った。ネビルは青ざめながらも杖を構える。
「ネビル、三つ数えてからだ。いーち、にー、さん、それ!」
洋箪笥が勢いよく開き、中からスネイプ教授が這い出てきた。目をぎらつかせてネビルに迫る教授に、ネビルが怯えて数歩下がる。
「ロングボトム? 我輩は確かに君に教えましたよなぁ? 一体どうやったら君に理解していただくことができるのかむしろ我輩にご教授いただきたいものだ──グリフィンドール十点減点、罰則だ」
……きっと、よく言われていることなんだろうなぁ。ネビルに同情してしまう。
「リ、リ、
半泣きのネビルが呪文を唱えた。
パチンと軽い音がして教授が躓く。次の瞬間、ドレスを着て帽子を被りハンドバッグを持った教授がそこにいた。ご丁寧にも髪は赤から紫に光り輝いている。どっと笑い声が上がった。
「……っ、……ネビル、いいぞっ……! っく、ふふふ……」
近くの机に突っ伏して、天板をバンバン拳で叩いているリーマスが一番楽しそうではあった。リーマス……先生、この職業はきっと天職だよ。ぼくが保証する。
「パ、パ、パーバティ、前へ!」
息が整わないほど笑い転げつつも、リーマスは次の生徒の名前を呼ぶ。
パーバティが前に進み出た瞬間、教授は血まみれの包帯をぐるぐる巻いたミイラに変わった。笑い声は瞬時に収まった。
「
自分の包帯に絡まったミイラは、つんのめった途端に頭がころりと転がり落ちた。再び笑いが巻き起こる。
まね妖怪はそれからバンシーに、ヘビに、目玉に、手首に、そしてロンが一番怖いものである大蜘蛛に姿を変えた後、ぼくとハリーの足元に転がってきた。
「……っ、ぼくがやるよ!」
咄嗟にハリーの前に躍り出る。
ハリーはきっとヴォルデモートの姿を思い浮かべてしまう。だとしたら教室中がパニックになるだろう。それだけはダメだ──。
ボガートがぼくの目の前で姿を変える。さて、ぼくの一番怖いものは何だろう? お手並み拝見な気持ちも胸に、ぼくは杖を抜いた。
ボガートは横たわった人間の姿を取り始めた。それがはっきりとした実体となるに従い、ぼくだけでなく教室中が静まり返る。
「……あぁ……」
ボガートがぼくの目の前で姿を変えたもの。それは死んだハリーの姿だった。
これは、確かに……怖い。これ以上なく、怖いものだ。
心の底が冷えていく感覚。心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような心地。
「……最悪、だ」
苦笑して、ぼくはボガートに杖を向ける。
「
目を閉じていたハリーの目がパッと開いた。むくりと起き上がったその死体は──否、これはハリーじゃない。この、
「ハリーかと思った? 残念、ジェームズでした!!」
「ブッハァッ!!」
リーマスが盛大に吹き出した。後ろでハリーが小さな笑い声を零す。
ジェームズはキョンシーのように両手をだらりと前に突き出すと、凄まじく腹が立つ顔でピョンピョンと飛び回り始めた。
「まさかジェームズ、くっそ、そう来るとは……そろそろ時間だ──、こっちだジェームズ! っく、その顔かなり腹が立つ!」
ボガート・ジェームズはリーマスの前に来ると、銀白色の球に姿を変えた。
「っふ、こんな『ふわふわのちっちゃな問題』なんて軽いもんさ──」
リーマスは笑った。学生時代を彷彿とさせる、何とも若々しい笑顔だった。
「──
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