九月一日。ホグワーツの始業式。
ぼくは淡々と用意を済ませると、ひとりで9と4分の3番線へと向かった。
今年でぼくも5年生。キングズ・クロス駅も慣れたものだが、ひとりで歩くのは初めてだ。
暇を潰す当ても、待つ人もいないので、ぼくはまだ人気の少ないプラットホームでぼおっとし、紅の汽車が到着した直後に、コンパートメントに乗り込んだ。
ぼんやりと窓の外を見て、時間を潰す。
段々と駅の構内に、人が溢れてきた。家族と別れを惜しむホグワーツ生を横目で見て、ぼくはぐっと伸びをする。
「秋っ!」
声の方向を見ると、リリーだった。満面の笑顔で手を振りながら、こちらに近付いてくる。ぼくも少し微笑むと、手を振り返した。
「久しぶり、秋!」
ぼくのいるコンパートメントの窓越しで、リリーは勢いよく立ち止まると、ぼくを見上げ――ふ、と明るい表情を消した。
「……秋? なんだかちょっと、……雰囲気、変わった?」
「ん? ……そうかな?」
笑顔でリリーを見返すと、リリーは少し気まずげな顔をして「……気のせいだったみたい。ごめんね」と呟いた。
「リリー! もう、勝手に走っていかないでよ……っ」
と、リリーを追いかけて、女の子が走ってきた。リリーより少し年上だろうか、金髪の女の子だ。確かこの子は、リリーの姉だったか。
「あら、チュニーごめんね。大好きな友達を見つけて、つい」
「……ふぅん。アンタと同じ変人学校に通うお友達、ね」
リリーの姉は、確かマグルだっけ。少し意地悪い物言いだったが、リリーは全く気にした様子がない。
それどころか、「ハァイ、こちら、私の姉のペチュニア。私はチュニーって呼んでるわ。チュニー、彼は幣原秋。日本人なの。とっても可愛い子でしょう! 私の自慢の友人なのよ」と紹介を始めた。
相変わらずのリリーに、ぼくは少し笑みを漏らすと、彼女、ペチュニアに右手を差し出す。
「幣原秋です。よろしくね」
ペチュニアはぼくの右手を驚いたように凝視すると、やがて「仕方ないわね」というように嘆息して、ぼくの手を握った。
「どうも。リリーが世話になっているわ。ペチュニア・エバンズよ。この通り困った子だけれど、よろしく頼むわね」
ぼくの手を離すと、ペチュニアは時計を見て、慌てたように「もうこんな時間! 行かないと、ここから出られなくなってしまうわ」と言い、リリーに「じゃあね」と手を振り、ぼくをちらりと横目で見てから駆け出して行った。
遠ざかるペチュニアの背中を目で追っていると、リリーがトランクを持ち上げて、コンパートメントの中へと入れようとしているのに気がついた。手を貸してやり、そして一言付け加える。
「窓から入って来ないでよね、君はスカートを履いてるんだ、少しは気を遣って欲しいなぁ」
リリーはその言葉に、パッと頬を赤く染めた。
「もう! そんなことしないわっ、ほんっとう、男の子ってどうしてこうデリカシーってもんがないのかしら」
「確かにデリカシーがない発言かもしれないが、リリー、君だってそうデリカシーがあるようには思えないぞ」
リリーの背後に気配もなく近付き、そういう言葉を掛けたのはセブルスだった。リリーはキッとセブルスを振り返ると「何よっ! セブルスまで私をいじめるのねっ!」と叫ぶ。
「別にいじめてるつもりはないのだけどね」
「そうそう、可愛がってるだけだよ、セブルスは」
「少し黙らないか、秋」
「冗談だよ」
にこやかに笑った。
出発を知らせる汽笛が鳴る。汽車の外にいたセブルスとリリーは、慌ててドアのある方へと走って行った。その二人から目を逸らすと、息をついて座席にもたれかかる。
周囲の喧騒を耳にしながら、ぼくはそっと目を瞑った。
◇ ◆ ◇
キャンプ場にてテントを立てた後、「姿あらわし」組と合流し、昼食を取った。
初めての野外キャンプにウィーズリーおじさんは大興奮して、無理にマグルの手法を真似ようとしたり(そのたびにハーマイオニーやハリーやぼくが後始末をしたり)なんだったりと色々大変だったが、まぁ、それも旅行の醍醐味かと思えば、悪くはない。
そういえば、水を汲みに行く途中、ちらりとアクアらしい人物を見かけた。いや、アクア「らしい」じゃない、あの後ろ姿は十中八九アクアだった。ぼくがアクアを見間違えるはずがない、あれは絶対にアクアだった。背丈も髪の長さもスタイルも雰囲気も、何から何までアクアだった、間違いない。
すぐさま人混みに紛れてしまったので、声をかけられなかったが……この広いワールドカップの会場で、会うことが出来るだろうか。
まぁ会えなくても、ホグワーツでの話のネタくらいにはなるに違いない。あくまでポジティブに行こう、ポジティブに。
昼食の後、トイレから戻ってくると、場には二人の人物が増えていた。
誰だろう、と訝しがるぼくに、いち早くウィーズリーおじさんが説明してくれた。
「アキ、ルード・バグマンとバーティ・クラウチだ。ルードは我々にこのワールドカップのチケットを手配してくれた、いわば恩人だな。バーティは、うちのパーシーの上司にあたる人だ、アキもパーシーから名前は聞いたことがあるだろう」
あぁ、あの人か、とぼくは思わず苦笑いを浮かべた。
ウィーズリー家にお世話になっている間、パーシーとの会話の中で「クラウチさん」という言葉を聞かなかったことがない。双子は「あの二人はそのうち婚約発表をしだすぜ」と言い始める始末。
「どうも、初めまして」
そう言って右手を差し出すと、バグマンさんはにっこり笑顔でぼくの手を取って力強く振った。その力の強さに顔を引きつらせながらも、続いてクラウチさんに手を差し出す。
しかしクラウチさんはぼくの差し出した手に一瞥もくれず、ぼくをじっと睨むように見つめていた。その視線の強さに、ぼくはたじろぐ。
「あ、あの……」
「……あぁ、すまない」
そう言うと、クラウチさんはぼくの手を一瞬だけ取り、すぐさま放した。握手した、というより、何だか表面を撫でられた、くらいの感覚だった。
「お茶をごちそうさま、ウェーザビー君」
クラウチさんはそう言うと、ぼくから目を逸らして立ち上がった。バグマンさんも立ち上がると、ぼくらに手を振り、すぐさま「姿くらまし」で消えてしまった。
「…………」
クラウチさんと握手した右手を見つめ、クラウチさんの視線を思い返す。
あの目に、ぼくは覚えがある。
あのような目でぼくを見た者は、皆、脳裏に幣原秋を思い浮かべている。
「おい、アキ! お前もバグマンさんと何か賭ければよかったのに! おっもしろい人だぜ、あぁ! あぁいう頭が柔らかい大人になりたいもんだねぇ」」
「ダーメだダメだよジョージ! だってアキ殿下はレイブンクローのお利口さんなんだもの、賭けなんて不純なものは殿下にはさせられません!」
「何だよ一体、何の話……?」
ぼくが首を傾げると、ハリーが教えてくれた。
「バグマンさんと賭けをしたんだ。えっと、アイルランドが勝つけど、クラムがスニッチを取る、だって……」
「えっ、クラムってブルガリアの選手じゃなかったっけ? なんでクラムがスニッチを取るのに、アイルランドが勝つのさ、それっておかしくない?」
「やっぱりそう思うよね? 僕もそう思う」
「頭が固いなぁ、アキもハリーも。よーしよしよし、俺たちが教えてあげましょう……」
「知ってて損はさせねぇぜ? よーしこっち来な、誰にも知られるんじゃないぞ……」
そんなこんなで、ぼくとハリーは双子からみっちりとギャンブルの手解きを受けることになった。一体彼らはどこでこんな知識を身につけたのだろうか……。
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