破綻論理。

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空の記憶

第21話 舞台の上で役者は踊るFirst posted : 2015.09.28
Last update : 2022.10.11

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 ホラス・スラグホーン先生が開く個人的クラブ、通称スラグ・クラブから、クリスマスパーティの知らせが届いたのは、十二月の頭のことだった。

 ダンスパーティ、だなんて、随分と豪勢なことだ。そう思ってしまうのは、ぼくを取り巻く環境が、今年と去年で激変してしまったからだろう。
 スラグ・クラブのメンバーは、いっそのこと刹那的に、目前の楽しみを心の支えにして、ダンスパーティのことばかりを考えて、重苦しい日々を乗り越えていた。

は、一体どうするの?」

 リリーに尋ねられ、真っ先にレギュラスが浮かんだ。彼も、スラグホーン先生のお気に入り、スラグ・クラブのメンバーだった。
 メンバー以外の人もパートナーとして連れてきても構わない、とのお達しが出ていたが、折角ならばぼくはレギュラスを誘いたい。もっとも、去年彼が受けてくれたからと言って、今年もオッケーしてくれるかどうかは分からないけれど……レギュラス、カッコイイし、「あ、僕は彼女と行きますから」とさらっとすっぱり断られたら、悲しむに悲しめない。そっかー、楽しんでね、と見送るばかりだ。

「ふぅん……そっか」

 リリーは、少し憮然とした表情で頷いた。その表情の変化に、ぼくは「どうしたの? 元気がないようだけど」と尋ねる。

「……ねぇ、鈍感って罪だと思わない?」
「えぇっ?」

 いきなり話が飛んだな。
 まぁ、リリーの話があらぬ方向へと飛んでいくのは日常茶飯事なので、ぼくはため息を吐きつつも、リリーの質問に返答した。

「罪に問われるほど、鈍感って酷いことをしたのかなぁ。確かに、鈍感って言われる人も悪いとは思うけど、なんでも察せてが当然、分かって当然、みたいな態度も、ダメだと思うなぁ」
「……なるほど、確かに」

 グゥの音も出ないわ、と、リリーは呟いた。
 リリーはセブルスと行くんだろうな、というのは、ぼくの中ではもう確信できるもので、疑いすらもしなかった。去年も二人でダンスパーティに行ったのだし、セブルスもリリーに対して心変わりしたようにも見受けられない。本当に一途なのだ、ぼくの親友は。

 鈍感というなら、まさしくリリーがそうだろう。ずっとセブルスから好意の視線を向けられているのに、全く気付かないのだから。そう思うと、確かに「鈍感って罪」なんて気分にもなる。

 と、正面にレギュラスの姿が見えた。珍しくも廊下を走っている。普段クールな無表情を崩さないレギュラスとは思えない。

「……っ、いた!」

 そのままレギュラスは、ぼくを視認してまっすぐ走ってきた。ぼくの目の前で足を止めると、僅かに乱れた呼吸を直す。
 ……ってか、「いた!」って、ぼくが「いた」って意味か。ぼくは珍獣かなんかじゃないぞ。この後輩は、まさしく慇懃無礼、という言葉がぴったり似合う。

「どうしたの、レギュラス。そんなに慌てて」
「慌てていません」
「いや、取り繕っても無駄だって……」

 どう見ても慌ててたじゃん。でも、何を言ってもレギュラスはぼくの言葉を認めないことは分かりきっていた。

「あら、ブラックの弟さん、で合ってるわよね?」
「あ、え、えぇ……Ms. エバンズ。レギュラス・ブラックと申します。愚兄がいつもご迷惑を」
「本当に! 弟のあなたからも、きつーく言ってあげてちょうだい!」

 はは、とレギュラスは気の乗らない笑みを浮かべた。兄をどうこうするのはどだい無理だと諦めているらしい。
 リリーには申し訳ないが、レギュラスのその意見には全面的に賛成する。シリウスとジェームズの奔放さに歯止めなんて効く訳がない。

「で、どうしたの? レギュラス。ぼくに何か用事?」

 そう尋ねると、レギュラスは目を泳がせた。きょとんとぼくは目を瞠る。

「……貴方の方こそ、僕に用事があるのではないでしょうか」

 その言葉に、ますますきょとんとした。ぼくが、レギュラスに? 何かあったっけ? 
 首を傾げて考え込むぼくに、レギュラスは我慢の限界に来たらしい。普段は白い頬に赤みを浮かべて叫んだ。

「ダンスパーティですよ! 今年は誰と行くつもりなんですか!」
「えっ? ……えっ!?」

 唐突に言われた言葉に混乱する。確かに、レギュラスをダンスパーティに誘うつもりだったけど、まさかそのレギュラス本人に「誰と行くつもりなのか」と問いただされるとは思ってもいなかった。

 もしかして、今年はぼくに先手を打ってきたのかもしれない。こういう姿勢を見せることで、今年は絶対に貴方と行きませんからね、という……きっとそうだ。そうに違いない。

「ご、ごめんよ……君を誘おうと思っていたけど、迷惑だったよね……今年はじっとしておくからさ、君は好きな子を誘っておいでよ、君の邪魔をするほど、ぼくは大人げなくはないから……」
「一体どうしてそんな話になるんです!?」

 レギュラスは怒り心頭といった様子で、ふるふると震えている。
 ダン! と一歩踏み込まれ、思わず半歩下がった。

「……あー、ブラック、レギュラス? には遠回しな言葉は効かないわ、特にこのような場面ではね」

 鈍感なのよ、とリリーは呟いた。

 リリーの言葉に、レギュラスは少し頭が冷えたらしい。というよりは、むしろぼくに呆れ果てたようだ。ため息をついて頭を押さえている。

「なるほどなるほど……そうですか。心労お察しします、Ms. エバンズ」
「べっ、別に苦労はしてないわよ!」

 今度はリリーが赤くなる番のようだった。
 ぼくには、一体目の前で何が繰り広げられているのか分からない。リリーとレギュラスは、何かに対して分かり合ったようだが──それもぼくの、おそらく欠点で──

「それでは、単刀直入に伺います。僕にこんな態度を取らせるのなんて、貴方くらいだと胸に刻みなさい」
「え? あ、はい」

 なんでぼく、怒られているのだろう。
 レギュラスは軽く咳払いすると、目を細めてぼくを睨みつけた。レギュラスのように顔が整っている人にこのような表情をされると、なんだかすごく居心地が悪くなる。

「僕とダンスパーティに来なさい」
「はい……えっ?」

 つい反射で頷いてしまったが、今のは本当に返事しても良かったのだろうか。というか、「伺います」と言っておきながら、明らかに命令口調だったよな、レギュラス……。

「え、えっと……レギュラス、それでいいの?」
「何がです」

 ぼくとダンスパーティに行くって、と口の中でもごもごと呟くと、レギュラスは大きなため息をついた。

「構わないから、こうしてお誘いしているんです。本当に物分かりの悪い鈍感野郎ですね」
「物分かりの悪い鈍感野郎……」

 ぼくだって人の言葉に傷つくんだぞ? 分かってるのか? 
 レギュラスは独り言のように続けた。

「それに、先にこうして毒にも薬にもならない人物をパートナーと決定していれば、集まる女性を断る格好の言い訳になりますし、後々面倒ごともないし……下手に女性を一人選ぶと、後の処理が面倒なんですよね……」
「おモテになる奴は、さすが言うことが違いますね……」

 ハハハ。なるほど、だからぼくをね……。去年のダンスパーティでぼくをパートナーとすることのメリットに、味をしめたということか……ちょっと悲しい。

「なるほど……はそうやって誘えばいいのね、勉強になるわ……今後に生かそう」

 リリーはなにやらブツブツ言っている。ちょっとだけ背筋が寒くなって、思わず身震いした。

「それでは、クリスマスに」
「はは、はーい……」

 そう言って、満足したようにレギュラスは踵を返した。その後ろ姿に力なく手を振って、はぁ、と肩を落とす。

「物分かりの悪い鈍感野郎って……」

 さすがのぼくもグサッと来たぞ。レギュラスはぼくに対して本当に辛辣だ。嫌われているのかもしれない。

「でも、レギュラスの言葉に私は同意するわ」
「リリーまで……」

 そんなに鈍感な自覚はないのだが、そもそも自覚があったら鈍感とは呼ばれない訳で。
 一体どうすればいいのだろうと頭を抱えたとき、リリーがふわりと笑った。
 その笑顔に、思わず目が離せなくなる。

「ま、はそのままので、別にいいと思うわ。もう仕方ないしね。私はのそんなところ、好きよ」

 何気ない会話の一部分である『好き』という単語に、どうしようもなく心が揺れた。
 なんでこんな気分になるんだろう? 不思議に思って胸を押さえる。

「そっか……いや、うん……ありがとう」

 リリーは「変な」と言って、また笑った。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 重たい心を引きずりながらも、グリフィンドール塔でハリーと合流したのは、シリウスが現れるという午前一時の五分前だった。
 ハリーの帰りが遅く、見かねたハーマイオニーが談話室に入れてくれたのだが、やっぱり他寮の居心地はそうよくはない。しばらくはハーマイオニーが相手をしてくれたが、十二時を回ったあたりで彼女も寝室へと上がってしまった。

「ハリー、遅いよ」
「ごめんね、でも、ハグリッドが……」

 そこでハリーは言葉を切ると、目を輝かせて暖炉の前に駆け寄っていった。

「シリウスおじさん! 元気なの?」

 目を向けると、暖炉にはシリウスの生首が鎮座していた。ぼくも暖炉に近付くと、ハリーの隣に屈み込む。

「シリウス!」
「やぁ、ハリーにアキ……」

 シリウスはハリーに「おじさん」と呼ばれたことに少しショックを受けたようだったが(まぁ、実際おじさんだし。……そんな歳なんだなぁ、本来はぼくも)、ハリーに「あぁ、心配しなくていい」と気丈にも言った。髪を短く切って、食事もちゃんと取っているのか、前に会ったときよりも若々しい。幽鬼みたいに見えたもんなぁ、前は。そしてやっぱり格好いいな、シリウスは。昔と変わらずイケメンだ。

「ハリー、君はどうだね?」

 真剣な表情でシリウスに言われ、ハリーは一瞬言葉に詰まったが、今まで溜まっていた胸の内のモヤモヤを吐き出すように、様々な言葉が溢れ出た。ゴブレットに名前を入れてないことを誰も信じてくれないこと、『日刊預言者新聞』のこと、そして──ロンのこと。ハリーの背中を、ぼくは優しく叩いた。

「それに、ハグリッドがついさっき、第一の課題が何なのか見せてくれたんだ。ドラゴンなんだよ、僕、もうおしまいだ」

 その言葉で、ハリーは少しスッキリした面持ちで話を終えた。シリウスはじっと黙ってハリーの話を聞いていたが、ようやく口を開いた。

「ドラゴンは、ハリー、何とかなる。しかしそれはちょっと後にしよう。あまり長くはいられないんだ……この火を使うのにある魔法使いの家に忍び込んだから。ハリー、君に警告しておかなければならないことがある」
「何なの?」

 続いてシリウスが言った言葉に、ぼくらは目を瞠った。

「カルカロフだ。ハリー、アキ、あいつは『死喰い人』だった。それが何か、分かってるね?」
「……えっ? ──あの人が?」
「あいつは逮捕された。アズカバンで一緒だった。しかしだ、あいつは釈放された。ダンブルドアが今年『闇祓い』をホグワーツに置きたかったのはそのせいだ。カルカロフを逮捕したのはムーディだ。そもそもムーディがやつをアズカバンにぶち込んだ。ムーディは凄まじい魔法使いだ。なぁ、アキ?」

 ぼくは曖昧に頷いた。ムーディ先生に対してぼくが持つ違和感については、今言う必要はないだろう。

「カルカロフが釈放された? どうして釈放したの?」

 ハリーは逮捕されたカルカロフが釈放された理由が呑み込めないようだった。こういう政治的な感覚は、ハリーにはまだ備わっていないようだ。正義感の強いハリーには、馴染みのない感覚だろう。

「魔法省と取引をしたんだ」

 シリウスは苦い顔をして言う。シリウスも、このような取引は毛嫌いするタイプだった。そういうぼくも、そう好きではない……。

「自分が過ちを犯したことを認めると言った。そして他の名前を吐いた……自分の代わりに多くの者をアズカバンに送ったんだ。あいつはアズカバンでは嫌われ者だ、言うまでもないことだがね。そして、出獄してからは、私の知る限り、自分の生徒全員に『闇の魔術』を教えてきた。だから、ダームストラングの代表選手にも気をつけるんだ、いいね?」
「うん。でも……カルカロフが僕の名前をゴブレットに入れたってことはないと思うんだ。だって、もしカルカロフの仕業なら、あの人は随分役者だよ。カンカンに怒っていたように見えたもの。僕が参加するのを阻止しようとした」
「奴は役者だ。それも相当の。何しろ、魔法省に自分を信用させて、釈放させた奴だ。……さてと、『日刊預言者新聞』にはずっと注目してきたよ、ハリー──」

『日刊預言者新聞』という単語が出た瞬間、ハリーは表情を歪めた。

「シリウスおじさんもそうだし、世界中がそうだね」

 皮肉げにハリーは言う。シリウスはまたも「おじさん」呼びにダメージを食らったようだったが、気丈にも話を続けた。

「そして、スキーター女史の記事の行間を読むと、ムーディはホグワーツに出発する前の晩に襲われた。……いや、あの女がまたから騒ぎだったと書いてることは承知してるよ、ハリー。しかしだ、私は違うと思う。誰かが、ムーディがホグワーツに来るのを邪魔しようとしたんだとね。彼が近くにいると仕事がやりにくくなるということを知っている奴がいるんだ。誰も本気になって追及しないだろう──侵入者の物音を聞いたと、ムーディはあまりにも言いすぎた。しかし、だからといってムーディがもう本物を見つけられないというわけではない。ムーディは魔法省始まって以来の優秀な『闇祓い』だった」
「じゃあ、シリウスおじさんが言いたいのは、カルカロフが僕を殺そうとしてるってこと? でも──どうして?」

 そう尋ねられ、シリウスも黙った。シリウス自身も、考えがまとまってはいないのだろう。

「近頃、どうもおかしなことを耳にする……『死喰い人』の動きが最近活発になっているらしい。クィディッチ・ワールドカップでも正体を現しただろう? 誰かが『闇の印』を打ち上げた……それに、行方不明になっている魔法省の魔女職員のことは聞いているか?」
「バーサ・ジョーキンズ?」
「そうだ。ヴォルデモートが最後にそこにいたという噂のあるその場所、アルバニアで姿を消した。その魔女は、三校対抗試合が行われることを知っていたはずだね?」
「えぇ、でも、その魔女がヴォルデモートにばったり出会うなんて……」

 シリウスは少し躊躇うように言葉を切った。

「いいか。私はバーサ・ジョーキンズを知っていた。私と同時期にホグワーツにいた、ジェームズ……君の父さんや私より二、三歳年上だ。とにかく愚かな女で、知りたがり屋で、頭が全く空っぽ。いい組み合わせじゃないな。彼女なら簡単に罠にハマるだろう」
「それじゃあ、ヴォルデモートが試合のことを知ったかもしれないってことなの? カルカロフがヴォルデモートの命を受けてここに来たってこと?」
「それは……分からない。しかし、ゴブレットに君の名前を入れたのが誰であれ、理由があって入れたんだ。それに試合は君を襲うには好都合だし、事故に見せかけるにはいい方法だと考えざるを得ない」
「そりゃそうだ」

 ハリーは肩を竦めて自嘲気味に笑った。

「だって、自分はのんびり見物しながら、ドラゴンに仕事をやらせておけばいいんだもんね」
「そうだ、そのドラゴンだ。倒す方法はある、『失神の呪文』以外でもな──。ドラゴンは強いし強力な魔力を持ってるから、アキならともかくとしても、普通は一人の呪文でノックアウト出来ない。半ダースの魔法使いが束にならないと倒せない」
「うん、分かってる」

 ハリーが沈んだ声で呟いた。

「しかし、一人でも出来る方法があるんだ。簡単な呪文だ、つまり──」

 と、そこで足音が聞こえた。ぼくとハリーは瞬時に目を合わせると、ぼくは立ち上がり、ハリーはシリウスの言葉を遮りに掛かる。

「行って! 誰か来る!」

 そう言うなりハリーは立ち上がると、暖炉の火を身体で隠した。ぼくもハリーに習うも、シリウスの声で呼ばれて振り返る。

「早く行きなよ!」
アキ。君だけが頼りだ。ハリーを……」
「守る、分かってる」

 ポンと小さな音がした。やっとシリウスが行ったのだ。ぼくらは足音の主が誰かを注意深く見極めようとして──

「……ロン」

 脱力して、呟いた。

 ロンはグリフィンドール寮にいるぼくに驚いたようだったが、ハリーが低い声で「こんな夜中に、何しに来たんだ?」と言うのが先だった。声の感じから、相当怒っていることが分かる。
 ロンは少し気まずい表情をしていたが、肩を竦めた。

「別に。僕、ベッドに戻る」
「ちょっと嗅ぎ回ってやろうと思ったんだろう?」

 ハリーが怒鳴ったのに、驚いた。まさか、ロンにそんなつもりがある訳がない。
 ハリーの腕を引くも、ハリーの勢いは止まらなかった。そこで引くロンじゃない。

「悪かったね、君らの作戦会議を邪魔しちゃって。どうぞ、存分にお続けください」
「ロン!」

 ロンの名前を呼んだが、ロンはそのまま踵を返した。パジャマ姿のまま談話室を降り、外に出る。

「傷をつけてやりたかった。額にさ、そうしたらあいつも文句は言わないだろ」
「ハリー」

 ただただ悲しかった。腕を伸ばすとハリーを抱きしめ、髪を撫でる。ハリーはしばらくされるがままでいたが、やがてしっかりとぼくを抱きしめ返した。

「……どうして、分かってくれないんだ」

 ロン、と、ハリーは小さく呟いた。



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