破綻論理。

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「いやー見直したぜアキ。見た目はただの美少女だけど中身はちゃんと男だったんだな！」
「まさかあんな大観衆の中で誘うなんてなー、やるなぁ、真似出来ないよ」
「うるさいなぁ！」

　同室の友人、ウィルとレーンからステレオで言われ、ぼくは両手を振った。

　ついにこの日がやって来た。クリスマスだ。ただでさえ特別な日なのに、今日はしかも、ダンスパーティ。これで浮足立たない人はいないんじゃないのか。
　朝からたくさんのプレゼントに豪華な昼食、そして夜にはダンスパーティ。雪に囲まれているものの、ホグワーツ中が熱気に溢れていた。

　それまでぼくはハリー達三人にフレッド、ジョージを含めた総勢六人で雪合戦をしていたが、七時になり暗くなって、どこに誰がいるのかも分からなくなったのでお開きになった。

　レイブンクローの寝室では、ルームメイトがもう身支度の準備をしていた。慌ててぼくも、昨日ハンガーに掛けておいたドレスローブを引っ張り出す。
　黒の艶やかなローブは、去年アリスの父親、リィフに見立ててもらったものだ。値段は聞いてない。聞くのも恐ろしい……。

　もたもたとローブに袖を通していると、突然寝室の扉がバーンッと開け放たれた。

「アキ・ポッター！」

　……あー、この声は。間違いない、アクアの弟、ユークの声だ。
　振り返ると、ユークがズンズンとこちらに向かって歩いてくる。大好きなアリスに目も向けないから、相当怒ってんな、こりゃ。

「アキ！　姉上を誘ったなんて聞いてませんよ！」
「そりゃあまぁ、言ってないんだもん……」

　だって、絶対こうなると思っていたし。

　アリスはとっとと服を着替えた状態でベッドに寝転がり本を開いていたが、パタンと本を閉じてユークに声をかけた。

「でもあんだけ大々的に誘ったわけだし、よく今日まで知らなかったなぁ、お前」
「だって、姉上もドラコも教えてくれないんですよっ、二年生はダンスパーティに参加出来ないから、そんな情報もあんまり回って来ないし！　アリスが教えてくれればよかったのに！」
「やだよ、お前面倒臭いもん」

　ほーらよ、とアリスは立ち上がると、ぼくに付きまとうユークの脇に腕を入れ持ち上げ、「同学年の奴らに遊んでもらえ、俺らはこれから忙しいんだよ」と言って寝室の外に放り出した。

「アリス！　ひどいっ、僕はただ、姉上のためを思って！」
「おー、あいつのことを思うんだったら、アキはそっとしといてやれよ」

　そう言ってアリスはユークの鼻先でバタンと扉を閉める。ユークには申し訳ないが、少しホッとした。

　アリスは息を吐くと、周囲を見回し「お前らおっせぇなあ」と肩を竦めた。

「誰もがお前みたいにドレスローブを着慣れてると思うなよ！」
「そうだそうだ！　不良お坊ちゃんめが！」
「お前みたいに何着ても似合う訳じゃねーんだぞ！」

　瞬時にぼくらはアリスに怒鳴り返す。アリスは少し驚いたように目を見張ったが、やれやれと首を振って、ぼくに近付いてきた。

「ほーら、手伝ってやっから。持って生まれた顔はいいんだ、しゃんとしてりゃあ問題ねぇよ。たとえお嬢サマの隣でもな」

　そう言いつつ、留め具の歪みやシャツの流れ、胸ポケットのハンカチの位置など、鏡ではよく分からないところを、アリスは手早く直してくれた。ありがたい。

　やがて、アリスはぼくの首元のリボンタイに目を留めた。二、三度瞬きをして、

「……ちょいとずれてたぞ」

　と言い、軽く位置をずらす。

「こうして見ると、本当アリス、アキの執事みたいだな。アキ殿下に仕えるフィスナー卿」
「お前もされてぇか？　ウィル」
「残念ながら、もう準備は終わった」

　アリスとウィルが軽口を叩き合っているのを尻目に、髪紐を丁寧に結び直した。

「ありがと、アリス。行ってくる」
「おうよ、行ってこい」

　にっ、と笑うアリスに親指を立てると、ぼくは駆け出した。

　レイブンクローの談話室には、普段と違う色鮮やかなドレスを身にまとった人たちで溢れていた。誰もが期待に満ちた表情をしている。思わず笑みが零れた。

　スリザリン寮の近くまで行くと、アクアの到着を待つ。アクアはすぐに現れた。ぼくに気付くと顔を上げ、ふんわりと微笑む。

　普段流したままの銀髪は、上の方で品良く結い上げられていた。普段見えない白い首やうなじや華奢な肩が見えて、自然と心拍数が上がる。
　ドレスは水色の薄絹を何枚も合わせたようなもので、光に反射してキラキラと光っていた。胸元には、薄い水色の宝石が嵌ったネックレス。

「……可愛い」

　素直に、口からそんな言葉が零れていた。無意識の言葉に慌てるも、アクアはほんのりと頬を染め「……ありがとう」と呟く。
　そしてふと、ぼくのリボンタイに目を留めた。ぼくに近付くと、手を伸ばす。

「……少し、ずれてる」
「……っ」

　アリスのせいだ、と叫びたい衝動を、ぐっと堪えた。こんなに近いと、アクアの銀色の睫毛の長さまでよく見える。
　ふわりと香るこの香りは、何の匂いだろう。フラーのような強烈な魅力の香りではないが、肺を満たし安らげる香りだ。

「お手をどうぞ、お嬢様」

　芝居がかった口調で左手を差し出すと、アクアはくすりと笑って「……エスコートお願いしますね、王子様」と言い、ぼくの左手に右手を乗せた。

　玄関ホールは、人で溢れかえっていた。大広間のドアが開くのは午後八時、それまで皆うろうろしている。ぼくとアクアはホールの端の方に行き、ドアが開くのを静かに待った。

　ふと人混みの中、ハリーの姿を見つけた。隣にいるのは、確かグリフィンドールのパーバティ・パチルだ。レイブンクローのパドマ・パチルとは双子だっけ。
　そう言えば、レイブンクローの女の子が誰かロンと行くようなことをお喋りしていたような気がする。ひょっとしたら、パドマがロンのパートナーか。

　深緑色のローブは、とても落ち着いた色合いで、ハリーによく似合っている。ぼくの視線に気付いたか、ハリーがこちらを見て、驚いた表情を浮かべた。
　ぼくは笑顔を浮かべて手を振ると、ハリーも手を振り返してくる。パーバティがハリーの今の仕草について尋ねているのだろう、ハリーがそれに答えるのを、ぼくはしばらく見つめて、やがて目を離した。大広間のドアが開いたのだ。

　人に押し流されてはぐれないよう、アクアの手を掴んだ。恥ずかしくてアクアの顔をまともに見れない。
　アクアは驚いたようにぼくを見ていたが、やがて繋いだ手に力を込めた。

　扉の脇には、代表選手が待っていた。どうやら生徒全員が着席してから入場するようだ。四人の代表選手と四人のパートナーが、入場する人たちを手持ち無沙汰に眺めている。
　もっとも、眺めているのはこちらも同じだ。代表選手とそのパートナーを、誰もが穴が開くほど眺めていた。

　フラーのパートナーは、レイブンクローのクィディッチキャプテンで監督生のロジャー・デイビース。そしてセドリックとチョウは、ぼくに気付くとにっこり笑って手を振った。
　セドリックが「やったな」と口パクで伝えてくる。余計な御世話だい。

　ハリーはぼくとアクアを見て、にっこりと笑った。
　アクアはちょっと戸惑ったように、軽く首を傾げてハリーを見たが、おずおずと笑みを返した。

　そして、クラムとハーマイオニーの姿。
　ハーマイオニーは見違えるほどに可愛くて、普段の彼女を知る者は皆あんぐりと口を開けてハーマイオニーを見ていた。艶やかな栗色の髪に、薄い青のドレスで柔らかく微笑んでいる。とっても美人だ。

「……ハーマイオニー、とっても可愛いでしょ」

　心を読まれたかと思った。
　慌ててアクアを見ると、しかしアクアは何処となく誇らしげだった。

「一緒にドレスを選んだのよ。……すっごく可愛い」

　ハーマイオニーがぼくとアクアに気がついて、華やかな笑顔で手を振った。アクアがぴょんと軽くその場で飛び、手を振り返す。子供っぽい仕草のアクアも、とっても可愛い。

　大広間の中も、普段とは全く違っていた。
　銀色に輝く霜で壁が覆われて、空を映す天井の下には、ヤドリギや蔦が絡んでいる。普段のテーブルは取り払われ、代わりに十人くらいが座れる円形のテーブルが数多く置かれていた。

　大広間の席に全員が着いたのを確認して、マクゴナガル先生と代表選手、そしてそのパートナーが入場してきた。拍手で出迎える。
　ハリーは緊張の面持ちで、きっと自分の足につまずいて転ばないように必死なのだろう、と思って微笑ましくなった。

　代表選手は審査員のテーブルに近付くと、揃って腰掛けた。ハリーの隣にはパーシーがいる。綺麗な濃紺のパーティローブを纏っていた。
　ふと気がつく。クラウチ氏の姿が見えない。ダンブルドア、マダム・マクシーム、そしてカルカロフ、バグマン氏はいるのに、どうしてクラウチ氏はいないのか。体調でも崩したのだろうか。

　クリスマスのディナーは、驚くほどに美味だった。ひょっとすると、横にアクアがいたからかもしれない。
　アクアをじっと見つめると、アクアが気付き、何？　と言わんばかりに首を傾げてこちらを見つめるその姿が、ぼくにはたまらなく可愛く見えるのだ。

　食事が終わると、ダンブルドアは立ち上がり、生徒たちを立ち上がらせた。杖を一振りすると、すべてのテーブルは壁際に退いていき、真ん中に広いスペースが出来る。
　その後、ダンブルドアは右手にステージを拵えた。ドラムやギターなど様々な楽器がそこに設置される。

　そして「妖女シスターズ」が、大勢の拍手に迎えられステージに上がった。
　ぼくにはさっぱり馴染みがないが、普段魔法界で暮らしている人にとっては誰もが知っているバンドなのだろう。アクアが目を輝かせているから、いいか、とぼくは肩を竦めた。

　伝統に従い、代表選手が先にダンスを始める。
　幣原秋の時代でも、魔法魔術大会の年にクリスマスダンスパーティはあったが、勝ち残った選手が先に踊る、ということはなかった。皆に見られながら踊らなくってよかったと心から思う。さすがのレギュラスも、全校生徒に大注目される状態で幣原と踊りたくはなかっただろうし。

　一曲が終わると、すぐさま全校生徒もダンスフロアに出て踊り出す。ぼくも笑顔でアクアの手を取った。

　夢のようだと思った。アクアとダンスを踊っている、なんて。
　夢なら覚めないで欲しいと願った。

　今日ばかりは、幣原秋のことだって、三大魔法学校対抗試合のことだって、ムーディ先生のことだって、スネイプ教授のことだって、先日ダンブルドアに言われたことだって、何もかも──自分が何者か、なんてことも、全て──忘れ去ってしまいたい。
　ただ、目の前で笑顔を見せる一人の女の子のことだけを考えていたい。ただただそれだけを、望んでいた。

「楽しんでるか、アキ？」

　そう尋ねられ後ろを向くと、セドリックとチョウのペアだった。心からの笑みを浮かべる。

「当然！」

　楽しくないはずが、ないじゃないか。

　曲が一旦ひと段落ついた。
　アクアの頬が赤みを帯びて火照っているので、「休憩しようか」と提案すると、アクアはすぐさまコクリと頷いた。ちょっと無理をさせてしまったのかもしれない。

　共に飲み物を手に取り丸テーブルへ着くと、アクアは一息にグラスを煽り、そして人心地ついたように息を吐いた。汗で前髪が額に貼り付いている。
　ぼくの視線に気付いたか、アクアは前髪を気にしつつも照れたように笑った。

「……暑いわね、全く」
「あぁ、本当に」

　ぼくも笑みを返した。

　すると、ぼくの隣にアリスがどっかり腰掛けた。背を逸らし、ぐったりと肩を落としている。

「……あー、疲れた……」
「アリス、パートナーの女の子は？」

　そう尋ねると、「あっちで違う奴と踊ってる」と言い顎で方向を指した。
　腕を上げるのも億劫らしい。珍しい、アリスがこんなにも疲れてるなんて。

「女の子舐めてたぜ……なんだあの無尽蔵な体力は……見た目と全然違うじゃねぇか……」
「ふん、その程度で音を上げるとは、お前もその程度か、フィスナー」

　ドラコがどこから聞いていたのか、楽しげに会話に入ってきた。
　しかしドラコも頬を紅潮させ、オールバックにされた髪は何束か額に掛かっている。

「そういうお坊ちゃんも息が上がってるようだが？　ダンスパーティなんてしょっちゅう行き慣れてるだろうに、このくらいで息を切らして大丈夫なのか」

　アリスも皮肉で応戦する。この二人は、全く変わらない。
　熱気で言い合いがヒートアップしてもまずいし、せっかくのダンスパーティなのだ、楽しまなくっちゃ勿体ない。
　ドラコにアクアの隣にでも座るように促すと、「あぁ」と頷き素直に腰掛けた。

「ドラコ、パンジー連れてたよね？　放っておいて大丈夫なの？」
「向こうでクラスメイトと喋っている、楽しそうだし大丈夫だろう」
「そう」

　しかし、アリスもドラコもパートナー置いてぼくのところに集まるなよな。ここだけ男密度が高くなる。

「アキは女の子みたいな見た目だし、問題ないさ」
「ちょっとドラコ！」

　声を上げると、ドラコは声を上げて笑った。

　ドラコと喋るのも、思えば久しぶりだ。しかし、あんまり歳月を感じない。

「それにな。……最後だし、やりたいことがあって来たんだ」
「やりたいことって？」

　ぼくは首を傾げた。ドラコは微笑むと、アクアを見た。とても優しい眼差しだった。

「アクアを、一曲だけ貸してくれないか？」

　アクアは驚いたように目を見開くと、申し訳なさそうにぼくを見上げた。
　ぼくはアクアに笑いかけると、ドラコを見る。

「うん、気が済むまで、どうぞ」
「……ありがとう、アキ」

　ドラコはぼくに頷くと、アクアの前に跪いた。
　どこまでも格式高く、どこまでも優美にアクアの右手を取り、グローブ越しに軽く口付けると、真摯にアクアを見上げる。

「僕と踊っていただけませんか？」

　アクアは、少し迷ったようだった。しかしぼくが背を押すと、ぼくをちらりと振り返った後、フロアに出て行った。
　今、妖女シスターズは、穏やかなワルツを奏でている。そのリズムに従って、二人は踊り出した。最初は表情を曇らせていたアクアだったが、ドラコが何事か囁くのに、だんだんと表情を明るくさせる。
　ふわり、ふわりと、ターンのたびにアクアのドレスが揺れる。ドラコがアクアの腰に手を回し、抱き上げた。二人は、とても無邪気に笑っていた。

　いい表情をしているな、と、素直に思った。

「……あーあ、いいのかよ、アキ」
「いいんだよ、ぼくは」

　アリスに、言葉を返した。
　それは、本心から出た言葉だった。もっと嫉妬に焦がれるかと思っていたのに、胸の中はひどく穏やかだ。

「アキ、お前なら大丈夫だよ」

　何の気負いもなしに、アリスはそう言った。
　一体何が「大丈夫」なのか、そんなことはアリスは言わなかったし、ぼくも聞かなかった。

「……ねぇ、アリス」

　ぼくは悪戯っぽく笑って、アリスを見た。アリスも目に光を湛え、ぼくを見返す。

「一緒に踊らない？」
「奇遇だな、同じこと考えてた」
「じゃあ、決定だ」
「お前女役踊れんの？」
「踊れるよ、実際に踊ったこともある」
「いつの話だ、そりゃ……」
「前世の話だよ」

　アリスに手を差し伸べた。アリスもにやっと笑ってぼくの手を掴む。

「あっはははは！！」

　楽曲はいつの間にか、テンポの早くノリの良い曲に変わっていた。周囲も最初のパートナーと踊る、というよりは友人とお遊びで踊っている、みたいな人も多く、ぼくらはとても気楽にはしゃぎ合った。
　誰も形式に拘らない。ターンを回り過ぎようが、相手をぶん回し過ぎようが、誰に気負う必要もない。

　呼吸を読もうとも思わない。自分が思うままにステップを踏めば、自然と息が合っている。それは、アリスも同じだろう。
　お互いが自由気ままに、居心地のいい場所を求めて、自然と隣にいるのだ。

　他の誰でもない、ぼくが、アリスとアクアの隣にいたいと感じたんだ。
　それだけ分かっていれば、大丈夫だろう。





　ふて腐れた表情で、アクアはぼくを待っていた。
　ドラコは二曲だけ踊ると、パンジーの元へと戻ってしまったらしい。アリスと調子に乗って四曲も踊ってしまったことに対して、アクアは唇を尖らせていた。

「……私とは三曲しか踊ってないのに」
「あー……ごめん」

　しかし、もう「妖女シスターズ」は休憩に入りそうな気配だ。おそらくこの曲で終わりだろう、そんな雰囲気が漂っている。ダンスホールも人はまばらになっており、生徒は思い思いに飲み物を飲んだり歓談に耽ったりと時間を過ごしている。

「……外に出てみない？」

　そう誘うと、アクアは「……いいわよ」と言って笑った。





　玄関ホールに出ると、正面の入り口とは逆の方に歩いて行く。裏口から外に出た。周囲は灯りも人気もない。
　杖を振り上着を『出現』させると、アクアに被せる。心細げに、アクアはぼくの手をぎゅっと掴んだ。とくん、とぼくの心臓が跳ねる。

「どこに行くの？」
「内緒」

　そう言うと、アクアは不満を示すようにぼくの手を強く握った。痛い痛い。

　月の明かりを頼りに、ぼくらは歩いていく。澄み渡った冬の空気の中、月は煌々と明るく存在を示している。
　吐く息が白い。今はまだ涼しいと感じる夜風も、汗が引いてくると寒く思うだろう。アクアに風邪を引かせるのもまずい。早めに済ませて、早めに帰ろう。

　温室の横をすり抜け、森へと抜ける小道に入った。まっすぐ行くと、『禁じられた森』へと辿り着くルートだ。

「……森へ行くの？」

　アクアは少し不安げに尋ねた。

「そこまではいかないよ。もうちょい手前さ」

　そう言って、小道の途中で左に曲がる。
　少し行くと、視界が開けた。

「……わぁ……」

　アクアが目を瞠る。ぼくは柔らかく微笑んだ。

「気に入って頂けたかな？　お嬢様」

　辺りは一面、花で埋め尽くされていた。
　ただの花ではない、雪に根を張り、夜に幻想的な光の花びらを開く、なんとも不思議な花だ。昔、幣原秋が、悪戯仕掛人と夜の散歩を楽しんでいた時に見つけたもの。ぼくと彼らの宝物。

　そんな宝物を、彼女には見せてあげたいと思ったんだ。

　花粉が穏やかに舞っている。
　花粉自体が色とりどりに発光していて、それが白と黒の雪景色の中では、何よりも映えて見えた。

「ねぇ、アクア」

　驚くほど自然に、声が出た。
　心は凪いでいた。
　どこまでも穏やかに、ぼくはアクアを見つめた。

「ぼくは、君のことが好きだよ」

　アクアはしばらくポカンとぼくを見ていたが、やがてパッと顔を赤く染めた。
　その反応がおかしくて、ぼくは笑った。

「ぼくと一緒にいたら、普通に過ごすより厄介事が増えると思う。ぼくはハリー・ポッターの弟で、同時に幣原秋でもあるから。ぼくはきっと、君を最優先には出来ないし、君を誰より幸せに出来るとも思えない。それに、ぼくは嘘つきだから。これからも君を誤魔化し続けることもある。……それでも」

　ずっと隣にいて欲しい。
　それだけで、ぼくは幸せになれるから。

「君の一番の幸せを考えるなら、それこそドラコに渡した方がいいのかもしれない。ドラコなら、君の幸せを一番に考えてくれる。君を守ってくれる。……でもね、君を渡したくなかったんだ」

　これは、ぼくのエゴイズムだ。
　でも、少しくらい、いいだろう？　
　自分自身（アキ・ポッター）のために動いたって。

「……ねぇ、アキ」

　やがてアクアは、そっと口を開いた。ほんのりと笑みを浮かべて、囁く。

「前にね。……『君を好きでいていいの？』って、言ったでしょう？」
「……あ」

　あの時のことを思い出して、頬が熱くなった。恥ずかしい、覚えられていたなんて。
　あの日の支離滅裂さ加減を、ぼくは許さない。どうしてタイムターナーを返してしまったのか……あの日の自分をぶん殴ってやりたいくらいだ。何がなんでも、色々零しすぎだろう。
　しかしアクアは、優しく微笑んだ。

「……好きでいて、いいよ」

　アクアが、ぼくに手を伸ばす。
　抱きしめた背中は、とても小さくて。それでいて、暖かくって。
　ぼくはこの子を守ってもいいのだ、と、赦された気がした。

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