破綻論理。

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空の記憶

第27話 不死鳥の騎士団First posted : 2015.10.08
Last update : 2022.10.11

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 クリスマス休暇がやってきた。今年は、去年と違って、学校に残る人は少ないようだ。
 まぁ、去年は学校主催のクリスマスダンスパーティがあったわけだし、今年はそんな行事がないから、クリスマスくらい家で家族と一緒にゆっくりしたい人も多いのだろう。

 いつもは四人で利用している寝室も、ルームメイトが全員帰省してしまったため、ぼく一人だ。談話室に降りてみても、見事にガラガラ、誰もいない。

「わーい、ひっとりじめだー!」

 試しに叫んでみた。ちょいと反響したくらいだった。虚しくなる。

 いつもは競争率が高くてなかなか座れない、暖炉のそばのふかふかしたソファに、膝を抱えて座り込んだ。
 暇過ぎて、クリスマス休暇にと出された宿題は、全てもう終わらせてしまった。悪戯仕掛人も、今年は全員実家に帰っているらしいし、セブルスもリリーもいないようだ。寂しいったらありゃしない。

 その時、談話室の扉がガチャリと開く音がした。誰か帰ってきたのか。
 人見知りの自覚があるぼくは、普段なら知らない人には話しかけることが出来ないが、今は無性に話し相手が欲しかった。
 誰でもいい、誰でもいいから、せめてチェスにでも付き合って欲しい。一試合だけでいいから。

 しかしぼくの予想を外れて、談話室に入ってきたのは、ぼくの知っている人だった。

「エリス先輩!?」

 エリス・レインウォーター先輩。ぼくの三学年上で、現在は魔法省の闇祓い局で働いている。
 去年の魔法魔術大会の本戦で、ぼくと当たった人。そして、この前の夏休み、ライ先輩と共に、ぼくをヴォルデモートに対抗するレジスタンス組織に誘った人。

 エリス先輩は、ぼくの姿を視認すると、ちょっとだけ目を瞠って、「やぁ、幣原」と微笑んで近付いてきた。レイブンクローの青い裏地が縫いこまれたローブじゃない。黒のインバネスコート、というのだろうか。クラシカルで重厚なイメージを相手に与える服だ。
 襟元や袖口には、紋章が刻まれている。

「あぁ、闇祓いの制服だよ。まだまだ訓練生だけどね」

 ぼくの視線に気付いたか、エリス先輩はそう言うと、ぼくの斜め右隣の肘掛け椅子に腰掛けた。談話室を感慨深そうにぐるりと見渡し、微笑む。

「卒業してから半年も経ってないのに、懐かしく感じるよ。そう変わってないね」
「そんなに変わるもんじゃないですよ。……それより、一体どうしたんですか?」

 あぁ、と言って、エリス先輩はぼくを見た。

「夏休みの話、覚えているかい?」
「……ヴォルデモートに対抗するレジスタンス組織の話、ですか?」
「さすが、素晴らしい洞察力。我がレイブンクロー切っての人材だね」

 お世辞だと分かっていても、褒められるのは嬉しいものだ。

「その『不死鳥の騎士団』──あぁ、名前がこの前決まってね。名もなきレジスタンス集団から『不死鳥の騎士団』。どうだい、格好いいだろう? 誰が名付けたんだろうね、いいセンスだ……」
「……『不死鳥の騎士団』……」

 その言葉を、口の中で遊ばせた。
 なるほど、確かに格好いい。

 エリス先輩は、にっこりと笑った。

「その一番初めの会合にご招待だ、幣原





「しかし、暇そうだったね。課題はもう終わったの?」

 ホグワーツ校内では、『姿くらまし』は禁止されている。そのため、ぼくとエリス先輩は、『姿くらまし』が出来るほど校内から離れた場所へと歩いていた。
 積もった雪を踏みしめつつ、エリス先輩はそうぼくに尋ねた。

「友達が、皆が皆帰省しちゃってて。あまりに暇で、気付いたら全部終わってました」

 そう肩を竦めると、「さすがだね」と、エリス先輩はおかしそうに笑った。

「あんまり、君とこういう話はしたことがなかったね。成績はどんな感じなのか、聞いても?」
「……そう面白くはないですよ。そんな、悪くはないです」
「それは分かってるよ。具体的な数字を教えてくれないか? 覚えてるだろう、君ならば」

 むぅ、とぼくは口をへの字に曲げた。自慢のようにも感じるから、あまり成績については触れられたくはないのだけれど。

「……去年の、四年の時の成績は、トータル学年で五番でしたけど」
「なるほど、なるほど。トップはやはり、ジェームズ・ポッター?」
「そうです」

 ジェームズには敵わない。努力している風にも見えないのに、頭いいんだもんなぁ。嫌になっちゃうよ。

「でも、呪文学の成績は彼よりいいんだよね? 『呪文学の天才児』、だっけ?」
「止めてください、そのあだ名、あんまり好きじゃないんです……」
「はは、ごめんね。じゃあ、『呪文学』と『闇の魔術に対する防衛術』、『変身術』、それに『魔法薬学』の成績は?」

 どうしてそんな質問をするのだろう、と思い、ぼくは目を瞬かせると、エリス先輩を見た。
 先輩は、謎めいた微笑みを浮かべてぼくを見ている。

「……単刀直入に言おう。『闇祓い』に入る気はないか?」

 目を見開いた。

 闇祓い。魔法省魔法法執行部の中でも、エリートと呼ばれる実戦部隊。入ることも至難の業、と呼ばれるほどに、その門は狭く、極めて優秀な者しか採用しないため、採用者がゼロである年も少なくないと聞く。

 今日の日刊預言者新聞の見出しを、思い出した。
『闇祓い三名、意識不明の重態』──。

「……ぼくなんかが、受かる訳……」
「受かるさ」

 エリス先輩の声は、確信に満ちていた。

「謙遜は美徳だが、自分の能力をはっきりと見積もることも必要だと、私は思うよ。君には才能がある。そしてその能力を一番生かすことが出来るのは、闇祓いだ。闇祓いになれば、君は間違いなく、英雄になれるだろう。この戦況を左右するほどの戦力になるだろう」
「…………」
「今決めずとも良いさ。ただ、頭の片隅に、置いていてくれ。五年生だろう? ふくろう試験がある。それで、今言った科目──『闇の魔術に対する防衛術』『呪文学』『変身術』『魔法薬学』は、本気で勉強しな──君の将来を決定づける、大切な科目になるかもしれない。まぁ、『闇祓い』にならずとも、今言った科目をしっかりと学ぶことは無駄にはならない……必ずや将来の糧になるはずだ」

 エリス先輩の言葉に、ぼくはしばらく黙って、そして小さな声で「考えておきます」と返事をした。





 エリス先輩の『付き添い型姿くらまし』で連れてこられたのは、一軒の古びた屋敷だった。扉にはドアノブがなく、木の板が打ち付けられ、いかにも放置されて長い家に見えた。
 しかし、その木の板にエリス先輩が杖を押し付けると、扉はスルンと姿を重厚で深みのあるものに姿を変える。

「後で杖を登録しよう。そうすれば君も入れるようになる」

 そうエリス先輩は囁くと、ぼくの背を押した。

 家の中は、外からの荒れ家からは想像もつかないほど綺麗だった。タイル敷きの廊下が、ずっとまっすぐ続いている。人に反応してか、棚置きのランプがポッと淡い光を灯した。
 両脇の壁には、多くの肖像画が掛けられていて、その肖像画たちはじっとぼくらを──ぼくを見ていた。

「まだ小さな子供じゃないか!」
「あんな子供を入れるというの?」
「人手不足なのだ、悪くは言うてやるな……」

「気にするなよ、幣原。君の魔法力は、そこらの大人より数段上なのだから」

 そう言いながら歩みを進めるエリス先輩の後を、追いかけた。足音が廊下に反響する。
 まっすぐ行くと、一つの部屋に辿り着いた。漏れるざわめきから、ここに何人もの人がいるのであろうことが簡単に予想出来た。

 エリス先輩はドアを開けると、ぼくの背中をぐいと押した。堪らず部屋に数歩踏み入れると、部屋にいた全員の視線が、ぼくに一斉に突き刺さる。
 誰もがぼくより歳上だ。近くても、エリス先輩の同級生くらいの人しかいない。

「お前の秘蔵っ子か? レインウォーター」

 と、一人の男性が声を上げた。「そうですよ、ムーディ先生」と、エリス先輩がぼくの頭に手を乗せる。

「昨年の魔法魔術大会優勝者、幣原。私を実力の半分程度の力でぶちのめした実力者です」
「止めてくださいその言い方!!」

 思わず声を上げた。なんたることを。
 しかし青褪めるぼくとは逆に、場の空気は和んだようだ。

「お前を少々鍛え直さんといかんようだな、レインウォーター」
「あ、やべ」

エリス先輩が素の声を漏らすのに、どっと笑いが零れた。
 少し、緊張していた気持ちが解れる。

 二つ空いていた席があったので、そこにエリス先輩と並んで腰掛ける。
 すると、隣の女の人がにっこりとぼくに笑いかけた。丸顔で優しそうな人だ。

「初めまして、幣原くん。アリス・プルウェットよ。エリスくんとは同期なの。この前の魔法魔術大会、見てたよ。まさかライを負かすとはねぇー」
「ライが誰かに負けるのなんて初めて見たよ、いっつも澄ました顔しているし。でもアレで、案外抜けているというか、そこが面白いんだけどね……っと、初めまして、僕はフランク・ロングボトム。同じく、エリスの同期だよ。去年まで、グリフィンドールにいてね。ライとは七年間同室だったものさ。ま、悪友ってところかね」

 そう言って顔を覗かせたのは、短い茶髪の男の人だ。えっと……プルウェットさんもロングボトムさんも、エリス先輩と同じく闇祓いの制服を身に纏っている。
「は、初めまして」と慌てて頭を下げると、「そう畏まらなくってもいいよ」と笑われてしまった。

「だいたい集まったようじゃの」

 その声に慌てて顔を向けると、いつの間にかダンブルドア校長が、円卓についていた。一体いつ現れたのだろう、気配も感じなかった。
 一瞬で場が静まり返る。ホグワーツでの何かしらの行事でも思うが、やっぱりこの人、魔法使ってんじゃないの? 小学校の校長先生とはえらい違いだ。

「さて、我らが『不死鳥の騎士団』に、ようこそ名乗りを上げてくださった。ぐるりと見回しただけでも、錚々たるメンバーのようじゃ。闇祓いが二人に、闇祓い訓練生が三人。魔法省関係者が三人。ここには集まっていないメンバーもまだおる。わしの愚弟もそうじゃが、我が古くからの友人や、ミネルバ・マクゴナガル教授も、是非ともと名乗りを上げてくださった」

 ほう、マクゴナガル先生が。すごいメンバーだ、とぼくは目を瞠った。ふとダンブルドアと目が合う。
 ダンブルドアがぼくに向けて密やかに片目を瞑ったのに、一体何を返していいのか分からなくて、曖昧な笑みを浮かべた。

 ダンブルドアは、ふと真面目な表情になって周囲を見回した。

「さて、『不死鳥の騎士団』じゃが、急速にやらねばならぬことが二つばかりある。一つは、メンバーを集めることじゃ。圧倒的に足らん、数も、力も、何もかも、あやつには劣っておる。戦力拡充が重要じゃ。しかし人選も大切じゃ。心より信頼出来る者を、あやつに屈せぬ心の持ち主を選べ。もはや年齢は問うておられぬ。力と強き意志を持つ者を何よりも求めるのじゃ、ヴォルデモートよりも先に。

もう一つ。この『不死鳥の騎士団』に逮捕権限はない。そのため、あやつやあやつに付き従うもの──最近は『死喰い人』と呼ばせておるらしいが──を捕まえることは出来ぬ。そのため、『不死鳥の騎士団』では主に隠密活動を執り行うこととする。とても危険な任務じゃ。それに数も少ない。決して皆の者よ、ゆめゆめ、命を粗末に扱うことのないようお願いしたい」

 全員が一斉に頷いた。誰もが目に強い光を宿している。ダンブルドアは「以上じゃ」と言って椅子に腰掛けた。瞬間、ざわめきが再び立ち上る。

 その時、一人の男性と目が合って、ぼくは思わず声を上げそうになった──慌てて口を手で塞ぐ。その人はぼくの反応を見て、にやりと笑った。
 エリス先輩に「鍛え直さんといかんようだな」と言った人だ──エリス先輩は確か、ムーディ先生と呼んでいたっけ。顔中が傷だらけで、両目がまだあるのが奇跡のように思える。笑い顔もまた、歪に口が裂けたようにも見えて恐ろしかった。

「ムーディ先生に驚いた? まぁ無理もないわよねぇ、あんな形相なんだもの。私なんてこの前、夜中に会ったとき血相変えて叫んじゃったわよ」
「あぁ、あの時の。血相変えて叫ぶのはいいけど、アリス、驚いた『ついで』に呪いを乱射は止めてくれよ」
「あの時の騒ぎ、君だったのかい、プルウェット」

 プルウェットさんがそう言うのに、ロングボトムさんが天を仰ぎ、そしてエリス先輩が笑う。
 その、なんとも言えない暖かな雰囲気に、ぼくは思わず笑ってしまった。

 ここが戦争の最中で、そしてヴォルデモートに対抗する私的集団の第一線だということも忘れて。

 大の大人も、子供の──そう、ぼくにとっては先輩だけれど、ダンブルドアや他の大人から見たら、ぼくらはひとくくりに『子供』なのだった──そんな無邪気な掛け合いに耳を傾け、時折合いの手を入れつつも、笑顔を見せる者もいた。

 ──そう長からぬ先、この先輩三人衆ですらも物言わぬ存在にしてしまう不幸があるだなんて、一体誰が予想出来ただろうか。

 出来るとしたら、ずっとずっと高みから悠然とぼくらを見つめ続ける、空くらいだろう。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 クリスマスの後、ぼくら生徒はすっかり記憶の彼方へと忘れ去っていた『宿題』という強敵の存在を、ようやく思い出していた。
 気がつけば、冬休みは残り十日を切っていた。そのためぼくらは、今まで一体なんで無為に日々を送っていたんだと、休みだというのに誰もが談話室の机と椅子を占領し、あぶれた人は図書館に流れ、必死になって課題をこなすという、休暇とは到底思えない日々を過ごした。

 年が明けて、一月になった。十二月まではあんなに柔らかかった雪は、溶けて凍ってを繰り返し、驚くほど硬くなっている。
 寒さはどんどん増していき、外に出るのも億劫なほどだ。

 魔法生物飼育学の担当の教師は、年明けから、ハグリッドからグラブリー・プランク先生に代わっていた。
 その理由はすぐに分かった──日刊預言者新聞に掲載された、ハグリッドの中傷記事だ。ハグリッドが、巨人を母親に持つ、いわゆる『半巨人』だということに、ショックを受けた生徒は多いようだ。
 それよりもぼくは、どうしてリータがこの記事を書くことが出来たのか、疑問に思えて仕方がなかった。彼女にハグリッドが馬鹿正直にこんなことを話すとは思えない。だって、ぼくやハリーだって知らなかったくらいなのだ。それを、一体どこで──

 ハグリッドの小屋をアリスと何度か訪ねたが、どれも空振りだった。部屋の窓には分厚いカーテンが掛けられていて、外からじゃあハグリッドが中にいるのかいないのかも判別がつかない。
 大広間にも姿を見せないハグリッドを、皆が心配していた。

 あまり気分の良いニュースが流れない中、一月半ばのホグズミード休暇が、もっぱらのぼくの楽しみだった。
 それに、今回は──今回こそは、アクアと一緒だ。初めての彼女とのデート、前回のようなことが二度と起こらないよう、ぼくは細心の注意を払い、ホグズミード休暇を待ちわびた。

 そして、やっと今日──ホグズミード休暇だ。この日を、一体どんな気持ちで待っていたと思う? 
 カレンダーに印をつけるぼくの姿に笑っていたアリスが忘れられない。くっそぉ、遠慮なく笑いやがって。

 ホグズミードに行く、紅のホグワーツ特急が、これほど輝かしく見えたのは生まれて初めてだ。フィルチが名簿と照らし合わせ、列の中に許可証を持っていない者がいないか隈なく目を光らせている。

 その行列を抜けた先、ホグワーツ特急のプラットホームで、アクアはぼくを待っていた。
 暖かそうな緑色のマフラーを巻きつけ、白い手袋をして寒さを凌いでいる。黒いタイツにショートブーツの出で立ちのアクアは、普段学校で見る姿とはまたちょっと違っていて、新鮮だった。

「ごめんね、待った?」

 ぼくの言葉に、アクアは頭を横に振った。

 二人で一緒に乗り込むと、二人がけの座席に腰掛ける。そして、黙って汽車が動き出すのを待った。

 アクアは決してお喋りではない。むしろ、かなり無口な部類に入るだろう。ぼくは決して無口ではないが、彼女と一緒にいると、自然と口数が減ってしまう。

 でも今は、そんな無言の時が心地よくも思えた。

 ホグズミードは、ホグワーツに勝るとも劣らぬ雪景色だった。夏でも涼しいこの魔法使いだらけの街は、しかし、どの店も適度な空調が効いており、ホグワーツよりも暖かく感じられた。
 ぼくはアクアと共に様々なお店を冷やかして回り、そして『三本の箒』に入ることにした。

「ハリーじゃないか!」

『三本の箒』には、ハリーとロン、そしてハーマイオニーの姿があった。
 ハリーがにっこり笑顔でぼくらに手を振る。ハリーの右手首には、以前ぼくが上げた護符が、銀色のブレスレットとなって掛かっていた。

 カウンター席に彼らが座っていたので、ハリーのすぐ隣に腰掛けた。

「いやぁ、それにしてもよくやったねぇ、アキ
「うるさいなぁ」

 ニヤニヤしているハリーの視線に耐えきれなくなって、ぼくは唇を尖らせてそっぽを向いた。
 ハリーはアクアに身を乗り出すと、優しく笑って言う。

アキを受け入れてくれてありがとう、アクア。どこを取っても、僕の誇らしい弟だ。そんな彼が君を選んだこと、そして君もまた、彼を選んでくれたことが、僕はとっても嬉しいよ。……アキをよろしくね」

 アクアは、白い頬を僅かに赤くさせた。
 ちょっとだけ目線を下げて、「……うん」と小さく頷く。

「ハリー、そんなこと言わなくてもいいよ!」
「えー? でもさ、ちゃんと挨拶しておくべきじゃない? 君の四年越しの片想いだって実ったわけだし」
「わー! わーー!! マダム、バタービールひとつね、あったかいの! アクアは!?」
「え、あ……私も、同じのを」
「オッケー! マダム、ホットバタービール二つ!」

 ハリーの言葉を掻き消すように声を張り上げた。アクアは目を白黒させていたが、ハリーはくすくす笑っている。わざとか、わざとだな、知ってた。

「ダメなの? アキ
「ダメに決まってるじゃない」

 当たり前だ。それは秘中の秘、トップシークレット扱いだ。
 ……いつかアリスあたりもぽろっとバラしそうだなぁ、あいつにも釘を刺しとかないとな。

「お、わ」

 ふとロンが入り口を見て声を上げた。
 リータ・スキーターが、カメラマンを従え『三本の箒』に入ってきた。近くにいたウエイトレスに飲み物を注文すると、ぼくらの近くのテーブルへとやって来る。
 ハリーは先ほどまでの表情を一転させ、眉を寄せてリータを見ていた。リータはぼくらに気付いていないようだ。何やら満足げに、カメラマンに対して捲し立てている。

「あたしたちとあんまり話したくないようだったわねぇ、ポゾ? さーて、どうしてか、あんた分かる? あんなにぞろぞろ小鬼を引き連れて、何してたんざんしょ? 観光案内だとさ……バカ言ってるわ……ちょっとほじくってみようか? 『魔法ゲーム・スポーツ部、失脚した元部長、ルード・バグマンの不名誉』……」
「また誰かを破滅させるつもりか?」

 ハリーの大声に、近くにいた客は振り返った。
 リータは顔を上げると、ハリーの姿を見つけ目を煌めかせる。

「ハリー! 素敵ざんすわ、こっちに来て一緒に──」
「お前なんか、一切関わりたくない。三メートルの箒を間に挟んだって嫌だ」

 ハリーは静かに怒っていた。触れるのさえも躊躇われる程だった。

「一体なんのために、ハグリッドにあんなことをしたんだ?」

 リータ・スキーターは眉を吊り上げた。

「読者には真実を知る権利があるのよ。ハリー、あたくしはただ自分の役目を──」
「ハグリッドが半巨人だって、それがどうしたって言うんだ? ハグリッドは何も悪くないのに!」

 ハリーの声に、『三本の箒』中がしんと静まり返った。
 リータ・スキーターは僅かに頬を引きつらせたが、すぐさま自動速記羽根ペンを取り出すとハリーに笑顔を向けた。

「ハリー、君の知っているハグリッドについてインタビューさせてくれない? 『筋肉隆々に隠された顔』ってのはどうざんす? 君の意外な友情とその裏の事情についてざんすけど。君はハグリッドが父親代わりだと思う?」

 その時、ハーマイオニーはさっと立ち上がった。怒りのあまり、空になったバタービールのジョッキを持つ手が震えている。

「あなたって、最低の女よ。記事のためなら、何にも気にしないのね。誰がどうなろうと。たとえルード・バグマンだって──」
「お黙りよ。バカな小娘の癖して。分かりもしないのに、分かったような口をきくんじゃない」

 ハーマイオニーに対して、リータ・スキーターは辛辣だった。

「ルード・バグマンについちゃ、あたしゃね、あんたの髪の毛が縮み上がるようなことを掴んでるんだ……もっとも、もう縮み上がっているようざんすけど──」

 アクアが、膝に置いた拳をぎゅっと握りしめた。怒りの籠った眼差しで、じっとスキーターを睨みつけている。

 ぼくは、いつの間にか運ばれてきていたホットバタービールを手に取った。そしてそのまま、狙い定めてリータ・スキーターにバタービールの中身を浴びせかける。
 思わぬところからの攻撃に、スキーターは驚いたようだった。もっとも、それはこの場にいる全員がそうか。ハリーやロンやハーマイオニーも驚いた表情でぼくを見ている。

「ごめんね、思わず手が滑っちゃった」

 ぼくはにこやかに笑って言った。

「『読者には真実を知る権利がある』って、まさか自分の書いたものが『真実』なんて本気で思ってんの? 創作も甚だしい。辞めなよ、この仕事。作家にでもなりな。向いてないよ」
「……アキ・ポッター」

 スキーターの目が据わる。
 ぼくはマダム・ロスメルタに「ごめんね」と謝ると、二人分のお代を置き、アクアの手を引っ張った。アクアは慌てて椅子から降りる。

 店から飛び出していくぼくの背に、スキーターの「覚えておきな、アキ・ポッター」と低い声が追い縋った。

「……アキ!」

 アクアが怒ったように声を上げる。

「ごめんねアクア、君を巻き込んじゃった」
「……そうじゃないでしょ!? あなた、一体何をしたのか分かってるの? 幣原と瓜二つなあなたが──幣原が、新聞に載る意味を、私の両親や、闇の帝王や『死喰い人』の目に触れるってことが、どういうことか──」

 なおも言い立てるアクアの唇に、そっと人差し指を当てた。
 ぼくの行動に、アクアは黙り込む。

「ごめんね」

 はっとしたように、アクアの目が見開かれた。

「……まさかあなた、それを狙って?」
「そこまで深くは考えていないよ。ただ腹が立った、それだけさ」

 でも、と続ける。

「もう、そんなに幣原のことを──アキ・ポッターのことを隠してはおけない。そんな時期に、来ちゃったんだと思うよ」

 アクアから視線を逸らして、ふと空を見上げた。薄い色の空に、静かに嘆息する。

 ──出て来いよ、幣原
 ──お前のやりたいことは何だ。

 言葉を口の中で遊ばせると、ぼくはこくりとそいつらを飲み込んだ。



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