破綻論理。

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空の記憶

第31話 その言葉の向かう先はFirst posted : 2015.10.12
Last update : 2022.10.11

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 ぼくは、ハリーとロン、ハーマイオニーと共に、ホグズミードへとやって来ていた。
 ハリーが持つカバンの中には、大量のチキンにパン、それにかぼちゃジュース。シリウスの頼みだった。命綱、と言ってもいいかもしれない。

「しかしまさか、ホグズミードに来るとは思いもしなかったよ……」

 ハリーはため息と共に呟いた。自身の名付け親の度重なる無謀な行動に、呆れかえっているようだ。

 ホグズミードの、ダービシュ・アンド・バングズを過ぎたところにある柵。そこが、シリウス──いや、パッドフットと呼ぶべきか──が指定した待ち合わせ場所だった。
 全く、何たること。学生時代の行動力を、パッドフットはそのまま持ち合わせている。アズカバンでの生活は、シリウスを精神的に大人にするには力不足だったようだ。

 ダービシュ・アンド・バンクスを過ぎると、辺りはぐんと郊外らしくなった。家もまばらで、空き地や木々が多い。
 やがて角を曲がると、道外れに柵があった。そして、その一番高い柵に前足をのせ、新聞のようなものを加えてこちらを見ている、大きな黒い犬の姿──

「やぁ、シリウスおじさん」

 ハリーはにこやかに挨拶した。『おじさん』のワードに反応してか、パッドフットはキャインとひと鳴きし、ハリーのカバンを夢中になって嗅ぐと、尻尾を振ってトコトコ歩き出した。
 上り坂で、岩だらけだ。どうやら山の麓あたりらしい。

 岩だらけの山道を、三十分は歩いただろうか。狭い岩の裂け目をハリーの後に従ってくぐり抜けると、中には広々とした洞窟が広がっていた。
 奥には、懐かしい、ヒッポグリフのバックビークの姿。ぼくらがお辞儀をすると、バックビークもお辞儀を返した。ふう、とぼくは息を吐く。

 パッドフットは、既に人の姿へと戻っていた。ボロボロの灰色のローブに、伸びた黒髪、無精髭。それに、とても痩せたようだ。

「チキン!」

 挨拶より先に、シリウスが掠れた声で叫んだ。パッとハリーはカバンを開けると、チキンを一掴みとパンを渡す。
 シリウスは感謝の言葉もそこそこに、夢中でチキンを食べ始めた。チキンに噛みつき、パンを齧り、かぼちゃジュースで喉を潤し、やっとシリウスは人心地ついたらしい。
 大きく息を吐くと、誰に聞かせるでもなくひとりごちた。

「ほとんどネズミばかり食べて生きてきた。ホグズミードからあまりたくさん食べ物を盗む訳にもいかない。注意を引くことになるからね」

 シリウスはハリーににっこりと笑ったが、ハリーは曖昧な笑顔を返すのみだった。飢えの辛さは、ぼくらもよく知っている。

「シリウスおじさん、どうしてこんなところにいるの?」

『おじさん』の言葉にシリウスはチキンを喉に詰まらせかけたが、咳こみつつハリーの質問に答えた。

「名付け親としての役目を果たしている。私のことは心配しなくていい、愛すべき野良犬の振りをしているから」
「折角、リーマスの元にいられるよう手配したのに」

 ぼくの言葉に、シリウスは申し訳なさそうな表情をした。

「それはすまない、アキ。でも、私は現場にいたいんだ。そうリーマスを説き伏せた──彼は最後には納得してくれた。久しぶりに彼が笑顔で怒るのをみたよ、ありゃあ怖いものだね、うん。君が最後にくれた手紙──そう、ますますきな臭くなっているとだけ言っておこう。誰かが新聞を捨てるたびに拾っていたのだが、どうやら、心配しているのは私だけではないようだ」

 そう言ってシリウスは、床に落ちている日刊預言者新聞を顎で指した。
 ハリーはしかし、憮然とした表情で言う。

「捕まったらどうするの? 姿を見られたら?」
「私が『動物もどき』だと知ってるのは、ここでは君たち四人とダンブルドアだけだ。……まぁ、後はリーマスと、それに愛すべきピーター・ペティグリューか」

 シリウスはピーターの名前を口にした瞬間、僅かに眉を寄せた。

 ロンが、シリウスが示した日刊預言者新聞を回してくる。ハリーと共に覗き込んだ。
『バーティミウス・クラウチの不可解な病気』『魔法省の魔女、いまだに行方不明──いよいよ魔法大臣自ら乗り出す』という見出しが並んでいる。
 ハリーは考えながら呟いた。

「まるでクラウチが死にかけているみたいだ。だけど、ここまで来られる人がそんなに思い病気のはずないし……」

 ハリーの言葉に引っかかりを覚えて、ぼくは顔を上げた。『ここまで来られる』? 
 クラウチはずっとホグワーツに姿を見せていないのに、一体どうしてハリーはそんなことを言ったんだ? 

 ぼくは口を開きかけたが、ロンに遮られた。

「僕の兄さんが、クラウチの秘書なんだ。兄さんは、クラウチが働きすぎだって言ってる」
「だけど、あの人、僕が最後に近くで見たときは、本当に病気みたいだった。僕の名前がゴブレットから出てきたあの晩だけど──」
「ウィンキーをクビにした当然の報いじゃない? クビにしなきゃよかったって、きっと後悔してるのよ──世話してくれるウィンキーがいないと、どんなに困るかわかったんだわ」

 ロンはハーマイオニーの言葉に肩を竦めた。シリウスに「ハーマイオニーは屋敷しもべに取り憑かれてるのさ」と囁く。
 しかし、シリウスは興味を持ったようだった。

「クラウチが屋敷しもべをクビに?」
「うん、クィディッチ・ワールドカップのとき」

 ハリーはワールドカップで何が起きたかを、シリウスに簡単に説明した。「闇の印」が浮かび上がったことや、クラウチ氏の屋敷しもべのウィンキーがハリーの杖を握りしめたまま発見されたこと、クラウチ氏がそれに激怒してウィンキーをクビにしたこと。
 シリウスはハリーの話が終わると、立ち上がり、あてもなくうろうろと洞窟を彷徨った。考えをまとめるときのシリウスは、よくこうして歩き回ってたっけ。落ち着きがない、なんて、ジェームズはよく言って笑っていた……。

「整理してみよう」

 シリウスは、食べ終わった鳥の骨を指揮棒のように振りながら、口を開いた。

「初めはしもべ妖精が、貴賓席に座っていた。クラウチの席を取っていた。しかし、クラウチは試合には現れなかった?」
「うん、あの人は忙しすぎて来れなかったって言ってたと思う」

 シリウスは、またも洞窟内を歩き回り、そして足を止めた。
 壁に寄りかかると、ずるずると座り込む。

「ハリー、貴賓席を離れたとき、杖があるかどうかポケットの中を探ってみたか?」

 うーん、とハリーは考え込んだ。記憶を探り探り呟く。

「ううん、森に入るまでは使う必要がなかった。そこでポケットに手を入れたら、『万眼鏡』しかなかったんだ──『闇の印』を作り出した誰かが、僕の杖を貴賓席で盗んだってこと?」
「その可能性はある」

 ハーマイオニーはシリウスの発言にむっとしたように「ウィンキーは杖を盗んだりはしないわ!」と鋭い声を上げた。
 しかし、シリウスはゆるりと頭を振る。

「貴賓席にいたのは妖精だけじゃない。君の後ろには、他に誰がいたのかね?」
「いっぱいいたよ。ブルガリアの大臣たちとか、コーネリウス・ファッジとか、あとはマルフォイ一家……」
「マルフォイ一家だ! 絶対、ルシウス・マルフォイだ!」

 ロンが確信を持った顔で叫んだ。
 シリウスはしかし、そこで思考を止めることはせず、穏やかに「他には?」と尋ねた。

「他には、いなかったような……」
「いたわよ、ルード・バグマンが」
「バグマンのことはよく知らないな。ウイムボーン・ワスプスのビーターだったこと以外は。どんな人だ?」
「あの人は大丈夫だよ。三校対抗試合で、いつも僕を助けたいって言うんだ」

 何だって? とぼくは眉を寄せた。見るとシリウスも同じ表情をしていた。
 ちらりとシリウスはぼくに眼を遣ると、こくりと頷く。多分シリウスも、ぼくと同じことを考えているのだ。

「なんでそんなことをするのか、理由は分かるか?」
「僕のことを気に入ったって言ってたけど」

 ハリーはそう言うが、バグマン氏もどこまで信頼出来たものか。
 ハーマイオニーが思い出したように声を上げた。

「『闇の印』が現れる直前に、私たち森でバグマンに出会ったわ。覚えてる?」
「うん。でも、バグマンは森に残ったわけじゃないだろ? すぐにキャンプ場へ行ったはずだ」
「どうしてそう言い切れるの? あの人はあそこで『姿くらまし』したのよ。行き先がキャンプ場だと、本当に言い切れる?」
「ルード・バグマンが『闇の印』を作り出したって言いたいのか、ハーマイオニー?」
「ウィンキーよりは可能性があるわ、ロン」

 ロンはやれやれと肩を竦めた。シリウスは質問を続ける。

「『闇の印』が現れて、妖精がハリーの杖を持ったまま発見されたとき、クラウチは何をした?」
「茂みの様子を見に行った。でも、そこには何もなかった」
「そうだろうとも、クラウチは自分のしもべ妖精以外の誰かだと決めつけたかっただろうな……それで、しもべ妖精をクビにしたのか?」
「そうよ、クビにしたの。テントに残って踏みつぶされるままになっていなかったのがいけないって言うわけ──」
「ハーマイオニー、頼むよ、妖精のことはちょっと放っといてくれ!」

 ロンはうんざりしたように叫んだが、シリウスは首を振って、「ロン、人となりを知るには、その人が自分と同等よりも目下の者をどう扱うかをよく見ることが重要さ」と言った。
 ぼうっと虚空を見ながら、顎に伸びた髭を撫でている。

「バーティ・クラウチがずっと不在だ……わざわざしもべ妖精にクィディッチ・ワールドカップの席を取らせておきながら、観戦に来ない。三校対抗試合の復活にずいぶん尽力したのに、それにも来なくなった……クラウチらしくない、これまでのあいつなら、一日たりとも病気で欠勤したりしない。そんなことがあったら、私はバックビークを食ってみせるよ。なぁアキ?」

 唐突に振られ、驚いて眼を瞠った。
 しかしぼくが口を開くよりも、シリウスの方が早かった。

「あぁ、すまん。そうか、まだそこまでは『思い出して』ないんだったよな」
「…………」

 ぼくはシリウスから目を逸らすと、無言で頷いた。
 ハリーが「クラウチを知ってるの?」と尋ねるのに、シリウスは表情を曇らせる。

「あぁ、クラウチのことはよく知っている。私をアズカバンに送れと命令を出した奴だ。裁判もせずに」
「えぇっ!?」

 ロンとハーマイオニーが信じられないといった表情で叫んだ。ハリーはぼくを気遣わしげな目で見ている。
 ハリーは、幣原がシリウス・ブラックを捕縛した人物だということを、覚えているのだろう。ハリーの目を避けるように、ぼくは目を逸らした。

「クラウチは当時、魔法省の警察である『魔法法執行部』の部長だった。次の魔法大臣と噂されていた──素晴らしい魔法使いだ、バーティ・クラウチは。強力な魔法力、それに権力欲を兼ね備えている。……あぁ、ヴォルデモートの支持者だったことはない。バーティ・クラウチは常に闇の陣営にはっきりと対抗していた。しかし、闇の陣営に反対を唱えていた多くの者が──」

 そこで言葉を切ったシリウスに、ロンがイライラと「僕らが若いからって侮るなよ。パパと一緒だ。僕らにも話してよ、分かるかもしれないじゃないか」と言う。
 シリウスはその言葉に驚いたようだが、やがてにっこりと笑った。

「いいだろう、試してみよう……ヴォルデモートが今、強大だと考えてごらん。誰が支持者なのか分からない、誰があいつに仕え、誰がそうでないのかさっぱり分からない、そんな時代だ。あいつには人を操る力がある。誰もが、自分がやっているとも気付かぬまま、恐ろしいことをやってしまう──自分で自分が怖くなり、家族や友達でさえ怖く思う。
 毎週毎週、死人や行方不明や拷問のニュースが引っ切り無しに流れ、自分たちを守ってくれるはずの魔法省も大混乱で、どうしていいかも分からず右往左往。全てをマグルから隠そうとするものの、一方でマグルも次々に死んでいく。恐怖、パニック、混乱、そんな時代だった。
 そういうときにこそ、最良の面を発揮する者もいれば、最悪の面が出る者もいる。クラウチの主義主張は、最初は目を瞠るほど素晴らしいものだった──のだろうね、私にはよく分からないが。
 あいつは、ヴォルデモートに従う者に対して極めて厳しい措置を取り始めた。『闇祓い』に、捕まえるのではなく、殺してもいいという権力を与え、裁判なしに吸魂鬼に引き渡して良いという法律を整え、『許されざる呪文』を行使することを認めさせた。
 ……あいつのやり方が正しいと思う者も沢山いた。だが……」

 そこで、シリウスは言葉を切るとぼくを見た。腰を浮かす。またうろうろ歩き始めるのかと思ったが、シリウスはぼくのすぐ隣にどっかりと腰を下ろした。
 肘が触れるか触れないかの位置で、シリウスはぼくの頭を乱暴に撫でる。

「……おい、パッドフット。最後にシャワー浴びたのいつだよ?」
「おー、レイブン。君がそんなに綺麗好きだったとは知らなかったぜ」
「君の方が存外、綺麗好きの格好付けだったとぼくは記憶してるけど?」
「綺麗好きではあるが、格好付けじゃあないぞ。昔から俺は何もしなくっても格好よかっただろ?」
「……イケメン、滅べ」

 くっく、と笑って、シリウスはぼくの頭をわしゃわしゃと触り、髪の中に指を遊ばせる。そして真面目なトーンで、再び話の続きを語り始めた。

「クラウチを魔法大臣にせよ、と、支持する声も多かった。しかしそこで、小さな、しかしクラウチにとっては、何よりもあってはならない事件があった……クラウチの息子が『死喰い人』の一味と一緒に捕まったんだ。この一味は、言葉巧みにアズカバンを逃れた者達で、ヴォルデモートを探し出して権力の座に復帰させようとしていた」
「クラウチの息子が捕まった?」

 ハーマイオニーが息を呑む。

「そう。あのバーティにとっては、相当なショックだっただろうね。もう少し家にいて、家族と一緒に過ごすべきだった。たまには早く仕事を切り上げて帰るべき、自分の息子をよく知るべきだった」
「クラウチの息子は、本当に『死喰い人』だったの?」

 ハリーの言葉に、シリウスは「分からない」と返した。

「息子がアズカバンに連れてこられた時、私自身もアズカバンにいた。あの時捕まったのは、確かに『死喰い人』だった。だが、あの息子が本当に死喰い人だったのか、それとも運悪くその場に居合わせただけかは分からない。私たちは、あの息子の三つほど歳下だった。スリザリン生で、十二ふくろうの秀才だと持て囃されていたよ。将来は官僚か、と言われていたが──いやはや」
「クラウチは、自分の子の罰を逃れさせようとしたの?」

 ハーマイオニーが小さな声で尋ねる。
 シリウスはその言葉に、引き付けのような声で笑った。

「クラウチが? 自分の息子に罰を逃れさせる? ハーマイオニー、君にはあいつの本性が分かっていると思ったんだが? 少しでも自分の評判を傷つけるようなことは消してしまう奴だ。魔法大臣になることに一生を掛けてきた男だよ。献身的なしもべ妖精をクビにするのを見ただろう? 『闇の印』と自らが結びつくことを嫌ったんだ──
 それで奴の正体がわかるだろう? もはやクラウチにとって、あの息子は、自分の経歴に疵を付ける厄介者でしかなかったんだよ、十二ふくろうの秀才、自慢の息子ではなく、な。
 せいぜい父親らしい情けを見せたのは、息子を裁判にかけることだった。まぁ、どう考えても、クラウチがどんなにその子を憎んでいるかを人に知らしめるための口実に過ぎなかった。まっすぐ息子はアズカバン送りになったよ」
「自分の息子を『吸魂鬼』に?」
「その通り。私は『吸魂鬼』が息子を連れてくるのを見た。私の房に近い独房に入れられた。日が暮れる頃には、母親を呼んで泣き叫んだ……二、三日すると大人しくなったがね。誰もが、最後は静かになるものだ……眠っている時に悲鳴を上げる以外はね」

 ぼくは黙って、頭をシリウスの肩にもたれ掛からせた。シリウスは、思い出したようにぼくの頭を撫でる。

「それじゃあ、息子はまだアズカバンにいるの?」

 ハリーの言葉に、シリウスはゆっくりと答えた。

「いや、あそこにはもういない。連れてこられて、大体一年後に死んだ。……あの子だけじゃない。大概が気が狂って、生きる意志を失い、何も食べなくなる者が多い。死が近付くと、間違いなくそれが分かる。『吸魂鬼』がそれを嗅ぎつけて興奮するからだ。
 あの子は収監された時から病気のようだった。クラウチは魔法省の重要人物だから、奥方と一緒に息子の死に際に面会を許された。それが、私がバーティ・クラウチに会った最後だ。奥方を半分抱きかかえるようにして、私の独房の前を通り過ぎていった。
 そのまま、奥方はまもなく死んでしまったらしい。息子を嘆き悲しんでだろうな。クラウチは息子の遺体を引き取りに来なかったから、『吸魂鬼』が監獄の外に埋葬していたよ。
 クラウチは、全てを手に入れかけた瞬間、全てを失った。家族は崩壊、あの有名だった家名は汚れ、人気も地に落ちた。コーネリウス・ファッジが魔法大臣の椅子に就き、クラウチは『国際魔法協力部』などという傍流に押しやられた」

 そこで、シリウスは口を閉じた。長い沈黙が辺りを漂う。
 沈黙を破ったのは、ハリーだった。

「ムーディは、クラウチが闇の魔法使いを捕まえることに取り憑かれているって言ってた」
「あぁ、ほとんど病的だと聞いた。多分、あいつはもう一人『死喰い人』を捕まえれば昔の人気を取り戻せると、まだそんなことを考えているんじゃないかと思う」
「そうか、だから、学校に忍び込んで、スネイプの研究室を家捜ししたんだ!」
「家捜し?」

 ロンの言葉に、ぼくは思わず口を挟んだ。

「あれ、言ってなかったっけ? こないだ、ハリーが夜中『忍びの地図』で、クラウチがスネイプの研究室をうろついてるのを見たんだってさ!」
「僕は、てっきり『忍びの地図』が動作不良でも起こしたのかと……だってほら、僕の父さんたちが作ったものだし、古いから……」

 ハリーがそう言うのに、シリウスは首を振った。

「いや、『忍びの地図』は動作不良なんて起こさない。私とジェームズにリーマス、そして、うん、まぁ、ピーターもだ、うん、それに、この五人で作り上げた最高傑作なのだから」

 シリウスの声に、一瞬誇らしげな色が混ざる。
 しかしふと真面目なトーンに戻すと「だが、クラウチがスネイプを調べたいなら、堂々と試合の審査員として来ればいい話だ。スネイプを見張る格好の口実があるじゃないか」と嘆息した。

「それじゃ、スネイプが何か企んでるって、そう思うの?」

 ハリーの言葉に、ハーマイオニーが口を挟んだ。

「いいこと? あなたが何と言おうと、ダンブルドアがスネイプを信用なさっているのだから──」
「全く、いい加減にしろよ、ハーマイオニー。ダンブルドアはそりゃあ素晴らしいさ。でも、本当にずる賢い闇の魔法使いなら、ダンブルドアを騙せない訳じゃない──」
「だったら、そもそもどうして、スネイプは一年の時ハリーの命を救ったりしたの? どうしてあのままハリーを死なせてしまわなかったの?」
「知るかよ、ダンブルドアに追い出されるかもしれないと思ったんじゃないか?」
「どう思う? シリウス、アキ

 ロンとハーマイオニーの口論を遮るように、ハリーが声を張り上げた。
 シリウスはちらりとぼくを見て、口を開く。

「スネイプがここで教えていると知って以来、私は、どうしてダンブルドアがスネイプを雇ったのかと不思議に思っていた。スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて、学校ではそれで有名だった。気味の悪い、べっとりと脂っこい髪をした子供だったよ、あいつは。
 スネイプは学校に入ったとき、もう七年生の大半の生徒より多くの『呪い』を知っていた。スリザリン生の中で、後にほとんど全員が『死喰い人』になったグループがある。スネイプはそれの一員だった。
 ロジエール、ウィルクス──両方とも闇祓いに殺された──レストレンジ夫婦──アズカバンにいる──エイブリー──『服従の呪文』で動かされたと言って、まだ捕まっていない。だが……私の知る限りにおいて、だが、スネイプは『死喰い人』だと非難されたことはない。しかも、スネイプは難を逃れるだけの狡猾さだって備えている。何より──君こそが、スネイプが『死喰い人』かどうか、一番よく知っているはずだ、アキ

 シリウスの言葉に、三人の視線はぼくを向いた。
 ぼくは小さく息を吐いてから、口を開いた。

「……認めよう。彼は『死喰い人』だった。何度か、ヴォルデモートを認める認めないで、幣原とたまに議論になってたものだよ……何度議論しても、互いの主張は平行線になったけどね。……その証が、彼の左腕にある。『死喰い人』の証拠、『闇の印』が」
「それだ!」

 ハリーは夢中になって叫んだ。

「昨日、魔法薬のクラスにカルカロフが来たんだ。スネイプに話があるって。スネイプが自分を避けているって、カルカロフが言っていた。スネイプに自分の腕の何かを見せていた……『闇の印』を見せていたんだ!」

 ──そのまま、話は右往左往し、明らかな結論らしい結論は出ないまま、議論は収束した。
 よく分からない、という、結論が出ないゆえのぐったりとした雰囲気が、周囲に蔓延する。
 その雰囲気をぶち壊したのは、ハリーだった。

「ところでシリウスおじさん、アキに彼女が出来たんだよ」
「彼女!?」

 シリウスはぼんやりと鳥の骨をしゃぶっていたが、ハリーの言葉に凄まじい速度でぼくに向き直った。
 ぼくの両肩をがっしり掴むと、楽しくてたまらない、と言った表情で目を輝かせる。学生時代と同じ表情だ。

「ハリー! よりにもよってシリウスになんて!」
「なんで隠すのさ、別にいいじゃん」

 ハリーは飄々とそう言ってのけるが、目には悪戯が成功したことを喜ぶ子供のような、キラキラした光が灯っている。ジェームズと同じ表情をしてる。

「そうだぞ、『よりにもよって』とはどういう意味だ。さぁアキ、詳しく聞かせてもらおうか。いつからだ? いつからだ?」

 あぁー、こうなるから嫌だったんだよ……シリウスは、自分はこういう話をしたがらないのに、人のこういう話はすっごい勢いで聞いてくるんだ。

「クリスマスのダンスパーティから、だよね? アキ
「…………」

 ハリーににこやかな笑顔で尋ねられ、仕方なしにこっくりと頷いた。
 シリウスは、自分のことのように嬉しそうに満面の笑みを浮かべて「そうかぁ、アキがなぁ、あの、恋愛とは全く無縁だったがなぁ……」と何度も何度も頷いた。

幣原の話?」

 ハーマイオニーがそっと尋ねるのに、シリウスは首肯した。

「そうだぞ、全く色恋の噂を聞かないし、女の影すら見当たらないからなぁ……ダンスパーティにも、俺の弟を誘う始末だし、せっかく可愛い顔してんのに、本当に勿体ねぇなって思ってたんだぜ。なるほどなぁ、道理で珍しくもシャツのボタン開けたり、ちょいとだけネクタイ緩めてると思ったんだよ。は几帳面なくらいにしっかりと制服を着るやつだったからな。全く、色気づきやがって」

 シリウスはそんなことを言いながらも、楽しげにぼくの首元をちょちょいと突ついた。
 もう、とぼくは眉を寄せると、襟首を掻き抱く。

「でもさぁ、本当、良かった」

 シリウスは。
 シリウスは、ぼくの目を見て、何よりも幸福そうに呟いた。

「いい加減、幸せになれよ……そろそろ君は、幸せになってもいい頃だ。な、?」



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