破綻論理。

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空の記憶

第40話 青空First posted : 2015.10.13
Last update : 2022.10.13

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「やっほー。元気?」

 突然現れたジェームズ・ポッターに、ぼくは目を瞬かせた。

 紅のホグワーツ特急、そのデッキで、流れる風景を一人ぼんやりと見ていたときのことだった。
 メガネが吹き飛ばされないよう、ジェームズは右手で押さえながらも、ぼくの隣で手すりに寄りかかり、「いい眺めだね」と呟いた。

「……元気だよ」

 もともとが天然パーマな髪質上、ジェームズの髪は風に掻き回されてもなお、ぱっと見はそんなに変わっていないように見えた。

 ぼくらは話すこともなく、そのまましばらくずっと、風景を見ていた。
 ぼくらの間の沈黙を破ったのは、ジェームズだった。

「あのさ、

 ぼくは左手で髪を押さえていたが、その声にジェームズの方を向いた。
 ジェームズは、ぼくを見ずに、穏やかに言う。

「夏休み、僕の家に来ないかい?」

 ぼくは目を瞠った。口を開きかけ、言葉が出て来ずに、そのまま口を閉じる。ジェームズは楽しげに笑った。

「もちろん、君が良ければ、だけど」

 そう言ってぼくを見たジェームズのハシバミ色の瞳は、真っ直ぐに澄んでいた。

「……構わないの?」
「もちろん」

 さらりと乾いたジェームズの声は、ぼくの心の柔らかな部分を傷つけることなく、優しく撫でて通り過ぎていく。

「……『忍びの地図』も、いい加減完成させないとだ。僕の家には、いろんな蔵書があるんだよ。……きっと君も、気に入ると思うんだ」

 にっこりと、ジェームズは微笑む。右手を、ぼくに差し出した。

 迷って、迷って──。

「……じゃあ、よろしく頼むよ」

 ぼくは、その手を取ることを、決意したのだった。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 ハリーの元に、三大魔法学校対抗試合の優勝賞金、一千ガリオンが与えられた。ハリーはそれら全てを、フレッドとジョージの双子に何の未練もなくあげてしまった。あの二人なら、このお金で悪戯専門店を開いてみせるだろう。こんな時期だからこそ、ぼくらには、笑いや悪戯が必要なんじゃないか。
 あの双子は、重苦しい雰囲気を全て吹き飛ばすことが出来る、素晴らしい魔法の使い手だ。そう、もしかしたら、悪戯仕掛人よりも。

 カルカロフは、ダームストラングの校長職も何もかも、全て捨て置いて姿をくらました。自分の命が大事、他の何よりも、そんな姿勢に生徒や職員らは呆れかえっていたが、ぼくはそのなりふり構わない姿は、案外嫌いではないのだった。

 偽ムーディ──クラウチ・ジュニアはホグワーツを去り、もう授業はないのだが、本物のムーディはしばらくホグワーツ校内で療養するため滞在していた。
 一度だけ、彼と廊下で出会ったことがある。今までムーディと対峙していた時に感じていた、あの嫌な胸のざわめきは、本物のムーディに対しては、何も感じはしなかった。

「……お久しぶりです、ムーディ先生」

 そう言って、ぼくはにっこりと微笑んだ。
 ムーディ先生は、まるでボガートでも見たかのような凄まじい目つきでぼくをしばらく見ていたが、「……貴様も、数奇な人間だな」と言い、大きく息を吐いた。

「えぇ、本当に」

 ムーディ先生が、ぼくをお茶に誘う。ぼくはそれを頷いて受けた。

 セドリックの悲報に、全校生徒は嘆き悲しんでいた。
 セドリックは、行方不明者として処理された。まだ死んだと決まったわけではない、そのことを支えとしている人は多いようだった。
 我がレイブンクロー寮五年生、チョウもその一人。普段はあんなに明るいその表情を暗く沈みこませている彼女に、一体何と声を掛けていいのか、クラスメイトたちも迷っていた。チョウがセドリックと付き合っていたことは、ダンスパーティ以降、誰もが知っていたことだったから。

 修了の儀の大広間は、普段よりも一層、静かだった。
 普段は、寮対抗杯で優勝した寮のカラーで染め上げられるはずの大広間は、セドリックを悼み、黒く重い垂れ幕が掛かっていた。
 ぼくらは起立をして、セドリックの名前を唱和し、杯を掲げた。

 ボーバトンの生徒たちに対するお別れ会のようなものは、その後レイブンクロー寮で、密やかに、そしてしめやかに行われた。この半年あまり、同じテーブルで食事を取った仲だ。

「お前は入っていかないのか? フラー・デラクールと親しかったようだが」

 少し離れたところでチェス・プログレム──詰め将棋のチェスバージョンのようなものだ──に向き合って考え込んでいたぼくに、アリスは近付くと、盤上を見回して黒のナイトを手に取り、「チェックメイト」と言いつつ白のキングを詰ませる位置へと置いた。ぼくは思わず身を乗り出すと、本当に今の手が正解なのかを確かめる。確かに唯一の正解手だと分かると、ぼくは力なく肘掛け椅子に倒れこんだ。

「あー、もう、何だよ……せっかく考えてたのに……」
「考えるほどじゃねぇだろ、今のは」

 そう言いつつ、アリスはぼくの正面に腰掛けると、黒の駒をかき集め、並べ始めた。ぼくも黙って白の駒を集める。

「今回こそは勝つ」
「多分無理だな、今の問題に手こずってたレベルのお前には」
「うるさいな」

 eの4にポーンを進ませた。即座にアリスも eの5に黒のポーンを置く。
 ぼくらはしばらく、無言で盤上の駒を戦わせた。

「いいんだよ」

 ぼくの声に、アリスは俯いたまま、目だけをこちらに向けた。

「君こそいいのかい。レイチェル・クレティエ嬢と過ごせる最後の晩だろう」
「生憎だが、俺たち付き合ってた訳じゃねぇぞ」
「え!?」

 動揺して、思わず悪手を打ってしまった。
 そこを見逃すアリスではない。碧の目を煌めかせると、すぐさま穴の空いた布陣に突っ込んでくる。慌てて手駒を呼び寄せたが、もう遅い。

「お前はすぐ油断する。心の乱れが盤に素直に反映されてんぞ。お前は秘密主義な癖に、肝心なところで脆い」

 アリスは楽しげに、喉の奥でくつくつと笑った。
 ここからどう巻き返すかを考え込むぼくを満足そうに見遣ると、ぐっと伸びをし、左耳のピアスに触れると、背もたれに体重を預ける。

「付き合ってたんじゃないのかよ……」
「彼女、あっちに年下のボーイフレンドがいるらしい。ヒュー、女は怖いね」
「全然、そんな人には見えなかったのに……全く、本当、怖いね、女の子は」

 なんとか布陣を立て直そうと、がむしゃらにもがくものの、戦況は悪化する一方だ。アリスにチェスで勝てた試しがない。決して弱くはない方だと自負してはいるのだが。

「お前の、負け戦だと分かっていながらもどうにかしようと足掻く様、俺は好きだぜ」
「見苦しいって言っても別にいいんだよ」

 リィフはチェス、かなり弱かったんだけど。本当にこの親子は、ものの見事に正反対だ。ロンとどっちが強いだろうか、一度試合させてみたいものだ。

「デラクール嬢に関しては心配なさるな。既に連絡先くらい交換済みだ。今日彼女が人に囲まれることくらい、予測しているに決まってるだろ?」

 ローブの懐から、彼女の手書きの住所をちらりと見せる。アリスは目を瞠ると、にやっと笑った。

「今、デラクールにまとわりついているロジャー・デイビースが知ったら、お前、身ぐるみ剥がされるぞ」
「内緒にしててね、アリス」

 ぼくも悪戯めいて笑うと、軽く片目を瞑ってみせた。

 翌日は、雲ひとつない晴天だった。眩しさに、思わず目を細める。
 プラットホームでは、全校生徒が一斉に、紅のホグワーツ特急へと乗り込んでいた。ハリーとロン、ハーマイオニーの三人組を見つけ、駆け寄る。

「ハリー」

 ハリーはぼくの姿を見つけると、優しい笑顔を浮かべた。

「さて、帰ろうか、あの悪夢とも言うべき日常へ」
「なぁに、悪夢はすぐさま覚めるもんさ」

 ハリーがぼくに、手を差し出す。
 ぼくはその手を、しっかりと取った。

 ぼくらを乗せて、列車はゆっくりと滑り出す。それからすぐに、ぼくらのコンパートメントを開ける人物がいた。アクアだった。

「……一緒に、いいかしら?」

 そう言って首を傾げ微笑む彼女に、一体誰が嫌だと言えるものだろうか。そして、ぼくよりもハーマイオニーの方が喜んでいる気がするのは何故だろうか。そしてアクアも、ぼくに向ける笑顔よりもハーマイオニーに対する笑顔の方が輝いている気がするのは気のせいだろうか。

 やがてアリスまで「暇だったからな」と言いつつコンパートメントに現れた。
 せっかくだから、とロンとアリスにチェスをそそのかすと、二人とも一気に燃え上がった。二人とも強い分、自分と並ぶような対戦者が欲しかったらしい。ロンはずっとアリスを怖がっていた節があったが、チェスの対戦をしていると、そんな思いはもう遠くの彼方へ吹き飛んでしまったようだ。
 この二人が頭を寄せ合って一つの盤を睨んでいる様は、すごく新鮮だった。おそらく、すぐさま、見慣れた光景になるのだろう。それが、なんだかぼくには嬉しかった。

 やがて、ランチのカートが回ってくる。様々な食料と共に、ハーマイオニーは日刊預言者新聞を買い求めていた。コンパートメントの全員が気になるような見たくないような、な複雑な表情を向けたのに、ハーマイオニーは新聞を広げながら肩を竦めた。

「何にも書いてないわよ。ファッジが黙らせているのね。三大魔法学校対抗試合から、セドリックのことも、なーんにも書いてない」
「でも、リータは黙らせられないでしょ」
「あら。リータはここしばらく何にも書いてないわよ。そう、何にもね」

 ハーマイオニーの声は、嬉しい気持ちを無理やり押さえ付けているように、少し弾んでいた。ぼくら男性陣がポカンと頭上にハテナマークを浮かべるのに、ハーマイオニーとアクアの女性陣はにっこりと顔を見合った。

「学校の敷地に入れないはずのリータが、どうして個人的な会話を盗み聞きしていたのか、突き止めたのよ。あの女は、無登録の『動物もどき』なの。あの女は変身して、コガネムシになるのよ」

 ハーマイオニーは少し屈んでカバンの中を漁ると、やがて小さなガラス瓶を取り出した。ゴム栓で蓋がしてあるその中に、小枝や木の葉と一緒に、一匹のコガネムシが入っている。

「触覚の周りの模様が、あの嫌らしいメガネにそっくりでしょう?」

 ハリーはあんぐりと口を開けてコガネムシを見つめていたが、やがてハッと何かを思い出したようだ。

「ハグリッドがマダム・マクシームに自分のお母さんのことを話すのを僕たちが聞いちゃった夜、石像にコガネムシが止まってた!」
「それだけじゃないわ。ビクトールが湖のそばで私と話した後、私の髪からゲンゴロウを取ってくれた。それに、ハリー、あなたの傷跡が痛んだ日、『占い学』の教室の窓枠にもこのコガネムシがいたはずよ」
「僕たちが木の下にいるマルフォイを見かけたとき……」
「マルフォイは手の中のリータに話してた。そう、スリザリンの連中は……あら、ごめんなさい、アクア」

 ハーマイオニーの声に、アクアは首を振った。

「……構わないわ。あの人たちは、グリフィンドールのあなたたちやハグリッドのとんでもない話をリータに吹き込めるなら、なんだってやるような人だもの。だから、あの、その、私……」

 アクアがちらりとぼくを見て、俯いた。目を瞬かせるぼくに、ハーマイオニーが補足する。

アキ、あなたと私の記事が『週刊魔女』に載った日に、アクアはこの虫を捕まえて来てくれたの。私に全部説明してくれたわ。ね、アクア?」

 ハーマイオニーはとても優しい瞳でアクアの髪をそっと撫でた。アクアも気を許したような微笑みで、ハーマイオニーの肩にもたれ掛かる。一体、いつの間にこんなに親密になっていたのか。
 呆然と二人を見ていると、ロンもぼくと同じ表情をしていることに気がついた。アリスとハリーは、そっくりな笑顔を浮かべながらぼくとロンの肩を抱く。

「おいアキ、いいのか? お嬢サマ取られちまうぞ」
「ロン、いいの? 女の子にハーマイオニーが取られても」

 ──いいわけがないだろう! 

 ぼくらの音ならぬ悲鳴は、青空に消えていった。





 ──────fin.



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