セブルス・スネイプは、痛む左腕を服の上から撫でさすった。
この『闇の印』のおかげで、半袖も着られないし、袖もおちおちまくれない。魔法薬学で、薬品が袖に跳ねないように神経を遣わなければいけなくなってしまった。
いや、不自由はそれだけではないのだが。
これはどうやら、闇の帝王が仲間である死喰い人を呼び集めるときにも使われるようで、学生であるセブルスは『姿あらわし』で馳せ参ずるわけにもいかないのだが、度々痛むのだ。
何度か、浅い睡眠を邪魔されたこともあるし、授業中に脂汗をかきながら堪えたことも一度や二度ではない。
こんなに若い自分に、どうして闇の帝王は印を付けたのか。
思い返すと、あの日のことが蘇る。
『答えろ……幣原秋を知っているのか!?』
そうだ。あの方は確かに、そう言ったのだ。
自分の親友の名前を、口に出したのだ。
秋と、闇の帝王に、一体何の関係があるのだろう?
『お前の負けだ、幣原直!!』
狂気を孕む瞳で、高らかに叫んだ闇の帝王。
あの目は一体、誰を想起していたのだろう。
──秋。
君は一体、何者なんだ?
秋の身を、案じた。
あの少年がいくら強かろうとも、闇の帝王にかかれば一捻りだろう。
あの少年は、優しすぎるから。
闇の帝王は、無慈悲で容赦がない。
あれほどの執着を垣間見せたのだ、闇の帝王に捕まれば、秋は一体どうなるのだろう。
──そうか。
そのとき初めて、気がついた。思い至った思考に、息が止まった。
どうしてこのことに、今まで思い至らなかったのだろう?
秋と親友だから、闇の帝王は自分に印を付けたのだ。
決して逃げていかないように、首輪と鎖をつけたのだ。
バラバラと、腕から抱えていた教科書が落ちる。そんなことにも気付かない。
自分が側にいる限り、あの少年は常に危険に身を晒すことになる。
──あの少年を弾幕の前に押し出したのは、自分なのだ。
リリーがいなくなった今、もはや唯一人の親友で、守りたい相手なのに。
「大丈夫、セブルス?」
顔を覗き込まれていることに、初めて気がついた。驚きに飛び跳ねる。
思考の大半を占めていた人物が、幣原秋が、目の前に立っていた。
「どうしたの、真っ青な顔で」
言いながら、先ほどまでセブルス自身が持っていたはずの教科書を「はい」と手渡してきた。しかし、受け取ろうとするも、震える手はそれを弾いてしまう。
再び、上級魔法薬学の教科書は地面に落ちた。
「あーもう、本当に大丈夫? 医務室に行く?」
秋は瞳に心配そうな色を湛えながらも、教科書を拾い上げようと秋は屈み込んだ。
パカリと裏表紙を開いて落ちた教科書は、ちょうどセブルスが昨日の授業中に書き込んだ『半純血のプリンス蔵書』という文字が残っている。
とても小さい文字でパッと見ただけじゃ気付かないだろうが、それでもセブルスは秋よりも先にその教科書をひったくった。
「大丈夫だ」
秋は目を丸くしてセブルスを見つめたが、「そう、それなら良かった」と、やがてその瞳を弧にして微笑んだ。
「魔法薬学が、ふくろうでEを取ることが出来て、本当に良かった。セブルスもいてくれたしね。そうでもないと、『生ける屍の水薬』なんて、あんなに難しい薬作れっこなかったよ」
「君は几帳面な癖に、変なところで大雑把なんだ。ある程度終わったら、思考が次の過程に行ってしまうのだろうな。だから、最後の一センチで、二ミリ刻みだと書いてあるのに、四つしか断片が出来なくなったりするんだよ」
「うう、肝に銘じます……」
その時、角を曲がって、リリーと友人らしき少女がこちらに歩いてきた。
リリーはセブルスを視認すると、僅かに表情を強張らせる。しかし隣の少女から話しかけられ、笑顔で言葉を返した。
顔を伏せ、足元を見つめる。
すぐ隣を、綺麗な赤い髪が通り過ぎた。そのことを確認してから、セブルスは顔を上げる。
ふと、秋が隣にいないことに気がついた。振り返る。
秋は、ちょうどリリーとすれ違ったあたりのところで、足を止めていた。リリーの後ろ姿を、切なげな瞳で見つめている。
その眼差しは、酷く優しく、愛おしくてたまらないと、叫んでいるかのようだった。
──秋、君も。
「……秋」
我に返ったように、秋がセブルスを振り返る。
照れ隠しのように微笑んで、「ごめんごめん」と駆け寄ってきた。
「今日の魔法薬学のレポート、ちょっと分からないところがあったんだ。教えてくれないかな?」
「……あぁ」
秋の言葉が、何か喋らなければという義務感に急き立てられたでまかせだということは、分かっていた。
セブルスはそれを指摘せず、秋の嘘に騙された振りをした。
◇ ◆ ◇
「やーめ、やめろって、締まる、首!」
「バーカっ、ネクタイくらいまともに締めてなくってどこの誰が優等生だ、聞いて呆れるわっ!」
朝からレイブンクロー寮男子の寝室は、戦場だった。主に、ぼく対アリスの。
「アリスー、いつまで抵抗してんだよ。とっとと諦めろ」
呆れた顔でそう言うのは、同室の友人、ウィル・ダーク。
アリスのベッドの端に寄りかかっていたレーンも、ウィルの言葉に肩を竦めた。
「そうだよ、こういう時のアキは絶対に自分を曲げないんだから。だから、とっとと諦めろ?」
「お前ら……っ、ったく、もう、分かった、分かったから! 自分で結ぶ、それでいいんだろ?」
「始めっからそうしてればいいんだ」
ボタンを一番上だけ外して、後はしっかりと留めると、ぼくの手に握られていたネクタイをものの抵抗とばかりに乱暴に奪い取る。
だが、そんなことで揺らぐほど、ぼくの心は脆弱でもないのだった。
「腕まくりも禁止だ」
にこやかに告げてやれば、ぐぅ、とも、うぅ、とも付かない声がアリスから漏れた。
「っ、あー、落ち着かねぇ……! よくお前、平気でいられるな……」
「これが普通だぞ、アリス。君が着崩しすぎなんだよ。……『闇の魔術に対する防衛術』だってあるしね、今日は」
ぼくの言葉に、アリスは小さくため息をついて、「やってらんねぇ、優等生なんて……」と呟いた。
まだ、やってもいないのに!
「毎っ回! 誰も彼もが俺を見て笑いやがって! 『薬草学』でのマルフォイの顔見たか!? 『七五三か?』みたいな!! 顔を!!」
「落ち着いてアリス、イギリスに七五三はないから」
「オマケに『占い学』ではお前の兄貴まで腹抱えて笑ってんだもんよ!!」
「そりゃあ笑うさ、だって面白いんだもの……っふ、あっはは……っ」
堪え切れず笑い声を漏らした。
アリスが顔を染めて「笑うな!」と喚いている。
「明日からはローブを着てくるか……少し暑いが、このままよりは目立たないはずだ」
「そ、そうだね……」
目の端に浮かんだ涙を拭って、ぼくは頷いた。
「でも、やんなきゃいけないんだろう?」
アリスはぼくの言葉に、真面目な表情で頷いた。
「あぁ……そうだ」
「……ふぅん」
出てきたじゃん、名門貴族『らしさ』ってやつが。
『闇の魔術に対する防衛術』の教室に入ると、アンブリッジは既に教壇に座っていた。『占い学』から一緒のハリーが、アンブリッジを見て吐き気を堪える表情を浮かべる。
ハリーはアンブリッジを「ガマガエルのようだ」と評していたっけ。言われてみれば、なるほど、納得できる。
「さあ、こんにちは!」
相変わらず、この人の見た目と声のギャップには驚きだ。
何人かがぼそぼそと「こんにちは」と返すのに、アンブリッジは舌を鳴らしてもう一度挨拶を唱えさせる。もうこの時点で、アリスの目は八割方死んでいた。
早い。まぁ、アリスらしいといっちゃあらしいが。
クラスの全員をじっくりと吟味するように出席を取ったあと、アンブリッジはこの授業についてとくとくと述べ始めた。
「今年は、慎重に構築された理論中心の魔法省指導要領どおりの防衛術を学んでまいります。ウィルバート・スリンクハードの『防衛術の理論』を持っていますか? それでは五ページを開いてください。『第一章、初心者の基礎』。おしゃべりはしないこと」
……指導要領、ねぇ。
今までのどの授業でも──幣原の時代を取ってみても、杖を使わない『闇の魔術に対する防衛術』なんてなかった。
確かに理論は大切だが、理論というのは実践ありきのものじゃないのか。
レイブンクロー生も、暗い表情で隣同士目配せし合ったりしている。
机に右肘をつくと、パラパラと教科書を捲った。そしてふと顔を上げ、目を瞠る。
ハーマイオニーが手を上げている。しかも、教科書を開いてすらいない。
気付いていない訳ではないだろうに、アンブリッジも頑固だった。
しかしその膠着状態が数分続き、教科書よりもハーマイオニーの行動を見ている生徒が大多数になると、さすがに無視も出来なくなったようだ。
「この章について、何か聞きたかったの?」
まるでハーマイオニーに今気付いたかのように、アンブリッジは話しかけた。
「この章についてではありません、違います」
「おやまあ、今は読む時間よ。他の質問なら、クラスが終わってからにしましょうね」
「授業の目的に質問があります」
ハーマイオニーの言葉に、ぼくはパタンと教科書を閉じた。アリスでさえも、ハーマイオニーをまじまじと見ている。
おーい、この授業は優等生でいるんじゃなかったのかよ。
「ちゃんと全部読めば、授業の目的ははっきりしていると思いますよ」
「でも、防衛呪文を使うことに関しては何も書いてありません」
アンブリッジをマッドアイの後任に据えたのは、いろいろとアレだなぁ、とぼくは思い返していた。マッドアイ、というか、偽ムーディ、クラウチ・ジュニアだった訳だが。
どこからどう取っても実践、闇の魔術に対する心構えを一年間説かれた直後のアンブリッジの座学オンリー授業は、ジェットコースターもびっくりの急展開だ。
「防衛呪文を使う? まぁ、まぁ、ミス・グレンジャー。このクラスで、あなたが防衛呪文を使う必要があるような状況が起ころうとは、考えられませんけど? まさか、授業中に襲われるなんて思ってはいないでしょう?」
「魔法を使わないの?」
「わたくしのクラスで発言したい生徒は、手を挙げること!」
アンブリッジの声に、ロンがパッと手を上げた。同時にハリーとハーマイオニーの手も上がる。
「はい、ミス・グレンジャー、何か他に聞きたいの?」
「はい。『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いは、間違いなく、防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
「ミス・グレンジャー、あなたは、魔法省の訓練を受けた教育専門家ですか?」
「いいえ、でも──」
「さあ、それなら、残念ながら、あなたには授業の『真の狙い』を決める資格はありませんね。あなたよりもっと年上の、もっと賢い魔法使いたちが、新しい指導要領を決めたのです──」
パッと、レイブンクローの女子生徒が手を上げた。リサ・ターピンだ。
「この作者、私の祖母です。祖母はこの本を単独で使うことを好みませんでした。この本は理論のみを書き下しているため、教育機関等で用いるときは必ず実践書を共にするよう──」
「発言は指名されてから!」
金切り声に、リサはむっとした表情で手を上げた。アンブリッジはあからさまにリサを無視する。
「あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法で──」
「そんなの、何の役に立つ?」
次に声を張り上げたのはハリーだった。
「もし僕たちが襲われるとしたら、そんな方法──」
「挙手、ミスター・ポッター!」
先ほどのリサの発言で、「やれやれまーたグリフィンドールの熱血突っ走りが始まったよ」とそっぽを向いていたレイブンクロー生も軽く火がついたようだった。
何人かがパッと手を上げている。
「それで? ミスター・トーマス?」
「えぇと、ハリーの言う通りでしょう? もし僕たちが襲われるとしたら、危険のない方法なんかじゃない」
「もう一度言いましょう。このクラスで襲われると思うのですか?」
「いいえ、でも──」
「この学校のやり方を批判したくはありませんが」
そんなニヤついた表情で、よく言えたものだ。
「あなた方は、これまで大変無責任な魔法使いたちに曝されてきました。非常に無責任な──言うまでもなく、非常に危険な半獣もいました」
思わず声を荒げた。
「だっ、れが、非常に危険な半獣だ、取り消せ!!」
「挙手を!」
「ルーピン先生のことを言っているなら、今まで最高の先生だった!」
「挙手、ミスター・トーマス! 今言いかけていたように──みなさんは、年齢にふさわしくない複雑で不適切な呪文を──命取りにもなりかねない呪文を──教えられてきました。恐怖に駆られ、一日おきに闇の襲撃を受けるのではないかと信じ込むようになったのです──」
「そんなことありません、私たちはただ──」
「手が挙がっていません、ミス・グレンジャー!」
ハーマイオニーの手も、アンブリッジは無視した。
「わたくしの前任者は違法な呪文を皆さんの前でやって見せたどころか、実際みなさんに呪文をかけたと理解しています」
「随分いろんなことを教えてくれましたがね、あぁ」
「手をお挙げなさい、ミスター・スミック!」
レーンは肩を竦めると、小さく舌を出した。
「さて──ふくろう試験に合格するためには、理論的な知識で十分足りるというのが魔法省の見解です。結局学校というものは、試験に合格するためにあるのですから」
アンブリッジがちょうど手を挙げたばかりのぼくを見た。
コホン、と咳払いをして、ぼくを見下ろす。
「あー……ミスター・ポッター?」
アリスが「おいバカ止めろ」とも「羨ましいな」とも取れぬ表情でぼくを見ている。
静かに立ち上がると、ぼくはまっすぐアンブリッジを見た。
「ぼくの記憶では、ふくろう試験には確か『実技試験』というものもあったと思いますが? その学習は一体いつ行うんでしょうか」
「理論を十分に勉強すれば、試験という慎重に整えられた条件の下で呪文が掛けられないということはあり得ません」
「そんなことあるわけないでしょう? アンタ本当にホグワーツ卒業生ですか?」
「理論を十分に勉強すれば、と言ったでしょう。必ず──」
「じゃあこのクラスの半数は、今年のふくろうを落とすだろうな!!」
ぼくの声に、教室は静まり返った。
「それで、理論は現実世界でどんな役に立つんですか?」
静寂を切り裂いたのは、ハリーの大声だった。アンブリッジは目を上げる。
「ここは学校です、ミスター・ポッター。現実世界ではありません」
「それじゃ、外の世界で待ち受けているものに対して準備しなくていいんですか?」
ハリーの言葉に、アンブリッジは背筋が震えるような猫撫で声で言った。
「外の世界で待ち受けているものは何もありません。ミスター・ポッター。あなた方のような子供を、誰が襲うと思っているの?」
ハリーは考え込む素振りを見せた。
想像していたより、我が兄は役者だ。ちらり、とハリーと目を見合わせる。
何を言いたいか、もう分かりきっていた。
「例えば……」
だってぼくらは、双子なのだから。
「「ヴォルデモート卿とか」」
シン、と再び教室が静まり返る。
アンブリッジはぼくとハリーを見比べて、気味の悪い笑みを浮かべていた。
「グリフィンドール、レイブンクロー、十点減点です。ミスター・ハリー・ポッター、ミスター・アキ・ポッター」
アンブリッジは立ち上がると、机の上から身を乗り出した。
「さて、いくつかはっきりさせておきましょう。みなさんは、ある闇の魔法使いが戻ってきたという話を聞かされてきました。死から蘇ったと──」
「あいつは死んでいなかった、蘇ったんだ!」
「生徒の言葉を無視するのが今年の魔法省のやり方なんですか?」
アンブリッジはぼくらの言葉を綺麗に無視した。
「今言いかけていたように、皆さんは、ある闇の魔法使いが再び野に放たれたという話を聞かされてきました。これは嘘です」
「嘘じゃない! 僕は見た。あいつと戦ったんだ!」
「何度ハリーの言葉を無視したら気が済むんだ、魔法省は!」
「罰則です。ミスター・ポッター。二人とも、明日の夕方五時、わたくしの部屋で。もう一度言いましょう、ある闇の魔法使いが蘇ったと、あれは嘘です。魔法省は、皆さんに闇の魔法使いの危険はないと保証します」
一体本日中に何度、教室が静まり返っただろう。
ハリーは震える声で言った。
「それでは、先生は、セドリック・ディゴリーが独りで勝手に死んだと言うんですね?」
思わず、ハリーを見つめた。
ハリーは蒼白な表情だったが、しっかりとアンブリッジを見つめていた。
アンブリッジの顔から作り笑いが消える。
「セドリック・ディゴリーの死は、悲しい事故です」
「殺されたんだ。ヴォルデモートがセドリックを殺した。先生もそれを知っているはずだ」
誰もが、呼吸の音すらも、潜めるほどに。
沈黙の音が煩いとまで、感じるくらいに。
完全な沈黙が、部屋を包み込んだ。
「ミスター・ハリー・ポッター、いい子だから、こっちへいらっしゃい」
やがて、アンブリッジは甘ったるい声でハリーを手招きした。ハリーは乱暴に椅子を蹴飛ばすと、アンブリッジに歩み寄る。
アンブリッジはピンクの羊皮紙を一巻取り出すと、何かを書き、そして羊皮紙を丸め、ハリーに手渡した。
「さあ、これをマクゴナガル先生のところへ持っていらっしゃいね」
ハリーは黙ってそれを受け取ると、教室を出て行き、ドアを閉めた。
「さて、五ページ、『初心者の基礎』を読み続けてくださいね。読み終わったら次の章に行きなさい。私語は厳禁ですよ」
その言葉に、はちきれんばかりの沈黙は破られた。
ぼくは小さく笑うと、吐き捨てるように呟く。
「堕ちたもんだ、魔法省……現実を見ろよ。何人死ねば分かる……どこまで盲目だと、気が済むんだよ……」
ストン、と、椅子に座り込んだ。アンブリッジは、ぼくを無視することに決めたらしく、何も言っては来なかった。ハリーを一人排除出来たことに、むしろ満足げである。
ただただ、絶望に満ちていた。
これほどだっただなんて。ここまで絶望的だったなんて。
二十年前は、少なくともここまで頑迷ではなかった。
魔法省は、何が敵で、何が大切なことなのかを、きちんと理解していた。
平和とは、ここまで世間を錆び付かせるものなのか。
ちょいちょい、と、肘のあたりを突つかれた。アリスだった。
ひょい、と羊皮紙の切れ端を、机の下で渡される。何だ、と目を通した。
『《中立不可侵》フィスナー家を、信じてくれ』
目を瞠った。アリスの横顔を見つめる。
左耳には、群青の石が嵌ったピアスと、見慣れた雪印のピアスが揺れていた。
──アリスが、こんなことを言うとはな。
小さく笑った。
『言うようになったもんだ』
それだけを書き殴り、アリスに放った。
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