イースターだからか、ホグズミードは華やかに彩られていた。咲き誇る花々に、もう春か、と時間の進む早さに驚く。
そこらかしこに、ペイントを施された卵が飾られていた。ホグワーツに来た当初は、日本にはないこのイベントに目を瞠ったものだ。今やもうすっかり慣れてしまったが。
「それにしても、いい天気だ……」
最近はまだまだ冬の名残が強かったのに、今日は春の気配がする。暖かい。
「こんないい天気の中、僕らは一体何をしているんだろうね……」
リーマスが愚痴る。もうすぐ満月だからか、顔色が悪い。
「やいやいうるさいな。何だ君たちは、ジェームズがエバンズに奪われてもいいって言うのか!?」
「むしろジェームズはそれを望んでると思うけど」
「あれほどリリーリリーうるさかったしね」
「シリウス、ジェームズのこと好きすぎるよね」
ぼくら三人に即座に言い返され、シリウスはうぐぅと言葉に詰まった。
「リーマス、ハニーデュークスの隣に喫茶店が出来たらしいよ。ハニーデュークス直営らしくって、喫茶にも手を伸ばしてみようとかいう新ジャンルらしい」
「行くよ、秋、ピーター」
「待って! 俺を置いて行くな!」
リーマスと共に身を翻した。即座にシリウスに腕を掴まれ引き止められる。
「だってなぁ……」
「楽しそうなところを邪魔出来るほど、僕らは極悪人じゃないしなぁ……」
ジェームズとリリーのデートは、想像以上に上手く行っているようだった。
なんか、なんだろう、普通にカップル。邪魔というか手出しが出来ない感じ。
しかし、それにしても女の子の気持ちというのは分からないなぁ。この前までジェームズを蛇蝎の如く嫌っていたというのに、一体どんな化学反応の結果だろう。
まさしく、移ろい変わりやすいのは女心と秋の空。ぼくもよく見た目から女の子に間違われるが、それなら少しぐらい女心というものを分かってもいい気もする。そうしたら、リリーに「鈍感」と言われずに済むのだろうか。
「本当に友達甲斐のない奴らだな……秋、君はジェームズにエバンズが取られてもいいのかよ!」
「構わないよ。むしろ大歓迎」
むしろホッとする。ジェームズなら、あいつが持ちうる全ての力を使ってリリーを幸せにしてくれると信じているから、下手に誰かに取られるより、ずっと安心というものだ。
「いいじゃんか、親友の恋路くらい優しく見守ってやりなよ。第一、シリウス、君の方が格段にモテるんだからさ」
「その通り。せっかくいい天気なんだしさ、尾行なんかで休暇を潰さないで、もっと有意義なところに行こう。ハニーデュークスの隣の喫茶店とか最高だと思うんだ」
「ゾンコも新商品が入荷したらしいよ。この前広告が入ってた」
ぼくとリーマス、ピーターから説得されるも、まだシリウスは渋っている。
するとその時、背後で立ち止まる足音がした。
「君たち、何をしているのかな?」
猫撫で声に、ぼくらは揃って表情を強張らせた。そろりそろりと振り返る。
ジェームズとリリーが、恐ろしいほどの満面の笑みを浮かべて立っていた。
ヒッと誰かの喉が鳴る。
「「「こいつのせいです」」」
ぼくとリーマス、ピーターは即座にシリウスを生贄に捧げた。
「お前らぁ!!」
「ぼくら、シリウスに無理矢理連れて来られたんだ……リリー、ジェームズ、信じてくれるよね……?」
リリーとジェームズに一歩歩み寄る。
不本意ではあるが、一番この二人にウケがいい、守り甲斐のある小動物のような仕草を演じてみせた。
「当たり前じゃない! 私が秋を信じないなんて死んでもありえないわ!」
「当然だね! さぁ秋、こっちへおいで! あんな肉球から離れるんだ、危ないからね!」
「わーい」
棒読みで嬉しさを表現した。
ジェームズとリリーの元についたぼくらに、シリウスが「この裏切り者共!」と喚く。
「さぁ、我が友パッドフット。死にに行く準備は出来たかい?」
「リリー、僕らと一緒にハニーデュークス隣の喫茶店に行こうよ」
リーマスがリリーを誘うと、「あら、いい考え」とリリーは微笑んだ。
「行こう。あいつらなんて放っておいてさ」
「あはは……大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫」
ちらちらと後ろを振り返るピーターの背中を軽く叩いた。
「お前ら覚えとけよー!!」
シリウスの叫び声が響く。ぼくらは笑って、その場を後にしたのだった。
……まぁ、デートは邪魔出来たので、良しとしよう。
◇ ◆ ◇
シリウスが、暖炉での会話中にアンブリッジに捕まりかけた、という話は、朝からぼくの気分をげんなりさせるのにとても効果を出してくれたようだった。
「ホグワーツの通信網は見張られている、そうなの、アリス?」
朝食の席で、ハリーはぼくらレイブンクローのテーブルに来ていた。ハリーだけではない、ロンもハーマイオニーも一緒だ。アリスとロンは朝のひと勝負と言ってチェス勝負をしていたが(現在ロン曰く三十四勝三十敗らしい)、ハリーの言葉に、アリスは頷いた。
「そうだ。ふくろう便、煙突飛行ネットワーク、こいつらは魔法省の管轄だ。いくらだって監視が効く。今のふくろう便は全てが全て検閲対象だ……この前、ガマガエルがそう言っていた」
う、と、アリスはあからさまに食欲を無くした表情で、手に持っていた紅茶のカップをテーブルに戻した。
「それ以外の連絡手段を考えるべきだ。アキ、お前のその羊皮紙のような」
あぁ、と、ぼくとハリーは目を見合わせた。
二年生のときに作り上げた、ハリーとの連絡ツールのことか。
「アキ、片方がたとえロンドンにいても、これって使える?」
ハリーの言葉に、ぼくは少し考え「……出来ないことはないと思う。もう一組作ってみよう」と頷いた。
「手紙なら、送る方法はもう一つ知ってる」
幣原秋が、両親と手紙をやり取りしていた方法を思い返しながら、ぼくは呟いた。
そういえば、あれも一つの手段だ。
「日本とイギリス間は、ふくろうは使えない……だから、手紙に時空を超えさせるんだ。空間転移の魔法だよ──結構難しいけど」
最後に、そう付け加えた。
よく、幣原の父親は、一年生の右も左も分からない幣原に、この魔法を教えたものだ。当時は、何も考えず、教わった通りのことをやっていただけだけど──今思うと、これ、かなり高度な魔法だぞ。
その瞬間、手元に一通の羊皮紙が『出現』した。
空間から滲み出るように現れたその羊皮紙は、まるで今のぼくの言葉を聞いていたかのようにタイミングばっちりで、ぼくは僅かに眉を寄せた。
「へぇ、こういう魔法なのね」
ハーマイオニーが感心しているのを他所に、羊皮紙を広げた。
こういうことをするような人は、ぼくは一人しか知らない。
『アキ・ポッター
話したいことがある』
署名はないが、誰のものかはすぐさま分かった。細長い文字は、なかなか特徴的だ。
羽根ペンとインク壺を取り出した。眉を寄せ、羊皮紙の余白に書き殴る。
『ぼくは話したいことはない』
それだけを書いて、杖の先で『アルバス・ダンブルドア』となぞった。
瞬間、羊皮紙は発光し、瞬きの後には跡形も残さず消える。
「……アキ、君は」
「ぼくはあの人を許してないよ。去年、分かっていながら君を危険に晒した、あの人をね」
ついでに言うなら、それに気付いていながら企みを見逃した幣原も、あの人と同罪だ。
「ホグワーツにこんな部屋があったとは」
『必要の部屋』を見渡して、ぼくは小さく舌打ちをした。
完璧だと思っていた『忍びの地図』に、まさかの綻びがあったとは。悪戯仕掛人も、幣原も知らない部屋が、まさかホグワーツにあったとは。プライドを傷つけられた気分だ。
広々とした部屋だった。本棚にはみっしりと呪文やらなんやらの本が並び、大量のクッションに、一番奥の棚には『かくれん防止器』やら『敵鏡』やら、いろんなものが収められている。
この部屋を幣原や悪戯仕掛人らが見つけたら、一体どのような部屋になっただろうか。
リーダーがハリーに決まり、そしてこの会合の名前が──ぼくは顔をしかめたが、圧倒的多数に黙り込んだ──ダンブルドア軍団、DA と決定された。
ハリーは一番最初に『武装解除呪文』を教えることにしたようだ。
基本的な呪文だが、それすら出来ない者が半数を占めていた。
「アキ、お相手願いたいんだけど」
ハリーがそう言ってくるのに、ぼくは目を瞬かせた。
「正気かい?」
「酷いな、僕だってそこそこやる」
へぇ、とニヤリと笑って立ち上がった。杖を抜く。
瞬間、呪文が飛んできた。
「エクスペリアームス!」
不意を突かれたと言うのは、言い訳だろう。むしろ、よく不意を突いたと称えるべきだ。
ぼくの手を離れた杖を、ハリーは難なく片手でキャッチしてみせた。そして、笑う。
「こんなものなの? アキの実力って」
「……っ、言ったね?」
パキン、と指を鳴らした。
「インセンディオ!」
ぼくの呪文を、ハリーは『妨害呪文』で打ち消した。
「グリセオ!」
瞬時に唱える。ハリーが僅かに体勢を崩したところですかさず「アクシオ!」と叫んだ。
ハリーの手から、ぼくの杖が飛び出す。掴んで、一歩踏み込んだ。
「アグアメンティ!」
「ボンバーダ!」
「レラシオ!」
「オバグノ!」
「コンファンド!」
──凄い。
思わず目を輝かせた。
ここまで、ぼくとやり合えるなんて。
見くびっていた、ハリーのことを。ハリーがここまで強くなっているなんて、考えもしていなかった。
いつの間に、ぼくに守られ続けるようなハリーじゃなくなっていたのか。
──だけど、ごめんな。
──いくら君でも、負けるのは性に合わないんだよ!
「エクスペリアームス!」
魔力の出力を一気に上げると、振り上げた。
ぶわりと辺りを風が舞う中、ぼくは飛んできたハリーの杖を掴むと、ハリーに突きつける。
「……リザイン、降参だ。さすが、アキ」
「君こそ、驚いたよ。ぼくから『武装解除』してみせるなんて」
「『武装解除』したところで、君の武装はその桁外れの魔力そのものだから、あまり意味はないな。杖なしで魔法使ってくる相手の対処も考えないとだ」
ハリーに杖を投げ返した。
そして、気付く。誰もがぼくとハリーを見ていることに。
「……あー、あの。その……」
「はーっ、あんたたち、凄いんだねぇ」
素直に感嘆の声を漏らしたのはルーナだ。その声を皮切りに、ざわざわと賞賛の声が上がる。
ハリーは照れながらも、しっかりと声を張った。
「ここまで皆が出来るようになる必要はない。でも、身を守る術を覚えるのは大切だ。いいかい? じゃあ、もう一度『武装解除』をやってみよう」
ハリーの声を聞きながら、ふと目を落とした。
右手には、ハリーの杖を取った感触がまだ残っている。
──だけど、まだまだだな。
四年生時のジェームズやシリウスにも劣る。
ぼくに無言呪文すら使わせない程度に。
──鍛えないと、使い物にならない。
でも、叩けばいくらでも伸びる。
ハリーの可能性に胸を弾ませながら、ぼくは小さく微笑んだ。
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