破綻論理。

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空の記憶

第32話 巡り、巡るFirst posted : 2016.03.16
Last update : 2022.10.20

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「──、────」

 聴覚が何かを拾う。霞みがかった意識の中、なんだか光が見えた。
 何の音だろう。
 あぁ、そうだ。
 ぼくは、確か──

「なんてとこで寝てんだね!」
「うひゃあ!?」

 乱暴に揺さぶられ、脳内の霧が一瞬で晴れた。
 ハッと目を開けると、目の前には初老を超えたくらいの女の人。白いものが混じった髪をひっつめて、ものすごい形相でぼくを見ている。
 女の人の足元には、愛らしい小型犬が鎮座していて、そりゃあまぁじっとしていたらなんとも愛くるしいのだろうが、ぼくに対して鋭い犬歯を剥き出しにして狂ったように吠え続けている。相変わらず、動物には異常なほどに嫌われている。

「あんた、酔っ払いかぇ? 全く今時の若いモンは。こんな寒空の下で寝てんだもん、凍死しちまうよ! ゴミが転がってんのかと思ったよ」
「あ……え?」

 辺りを見回すと、そこはロンドンの路地裏だった。辺りは薄暗かったが、真上を見上げると超高層ビルの間から空が見える。明るさと寒さから考えて、今は明け方か。

「……え?」

 ぼく昨日、記憶が確かなら、あのビルの屋上から飛び降りた……はず、なんだけど。
 嘘、なんで? 

「おおかた酔い潰れてその辺りで寝ちまったんだろぇ。ルーちゃんがあんたを見つけなかったら、そのうちゴミ回収車に回収されてたんじゃないだろうねぇ。ゴミ箱から足だけ突き出してんだもの、死体かと思ってゾッとしたよ」

 慌てて自分が腰かけているものを見ると、よくある形の大きな丸いダストボックスだった。ぼく以外のゴミは捨てられていないようだったが……いや、早く家に帰ってシャワーを浴びたい。
 昔はそうでもなかったんだけど、闇祓いになってからと言うもの、潔癖の気が出てきた。総毛立つ気分で、慌ててゴミ箱から飛び退く。

「あたしに感謝するんだねぇ。全く、最近の若いモンは……ルーちゃん、いつまでもこんな小汚いのに吠えていないで、ほら行くよ。……あんた、何か犬猫が嫌がるモンでも付けてんじゃないだろうね?」

 ぼくに対し睨めつける口調で言うと、その女の人はフンと鼻を鳴らしてぼくから離れて行ってしまった。
 犬はずっとぼくに対して吠え続けていたが、女の人に引きずられるようにして路地を曲がると、その鳴き声も止んだ。

「……えー……どういうことだ」

 左手を額に当て、一番最近の記憶を引っ張り出す。
 確かに、ビルの屋上から飛び降りたはず、なんだけど。
 しかし見る限り、外傷は一切見当たらない……いやいやありえない、百メートルには届いていないけれど、それでも結構な高さから飛び降りたのだ。それで無傷なんて、どんな風が吹いたとしてもありえないだろう。

 それとも、飛び降りたこと自体がぼくの夢だった? 実際は昨日の夜から今さっき揺さぶり起こされるまで、ずっとここで寝こけていたのか? 

 思考に浸っていた頭が、ウェストミンスターの音で現実に引き戻される。日本の学校でも時間を知らせる際に鳴る、あのチャイムの音だ。
 慌てて懐中時計を引っ張り出し確認すると、始業時間までもう間もないことが分かった。

「…………」

 パチンという音と共に、時計の蓋が閉まる。
 どうにもならないけれど、とりあえず。

「……仕事、行くか……」





「……なんとなく、理解したぞ」

 自宅で、ぼくはそう呟いた。
 既に二度の飛び降り、溺死を三度、感電死を一度、首吊りを三度、中毒死を二度、服毒死を四度、全てに失敗した折のことだ。

 普段、ぼくは自宅で料理をしない。せいぜいが紅茶を淹れる時くらいだ。ぼくが住む独身寮には、いつでも開いている食堂が備えついていたし、料理をする必要性がなかったからだ。
 料理を趣味ともしていないぼくは、だからフライパンもまな板も包丁も、持ち合わせていない。せいぜいが数枚の皿とマグカップ、それに一揃いのカトラリー。

 そのため、今ぼくの左手に握られている包丁は、正真正銘このためにわざわざホームセンターにて買ってきたものだ。料理目的ではないけれど、まぁお目こぼしをしてくれれば嬉しい。

 右手の袖は捲り上げられていて、筋肉のついていない貧弱で細い自分の腕が露わになっている。しかし我ながら本当に貧弱だなぁ、貧弱というか、貧相というか。

 その手首に包丁の刃先を押し当て、ゆっくりと横に引く。すうっと一筋の傷が出来、傷口から赤い血が流れるも、一雫、二雫ほど腕を伝うと、もう後は流れなくなった。

「……で」

 左手の包丁を握り返ると、勢いよく振りかぶり右腕に突き立てた──突き立てようとした。
 包丁は、右腕に触れることもなく何かに弾かれ、ついでに言うと左手からも離れ、床を滑ってやがて止まる。
 立ち上がり、包丁を拾い上げると、買って来たばかりの新品の包丁は、刃先が高熱で溶かしたように丸まっていた。

「……はぁあ」

 ダストボックスにもう使えない包丁を投げ込むと、その場に座り込んだ。捲っていた袖口を戻す。

「昔から、やけに怪我とかしないなって思っていたけれど……」

 それはただ、ぼく自身が慎重な人間だからだと思っていたのだが。

 多分、だけれど。
 ぼくの持つ、莫大とも思えるこの魔力が、ぼくを死なせない方向に働いている。だから、何度トライしても悉く失敗に終わるのだ。

「ぼくの魔力なら、せめてぼくの意志に従ってくれよ……」

 そうは思うが、どうにもならないのは幼い頃から知っていた。
 フィアン・エンクローチェらを滅茶苦茶に傷つけた一年生のあの時も、ぼくがいくら願っても、ぼくの魔力は決して攻撃の手を緩めることはなかった。

 残酷で、純度が高い、この魔力。
 ここまで恨んだのは、久しぶりだ。

「どう、しようなぁ……」

 何一つ変わらずに、ぼくはこの世界を生きている。

 神か悪魔か、本当にいるのならば。
 どうかぼくの罪を、裁いてくれ。

 

  ◇  ◆  ◇

 

 人気のない廊下を一人歩きながら、ぼくは思索に耽っていた。
 採光のため広く開いた窓からは、雪に煌めいた明るい日差しが差し込んでいる。今年は、暖冬のようだ。いつもより寒くはない気がする。冷たく吹き抜ける旋風は、どんな心境の変化か、自己主張を引っ込めている。

 果たして、ドラコは本当に『死喰い人』なのだろうか。問題はそれだ。ダイアゴン横丁で耳にした衣擦れの音、あれが左腕を捲るときに立った音なのだとしたら。

 スネイプ教授は、果たしてどこまで知っているのだろう。
 ドラコの母親と『破れぬ誓い』を立てた──何の誓いだ? 何のために? ドラコを護るため、ドラコを手助けするためだと、確か言っていた。

 ドラコの請け負った任務とは? 

『僕はマルフォイ家の長男として、為すべきことをしなくてはならない!』

 叩きつけるようにそう言ったドラコ。アクアを全力で拒絶したと耳にした。一体どうして? 
 ドラコは昔から、アクアを守るために随分と尽力していた。そう、アリスも言っていた。この、随分と暗い今のご時世、ドラコがアクアから目を離すものか? 

『……とうとう、私に愛想尽かしちゃったのかな』

 そう、儚く微笑んだアクア。なるほど、分からなくもない──納得は出来ないが、決してありえないことではない。

 マルフォイ家の長男として、ドラコは何をしなければいけないのだろう。

 逮捕されアズカバンへと送られた、ドラコの父親。不甲斐ない手下の代わりに、ヴォルデモートはドラコに何を望むだろう。

 スネイプ教授は、ドラコの任務を『絶対に成し得ないこと』と表現した。
 一体、それは何なのだろう。あの時ドラコとスネイプ教授の会話の中で出てきた『ベル』──ケイティ・ベルのこと、だろう。
 ホグズミードでの、あのオパールのネックレス。『ボージン・アンド・バークスで見たことがある』と、ハリーは呟いていた。

 ドラコと、話をしなくては。

 目の前に現れた人影に、ふと目を遣った。
 その人物に、慌ててぼくは息を呑むと姿勢を正す。

「お、お久しぶりです、スネイプ教授」

 噂をすれば、というものだろうか。少し違うが、しかし先ほどまで脳裏に思い描いていた人が目の前に立っているという状況は、心臓に悪い。

「妙なことをしているそうじゃないか」

 挨拶もなしに、むっつりとした表情でスネイプ教授はそう言った。
 一体何のことかと一瞬首を傾げたが、ダンブルドアからの依頼──『全校生徒の願いを叶えろ』、そのことを言っているのだとすぐに気付く。

「嫌だなぁ、ぼくが妙なことをするのは、いつものことでしょう?」
「……違いない」

 教授は僅かに笑ったようだった。

 周囲にちらりと目を走らせる。教授に聞きたいことは、山のようにあった。きっと教授も、それを分かっているはずだった。

「続きは、部屋で話そう」

 そう言って、教授は身を翻す。ぼくは小さく頷いて、その後を追いかけた。





 スネイプ教授の部屋に入るのは、一体何回目なのだろう。思い返して数えることを諦めるほど、ぼく、アキ・ポッターとセブルス・スネイプは、ここで会話を交わしてきた。
 ぼくに対し、たびたび出される真っ白のマグカップ。その時の教授の気分によって変わる茶葉。茶器を扱う、神経質な教授の指先。

 部屋の風景は、あまり変わらない。どこか無機質で、何年もここに住んでいるはずなのに、どこか生活感が見当たらない。
 大切なものが欠けたまま、ずっと時ばかりが進み続けているような、まっさらな空間。

 熱い紅茶で温められたマグカップ、その縁に指を滑らせた。
 蒸気が鼻先を擽る。上品な、甘い香りがした。

「カモミール、ですか」
「よく分かったな」

 そりゃあ、分かる。独特の、リンゴのような香り。鎮静作用があり、安眠を促すハーブ。
 自然、息を吐いていた。

 何から話していいのやら。話したいことは沢山あったが、こう一息ついてしまうと切り出し辛い。

「……は」
「え?」

 何か教授が口にしたような気がして聞き返したが、ふるりと首を振られた。
 ぼくの気のせい、だったのか、それともぼくに聞かせる言葉ではないと口を噤んだか。

 誰に対する言葉だと──誰に向けての言葉だと言うのか。

「…………」

 未だに、この人との間隔が掴めない。どう、振舞っていいのか、時々分からなくなってしまう。
 アキ・ポッターぼく幣原あいつの境界線が、霞んで揺らぐ。

「……最近のドラコ、少し妙じゃないですか」

 寒気を振り払うように、言葉を発した。
 スネイプ教授は片眉を上げこちらを見ると、黙って続きを促した。真意の推し量れぬ瞳であった。

「妙というか、心配というか……何か、思い悩んでいるみたいだというか。思いつめているみたいで。何か理由、ご存知ではないですか」
「さぁ、そこまで一生徒に対し干渉するほど、私も暇ではないのでな」

 むぅ、やはり直球じゃ無理か。次はどう探りを入れようかと攻めあぐねているうちに、教授に会話の主導権を取られてしまった。

「貴様の兄がどうしていきなり魔法薬学の成績を伸ばしたか、知っているか?」

 あぁ、なんだ、そんなことか。

「あぁ、それは『半純血のプリンス』が──」

 ガチャンと大きな音がした。教授がカップを取り落としたのだ。
 まだ中身をなみなみと満たしていたカップは、ソーサーに当たり大きく跳ねると、飛び降り自殺を図ったようだ。音を立てて割れたカップに、薄い黄色の液体が石造りの床を汚す。銀のティースプーンが、床に落ちてテーブルの足にぶつかり動きを止めた。

「ちょっ……大丈夫ですか!?」

 慌てて立ち上がる。教授は動揺を瞳に浮かべたまま、割れた食器に手を伸ばした。
 触らないよう押し留めようとするも、一拍遅い。目元を引きつらせて、教授はカップから手を飛び退かせた。指先に赤い血が滲んでいる。
 杖を抜き一振りすると、カップにソーサー、ティースプーンがふわりと浮き上がり、元通り何事もなかったかのようにテーブルに戻った。床に溢れたハーブティーを拭い去ると、おずおずと教授を伺う。

「……半純血の、プリンス……?」

 教授は、誰の目にも明らかなほどに青ざめぼくを見返していたが、やがてテーブルに手をつき立ち上がった。
 信じられないくらいに素早い動きで身を翻し、部屋の外へと飛び出してしまう。一瞬呆気に取られたが、慌ててその後を追った。

 スネイプ教授が駆け込んだのは、今はもう用はないであろう魔法薬学の教室だった。
 戸棚を開けて中身をひっくり返し、お目当てのものがないことに気が付くと、よろよろと立ち上がった。血走った瞳でぼくを見据える。思わず、足が竦んだ。

「知っていることを全て話せ、アキ・ポッター。『半純血のプリンス』について」
「は、話せと言われても……」

 剣幕が怖い。後ずさった分だけ、距離を詰められた。

「えっと……」

 その時、だった。

「人殺し! トイレで人殺し! 人殺し!」

 甲高い女子生徒の声だ。弾かれたように、スネイプ教授は駆け出す。呆気に取られたまま、その後を追った。

 声が聞こえる先は、男子トイレだった。駆け込んですぐ、青い顔のハリーに出くわした。
 その奥には、血だまりに沈むドラコと、その脇に屈み込むスネイプ教授の姿。
 ドラコの傷には見覚えがあった。幣原の学生時代の記憶。学校内で流行った、あの呪文。

「ぼ──僕じゃない」
「ぼくに嘘を付くな、ハリー・ポッター」

 ぐっとハリーは苦しげに黙り込んだ。
 ドラコを抱えたスネイプ教授は、ハリーに冷たい瞳を向ける。

「医務室に行く必要がある。多少傷跡を残すこともあるが、すぐにハナハッカを飲めばそれも避けられるだろう……ポッター、今すぐ学用品のカバンを持って来い。それと教科書を全部だ。全部だぞ。ここに、我輩のところへ持ってくるのだ。今すぐ!」

 怒りの籠った声だった。ドラコとスネイプ教授が角を曲がって姿を消した直後、ハリーは大きく息をついてその場に膝をついてしまった。

「僕のせいだ……僕の……」
「そうだ、君のせいだ。どこで知った──なんて聞く必要もないな」

 その腕を掴み、容赦なく引っ張り上げる。

「グリフィンドール寮に行って。後からぼくも行く」
「どこに行くの? アキ

 縋るような瞳を向けられ、ぼくは吐き捨てた。

「レイブンクロー寮に決まっている」

 猛烈な勢いで部屋に駆け戻ってきたぼくに、同室メンバーは唖然としていたようだった。一言も会話せぬまま目的のものをひっ掴んで出てきてしまったから、はっきりとは分からないけれど。

 グリフィンドール寮の前で、ちょうどいい具合に出てきたハリーと出会うことが出来た。

「『半純血のプリンス』の本を出して」

 ハリーは、ぼくの行動を予想していたように、即座にプリンスの本をぼくに手渡した。
 名前部分を削除すれば、他には授業に関する書き込みしかない。確か、その筈だ。

「本当にありがとう、アキ──この恩は必ず」
「早く行け!」

 ぼくの声にハリーはビクリと肩を震わせた後、奥歯を噛み締めこっくりと頷いた。
 その後ろ姿を見ながら、ぼくは大きく息を吐くと顔を覆う。

「『セクタムセンプラ』──懐かしい、本当に……何と言う」

 様々な記憶が、脳内を駆け巡る。どれもが、ぼくの物ではない記憶。

「なんという、巡り合わせなんだか……」

 奥付に細い文字で書かれた『半純血のプリンス蔵書』の文字は、随分と見慣れた文字だった。



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