『アキ・ポッターは消えてしまう』
その知らせを、ハリー・ポッターは息を呑んで受け取った。
理解が出来なかった。意味が分からない。
どうして、アキが消えなければならないのか。
聖マンゴの病室に、アキはいなかった。足はあるし問題なく動くのだ、どこにだって行ける。
勘で辺りを探し回り、アキの姿を見つけたのは、聖マンゴの屋上だった。
今日は重苦しい曇り空だった。
灰色の空の下、フェンスに囲まれた屋上で、アキは座り込んだままじっと膝を抱えている。俯いているため、表情は伺えなかった。
「……アキ」
ハリーの呼び掛けに、アキは顔を上げた。漆黒の瞳がハリーを向く。
「どういうこと、なの」
風が二人の少年の間を吹き抜けた。アキは薄っすらと、笑ったようだった。
「君がきっと、聞いた通りさ」
「僕は……嫌だ。アキが消えるなんて認めない」
「君が認めずとも、消えるもんは消えるよ」
いっそ冷たいとも取れる声だった。
アキは背後のフェンスを掴みながら立ち上がると、ハリーに向き直る。
「ぼくは作られた存在だ。本来この身体はぼくの物じゃない。ただ……借り暮らしをしていた、それだけ。幣原の身体を借りていただけなんだ。借りていたものを、返すときが来た。そういうことだよ」
「嫌だ……嫌だ! どうして!? そんなの許される訳がない!」
ハリーの叫び声にも、アキは一切動じない。漆黒の瞳は、揺らがなかった。
「そうだ、今のまま、そう、幣原秋と同居した状態のまま、生きればいい! そうだよ、だって今まで君は、君たちは、そうして生きてきたんだろう!?」
「ぼくは幣原の人生を食い潰して生きている。もう、浪費させちゃいけないんだ」
淡々とした声だった。きっと、ずっとそう考えてきたのだろう。
アキは知っていた。自身を待ち受ける運命を。
全てを知って尚、その未来に自分は存在しないと気付いて尚、ホグワーツを守り、未来を護り抜いた。
恐ろしいまでの執念。一体どうして、そのように生きられる。
君の描く未来に、君はいないのに。
「アキは? アキは、一体どう思っているの?」
「……ぼくは、幣原に生きて欲しいよ。元々、あいつの人生なんだ。あいつに、返してやらないと」
真摯な瞳がハリーを射抜く。
それが嘘なのか、それとも本当に本心からの答えなのか、長年一緒にいるハリーですら伺えなかった。
アキの嘘は、全てを覆い隠す。目線も、呼吸も、他者に与える情報の全てを意図的にコントロールして、アキは演技をやり通す。それが演技なのかも、人に知らせぬまま。
アキを揺らがせたい。一番奥底の、アキの根幹となる部分をひっくり返したい。
ハリーはきっと、アキが揺らぐであろうところを知っていた。
息を吸い込むと、アキを見据えた。
「じゃあアクアは一体どうするのさ!!」
「……っ」
アキは息を呑むと、顔色を変えてしまったことに、苦い表情のまま顔を背けた。
ここだ、と踏み込む。アキをどれほど傷付けることになろうが、構わない。
「じゃあどうしてアクアを突き放さなかった。いや、そもそもルーピン先生から『選べ』と言われて、本当に迷いがないのなら既に選んでいるはずだ。君はそういう奴だ、重要なことこそ相談せずに一人で決めてしまう! それなのに今現に君はここにいる! 迷っているんだろ、本当は!」
瞬間、アキが脱兎のように駆け出した。しかしハリーも長年クィディッチで培った体力がある、負けはしない。追いかける。
屋上を飛び出し、階段を駆け下りる小さな背中。しかし──
一瞬アキはハリーをチラリと振り返ると、右手一本で器用に手摺を掴み、空中に身を躍らせた。そのまま階下で着地音と足音。
「そんなに──」
そんなに突かれたくないことだったのか。
追いかけても意味のないことは、分かり切っていた。そこまで拒絶の意を示すのなら、もう何を言っても聞く耳を持たない。
アキがそういう奴だということを、ハリーは多分、誰よりも知っていた。
「……アキ」
息を吐いて、足を止めた。
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