破綻論理。

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空の記憶

第37話 黒の選択First posted : 2016.04.20
Last update : 2022.11.03

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 ヴォルデモートが命を落とし、早一月。既に風は夏の薫りを運んでいた。

 僅かの空き時間に、リィフ・フィスナーは魔法省の屋上へ出た。
 フェンスに寄り掛かると、ポケットから煙草のパッケージを取り出し、一本を咥える。空になったパッケージをぐしゃりと握り潰すと、ライターで火を付けた。大きく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

「……一体さ。どこまで、予期していたんだろうね、アキは」

 法整備と、技術革新。「マグルの文化を下と見ず、魔法界が劣っていると認められるのは、リィフ、君だけだ」と言われたことを思い出す。見違えるように、駆け足で魔法省は内質を変えていった。今や淀んだ空気は跡形もない。
 長年止まって錆び付いた魔法省を無理矢理にも動かしたのが、たった一人の学生であると、一体誰が信じるものか。
 しかし事実は変わらない。リィフ・フィスナーはずっと覚えている。

 煙草の灰が落ち切った。
 消失呪文で燃え滓を消し去ると、時間を確認して身を起こす。

 平和への一歩を、踏み出した。





 墓に、花を手向けた。毎年彼の命日には参っていたが、今日来たのは理由がある。
『エリス・レインウォーター』の名が刻まれた墓に目を細めながら、ライ・シュレディンガーは立っていた。

「ライ先輩」

 声に、気配に、振り返る。
 アキ・ポッターが、立っていた。

「……アキ、か」

 左手は、三角巾にて吊られていた。包帯の下の腕は漆黒に染まっていることを、それの理由が莫大な魔力を扱った故に神経回路がずたずたにされたためだということを、ライは知っていた。
 無事な右手には、花束が握られている。

「ぼくの知る、逝ったすべての人に対して、祈っています。随分と遅れちゃいましたけど」

 アキはそう言うと、静かに笑った。墓に花を手向け、右手の指先をぴんと揃えると、目を閉じる。
 やがてアキは目を開けると、墓をじっと見つめた。まるで、埋まった彼がそこに実際にいるかのようだった。
 思考を読むのは悪い気がしたが、それでも流れ込むのは仕方がない。出来る限り違うことを考え、頭の中を誤魔化した。

「……平和な世界になる」
「……えぇ」

 アキはそこで顔を上げると、ライを見つめた。澄み切った色の瞳だった。

『でも、あなたは救われない』
「でも、あなたは救われない」

 声に、流れ込む思考に、凍りついた。

 流れ込む、アキの思考と一致する言葉。
 研ぎ澄まされた刃のようなシンとした静けさを眼差しに灯し、アキは言葉を発する。

「あなたのご両親と妹さんは救われない。あなたもずっと囚われ続けている。何年も、何年も、何年も。重たい荷物を、降ろす方法を……いや」

 そこでふと、空気が変わった。一気に思考が読めなくなる。

「……幣原
「忘れてください……今の言葉は」

 ざぁっと吹いた風が木々を揺らし、少年の長い髪をも揺らす。

 目を伏せ、幣原は仄暗く微笑んだ。





 セブルス・スネイプが目を覚ますと、そこは聖マンゴの病室だった。
 恐る恐る、首筋に手を触れる。ぐるぐると巻かれた包帯の感触に、息を吐いた。

「……生き、てるのか」

 その時、病室の扉が開いた。首は動かせないので、目だけをそちらに向ける。

 かつて憎んだ男の息子で、かつて愛した人の息子が、入り口で立っていた。
 ハリー・ポッターは、緑の瞳を真っ直ぐにセブルスに向け、歩み寄る。

「あなたに……一言、感謝を述べたかった」

 静かな声だった。こちらを射抜く緑から目を逸らすと、小さく嘆息する。

が、生かしたのか」

 死んでもいいと、思っていた。セブルスがそう思っていたことを、きっとアキも知っていた。
 死ぬ覚悟で、全てを騙した。

 ──それなのに。

「本当に、ありがとうございました……」

 感謝の言葉を耳にしながら、セブルスは四角く切り取られた空を見た。





 アキの、聖マンゴにての『軟禁』状態が解かれ、出歩きを許可されたのは、ホグワーツ最終決戦から一月後のことだった。
 そんなアキと、リーマス、ピーターと共に、シリウスはゴドリックの谷にある、ジェームズとリリーの墓に訪れていた。

「オラもっと地に額めり込ませろ!」
「痛い痛いやめっ、ごめんって止めてよぉ!」

 ケラケラ笑いながら、額ついたピーターの頭を上から押した。それでも、本気で言っている訳ではない。いや、八割ほどは本気であったが、二割は冗談、戯れだ。
 リーマスもアキも笑っている。あぁ、平和だ。そう思った。学生時代、ピーターに対してはいつもこんな感じだった、自分は。
 あの頃には、決して戻れないけれど。

「なぁ……全部終わったよ。君たちの息子は、凄く強かった」

 墓石に向かって話しかける。ひょっとしたら、あの二人に聞こえるのではないかと思って。

「まだまだそっちにはいけないけどさ、行った暁には、待ちくたびれたとかヘソ曲げたこと言わずにさ『ジジイになって誰か分かんなかったよ』とか、ケラケラ笑いながら迎えて欲しい」

 柔らかな風が、頬を撫でた。六月の夏風に目を細める。
 ピーターも、額から土を払いながら神妙な顔つきで膝をついていた。

 かつてこの四人と、そして墓の下の二人でいた懐かしい日々を思い出す。
 あの頃には、もう戻れない。それでも、残った欠片は新たな絵を構成した。

「皆、無事だったよ……こうして生きているよ。そっちも楽しそうだけど、もう少しだけ、待っていてくれよな」

 空を見上げる。
 夏の透き通るような青空が、自分たちを見下ろしていた。

「そういやさ、アキ。君の彼女見たぞー、可愛い子だな!」

 アキの背中をバシンと叩く。もうっ、とアキは口を尖らせたが、すぐさま頬が緩んだ。
 それにしても、アキに彼女とは。いや、以前にも耳にはしていたが、改めて見ると可愛い弟分がいつの間にか離れていったような一抹の寂しさを覚える。

「いい子捕まえたな、アキ。そうそう手放すなよ?」
「…………」

 アキのことだから『当たり前じゃない』と即答するかと思っていたが、返ってきたのは沈黙だった。仄かに目を伏せ、口元に笑みを浮かべている。

アキ?」

 胸がざわついた。アキの顔を覗き込む。
 とその時、リーマスが微笑んだ。しかし目だけは、笑っていなかった。

「ねぇアキ。僕と最後に交わした『約束』覚えているかい?」
「……覚えて、いるよ」

 ぴくりとアキの肩が震える。何だ、この不穏な雰囲気は。
 ピーターも目を瞠って、アキとリーマスを交互に見ている。

「……おい、何の話だ?」
「大丈夫……大丈夫、だから」

 アキは微笑んだ。嘘が上手いアキは、どんな時でも綺麗に笑ってみせる。
 普段通りの曇りのない笑顔は、しかしシリウスには何故か、泣きそうなのを堪えているかのようにも見えた。

「おい! 何の話だよ!」

 アキはダメだ、咄嗟にそう判断し、リーマスの肩を掴むと揺さぶった。
 リーマスはシリウスから目を逸らすと、静かに口を開く。

「……皆無事だったと、君は言った。僕らは皆、確かに健在だ。じゃあ……は? 僕らの友人、幣原の未来は、一体どうなる?」

 雷に打たれたような気分だった。ピーターも恐らく、そんな気持ちだろう。
 凍りついた瞳で、アキを見た。アキは力なく、微笑んでいた。

アキ・ポッターと幣原は違う人間だ。アキ・ポッターが生きている限り、幣原は人間として生きることが出来ない。アキ・ポッターが居る限り、幣原は人生を送れない。分かっているはずだ」
「……そんなことをアキの目の前で言う奴がいるかっ!?」
アキは全てを理解しているっ、自分のことなんだ聞かせない訳にはいかない!」

 リーマスは声を荒げた。険しい瞳でシリウスを、ピーターを、そしてアキを見据える。その瞳に、何年も変わらぬ妄執の色を感じ取り、思わず竦んだ。

「他の誰もが幣原を忘れたのだとしても、僕だけは覚えておかなければいけない! あいつをこの世に繋ぎ止めるために、約束したんだ、あいつと! 必ず戻ってくるって!」
「だからと言って……だからと言って! アキの未来を否定するのか!?」
「僕だけは否定しなければいけない! 僕はの味方だ、この子の味方じゃない! とこの子は違う人物だ、君もよく分かっているはずだろ!!」

 叩きつけるように叫ばれた。胸の中心を強く押され、リーマスの肩を掴んでいた手が外れる。
 よろめいた体勢を立て直すと、シリウスはアキを見た。
 目を伏せ、静かに微笑むアキ。この戦争においての、影の功労者。彼のお陰で、どれだけ犠牲が少なく抑えられたことか。どれだけの想いで、アキは全てを敵に回して生きてきたのか、そう思うと、やるせなかった。

「……それでも、アキのお陰で、大勢が救われたんだ。それを……それを」

 たどたどしく、言葉を紡ぐ。リーマスは目を細めシリウスを見た。

「……俺だって! 俺はアキに、今ここにいるアキに命を救われた! あそこで引き止められていなかったら、俺だって今は墓の下だ!」
「ぼ……僕だって! この銀の手に殺されそうになったとき、アキが助けてくれたんだ」

 思いも掛けず、ピーターが援護射撃をしてくれた。少々頼りない気もするが、それでもリーマスには効いたようだ。大きく息を吐くと、乱暴に頭を掻く。

「……分かった。一歩譲ろう。……アキ、君が、選ぶんだ」

 リーマスの瞳がアキを射抜いた。
 血の気が引き切った表情で、アキはただリーマスを見返す。

「死ぬか、生きるか。簡単な二択だよ、アキ



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