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白い空間で目を覚ませば、そこには自身と全く変わらぬ顔があった。憤怒の表情で、ぼくを──幣原秋を、睨みつけている。
「どうしてっ、どうしてだよ幣原秋!」
掴みかからんとする勢いでこちらを見るアキ・ポッターの姿に、思わず笑った。
ここが夢の世界、内面世界であるため、共に左腕は吊っていない。
「生きたいんだろ、アキ。……この未来は君が作ったんだ、ぼくじゃない。もう君は、一人で生きてゆく番だよ」
「オリジナルを差し置いて生きろと、そう言うのか!?」
アキの視線は必死なものだった。
あぁ、この子は、心の底からぼくに消えて欲しくないと願っているのだ。
そこまで想われている、そのことが、なんだか嬉しかった。
「君は未来を紡げる人間だ。君を待っている人たちが、この世の中にはたくさんいる。……シリウスを助けてくれて、ありがとう。ぼくに、生きていて良かったとそう思わせてくれて、本当にありがとう」
微笑んだ。ぼくの笑顔に、アキは息を呑む。数瞬後、その顔がくしゃりと歪んだ。
「バカ……バカだよ。どうして生きてくれないの……ぼくは、君に生きて欲しいんだよ……っ。どんな有様だったっていい、ただ、ぼくは……」
頬に涙が伝う。慌てて、アキは目元を拭った。
「どんな有様でも、いいって言うならさ。ぼくのやることも、許してよ」
え、とアキは小さな声を漏らす。ぼくは心の底からの笑みを浮かべた。
ぼくの生き様は、君が知っている。
ぼくの未来は、君なんだ、アキ。
「胸を張って。誇って。君は偽物なんかじゃない。──だって君は、ぼくなんだから!」
どうか、生きて。
幸せな未来を、歩んで。
「今まで君を苦しめることしか出来なかったぼくからの、最初で最後の贈り物だよ」
涙を拭って、アキは微笑んだ。凄く綺麗な笑顔だと、思った。
「最初で最後、なんかじゃないよ」
両手を広げ、アキは笑う。
「君から貰った人生も、君から貰った記憶も、全て──大事に、するから」
◇ ◆ ◇
少し離れたところで、トム・リドルが立っていた。ぼくとアキのやり取りを、冷めた目で見つめている。茶番だとでも思っているのだろう。
その手には、例の本『デウス・エクス・マキナ』が握られていた。
「バカバカしいとは思っているよ。茶番さ、こんなもの……あーあ、貴重な時間を無駄にした」
大袈裟にため息を吐くと、リドルは毒付く。深紅の瞳をこちらに向けると、吐き捨てた。
「君は、こっちの道を選ばないんだ」
「うん。……ごめんね、その道は選べない。ぼくの父は、父さんは、選ばなかったよ。……君を助けてあげられなくって、ごめん」
「……本当、バカだよね」
リドルはぼくに背を向けると、一瞬で姿を消してしまった。恐らく本体ごと、消えてしまったのだろう。リドルが手にしていた『デウス・エクス・マキナ』も、同時に消えた。
「さぁ……アキ、分かっているはずだよ」
アキを呼ぶ。少し頼りない足取りでアキはぼくに歩み寄った。
その手を取り、導く。ぼくの首元へと。
地面に背をつけた。
腹の上に跨ったアキは、涙を零しながら、ぼくの首に置いた手に力を込める。ぽたぽたと涙が降り注いでくる。
「うん……上手」
手を伸ばした。アキの頭をそっと撫でる。
「大好きだよ、アキ」
苦しめるばかりでごめんね。
これからは、君が未来を生きてくれ。
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