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その日は、さんさんと太陽が照り付ける、暑い夏の日だった。
真っ青な空に、入道雲がぷかりと浮かんでいる。山の木々は日光を浴びて、綺麗な緑色に染まっていた。
石で舗装されている細い道を、ぼくらは歩いていた。山の中腹くらいに位置する、上り坂。辺りにはぽつりぽつりと、昔ながらの日本家屋が立ち並んでいる。
「ねぇ父さん、まだなの……? もう疲れたよぉ」
ヒカルがへたれた声を漏らした。「もうちょっとだから頑張れ」と鼓舞して、前へ進む。
「……ソラ、大丈夫?」
アクアが後ろを振り返り、皆から一歩遅れていたソラを気遣った。アクアが手を差し伸べると、ソラは額の汗をぐいっと拭い、アクアの手を握って「大丈夫だよ」と微笑む。
「……で? 今年は一体何をやらかすつもりなのかな? ヒカルとジェームズは」
「ふっふーん、父さんに教えてなるもんか。ジェームズに怒られちゃうよ。ただでさえ、ホグワーツ副校長兼呪文学教授のアキ・ポッターには、散々手こずらせられてんだからさ」
「手こずらせられてんのはぼくの方なんだけどね、全く」
やれやれ、とため息をついた。
ぼくの息子、ヒカル・ポッターは、ハリー・ポッターの息子、ジェームズ・ポッターと同い年だ。従兄弟同士のこの二人の結束は強く、そして二人とも中々やんちゃなため、三代目悪戯仕掛人の名を欲しいままにしている。手を取り合い笑いながら駆けて行く二人を捕まえるのに、一体どれほど苦労したことか。
「父さん達だってズルいよ。子どものやることなんだからさ、少しくらい見逃してくれたっていいじゃない。デイビス教授に追いかけられたときは、ホント生きた心地がしなかったよ」
「ぼくも、君たち二人がデイビスに悪戯を仕掛ける勇気があったことに脱帽したよ」
「……悪戯は程々になさいよ、ヒカル。あんまり人の迷惑になるようなことはしちゃダメよ。……お父さんになら、存分に仕掛けていいからね」
「ちょっとアクア!?」
ふふ、とアクアは楽しげに笑った。こういうところは昔から全然変わらない。今や闇祓いの中でも10本の指に入る逸材として名を馳せているというのに、子どもっぽい一面をずっと持っている。
墓地の中に入ると、先は大分平坦だ。でもこの暑い中日陰もないし、ソラは大丈夫だろうか、とソラの体力を心配する。
外で遊ぶよりも家の中で本を読むことの方が好きなソラは、普通の子どもよりも体力がない。ヒカルも、妹を心配するかのようにチラチラと後ろを振り返っている。
やがてぼくらは、あるお墓の前に到着した。その墓石に刻まれている名前に、ぼくは目を細める。
近くの水道からバケツに水を汲むと、ぼくは雑巾を絞って、墓の汚れを綺麗に拭き始めた。アクアもそれに倣う。普段は騒がしいヒカルもソラも、この時ばかりは神妙な顔で黙っていた。
指を鳴らして椅子を出現させると、ソラに座っているように言う。
『幣原家之墓』と書かれたそこには、三人の名前が刻まれていた。幣原直と幣原アキナ、そして、幣原秋。最も、幣原秋の骨はこの中には収められていないのだが。せめて名前だけでも両親と一緒に、と思い立ったのは、秋が消えて一月ほど経った後のことだった。
萎れそうな花を取ると、新聞紙に包み、買ってきたばかりの花を生ける。水を注いでやると、雫が日の光に触れてキラキラと光った。
線香を取り出すと、指を鳴らして火を灯す。懐から数珠を取り出すと、一歩離れて手を合わせた。左手の義手も、随分慣れた。
目を閉じる。
今年も帰ってきました。父さん、母さん、そして──秋。
息子と娘は、相変わらず元気です。
ヒカルは、見た目はアクアに似て儚い美少年の癖に、性格は一体誰に似たのやら悪戯好きで困ります。ハリーの息子ジェームズと、いっつも何かしら企んでいます。ぼくは止める立場だけど、実の所、どんな悪戯をするのか楽しみだったりするんだ。初代悪戯仕掛人と比べてみたりね。
ソラは、見た目はぼくにそっくりなんだけど、性格はアクアに似たのかな。ヒカルやジェームズ、アルバスやリリー達といるときは楽しそうに騒ぐけど、ちょっぴり人見知り。
今年ホグワーツに入学するんだけど、だから少し心配なところもあるんだ。でも、アルバスと同い年だし、何かあったらアルバスが助けてくれると思う。アルバスはハリーに似て、すっごく優しいから。でも父親としては、ソラが男の子と仲良くしているのを見るのは複雑だな……なんてね。
ヒカルもそのうち、彼女とか出来たりするのかなぁ。アクアに似たおかげか、学校では結構モテてるみたい。『銀髪の王子様』なんてあだ名を聞いたときは笑ったよ。ヒカルが王子様だって? こんな悪戯小僧が、ありえない!
リーマスは最近風邪を引いたみたい。リーマスが体調を崩すたびに、トンクスが大騒ぎするのは止めてもらいたいな。テッドも呆れてた。息子に呆れられる母親ってどうなのよって感じだよね、全く。
ハリーは、今年闇祓いの局長に就任したんだ。凄いでしょ、秋、君よりも立場が上なんだぜ? しかも、子どもにジェームズとリリーとアルバスってつけるって、欲張りすぎだろ! って突っ込んだよ、思わず。しかもアルバスのミドルネームはセブルスだし。それに狙い澄ましたようにハリーそっくりだし。教授の凄い顔を、昨日のことのように思い出すよ。
闇祓いは相変わらず忙しそう。でも、だいぶ楽になってきたってアクアが言ってたよ。
そうそう、この前アクアと大喧嘩しちゃったんだ。ここ数年で一番くらいの大喧嘩。アクアは泣くしヒカルとソラは怖がってハリーの元に避難しちゃうし、それを受けたハリーとアリスが止めに来るしの大騒ぎ。副校長の席を引き受けたのがこんなに大変だなんて思ってなくってさ。ホント、マクゴナガル先生を尊敬しちゃうよ。
ホグワーツはもう、本来通り通常営業だ。あんな戦争のど真ん中にあったってことが今や信じられないくらいに平和だよ。
「……君の、お陰なんだよ」
──秋。
目を開けると、立ち上がる。ヒカルが手を合わせる様を眺めていると、ふと裾を引かれた。ソラだった。
「どうしたの?」
身を屈めそう尋ねる。ソラは少し言い淀んだが、やがて決心したように顔を上げた。
「父さん、幣原秋って人について、教えて」
思わず息が止まった。ソラはこちらを伺うように、じっとぼくの目を見つめている。アクアも心配げにこちらを見ているのが分かった。
「あっ、ソラずるい! 父さん、僕にも教えてよ!」
ヒカルはぴょんと立ち上がると、ソラの隣に並んでぼくを見る。
ぼくは意識して呼吸を整えると、二人の頭を優しく撫でた。
「そうだね……そう、だね」
もう、次世代に伝えてもいい頃合いだろう。
「じゃあ、帰り道にでも少しずつ話をしてあげようか」
言葉はこうして記憶となり、次世代に引き継がれて行く。
たとえ本人がいなくなっても、彼の話を知る者が居る限り、決して消えはしないのだ。
「幣原秋という、一人の天才の生き様を」
さぁ、空よ、記憶しろ。
ぼくらをずっと、見ていたのだろう?
-----秋エンド「ぼくがいない世界」fin -----
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