破綻論理。

非公式二次創作名前変換小説サイト

TOP > 空の記憶 > 黒衣の天才編

空の記憶

「ぼくがいらない世界」-4First posted : 2016.04.25
Last update : 2022.11.06

BACK | MAIN 

 紅の蒸気機関車が、キングスクロス駅の九と四分の三番線に滑り込む。色鮮やかな紅に、思わず胸が高鳴った。

「早くっ、父さん、母さんっ!」
、慌ただしいなぁ」

 父が呆れた声を漏らす。ぼくはにっこりと笑った。

「だって、待ち遠しいんだもん!」

 待ち焦がれたホグワーツ。今日からぼく、幣原は、ホグワーツ魔法魔術学校に入学するのだ。未知の世界に飛び込む興奮に、気が逸って仕方がない。

「気持ちは分かるけどね。あまり直たちを急かすんじゃないよ」

 と、その時頭に手が乗せられた。慌てて頭を押さえ、顔を上げる。

「リドルさん!」

 ぼくの目線に合わせるように、リドルさんは身を屈めて薄っすらと微笑んだ。弾みでサラリとした黒髪が揺れる。あぁ、この人は初めて見た時から変わりなくカッコイイなぁ。
 ぼくを見る紅い瞳が、柔らかく細められた。

「トム、を頼む。この通り落ち着きがない息子だけど」
「この年代じゃこんなものだろう。それには直、お前よりも頭のいい子だ。これからが楽しみだよ」

 コンパートメントにぼくの荷物を置くと、リドルさんは先頭車両に向かった。闇の魔術に対する防衛術の教師であるリドルさんは、教授陣の集まりがあるらしい。
 また後でね、とリドルさんは微笑むと、思い至ったようにぼくを見た。

、君はどの寮に入りたい?」

 そう言われて、はたと考え込む。どの寮に、か。正直ピンと来ない。

「……どの寮に、って言われてもなぁ。そうだ、リドルさんは、ぼくが何寮っぽいって思う?」

 そうだねぇ、とリドルさんは目を細めた。何かを懐かしむような、遠くを見つめる眼差しだった。

「……レイブンクローに、きっと君は入る」

 それは予想というよりは、未来の断定だった。
 思わず目を瞬かせたぼくの頭を、リドルさんは笑って撫でると背を向け姿を消した。

 ホグワーツ特急が、ゆったりと滑り出す。両親の姿が見えなくなるまで手を振ると、ストンと座席に腰掛けた。
 ふと、寂しさに襲われる。これから、両親と離れて暮らすのだ。リドルさんに英語は叩き込まれたけれど、それでも日常会話には不安が残っている。

 その時、コンパートメントの扉が開かれた。姿を現したのは、小柄な一人の少年だ。長めの肩ほどまでの黒髪で、不機嫌そうに顔を顰めている。
 少年はふとぼくを見ると、ぽかん、と目を瞬かせた。

 その表情の変化を、妙だと思うべきなのだろう。だけれどぼくも、多分今、彼と全く同じ表情を浮かべていた。
 どこかで、彼と出会ったことがあるような、そんな不思議な気分。知らないことを知っているかのような、知っているべきことを知らないような、そんな少しふわふわとした心持ち。

 先に立ち直ったのは、彼の方だった。

「隣、空いているか」

 投げられた英語に一瞬戸惑うも、慌てて頷く。彼は小さく「ありがとう」と呟くと、すぐさま大きなコートを脱ぎ、学校指定のローブに袖を通した。

「あともう一人、連れて来ても構わないか」
「大丈夫だよ」

 そうか、と言った彼の眼差しは、暖かだった。

 やがて彼が連れてきた女の子も、なんだかぼくには初めて会った気がしなかった。綺麗な赤毛で、深い緑の瞳が印象的な女の子。

「初めまして」

 女の子が、ぼくににっこりと微笑みかける。柔らかに目を細め、口を開いた。

「私はリリー。リリー・エバンズよ。あなたのお名前、聞いてもいいかしら?」


 ◇ ◆ ◇


アキ!」

 名前を呼ばれ、ぼくは振り返った。ぼくの手を握っていたハリーも、共に顔を向ける。

 キングスクロス駅で、パタパタとこちらに駆けて来たのは父さんだ。瞳に困惑を滲ませている。
 ぼくと瓜二つの父さんは、三十過ぎているというのに見た目も中身も子供っぽい。父さんと同じ歳になったら、ぼくも多分こんな感じになるのだろう。願わくばもう少し大人っぽくありたいものだ。

「あぁ、やっと会えた……この人混みじゃ、無理かと」
さん、仕事はいいの?」

 ハリーの声に、抜けて来た、と、父さんは頬を書きながら悪気もなく笑う。
 その笑みに肩を落とした。

「別に、来なくっても良かったのに。ハリーたちと一緒に行くから大丈夫だって言ったじゃない」
「でも、アキとしばらく会えなくなるんだよ。会いたいと思うのは当然だよ」

 父さんは、大学にて呪文学の講師をしている。十年前ほどに新設された大学で、ホグワーツを中心とした英国魔法学校の進学先だ。この大学の設立により、魔法使いの人生は一気に多様化した。
 設立者の一人である父さんは、しかしぼくから見たら全然凄い人には思えない。この前は洗濯機を壊したし、電子レンジも爆発させたし、パソコンは分解させちゃうしで、いっつも母さんに怒られている。その時の父さんは、凄く情けない顔をしていて、到底父親の威厳なんて見当たらない。

「ジェームズとリリーは?」
「今日はリリーお姉さん一人。ジェームズおじさんは用事があるんだって」
「何かまた妙なことしてるんだよ、うちの父さんは」

 ハリーはうんざりした顔で言った。変わらないな、と父さんは苦笑する。

 そこで、リリーおばさ……お姉さんの姿を見つけた。向こうもぼくらを見つけ、笑顔で駆け寄ってくる。

「どこに行ったかと思った、探したのよ。……あら、じゃない! お仕事は?」
「皆それを聞いてくるよね……三限が空いてるから、いいかなって。アキを送ったらすぐ戻るよ」

 リリーお姉さんと話してるときの父さんも、少し情けない。

 ハリーがリリーお姉さんに服の乱れを直されている。先に行くよと言って、ホグワーツ特急に飛び乗った。ぼくの背中に、父さんの声が掛かる。

「リドルさんとセブルスによろしくって言っておいて!」

 分かったの言葉の代わりに、左手を振った。

 空いているコンパートメントを探して、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩く。もうある程度座席は埋まっていて、生徒もひっきりなしに通路を行き来していた。

 隣を通った小さな女の子の、風に靡いた銀髪に目を惹かれた。思わず目で追う。

「……え」

 何かに導かれるように、立ち止まった。ぼくの声に、女の子は振り返る。大きな灰色の瞳と、目が合った。

 凄く、可愛い女の子だった。静謐な硝子細工のような美しさに、息を呑む。
 恋に落ちたと、頭のどこかで理解した。一目でこの子に惚れたのだと、どくどくと喧しく脈打つ鼓動が聞こえる中、ぼくは思った。

「……っ、な、名前を……聞いてもいいかな」

 彼女は少し訝しむ瞳を向けたが、それでも口を開いた。

「……アクアマリン・ベルフェゴール」
「……やっと会えた」
「え?」
「あれ……何、今の」

 思いも寄らず、言葉が零れた。ぼくもびっくりして、口元に手を当てる。

「……変な人」

 楽しげに、彼女は微笑んだ。





 -----アキエンド「ぼくがいらない世界」fin -----



BACK | MAIN | 「ぼくがいらない世界」あとがき

いいねを押すと一言あとがきが読めます



settings
Page Top