破綻論理。

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空の追憶

第1話 凶つ星のまたたきFirst posted : 2020.07.05
Last update : 2022.11.09

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 毎年、夏休みの時期になると、わたし達家族は日本に行く。
 イギリスから遠い彼方、父の親戚である幣原(本当は少しばかり違うらしい。ちょっとばかり複雑な事情があると聞いている)の実家がある日本へ。そこで墓参りや実家の掃除をするのが、わたしたちの常だ。
 墓参りからの帰り道、父はヒカルとわたしに向けて、幣原についての話をしてくれた。途中から歩き疲れたわたしは、父に背負われたまま、父の話に耳を傾ける。

「……と、言うわけで。そんなわけで父さんは夜な夜な夢で幣原の人生を追体験していたわけだけど、ある日……」
「父さん、ソラがもう寝てる。限界っぽいよ」

 そのとき、うつらうつらしていたわたしに気付いたか、目ざとくヒカルが報告した。
 ……む。まだ寝てないもん。ヒカルってば、すぐに余計なことを言うんだから。
 でも確かに眠気が襲ってきていたのは事実だったので、わたしは黙っておくことにした。父の肩に頭を預けて目を瞑る。

「おや、寝ちゃったか」
「……長時間の移動に、きっと疲れちゃったのね」

 わたしの顔を覗き込んだ母は、優しい手つきでわたしの頭をそっと撫でた。なんだかちょっとくすぐったい。

「ヒカルは、大丈夫?」
「平気だよ、全然元気。僕はそこの引きこもり娘とは違うから」

 聞こえてるぞ、バカ兄貴。
 しかし起きているとバレるのも癪なので、軽く眉を寄せるだけに留めておく。わたしは断じて引きこもりではない。ただ少々運動が苦手で体力がなくて出不精なだけだ。用がないから外に出ないだけで、今日のように両親に呼ばれたら、ちゃんと大人しく着いて行くし。

「引きこもりかはともかくとして、ソラは体力がないのが心配だなぁ……今年からホグワーツに通うんだからね。教室移動だけでへばっちゃわないかな」

 父が呟く。……う。それは、確かに。教科書はどれも分厚くて重いし、魔法薬学や薬草学は実習道具も多いらしいしで、想像するだけでぐったりしてきた。杖を手に入れたら、早めに空間魔法を覚えよう。

「ねぇ父さん、幣原の話の続きを教えてよ。まだまだ全然じゃないか、これじゃ何もわからない」
「まぁま、焦るなよ。ソラも寝ちゃったから、続きはまた今度な」

「えぇぇ」とヒカルは不満げだ。折角の機会を奪われたと思っていそう。
 父は朗らかに笑った。

「それに、幣原の話は私にとっても大事な話だからね。行きがけの駄賃にと適当に話せるものじゃなかった、今日はそれがよくわかったよ。後できちんとした場を設けるから、ヒカルも父さんに整理する時間をくれないか?」

 父のそんな言葉に、ヒカルもしぶしぶ「わかったよ」と不満を引っ込める。
 直後、ヒカルは母の元へと駆けて行っては「ね、ちょっとこの辺ウロウロしてきていい?」と問いかけた。

「家までの道はちゃんと覚えてるし、迷子になんてならないからさ。夕飯までには戻ってくるし」
「……大丈夫? 通信の魔法道具はちゃんと持ってるかしら」
「持ってる、そんな心配しなくても平気だって。この辺ド田舎なんだし」

 ヒカルは流石、わたしと違ってアクティブだ。どこからそんな元気が湧いてくるんだろう? 血を分けた兄だけど、本気で未知の存在だ。

 母の許可を得て、ヒカルは足音も軽やかに駆け出して行った。と、そこで父が肩を震わせる。
 あぁ、と吐息混じりの声を上げ、父は小さな小さな声で呟いた。

「あぁ────幸せだなぁ」

 そう、心からの声を発するものだから。
 わたしは身じろぎのふりをして、父の背中に抱き付く腕にそっと力を込めた。
 
 



「結局また今回も、幣原については教えてもらえなかったし」

 ヒカルはぶつくさ言いながら、庭の落ち葉を竹箒で手際よく集めている。

 お墓参りの翌日のことだ。両親は朝早くから「幣原本家に顔を出してくる」と言い、子供二人を残して出かけて行った。残されたわたし達は、頼まれた屋敷の手入れをする。

 と言っても、ここに着いた最初に父が一通り掃除はしてくれているから(もちろん魔法で。敷地が竜巻に呑まれたかと思った)、残りはそう大変でもない。取り残した雑草を抜いて、隅に追いやられたホコリを集めて、汚れた部分を拭くくらいだ。面倒臭くはあるけども。

 庭木にホースで水を遣りながら、わたしは肩を竦める。日本の夏は日差しが強い。でもこの辺りは山の中で標高が高いから、吹き抜ける風はイギリスのものよりも涼しく感じる。

「ヒカルはこだわるよねぇ。お父さんから直接聞くの、そんなに大事?」
「ハ? 当たり前だろ、バカ言うなよ。当事者から聞かなくて何の意味があるんだ。『黒衣の天才』幣原と、現『ホグワーツ呪文学教師』アキ・ポッター。この二人の関係性については、散々雑誌やネットに取り沙汰されてるってのに。お前は実父の過去に興味がないのかよ」
「話したくないって言ってるわけじゃないんだから、お父さんもそのうち話してくれるよ。のんびり次の機会を待とう?」
「その折角の機会が昨日だったんだ! なのにお前が途中で寝るから……」

 ハイハイ、またお小言が始まった。でも疲れ果ててたんだから仕方なくない? この辺りは山ばかりだから、ただ歩くだけでも起伏が大きくて疲れちゃうんだよ。

「体力の無さは致命的だな。ソラ、知ってるか? グリフィンドールとレイブンクローの談話室は塔の上にあるんだぞ。階段と廊下をいくつも渡りついで授業に向かわなきゃいけないんだ。その体力で大丈夫かよ?」
「……む」

 そう言われると弱い。めちゃくちゃ弱い。これまで究極のインドアを誇ってきたわたしも、とうとう信条を曲げる必要があるのかもしれない。

 ……いや、まだ手はあるはずだ。たとえば、ホグワーツではペットを連れていってもいいんだから、移動手段として……。

 ヒカルはわたしの顔を見、何を感じ取ったかひくりと頬を引き攣らせた。

「ソラ、ロクでもないこと考えてるな。聞くまでもない、そいつは却下だ。諦めて体力づくりに励め」
「うぅぅ……」

 ヒカルはゴミ袋の口を縛ると、額の汗を拭っている。暑そうだ。手を洗いたいと言うようにヒカルが近付いてきたので、その手にホースの先を向けてやる。

 ……今、ホースの向き先をヒカルの顔面に変えたら、怒るかな。……怒るだろうな。うずうずと湧き上がる悪戯心を押しとどめる。

 母譲りのさらさらとした銀髪は、本心を言うと羨ましい。父譲りの黒髪は、そりゃあ嫌いではないけれど、それでも母や兄を見ていると、あぁいいなぁと思ってしまう。でも母や兄は、わたしの黒髪こそ綺麗で羨ましいと零すので、結局は無い物ねだりなのかなぁ。

「ソラ、水遣り終わった?」
「終わった」
「よし」

 水を切り、ホースを片付ける。ふぅと大きく息を吐いて、わたしもタオルで顔を拭いた。涼しいとはいえ、日差しの下にいるだけで体力が削られる気分になる。

 早く屋内に入って涼もうと、家に足を向けかけたわたしの手を、ヒカルが素早く掴んだ。何だよわたしは早くお家に入って読みかけの本を読みたいんだけどと思ったものの、ヒカルはニヤッと悪戯っぽく笑っている。

「ソラ、ちょっと来い」





 ヒカルがわたしを連れて行ったのは、家の一階にある扉だった。何の変哲もないその扉は、父がここだけいつも特殊な鍵を掛けているせいで、わたし達が立ち入れないようになっている。

「でも昨晩、父さんってばここの鍵を掛け忘れたんだ。いいか、内緒だぞ……」

 人差し指を口の前で立て、ヒカルはハンカチを取り出しドアノブに巻くと、体重をかけ押し開いた。指紋まで気にするかと思わず呆れつつ、わたしは目の前に広がった光景に息を呑んだ。

「うおおぉぉぉ…………!!!!」

 天井までを覆い尽くす立派な本棚が、八角形の部屋をぐるりと取り囲んでいる。書斎、図書室、違う、いや違わないけど、ここは神の作りたもうた楽園!!

 イギリスのお家だって図書室はあるけれど、ここだってとっても素敵。何より、完全に未知の書物ばかりだというところが最高だ。

 ぶわっと溢れる喜びの感情に、本棚の中の本がガタタッと揺れる。ヒカルは慌ててわたしの魔力を押さえ込んだ。

「おい、父さんにバレるだろ!」
「ごめんね! でも楽園だぁ!!」

 やったー!! こんな楽園を独り占めしているなんて、お父さんったらずるいんだぁ!!

 喜びのまま本棚に駆け寄り、背表紙を舐めるように見ながら室内をぐるりと一周する。……うふふ、すごいや、いろんな言語の本がある。日本語、中国語、ラテン語、フランス語、もちろん英語の本だって。この本棚の持ち主は、一体どういう人だったんだろう。父じゃないことは確かだね、父ならこんな風に適当な本の並べ方はしないから。

 こんなに沢山の本を持っているんだから、きっと無類の本好きに違いない。ここは幣原家、わたしのお祖父様とお祖母様が住んでいたはずのところだ。なら、わたしの本好きはお祖父様かお祖母様からの遺伝だな。

「お祖父様、お祖母様、愛しています!」

 祖父母を想い、勢いよく感謝の祈りを捧げる。視界の片隅でヒカルがドン引きした顔をしていた気がするがスルーだ。兄よ、妹の奇行に早く慣れてくれ。本に関してだけは自重ができないのだ。

 とりあえず一冊と、わたしは本の背表紙に指をかけた。ウキウキしながら本を開くと、本の間に挟まっていたらしい『何か』が音を立てて落ちた。その『何か』はそのまま床をコロコロ転がっていく。

『何か』を拾い上げたヒカルは、首を傾げながらそれをわたしに返した。

「ソラ、落としたぞ。……何だよこれ、指輪か?」
「わ、わかんない。なんか、この本に挟まってた」

 ヒカルから受け取った指輪を、そっと手のひらに乗せる。

 小さな赤い指輪だ。切れ目は見当たらない。このサイズなら小指用かな? ピンキーリング、と確か言うんだっけ。

 何故だか、その指輪から目を離せなかった。半ば無意識に、それを右手の小指に嵌める。

「誰のだろ? 父さんのかな?」
「でも、本の隙間に挟まってるなんて……ひぃっ!?」

 ふと顔を上げた瞬間──いつの間にか現れた『それ』に、思わず度肝を抜かれた。
 音も気配もなく、わたしたちの目の前に現れたそれは、人──のようだった。

「………………」

 わたしとヒカルは、声も出せずにただその人をじっと見る。

 男の人、だ。両親ほど歳上じゃない、まだ学生のよう。さらりとした癖のない黒髪に、指輪と同じく赤い瞳は、眠たげに半分閉じられている。
 すごく、綺麗な人だった。一目見てそう、理解した。
 男の人は、寝起きのようにぼんやりとした目で周囲をゆっくりと見回した後、やがてわたしたちに目を留めた。

 虚ろな瞳が、やがてわたしの顔で焦点を結ぶ。瞳に意識の光が灯る様を、息を呑んで見つめていた。
 わたしをじっと見つめたまま、その人はゆっくりと口を開く。

「……直?」





「……なるほど。なんとなく、状況は理解した」

 書斎のど真ん中で、その人──リドル、と彼は名乗った──は、ソファに深々と腰掛けては、長い足を組んで顰めっ面で目を瞑っていた。その輪郭は淡く発光していて、つまりは彼が『この世の者』でないことがありありとわかる。

「……僕たちは、さっぱり理解出来てないんだけど」

 ヒカルが小さな声で呟く。その小さな声が聞こえたかは定かでないが、リドルさんは伏せていた瞳をゆるやかに開けた。肩を寄せ合うわたしたちの姿を、その深紅の瞳に映し出す。
 ……しかしまぁ、本当に綺麗な人だ。

 それにしても、初めて出会ったはずなのに、纏う空気に何故かデジャヴを憶えてしまう。
 どこか昔、記憶の彼方にある地平にて、リドルさんと出会ったことがあるような──

「ヒカル、と、ソラって言ったね。僕はまぁ……君たちの父親の知り合い、のようなものだ。幣原筋には浅からぬ因縁があってね」

 そう言って、リドルさんは爽やかな笑みを浮かべてみせた。これが少女漫画なら、リドルさんの後ろには常に花が舞っているのだろう。思わず気を抜きかけたわたしとは対照的に、ヒカルは眉を寄せて腕を組んだ。

「さっき、ソラを見て『直』って呼んだよね。直って、幣原直のこと?」
「おや、知り合いだったのかい?」
「……一方的にだけどな。僕らの祖父に当たる人だ。昨日はその人の墓参りにも行った」
「……墓参り、か。なるほど」

 リドルさんの顔から一瞬だけ笑みが消えた、気がした。気のせいだったかもしれない。まばたきをした後もう一度見たリドルさんは、先程までと変わらぬ笑みを浮かべていたから。

「直の血縁なのだとしたら納得だ。魔力は血に宿るからね。ソラは魔力の色とかたちが直によく似ているんだ……直の再来かと思った……ソラ、時に聞くけど、未来や過去が視えたり聴こえたり感じたりはしないかい?」
「えぇぇっ!? いきなり何!? しないけど……」

 何それ? 未来や過去が? 視えたり聴こえたり感じたり? ないないない。
 リドルさんはちょっとだけ納得行かなそうに「そう」と眉を寄せたものの、そのまま続けた。

「……まぁいい。そんな君がこの指輪を手にしたからこそ、僕が再び目を覚ましたのだとも言える。蘇るつもりはなかったけれど、蘇ってしまったものは仕方がない。第二、いや、第三の生でも楽しむことにするよ」

 そう言って、リドルさんは僅かに口元を吊り上げる。おずおずと尋ねた。

「リドルさんって、封印でもされてたの?」
「ん? まぁ、そうとも言える。閉じ込めたのは僕自身ではあるんだけどね」
「…………??」

 自分自身を閉じ込めた? ちょっと言葉の意味がよくわからない。
 わたしがハテナを浮かべたのがわかったのか、リドルさんは一層楽しそうな顔をした。

「……リドルさんって、一体……」

 何者なの、と問おうとした時、家の外から微かな物音がした。ハッとヒカルと顔を見合わせる。

「────ソラ! 本を戻せ!!」

 どうして、なんて聞くまでもない。両親が帰ってきたのだ。わたしは慌てて本を元あった位置に戻す。ヒカルはわたしの手を引っ張って、転がるように書斎を飛び出した。
 最後、書斎の中が今まで通りかを確認して、ヒカルがきっちりと扉を閉める。二人でリビングまで駆け込んで、やっと小さく息を吐いた。

「……ソラ! 指輪!」
「あっ」

 ヒカルに言われ、わたしは慌てて指輪を外す。リドルさんは、と辺りを見回すも、彼の姿はどこにも見当たらなかった。一体どこに行ってしまったのか、どうも煙のような印象の人だ。

「ゆ、指輪、どうしよう」
「僕が預かる。……後で話そう」

 書斎の方向に視線を向けたヒカルは、しかし一瞬後、もう戻す時間はないと悟ったのだろう、小さく首を横に振った。

「ヒカル、ソラ、戻ったよー」

 玄関の扉が開く音と共に、父の声が呑気に響く。わたしから指輪を受け取ったヒカルは、指輪を素早くポケットに突っ込んでは、素知らぬ顔で両親の出迎えに向かった。

「おかえりなさい、父さん、母さん」
「お、おかえりなさい」
「うん、ただいま」

 父はヒカルとわたしに「はい、お土産」と小包を差し出す。中身はゼリーだ。ひんやりと冷たくておいしそう。わぁいと一通り喜んでおく。
 わたし達を見た母はそっと微笑んだ。

「いい子にお留守番しててくれて、ありがとう」
「……うん」

 思わず言い淀んだわたしの足を、ヒカルが咎めるように軽く踏む。一度わたしを横目で見たヒカルは、いつも通りの調子で父に絡んでいった。

「ねぇ父さん、幣原本家はどうだった? 僕もいつかつれてってよ」
「別に楽しいところじゃないってば。父さん達は遊びに行ってるわけじゃないんだよ? なーんか勘違いしてる気がするなぁ」

 父は苦笑しながら廊下を歩き、ふと先程の書斎の扉に目を留めた。父の足が止まったのに、思わずどきりと心臓が跳ねる。
 ……もしかして、バレた?

「……どうしたの、父さん?」

 尋ねるヒカルの声も、どこか緊張したようにも聞こえる。「いや」と小さく首を振った父は、扉を見つめながらわたしとヒカルに問いかけた。

「……確認だけど、二人とも、この部屋には入ってないよね?」
「入ってないけど……何、見られちゃヤバいものでも置いてあんの?」
「ヤバいものじゃないんだけど、この部屋はまだ片付いてないからね。片付いたら二人にも見せてあげるよ、特にソラは喜ぶと思う」

 ……はい、滅茶苦茶喜びました。
 でも、片付いてないって言葉は、多分嘘だ。部屋の中はホコリも落ちていなかった。父はわたし達を、あの部屋に入れたくないのだ。少なくとも、今はまだ。
 ……一体どうしてだろう?

 父がパキンと指を鳴らした。瞬間、空気がピリッと鋭く変質する。空中から湧き出た青銀の閃光が、鎖となって扉に縛りついた。魔法式が一瞬だけ宙に浮かび、やがて光の粒子となっては掻き消える。

「ヒカルもソラも疲れただろう。お茶にしようか、実はいい茶葉をもらったんだよね」
「……日本茶だけどね。でも、ヒカルもソラもきっと気に入ると思うわ。とってもいい香りなの」

 母がにこりと微笑んだ。
 父はコートを脱いでは、廊下を歩いていく。わたしとヒカルは目配せした後、両親の後を追って駆け出した。



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