破綻論理。

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空の追憶

第3話 FateFirst posted : 2020.07.05
Last update : 2022.11.09

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 一通り語り終わったリドルさんは、はぁと小さく息を吐いた。

「──以上が、僕というどうしようもない愚かな男の顛末さ。君達の叔父であるハリー・ポッターに倒され滅んだ、英国中を恐怖に陥れた闇の魔法使いヴォルデモート。僕は、そんな彼が学生時代に切り離した魂の一部だった」
だった・・・?」

 言葉尻を耳聡く捉えたヒカルが尋ねる。

「だった、としか言いようがない。だって僕の本体もまた、当時二年生だったハリー・ポッターの手により倒されているのだから。今の僕は分霊箱としての存在価値すらない、ただの魂の残滓に過ぎない」
「分霊箱って?」
「魂を分割する秘術で作られた魔法道具さ。それがあれば、喩え生身の身体が倒されたとしても、分霊箱さえ無事であれば命は取り留める」

 わたし達の表情から悟ったか、リドルさんは「いや、それはないよ」と首を振った。

「ヴォルデモートが生き残っているということはあり得ない。彼はあの日ホグワーツにて、ハリー・ポッターに完全に打ち倒された。言っただろう? 今の僕は分霊箱としての存在価値すらないって。ソラが呼び起こさなければ、僕は幣原家の書斎で、誰にも知られず朽ち果てていた」

 リドルさんにそう言われ、わたしは居心地悪く身じろぎをする。

「なんで、うちの祖父母の書斎なんかにいたの? リドルさん、日本にルーツって無いよね?」
「そんなもの僕だって知りたいさ。でも、あの家は直が住んでいた場所だ。土地に思い入れはないとしても、そこで生きていた人間に対する執着はある」

 直──幣原直。
 また、その名前だ。
 お父さんの父親で、わたし達の祖父。そして、多分、リドルさんの大事だった人。

 その名を言の葉に託すとき、リドルさんは透き通るような微笑みを浮かべる。
 その微笑みに気付くたび、何故か心の奥が震える気分にもなる。

「時代は変わった。僕はもう終わった人間だ。……アキは良くやってくれた。僕なんかに対して十分すぎるほどのものを与えてくれたから、僕も納得して結末を見届けた。アキの幕引きに文句はない……でも、そう、こうやって、奇跡のように、今の世界に降り立てたから……あの少年が青年になり、親として育てた君達を見て、……欲が出た。アキが選んだ道の後を見てみたい。遠目からで構わない、ほんの僅かな期間で構わないから……アキが望んだ世界を、この目で」

 お願いします、とリドルさんはわたし達に頭を下げた。
 わたしとヒカルは顔を見合わせ、軽く頷く。

「顔を上げて、リドルさん。……連れて帰っても別に構わないよね、ヒカル?」
「……はぁ。ま、いいんじゃない? ぶっちゃけ胡散臭いは胡散臭いけど、ソラが呼び起こしたのはマジで偶然みたいだし、こっちも責任は感じてるし」

 顔を上げたリドルさんは、やっぱり困惑した顔をした。どうして自分から願い出ているのに、こちらが受け入れると言うとそんな顔をするのかなぁ?
 リドルさんが何かを言い出す前にと、わたしは会話の先手を取る。

「言っておくけど、また『君達は僕に搾取されている』とか言い出さないでね。リドルさんならもっとスマートにわたし達を騙すでしょ。わたし達に疑念すら抱かせないはずだよ」
「……その不器用さも含め、全部演技かもしれないよ?」
「その時は、わたし達の見る目が無かったってことなんじゃないかな。その時はその時だけど、でもさっきの話を踏まえても、リドルさんは既に分霊箱としても格落ちだし、魔法も使えない。なら他に警戒するべきは、リドルさんの口八丁で騙されちゃうことくらいかな? そうだとしても大したことはないよね」
「世間知らずの子供二人くらい、言いくるめられないとでも? 嘘をつかずとも、人を望み通りに誘導することなんて簡単さ」
「でも、リドルさんはわたし達にそんなことしないでしょ?」
「……っ、だから、なんで、そういうとこ……っ!?」

 わたしの言葉にリドルさんはとうとう頭を抱えてしまった。
「わからない」「素直な子供って意味わからない」「なんで疑わないの? 信じられない」「危機感迷子だろ、ありえん」と、壊れたラジオのようにぶつぶつ呟いている。
 ヒカルは大きくため息をついた。

「……ま、リドルさんがそう思うのもわかる。コイツはどこまでも温室育ちの脳内お気楽娘だからな。……でも僕も大筋には賛成。警戒はさせてもらうけど、今のリドルさんについて過剰な心配は不要だと思う。それに、僕らのバックにはホグワーツ副校長アキ・ポッターと、そして今世紀の英雄ハリー・ポッターがついているんだ。リドルさん──ヴォルデモートにとっても、最も鬼門の二人なんじゃないかな」

 なるほど。ヒカルにそう言われると、確かにそのようにも思えてくるな。
 リドルさんはそれでもしばらくあーだこーだと言い募っていたが、やがて諦めた顔でわたし達を見ると「……わかった。それじゃあ、よろしく」とどこか不本意そうに口を尖らせる。初めはリドルさんからの提案だったのに、どうしてそんな顔で了承するのか、限りなく謎だね。

「指輪を貸して。じゃあソラ、君に持っていてもらおうか」

 ヒカルから指輪を受け取ったリドルさんは、どこからともなく取り出した紐に指輪を通すとネックレスにした。それをそっとわたしの首に掛ける。

「これで大丈夫。外から見えないように仕舞っていてね」
「……お父さん、気付かないかなぁ? これ、何だか妙な気を感じるんだけど……」
アキは気付かないよ。彼は、自分がとんでもない魔力を持っているせいか、その辺りの勘は鈍くてね。きっと漏れ出た自分の魔力と混ざってしまうのだろう」

 ソラはやっぱり直に似ている、その辺りの勘が良いね、とリドルさんはゆったりと微笑んだ。しかしいくら祖父と言えど、面識のない人といくら似ていると言われても反応に困る。曖昧に笑みを浮かべ、服の内側に仕舞い込んだ。

 ヒカルはホッとしたように息をつくと立ち上がる。

「あぁ、疲れた。僕も喉が渇いたし、ちょっと飲み物買ってくるよ」
「そう言えばさっきも不思議だったのだけど、ヒカルはどこで飲み物を買っているんだい? この辺り人の気配もないし、見たところ商店もないようだけど」

 わたしが持っているお茶のペットボトルを見ながら、リドルさんが問いかけた。そんなリドルさんに、ヒカルが目を丸くする。

「リドルさん、知らないの? 自動販売機ってやつがあるんだぞ」
「自動販売機? なんだいそれ、面白そうだね」
「……ついてくる?」
「うん」

 即答だった。なんだか可愛い。
 二人を見送った後、一人になって、わたしはふと考える。

 リドルさんは、父のことを『共犯者』だと呼んでいた。
 理解者で、共犯者だったと。
 ……父の罪って、何だろう。
 いつも笑顔で、家族のことを大事にしていて、多くの人から信頼と畏敬を受けている、アキ・ポッターの罪って、何だろう。


「そんなの、決まっているじゃない。幣原の異能を持たない彼が、傲慢にも時を操ろうとしたからよ」


 どこか拙い英語だった。
 気付けばいつの間にか、女の人がわたしの隣に気配もなく座っていた。
 絹糸のように長く真っ直ぐな黒髪を、結えて二つに括っている。黒の着物に赤の帯。左目を覆い隠している真白の眼帯に、思わず目が奪われた。

「え……っと……」

 飛び退けなかったのは、彼女の気配が希薄だったからだ。
 黒と赤。色彩は鮮明なのに、でも何故か、今にも風景に溶けて消えそうな空気を纏っている。そのせいだろうか、驚くよりもどこか非現実的な心地を持って彼女の存在を受け入れてしまった。

「……どちら様、でしょう?」

 見たところ、二十代前半といった感じのお姉さんだ。少なくとも両親よりは若そうな風貌。日本人のようだから、わたしの英語が伝わるかはわからないものの、彼女はニコリと笑ってくれたので、なんだか少しホッとした。

「私の名前は幣原蘭。幣原の名を継ぐ、最後の娘」
「……幣原……」

 父の……いや、わたし達の親族、なのかな……?
 顔立ちが父と似ているかと言われると微妙なところだ。似ていると言われたら似ている気もするが、色合いのせいな気もする。艶のある真っ直ぐな黒髪、というところは共通しているか。

「──ソラ・ポッター」

 紅を引いた唇が、わたしの名前を形取る。漆黒の隻眼が、強くわたしを射抜いた。

「……気を付けて。幣原の血を色濃く受け継いだ娘」

 彼女の口から、少したどたどしい英語が零れる。

「忘れないで。幣原は、時を司る家系。……あなたの父親、幣原には、この力は発現しなかったけれど……それでもあなたは、持っている。運命を捻じ曲げる力を、世界を変えてしまう力を……あなたは手にしている」

 頬にそっと手を当てられて尚、不思議と驚きも怖さも感じない。
 ただただ魅入られたように、わたしは彼女の隻眼を見返した。

「……大きな力は、意図せず周囲を巻き込んでは、事件を引き起こしてしまう。強大すぎる力を持て余して、時に自分自身さえも傷つけてしまう。……それでも、使い道さえ誤らなければ、その力はあなたを幸せにもするわ」

 気をつけて、と彼女は繰り返した。

幣原は時をまつろう家系。時空の理から、半歩踏み外してしまった存在。でも、抗ってはならない。視えるものを視、聴こえるものを聴き、触れられるものを触れなさい。私に言えるのは、それだけ」

 気をつけて、ソラ。
 それだけを言い、彼女はすっと立ち上がった。そのまま石畳の先、神社の拝殿がある方へと歩いて行く。

 ……今の、何だったんだろう。
 彼女の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、ふと頬に冷たいものが押し当てられた。驚いて思わず飛び跳ねる。

「ひゃあんっ!?」

 ヒカルが缶ジュースを手に『悪戯成功』と言わんばかりのニヤニヤした笑顔を浮かべていた。その後ろでは、リドルさんが軽く肩を竦めている。
 びっくりが収まると、次はふつふつと怒りが湧いてきた。

「何するの! ヒカルのバカ!」
「ぼうっとしてるから脅かそうとしただけじゃん、怒んなよ」
「怒るよ! バーカバーカ! ヒカル嫌い!」
「ハイハイ。ジュースやるから機嫌直せって」

 ジュースごときで妹の機嫌を取れると思うな、バカ兄貴。もらうけど。
 リドルさんはわたし達のやり取りに苦笑しながらも、興味深そうにペットボトルのキャップをカリカリといじっている。

「リドルさん、自動販売機はどうだった?」
「こんな誰も来ない山奥にですら、わざわざ電気を引いて大掛かりな機器を設置している。それも、単に飲み物を冷やすためだけにだぞ? マグルの努力に感服するな」
「冷やすだけじゃなく、冬場はあったかい飲み物も買えるんだよ」
「なんだと!? 凄い、凄いな、それは……」

 リドルさんは本気で驚いたらしい。深紅の目がキラキラと輝いている。
 そのままリドルさんは「こんな山奥にわざわざ電気を引いて採算が取れるのか」「飲み物が完全に売り切れたらどうするのか」などを矢継ぎ早に質問しては、ヒカルに盛大に呆れられていた。

「あの、そう言えば、ヒカル……」

 ヒカルに、先程出会った女の人──幣原蘭について話しておこうと口を開くも、何故か喉奥で言葉を見失った。
 ヒカルとリドルさんは、突然言葉を止めたわたしに訝しむような目を向ける。

「ソラ、どうした?」
「……あの、やっぱ、なんでもない。わたしの分はお金払うって言いたかっただけ」

「ハァ?」とヒカルは心底怪訝な顔をした。
 わたしとしてもあまり考えずに出した言葉だ、ヒカルから突っ込まれる前に「帰ろ、遅くなっちゃう」と立ち上がっては歩き出す。
 これから上ってきた分の階段を降りなければならないのだ。ずらりと続く階段を見下ろすだけでため息が零れる。

 一度だけ後ろを振り返る。人気のない神社の境内をじっと見つめた後、わたしは赤い鳥居をくぐり抜けた。



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