破綻論理。

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空の追憶

第5話 ダイアゴン横丁First posted : 2020.07.18
Last update : 2022.11.10

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 ダイアゴン横丁は、今日も今日とて人が多い。お天気だって良いものだから、普段にも増して賑やかだ。
 一方、わたしといえば。

「暑い…………」

 夏の陽射しにやられては、早々にギブアップして父に背負われている始末。うぅ、情けない。この体力の無さは流石に危機感かも。

「お前、そんなんじゃホグワーツでやっていけないぞ」

 ヒカルのお小言が耳に痛い。うん、そうだよね、わたしも不安……。

「いいな、いいな、ずるいなぁ! リリーもアキにおんぶして欲しい!」
「リリーは本当にいつもいつも元気だよね……」

 リリーが、わたしと父の周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら訴える。リリーは本当に、わたしの父のことが大好きなようだ。父を見つけたらいつだって「アキアキ!」って大はしゃぎで飛びついていく。今日だって、ジニーおばさん譲りの綺麗な赤い髪を、父とお揃いとばかりに一つに括っているし。

「せっかくダイアゴン横丁に来たってのに、なんてザマだよ」
「ソラ、大丈夫? お水飲む?」
「うん……ありがとう……」

 ジェームズとアルバスが、それぞれ両側からわたしを覗き込んでくる。二人に力なく手を振った。

 わたしだって、今日のダイアゴン横丁行きはずっと楽しみにしていたのだ。
 ホグワーツから入学を許可するお手紙が来て、初めて訪れるダイアゴン横丁。ここで魔法の教科書やホグワーツのローブ、魔法薬の材料を買い揃えないといけないし──それに、なんてったって、魔法の杖も!

 母とハリーおじさんは、最近特に忙しそうだった。母なんて、日本から帰ってきてからというもの、全然ゆっくりできていないんじゃないかなぁ。どうもついこの間、死喰い人の一斉検挙があったらしく、なんだかちょっとごたついてるみたい。

 ちょうど今、クィディッチ世界予選がフランスで開催されている関係で、新聞記者のお仕事をしているジニーおばさんも不在。ごめんねお世話頼むわねとみんなに手を合わせられ、子どもたち全員の面倒を見ることを、父が笑顔で了承したのが昨日の話。

 だから今日のお出かけは、ジェームズ、アルバス、リリーのいとこ兄妹と一緒。気心も知れた大好きなみんなと共にウキウキしてお買い物をするのを、楽しみにして……たん、だけど。

「教科書は買った、ローブに魔法薬の材料も……となると、あとはソラの杖だけ、なんだけどねぇ」

 わたしをベンチに座らせた父は、足元に纏わり付くリリーを抱き上げた。途端、リリーは上機嫌になる。
「アルバスはもう、杖を買ってもらったんだよね?」

 父はアルバスに尋ねた。アルバスはこくりと頷いて、懐から杖を取り出し見せてくれる。

「この前、ソラたちが日本に行ってる時に、父さんが買ってくれたの」

 小さな声ではあったけれど、そこには確かな嬉しさが滲んでいた。
 ……うわぁ、いいなぁ。アルバスはわたしと同い年だから、ちょっと先を越された気分だ。

「……じゃあ、父さん、ソラ連れて行ってきなよ」

 そう言ったのはヒカルだった。ジェームズたちを見回すと「こいつらは僕が見張っておくからさ」と口にする。やけに殊勝なことを言う、と思わず目を見開いた。

「いいのかい、ヒカル?」
「いいも何も、この中で一番しっかりしてるのは僕だろ」

「何を! ヒカルだって僕と同い年のくせに、生意気な!」とジェームズがヒカルに突っかかっていく。それを往なしながら「な?」とヒカルは肩を竦めた。

「……それに。みんなで行くわけにはいかないでしょ」

 ヒカルは、何故かわたしを見ながら父に言う。あー、と父は生温い笑顔を浮かべた後「ありがとねヒカル……とっても助かるなぁ……!」と言ってヒカルの頭を優しく撫でた。

「……ヒカル、お父さん、一体何の話をしているの……?」

 そんな質問に対し、返ってきたのは「いずれわかるよ」という言葉だった。

 ──その言葉の意味を、わたしはすぐに知ることになる。


 休んでちょっと回復したわたしは、父と並んでダイアゴン横丁を歩いていた。ヒカルにいとこ兄妹を任せてきたから、正真正銘二人っきりだ。

「ね、ねぇ、みんなをヒカルに任せて良かったの?」
「なんだ、お兄ちゃんが信用ならない?」
「そういうわけじゃないんだけど……」

 確かに、ヒカルは面倒見がいい。親戚同士で集まる時も、年長側なヒカルは自然とみんなをまとめる側に回っていた。ジェームズと同い年とは思えないわ! と、ジニーおばさんはたびたび口に出してたっけ。

「……でも別に、杖買うくらいみんなで行っても良かったんじゃない? 確かに、選んでる間とかはちょっと待たせちゃうかもしれないんだけど……それでも、みんなが目の届く場所にいた方が、お父さんも安心でしょ?」
「まあね。人攫いにでも遭ったら……なんて、考えるだけで胃が痛む気分だよ。それでも多分、現場にいる方が危ないし……だいぶ、皆をびっくりさせちゃうかもしれないし……で、ちょっと仕方ないんだよね……」
「……??」

 父の言葉の意味がわからない。わたしが頭上に浮かべる『ハテナ』に、父は苦笑するとわたしの頭をぽんっと撫でた。

「まぁ、元はと言えば私のせいさ。ソラとヒカルが私の子だっていう、何よりの証なのかもしれない──さぁ、着いたよ。ここが世界一の杖職人、オリバンダーの店だ」

 古めかしい樫の扉を、父はゆっくりと押し開いた。恐る恐る、その後ろに続く。

 店の中は薄暗く、そして狭かった。
 いや、狭いんじゃない。杖が入った小箱があまりにも沢山積み上げられていて、それが店を狭く見せているのだ。
 棚はあるけど、もはや入り切れずに溢れ出している。なんだかわたしの本棚を見てる気分だ。
 ……違うの、片付けが苦手なわけじゃないの、でもいつの間にか、本棚がいっぱいになっちゃってて本を入れる隙間がなくなっちゃうの……。

「こんにちは。連絡差し上げた、アキ・ポッターですが……」
「──アキ・ポッターさん!」

 いきなり、人が目の前に現れた。わたしは小さく悲鳴を上げて、父の腰にしがみつく。
 父は驚く素振りも見せず、普段通りの笑顔を浮かべていた。

「あぁ、オリバンダーさん、お元気そうで何よりです。またお会いできて光栄ですよ」
「昔より身体も動かなくなってきましたし、ここ最近はずっと弟子に任せておるのですがね。あなたの子供が杖を求めに来るとなると、やはり私が出るしかないじゃろう……」

 優しそうなご老人だった。普段は柔和そうなその顔が、父と話す時はなぜか顰められている。
 と、その目が素早くわたしに向いた。ひぇっと思わず肩を跳ねさせるも、父がわたしの背中を押して、その人──オリバンダーさんに向かい合わせる。

「私の長女、ソラ・ポッターです。今日は、この子の杖をお願いしたくって」
「……この子で最後でしょうな?」
「え? あぁ、うん、そうですね、個人的にはもう一人くらいいても良かったかなぁとは思うんですけど──コホン。ハイ、最後の子です。あ、言っておきますが、幣原ほどじゃありませんよ。どうかなぁ、ヒカルとソラを合わせて、私くらいになるのかな……」
「あなたの息子さんも大概でしたよ。あなたや幣原さんは、それこそ規格外と呼ぶのです。ホグワーツの戦い後、あなたが二本目の杖を求めに来たことを、今でも悪夢で見ますわい。あれはまさしく災害じゃった」
「今、私が使ってる杖のことを仰っているのなら、これは一応三本目の筈なんですけど……」
「主人に扱われないことほど、杖として哀しむべきことはありません。あれを自分のものとカウントされる杖の方が哀れです」
「おぉう、そうですか……」

 オリバンダーさんの言葉は、わたしにはよくわからないけど、とりあえずなんだか謎の凄みがある。
 肩を竦めたオリバンダーさんは、そのまま私に向き直った。

「フム、まぁ、いいでしょう──改めて、ソラ・ポッターさん。初めまして、オリバンダーの店へどうぞいらっしゃいました。杖腕はどちらかな?」
「ひ、ぁ、み、右ですっ」

 右腕を差し出すと、オリバンダーさんはどこからともなく巻尺を取り出す。わたしの腕のいろんな部分の寸法を測りながら、オリバンダーさんは話し始めた。

「オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持ったものを芯に使っております。不死鳥の尾の羽や一角獣のたてがみ、ドラゴンの心臓の琴線等……自分と同じ人間が誰一人としていないように、オリバンダーの杖も一つとして同じものはありません。他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないというわけです。オリバンダーの杖は一生物。家族よりも、恋人よりも、あなたの一番近くに寄り添い続ける代物となります。あなたが杖を選ぶのではなく、杖があなたを選ぶのです。生涯を添い遂げるに相応しい相手かどうか、杖があなたを見極める。おわかりですか?」

 ……そう言われると、なんだかドキドキしてきた。
 これからの杖選びがなんだかすごくロマンチックなものに思えてきて、わたしはこっくりと頷く。

 オリバンダーさんは静かに微笑んだ後、奥へと引っ込んで行った。しばらくして、いくつかの小箱を抱え戻ってくる。

「ソラ・ポッターさん。今から杖選びを始めますが……何が起きても、驚かないでくださいね」
「はい……えっ?」

 思わず流れで返事をしてしまったけれど、驚かないでって、一体何?
 オリバンダーさんは父を見た。

アキ・ポッターさん」
「大丈夫、防御魔法は設置済み。何が起きても、この部屋の外に漏れることは決してない」

 父はきっぱりと言う。……え、何、今から一体何が始まるの?

「大丈夫だよ、ソラ。心配しないで。何があっても、私が君を守るから」

 ──いや、いや、お父さん。
 お父さんのそのセリフこそが、わたしにとっては何よりも怖いものなんですけど──!?



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