破綻論理。

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星の影

第3話 ロケット方程式First posted : 2016.06.07
Last update : 2025.04.27

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「ラビさん。ロケット方程式、ってご存知ですか」

 唐突にエルから投げかけられた言葉に、ラビは目を瞬かせた。
 黒の教団、食堂で、エルと共に食事を取っていたときのことだ。最近ラビは、彼女を見つけると進んで同じテーブルに座るようになった。リーバーに言われたから、というのももちろんあるが、単純に彼女といると快かった。そもそもが、ブックマン後継者のラビである。知的好奇心と呼ばれるものは、人並み以上に持ち合わせている。自分に、今までになかった『宇宙』というものに関する知識をもたらしてくれる彼女は、ラビにとって歓迎するものだった。
 しかし、もう随分と、彼女の突然さには慣れてきている。そう驚かずに「何さ、それ」と尋ね返した。

「ロケット方程式、またの名をツィオルコフスキーの公式とも呼ばれるものです。コンスタンチン・ツィオルコフスキーという方が作られた公式で、この方は『宇宙旅行の父』『宇宙開発の父』『ロケット工学の父』とも呼ばれる、とてもすごい方なんですよ。宇宙ロケットについてのほとんどの理論を、おひとりで組み立ててしまわれたんです。彼の理論は、まだまだ実用化のための技術がなくって、それゆえよく『変人』扱いされてしまっていますが……でも私は、彼の語った理論はひとつ残らず現実になると、そう信じています」
「へぇ。ひとりで全部考えちまったんか。そら、すごい空想家だな。小説家になれそうさ」
「あぁ、そうですね。彼は小説家でもありますから。月面着陸の描写は、それはそれはとてもリアルで、とても素晴らしいんですよ」
「マジかよ……」

 ただの冗談として発した言葉だったのだが、偶然にも当たってしまったようだ。楽しげに、エルは語り出す。こうなった彼女を止めることは誰にも出来ない――まぁ、話を聞くのは面白いので、ラビに止める気はさらさらないのだが。

「ロケット方程式は、これからの宇宙利用でとても重要な方程式なんですよ。ロケット推進に関するものです。打ち上げられたロケットを想像してみてください。このロケットは、燃料を消費しながら上昇していきますよね。そうすると、ロケットの質量って、ガスを噴射するに従ってどんどん軽くなるんです。同じ力で押し上げるのなら、より軽い方が加速しますよね。ですのでロケットは、上昇しながら指数関数的にスピードを上げてゆく、ということを、この方程式は示しているんですよ。だからロケットを作るときには、空になった燃料タンクをロケットから切り離し、ロケットの質量を更に軽くする、ということが考えられますよね。でも、この切り離しのタイミングがまた重要で……」
「アンタさ。ロケットとか、そーゆーのも好きなん?」
「好きですよ。大好きです。私、宇宙から地球を見下ろしたり、もっとずうっと遠くまで行ってみたいって思っていますから」

 言われてみれば、そんな言葉を聞いた気もする。ふうん、と、デザートフォークを口に咥えながらラビは頷いた。

「いつか、人乗っけてロケットが飛んだりすんのかな」

 その言葉に、エルは微笑んだ。

「そうですね。きっと、未来では」
「……未来、か」
「……あっ、ご、ごめんなさい!」
「なんで謝るんさ!?」

 いきなり謝罪を受け、ラビの方が動揺する。だって、とエルは眉尻を下げた。

「エクソシスト様はその『平和な未来』を手にいれるために、昼も夜もなく命を賭して戦っていらっしゃるのに、私ときたらこういつもいつも夢見がちなことを語ってしまって」
「だーかーら……前にも言ったろ? 気にすることはないんさ。たとえ誰かにそう言われたとしても、アンタはそれでいいんだよ」
「……でも」
「おい、一体誰に言われた言葉を気にしてるんさ? ここは対AKUMA戦闘組織『黒の教団』。AKUMAを倒すことが出来るのは、神の作り出した結晶である『イノセンス』に選ばれたオレたちエクソシストだけ。アンタら、オレたちエクソシストをサポートするために働いてんだろ? そしたらエクソシストであるオレが、いいって言ったらいいんじゃねーの」

 ニヤッと笑うと、彼女は控えめに、それでも笑顔を見せた。そうそう、と頷く。

「平和はオレらがプレゼントしてやるよ。だから、その未来の夢は、エルがオレにちょーだい?」

 一瞬エルは目を瞠り、そしてすぐさま、ふふっと噴き出した。肩を震わせ、小さな笑い声を立てる。

「ラビさん、その言葉プロポーズみたいですね」
「おっ? 言われてみればそんな感じの言い回しかもな」
「ラビさんはあらゆるところで、女性を勘違いさせるのがきっとお得意なんでしょうね」
「それ、遠回しに貶してるさ?」
「まさか。褒めていますよ」
「そんな感じはしないんだけどなー」
「訝るのが好きなお方なんですね。ダメですよ、そういう言葉は。大切な人のために、胸の中に大事に大事に取っておくべきです。気が熟したときに、大切な人ひとりに向かって、言ってあげてください」

 ふと時計を見たラビは、思っていたよりも任務の時間が迫っていたことに少し慌てた。立ち上がる。

「悪い、もうこんな時間か。行かなきゃ」
「いえ、こちらこそ、長々とお引き留めしてしまいすみませんでした。ラビさんとお話していたら、楽しくってついつい時間を忘れてしまっていました。本日も楽しいひと時を、ありがとうございます。任務、ご無事でお戻りになることをお祈りしています」

 エルは首を傾げると、静かに笑う。おう、と頷くと、ラビは椅子の背に掛けていたエクソシストの団服を手に取った。肩に引っ掛けながら、食堂の出口に足を向け――ふと戻る。

「何か、忘れ物ですか?」

 エルは目を瞬かせた。

「忘れ物っつーか……言いそびれてたこと」

 軽くバンダナに触れ、ラビは口を開く。

「平和な世の中になったら――いや、きっとなるんだけどさ――そん時は、エルが作ったロケットに、オレも乗せてくれな。その気持ちは絶対、だから」

 地球が本当に青いのかどうか、見極めてやりたいんさ。
 ラビの言葉に、エルは笑った。

「えぇ、きっと。それでは、その時までずっと、お友達でいてくださいね」
「――おう」

 じゃあな、と手を振る。
 いってらっしゃい、と彼女は軽く頭を下げた。



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