「あ、おー……」
黒の教団でふと見つけた彼女、エル・シェフィールドに気軽に声を掛けようとしたラビは、彼女が誰かと談笑していたことに気がついて、呼びかけた声を途中でフェードアウトさせた。
無意識に、彼女と言葉を交わしている相手を伺う。その相手が、自らと同じエクソシストであり十六歳の少女、リナリー・リーであることを認識して、何故だかホッとした。
エルの年齢を聞いたわけではないが、それでも見た目からしてリナリーとはほとんど変わらないくらいだろう。リナリーよりも頭ひとつ低い彼女は、リナリーと顔を見合わせ無邪気に笑い合っていた。その様はすごく、年ごろの女の子らしい。リナリーも、エルも。
「よっす。エル、リナリーと仲良かったんだな」
二人の間に割り込む。エルにそう笑いかけると、エルも微笑みを返した。素直な瞳がラビを向く。
「えぇ、最近仲良くなれたので、とても嬉しいです。同年代の女の子、少ないので」
「科学班に、兄さんに呼ばれて立ち寄ったらね。まさか同年代の女の子が来たなんて思いもしていなくって。ラビ、知ってる? エル、すっごく頭いいのよ!」
「や、止めてくださいリナリー……! 私なんかが、そんな恐れ多いです!」
「謙遜しなーい! エルの話を聞いているだけで、頭良くなる気がするの!」
「リナリー、それは多分気のせいさ」
思わず苦笑した。
同性ゆえの気やすさか、二人の間には壁がない。ラビに対しては『エクソシスト様』だからと分厚く貼られていた壁が、ことリナリーに関しては、初めから存在しなかったかのようだ。普通にファーストネームを互いに呼び合っているし。
リーバーの言によれば、ラビと出会ったばかりの頃、エルには誰も同年代の友人がいなかった。ということは、自分よりもリナリーの方が後から仲良くなったということだ。それなのに、この差は何なのだろう。
「……オレが女の子だったら、また違ったんさ?」
「え? ラビ、女の子になりたいの?」
リナリーが眉尻を下げて笑う。エルも苦笑していた。
「ラビさんなら、きっと凄く可愛らしくてセクシーな女の子になるのでしょうね」
「男の子大好きな?」
「それは……ちょっと困ります」
むぅ、とエルは口をへの字に曲げる。一体どういう意味さ、とラビは肩を竦めた。
「……どういう意味でしょう?」
しかしエルは、予想外にもそんなことを呟いて軽く首を傾げた。視線を宙に彷徨わせている。どうやら本当に、自分が発した言葉の意味が分からないようだ。
何かに悩み出した時のエルは、長い。自分の頭の中で、疑問を永遠と煮詰めるのだろう。それは学問や研究の場では良いことかもしれないが、人付き合いにおいては望ましいものではない。強引に話題を変える。
「今日は蘊蓄、語ってくんないんさ? 一日一宇宙、それがエル・シェフィールドじゃなかったっけか」
「そ、そんなこと名乗ったことも言われたこともないですよ! えっと……そうですね、それなら、何か今日も喋りましょうか。好きなものを語って、それを楽しく聞いてくれる人がいるというのは、とても楽しいことです」
そう言ってエルは頤に指を当てると「そうですね……でも、何をお話ししましょうか?」と目を瞬かせた。そこでリナリーが「そうだ」と口を開く。
「スーパーノヴァ――ってタイトルの小説を最近読んだの。スーパーノヴァって、確か天文用語なんでしょう? どういう現象のことを指しているの?」
エルの瞳が輝く。生き生きとした光を灯し、エルは楽しげに喋り始めた。
「スーパーノヴァ――超新星爆発のことですね。響きが素敵なので、文学や音楽の場面でも使われたりします。大質量――およそ太陽の八倍ほどの恒星が死ぬ間際に起こす大爆発のことを言います。たったひとつの星が、数百万から数千億もの星の集まりである銀河に匹敵するほど明るくなるんですよ、これって凄くないですか?」
そうなんだ、とリナリーが興味深げに目を見開く。それは知ってるけどさ、とラビは口を開いた。
「どうしてそんな現象が起こるんだよ。光を放射するエネルギーはどこから?」
「説明しましょう。まず知っておいて頂きたいのは、恒星のエネルギー源は中心部分においての原子核融合反応であるということです。太陽の八倍より重い大質量星では、水素がヘリウムに核融合で合成された後、ヘリウムが炭素、炭素が酸素に変化して、重元素が生成され、最終的には鉄が合成されます。この時、星の内部を想像してみてください。重たいものほど中心に沈む、タマネギのような構造ですね。中心が鉄のタマネギです。核融合反応が進むにつれ、つまり星が長く生きるにつれ、中心の鉄はどんどん増えていきます。鉄は、これ以上核反応を起こすことのない元素ですので。
さて。重たいものほど重力は大きく掛かる、というのは周知の事実です。星の中心へと掛かる重力と、核融合のエネルギーが外に出ようとする力。普通はこの二つのバランスが釣り合っているのです。それでは、核融合のエネルギーが尽きた時、どうなるか? 釣り合いが崩れる『重力崩壊』と呼ばれる現象が起こります。ごくごく僅かな時間……一秒の千分の一ほどの、ほんの一瞬の時間で、星の直径が数千キロメートルから数キロメートルに変わるほどのものです。この時中心の鉄の温度はおよそ十億度にもなり、高エネルギーのガンマ線が生じて、鉄原子を破壊し尽くします。すると、星の中心にあった鉄の部分が……だいじょうぶですか、付いてきていますか?」
リナリーが頭を押さえている。無理もない。
「油断したなぁ……難しいのね」
「う、わ、私の説明が悪いせいで……」
「いや、だいぶ難しい分野だとは思うさ。エルはこれでも噛み砕いている方だぞ」
ラビがそうフォローに入るも、女性陣には通じていない。
「説明し切れなかったのが悲しい!」
「理解し切れなかったのが悲しい!」
気持ちは分からないでもない、共に。
「……ラビって、頭いいよね」
「あ、そうですよね。ラビさん、すごく頭が良くって、いろんな説明もすぐさま理解してしまわれますし」
「まーそりゃ、一応はブックマンですからね、オレ。歴史の裏の記憶者、真の歴史を完全なる中立から記録する者、ブックマン。その後継者たるもの、暗記は大の得意分野だし、新しいことを知るのは好きさー。ど、頭脳明晰なオレ、カッコイイだろ」
「えぇ、とても素敵です」
てっきり茶化されるかと思って言葉を発したのに、予想以上にきちんと受け止められて面食らう。と、リナリーは噴き出した。口元に手を当て、肩を震わせ笑っている。
「ラビとエル、凄くいいコンビね、本当」
「……それは一体どういう意味ですか、リナリー?」
むぅ、と眉を寄せリナリーを見上げるエルに、リナリーは微笑んで言った。
「言葉通りの意味っ!」
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