破綻論理。

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星の影

第5話 暗黒物質First posted : 2016.06.16
Last update : 2025.04.27

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「聞いてください、ラビさん! 私、エルシェフィールドはついに! 天文学もAKUMAとの戦いに役に立つということを証明したのです!」

 場所は食堂。ラビが、神田と共に少し遅い昼食を取っていた時のことだ。ラビの姿を見つけ駆け寄ってきたエルは、食堂のテーブルを叩くと、高らかにそう宣言したのだった。

「……誰だ、コイツ」
「……科学班の子」
「テメェは妙な知り合いばっか作るな」
「普段はもっとマトモな子さ! ……多分」

 神田はありありと『信じられるか』みたいな瞳をラビに向けていたが、バカに構っていられないと思い直したらしく、止めていた箸を操ると蕎麦を啜り始めた。
 ラビとしてはこちらの方が不本意だ。少なくとも、今ここにいる三人の中で圧倒的にバカなのは神田一択だろうと思う。口が裂けても言えることではないが。もし口にしたとしたら、先ほどまでの手合わせよりも数倍の殺意と共に第二ラウンド突入だ。せめて昼食を食べ終わってからにしたい。

「……エル。このポニーテールのパッツンが、ユウって言うんだが」
「……誰がポニーテールのパッツンだ」
「ま、アンタは知ってそうだな」

 神田の地を這う低音ボイスを無視して、エルに言う。
 ラビの名前も『エクソシスト様だから』と言って知っていたのだ。神田の名前だって同様に覚えているだろう。その予想通りエルは「あぁ」と目を瞬かせて頷いた。

「神田様ですね。存じ上げております。私は……」
「名乗らなくていい。科学班員の名前なんて覚える価値ねぇからな」

 エルの言葉を遮り、神田は言った。エルは一瞬立ち竦んだが、すぐさま「それもそうですね。失礼いたしました」と笑顔を見せた。

(……へぇ)

 ただ様子を眺めていたラビは、ほんの少しだけ驚く。神田も、そんな反応をされるとは思っていなかったのだろう、僅かに目を瞬かせていた。
 にこやかにエルは言う。

「席をご一緒させていただいてもよろしいですか? エクソシスト様」
「……あぁ……」

 少し呆然とした口調で、神田が許可を出す。それは良かった、と微笑んで、エルはラビの隣に腰掛けた。

「……アンタ、度胸あるな」
「え? 何の話です?」

 本当に理解していないのだろう、きょとんとした瞳でエルは首を傾げた。
 これが素か、天然物の威力かなぁ、と、ラビは苦笑いを浮かべて「何もねぇよ。アンタはそのまんまで生きてってくれ」と肩を竦めた。

「ところで、どうしたんさ? オレに話あんだろ。ほら、天文学がどうたらーって言ってたが」
「あぁ、そうです。そのお話をしに来たんでした」

 エルは座り直した。
 神田は大きくため息を吐きながら、我関せずと言うようにお茶を飲んでいる。目の前の皿に蕎麦はもうない。完食したのなら、神田の性格上さっさと立ち上がっていなくなりそうなものだが、しかし神田は頬杖をついたまま動こうとはしなかった。ひょっとすると、立ち上がったら負けとでも考えているのかもしれない。そう思うと、なんだかおかしかった。

「AKUMAの魔導式ボディ、通称『ダークマター』。この『ダークマター』と呼ばれる存在が、宇宙空間にもあるんです。『暗黒物質』と呼ばれるものなのですがね」
「あぁ、そういやそうだったな」

 ラビも知っていた。相槌を打ちながら、記憶を探る。
 と言っても、ラビは一般人程度の知識しかないのだが。間違いを恐れず、気負わずに自分の思いを述べられるというのは、なかなかにして失い難い時間だった。

「そもそも、ダークマターってなんなんさ? 名前はよく聞くけど、その実態をオレは知らねぇんだけど」
「それはですね……と、私もここで講義に入りたいんですが」

 そこでエルは、シュンとした表情を見せた。

「ダークマター、暗黒物質の実態は、まだ何一つとして解ってはいないんです。そもそもダークマターという存在自体ですね、便宜上のものでして」
「便宜上? どういうことさ」
「つまりは『観測できないけれど、そこに質量があるのは間違いがない』って測定結果があるんですよ。物体は、その質量に比例する重力を示します。しかし現在観測できている星の質量と、観測できている重力に、明らかに差があるんです。本当はどこかにもっと質量が存在するはずなのに……。だからこそ、私たちは『観測できないけれど重さがある』物質を仮想的に考えたんです。それが、ダークマター」

 飲み物を口に含む、その動作をしながらも頭を整理した。飲み込むと、言う。

「意外と適当でアバウトなんだな、それ」
「てき……まぁ、そうかもしれませんね」

 少し不本意そうではあったが、しぶしぶとエルは認めた。

「まだ観測技術が、そのダークマターを解明するところまで至っていないんです。人類の限界が目視できるんですよ、宇宙って。すごいところだとは、思いませんか」

 すぐに、表情が変わった。先ほどまでは頬を膨らませていたのに、本当に一瞬で。
 自分の専門分野に対し、心の底から楽しげに、エルは笑ってみせる。その笑顔に、ラビは「ダークマターが何なのかわかっていないのなら、天文学は対AKUMAに役に立つとはまだ言えないのじゃないか」という正論を、飲み込んだ。

「……あぁ、そうだな」

 笑顔を浮かべる。
 そのとき壁掛け時計が、二時を告げる鐘を鳴らした。エルはハッと顔を上げる。

「あら、もうこんな時間! お邪魔して申し訳ありません。またいつか、お話に付き合ってくだされば嬉しいです! それでは!」

 そう言い残して、パタパタと背を向け駆けて行く。本当に騒がしい子だな、と、その後ろ姿を見つめながら微笑ましく思った。

「変な奴」

 神田が吐き捨てるように呟いた。まぁな、とラビも頷く。

「否定しないのか?」
「だって変な奴なのは事実さぁ」

 肩を竦め、テーブルに肘をつく。グラスを手に取りながら、軽く言った。

「でもま、失いがたい子ではある」



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