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星の影

第9話 彗星First posted : 2016.07.03
Last update : 2025.04.27

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「それで、ラビは本当に良かったんですか?」

 アレンにそんなことを言われた。一体何のことか、さっぱり分からなかった。

「ラビがいいのなら、それでいいけど……」

 そう言ったリナリーは、なんだか少し不満そうだった。

「お前はそれで、良かったのか?」

 ――一体ユウまで、どうしちゃったんさ。
 エルがいなくなって、一月が過ぎた。
 ラビは変わらぬ日常を、過ごしている。





「あ……」

 自室で新聞を見ていた折、ふと見つけた記述に、思わず声が零れた。
 同じく新聞を読んでいたブックマンは、突然声を漏らしたラビに訝るような視線を投げかける。なんでもない、と愛想笑いをして、ブックマンには見えないように背中を向け、もう一度記事を見つめた。

「彗星、か……」

 時間と方角を確かめ、夜に屋上へとひとり上がった。
 季節は、冬に向かっていた。屋上だからか地上よりも数割増しで吹き抜ける風は、冬の冷たさを身に纏っている。吐いた息は、白かった。

 手には双眼鏡。実視等級にして四等から五等の彗星は、肉眼では観測がし辛いようだ。双眼鏡を目に当て探すも、この広い空の下、曖昧な方角だけでは簡単には見つからない。
 ここにエルがいたら、全く苦労することなくお目当ての対象を見つけられただろうに。
 しかし、無い物ねだりをしたって仕方がない。いないものは、いないのだ。どころか彼女は、もはやラビのことも覚えてはいない。
 それが幸せだ。それこそ、幸せだ。

 エルと自分は、何でもない。ラビの過去を、ブックマンの持つ宿命を、エルは何一つとして知らない。ただ『エクソシスト』としてラビを見ていた彼女は、ブックマンというものの本質を理解してはいない。
 ブックマンは、名前を捨て、過去を捨て、未練を捨て、ただ歴史を観測し続ける流浪の民だ。執着するものは、何も持ってはいけない。繋ぐのは、その場限りの絆のみ。他のものなど
 ――何も、要らない。

「今更何言っても遅いんさ……」

 全ては終わってしまった後だ。アレンもリナリーも神田も、退団した科学班員の処遇は知らない。知らないからこそ、そんなことが言える。
 葉書のひとつも出せ?
 ――相手はもう、自分のことを覚えてもいないのに?

 引いた尾を持つ星を見つけ、お、と双眼鏡を止めた。青みがかった銀色の尾は、思っていたよりもはっきりと見える。

『ラビさん、ご存知ですか? 彗星の尾というのは、彗星自身が太陽に近付いた故に表面が蒸発し、それによって発生したガスや塵が、太陽風や太陽からの放射圧により、太陽とは反対方向に吹き飛ばされるが故のものなのです』

 彼女が隣にいたら、きっとそう言っていただろう。目をキラキラと煌めかせ、心の底から楽しそうな口調で、口元を緩めて言うのだろう。
 もう、あの声を聞くことはない。
 そのことは少しだけ、残念なようにも思えた。





 ある程度気が済んで、身体が冷え切るよりも先にと屋上を後にする。かじかむ手をポケットに突っ込むと、階段を降りた。
 もう夜も更けた時間だ、辺りは人気もなく静まり返っているだろう――そう、思っていたのだが。

「なんか、騒がしいな……」

 ざわめきの方向へと足を向ける。
 階を下ると、喧騒も近付いた。夜だというのに、電気が明明と付いている――のは、いつものことだから不自然ではないのだが、こうも騒がしいのは珍しい。
 また忙しさにゾンビ化した班員がコムリンでも作り出したか。音の出所は、通信班の居室だった。苦笑混じり好奇心混じりに歩み寄り、通信班に通づる扉を開け――

「どうだ、イケるか!?」
「駄目です、繋がりません!」
「反応を、ニコル!」
「通信、応答なし! 完全に反応が途切れました!」

 忙しなく飛び交う切羽詰まった言葉たち。普段は忙しいながらも、どこか柔らかな雰囲気が漂っていた。張り詰めた空気に、思わず立ち竦む。そうだ、ここは戦場の第一線だ。平和な場所では、全くない。
 この地球上で平和な場所など、存在しない。
 ――一体、どうして忘れていたのか。

 軽く背中を押された。よろめいたラビの隣を通り過ぎる、一人の影。コムイだった。ラビに一瞥を向け、顔面を戻すと鋭く真面目な声を出す。

「――報告を」

 コムイの言葉に、部屋のざわめきが刹那で止んだ。ピンと張られた緊張の糸、その上を滑るような声で、報告が為される。

「な、任務番号ナンバー1018、ベルンケールでのイノセンス探査任務に単独付いていたエルヴィン・ニコルが、本日未明0:28、最後の通信を残し音信不通となりました。こちらからの呼びかけにも反応はなし、本日0:35、通信機自体の反応も途切れました」
「ニコルが最後に残した言葉は」

 報告者は、一瞬息を呑んだ。瞳をコムイから地面に向けると、口を開く。

「――『AKUMAだ』と」
「……聞いていたか、ラビ」

 名前を呼ばれ、弾かれるように顔を上げた。こちらを真面目な瞳で見据えるコムイと、目が合う。

「突然で悪いが、任務だ。一つの村が壊滅するかしないの瀬戸際だが、行ってくれるね、ラビ」
「――当然さ。それが、エクソシストってもんだ」

 胸中の動揺を押し隠し、頷いた。助かるよ、とコムイは薄く微笑む。
 知らない筈がないだろうに、コムイが言葉にすることは、なかった。
 ――任務地であるベルンケールが、ラビと懇意にしていた元科学班員エルシェフィールドの故郷であるという事実に。



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