破綻論理。

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金曜日のパラドクス

第1話 青い鳥の行方First posted : 2018.11.19
Last update : 2023.02.23


「玲、またアイツのことばっか話してる」

 同じ隊の友人、熊谷友子の言葉に、那須玲はハッと我に返った。思わず口元を覆った那須に、熊谷ははぁとため息を零す。

「ご、ごめんなさい、くまちゃん。せっかく来てくれたのに、私ったら」
「ま、それだけ元気になったんだと思っとくよ。倒れて入院したって聞いて、ホントびっくりしたんだからね」
「あはは……心配かけて、ごめんなさい」

 苦笑して、そっと辺りを見回した。
 クリーム色の壁で囲まれた、狭い病室。小さな窓は、冷たい風が身体に障ると言われて締め切られてしまった。さわりと空気を揺らす、暖房の生ぬるい風。体調を崩し自宅で寝込んでしまうのは日常茶飯事であるものの、入院までしたのは確かに久しぶりかもしれない。

「私、そんなに彼のことばっか喋ってた? やだ、恥ずかしいな」
「自覚ないの? そりゃもう……よっぽどよ」

はぁ、ともう一度、熊谷は大きなため息をついた。これ見よがしのその態度に、自然と身体が縮こまる。

「……でも、私、二人には仲良くしてほしいなって思うの。本当よ? くまちゃんと彼が仲良くしてくれたら、私、とっても嬉しいなって」
「申し訳ないけどそれは無理ね。不可能よ」

 熊谷の返事はにべもない。那須は思わずむぅと唇を尖らせた。

「無理じゃないもの……あの人、本当は優しい人なのよ? ちゃんとお話すれば、くまちゃんもきっと」
「悪いけど玲、私とあいつは相容れないの。そもそもどうして、玲が……」

熊谷がそう言いかけた瞬間、病室のドアが外側から開かれる。二人して口を噤むと入り口を見つめた。
 入ってきたのは、高校生ほどの少年だった。短い髪を、パッと目立つ金色に染めている。よく見知ったその相手に、那須は思わず声を上げた。

ちゃん!?」

 彼、鷹月は、那須玲の幼馴染だ。那須の声に、鷹月は小さく片手を上げて歩み寄ってくる。
 噂をしていた張本人が現れたのは気まずいが、しかし今は驚きが勝った。まさか、彼が来るだなんて。

「い、一体どうしたの? 何か急用?」
「なんだ、俺が見舞いに来ちゃいけないのかよ」

 笑い混じりに投げかけられた言葉に、思わず声を詰まらせた。かろうじて「そういう意味じゃない……」と絞り出す。
 苦笑した鷹月は、そのまま熊谷に目を向けた。

「熊谷も来てたのか」
「久しぶりね、鷹月。近界遠征はどうだったかしら?」
「ぼちぼちかな。そのうち城戸さんの方から発表があると思うよ。それより玲、体調は大丈夫か?」
「う、うん……」

 それは良かった、と鷹月は呟く。

「玲に用なら、あたしは席を外すよ」

 熊谷は軽く腰を上げた。いや、と鷹月は首を振る。

「そんな大した用じゃないし、俺の方が早く出るから、熊谷はいてくれよ。今日はこれ渡しに来ただけなんだ」

 そう言いながら、鷹月はショルダーバッグから映画の招待券を取り出した。「これ、もらいものなんだけど、良かったら」と那須に手渡す。
 熊谷がからかい混じりの声を投げかけた。

「あらやだ、あたしの目の前で、玲にデートのお誘い? 流石ねぇ」
「ちげーよ、お前ら二人で行ってこいって意味! 俺の趣味には合わねーもん」

 渡された招待券は、最近よく話題になっている、余命幾ばくもないヒロインと少年の織りなす青春小説の実写映画だった。「泣ける」と評判らしく、よくCMでも宣伝しているのを目にする。確かに、彼の趣味には合わないだろう。

「元気になって退院したら、二人で行ってこいよな。早くしないと上映期間終わっちゃうぞ」
「……ありがと、そうする。誰からもらったの?」
「風間さん。商店街の福引で当たったんだって。ったく、自分が行けばいいのにさ。こうやってわざわざ後輩に恩を売るんだから」
「わ、それは……っ。後でお礼を言わなきゃいけないね」

 うん、と軽く頷いた鷹月は、そこで小さく欠伸を零した。髪をぐしゃりと掻いて「んじゃ、俺帰るわ」と踵を返す。

「なんだ、もっといればいいのに。玲が喜ぶよ」
「ちょっと、くまちゃん!」

 あまりにも直球な言葉に、思わず頰が熱くなる。熊谷が手の届く範囲にいたら、ぽかぽか殴りつけていたところだ。
 鷹月は苦笑した。

「遠征から帰ってきたの、ついさっきなんだよ。結構眠くて、実は今にも倒れそーな感じ。帰って寝るわ。玲、お大事にな」
「う、うん……! お見舞いに来てくれてありがとう、ちゃん!」

 ん、と鷹月は片手を上げた。
 扉が閉まって、は、と肩を落とす。ふん、と面白くなさそうに肩を竦めた熊谷は、那須の手にある映画の招待券を覗き込んだ。

「もしあたしがいなかったら、二人で見に行く流れになってただろうに。邪魔してごめんなさいね」
「もう、くまちゃんったら、意地悪なこと言って……。ううん、それはどうかなぁ。彼の好みじゃないのは確かだし、どっちにしても私たちに見に行ってって言ってたかもね」

 でも、風間さんは多分、私とちゃんにと思ってくれたんだろうな──なんて言葉は口には出さず、胸に仕舞った。

「早く付き合っちゃえばいいのに、ほんっともだもだしてるわね」

 胸中を見透かしたように熊谷が言う。いやいや、と大きく頭を振った。

ちゃんとは別に、そんなんじゃないんだから! 私たちはただの幼馴染。みんなが思っているようなことは、絶対に起こりません」
「あー、はいはい」
「むぅ……信じてないわね?」

 思わずジト目で熊谷を睨む。
 当たり前じゃない、と笑った熊谷は「ボーダー中に知れ渡ってるんだから、あんたたちの『友達以上』は」と言葉を継いだ。

「おおかた今日も、玲が入院したって聞いて、遠征から帰ってきたばっかだというのにすっ飛んで来たんじゃないの。ただの幼馴染が、普通そこまでしてくれる?」
「悪いけど、彼のことについては、くまちゃんよりも私の方がよく知ってるんです」

 そう。
 彼のその行動が、甘くときめく感情が理由でないことくらい、重々承知している。
 玲が彼に抱く想いも、また。
 ただ、彼のことを放っておけないだけ。
 手の中の映画の券を、じっと見つめた。

「……そんなんじゃ、ないんだよ」

よくわかんないなぁ、と熊谷はボヤいた。



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