破綻論理。

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金曜日のパラドクス

第2話 400分の1の世界First posted : 2018.11.21
Last update : 2023.02.23


 いつも、同じ夢を見る。
 妹が、こちらを睨み付けている夢。

「もう知らないっ、のバカ!」

 そう吐き捨て、振り返ることなく走って行った後ろ姿を。
 それが、あいつと交わした最後の会話になった。

 第一次大規模侵攻。
 界境防衛機関『ボーダー』、その存在を大きく世間に知らしめることとなったあの出来事で、俺の双子の妹、鷹月楓は、行方不明者として処理された。





 人の気配に目を開けると、視界いっぱいに兄弟子・太刀川慶の顔が広がっていた。

「……んな、あ、あぁ!?」

 あまりにも『濃い』目覚めに、つい悲鳴を零しては作戦室のベッドから転げ落ちる。そんな俺の様子に「随分と激しい寝起きだな!」と太刀川さんは大爆笑していた。朝から殺意を覚えながらも身を起こす。

「おはようございます……え、何? 何なの?」
「近界遠征でボーナス入っただろ? だから、個人ランク戦するぞ」
「は? ……いやいや、嫌っすよ! アンタ、俺から何点毟れば気が済むんだよ!」

 個人ランクぶっちぎりトップの点数を持っているこの兄弟子は、何の因果か俺に目を付けては、しょっちゅうこうして絡んでくるのだ。
 兄弟子らしく(と言っても弟子入りは数週間しか違わないのだが)色々と教えてくれるというのならまだしも、いつだって一方的にぶった切られるだけ。この人に自分が何点貢がされたか、考えるだけで頭が痛い。大体兄弟子も兄弟子だ、少しは弟弟子を慮ってくれてもいいだろうに。

「うはは、お前の点は俺の点。だろ?」
「なんつージャイアニズム……優しさのカケラもない暴君だ、アンタなんて嫌いだ」
「なんでだよ、俺超優しいじゃん」
「自己申告なぞ信用できるか」

 問答無用、とばかりに腕を掴まれる。そのまま引きずられて行きそうになり、慌てて静止の声を上げた。

「あ待って、ちょっと待って、せめて顔、顔くらい洗わせて」
「んなもん、トリガー起動オンで充分だろ」
「せめて生身の最低限の身だしなみくらいは整えさせてくんねぇかなぁ!?」

 あーはいはい、わかったわかった、とつまんなそうな声を上げながらも、やっと太刀川さんは俺を解放してくれた。良かったと胸を撫で下ろしながら洗面所に駆け込む。話を聞いてくれないときもあるのだ、あの暴君は。
 冷たい水で顔を洗う。確かに、俺も基地では常にトリオン体ではあるのだし、顔など洗う必要はないというのも一理ある。一理あるがしかし、そこを捨てると人間として何か大切なものも一緒に捨ててしまう気がする。

 寝る用のジャージから出歩く用のジャージに着替え、鏡を見ては「トリガー起動オン」と呟いた。瞬時に、生身からトリオン体へとコンバートする。といっても外見は服装くらいしか違わない。成長期らしくそこそこ伸びてる身長も、近界遠征の前に調整を済ませている。
 軽く拳を握った。生身に比べ、トリオン体の痛覚は数十分の一。生身との感覚の差異は、今となっては殆どない。

 洗面所を出ると、耳慣れたゲーム音楽が聞こえてくる。どうせ唯がいるのだろうなと思って顔を覗かせると、やっぱり唯だった。
 我が隊の狙撃手スナイパー宮瀬唯は、室内であるにも関わらず野球帽を目深に被っては、コタツから小柄な身体を半分だけ出して携帯ゲーム機を握り締めていた。その対面には、同じようにコタツに入ってミカンを剥いている太刀川さんの姿が。よその隊の作戦室だというのに、よくもそう我が物顔で振る舞えるものだ。

「唯! なんで太刀川さん勝手に入れたんだよ!」

 思わず唯に文句を言うと、唯は顔も向けずに「あ、起きたんだ隊長」と呟いた。

「起こされたんだよ、お前が太刀川さん入れたせいでな」
「太刀川さんは隊長の兄弟子でしょ」

 唯の返事はいつもながら素っ気ない。

「澪と律は?」

 残りの二人の隊員の居所を尋ねると「学校行ったよ」と返ってきた。ふぅんと頷く。そこで、今気づいたとばかりに太刀川さんは声を上げた。

「あれ? 今日は、は学校は?」
「俺んとこは創立記念日です。アンタんとこの出水もそうでしょ。太刀川さんこそ大学はどーしたの」
「ん? あー、じゃあ俺も創立記念日」
「絶対、嘘だ」
「本当ですぅ」

 太刀川さんの大学入学が決まった時の、彼の両親の喜び具合を思い出す。涙を流さんばかりに喜んでいたご両親に、これまでの悲哀を感じ取ってついつい俺も泣きそうになった。ご両親の喜びを、そう簡単に無為にしないで欲しい。
 太刀川さんはミカンの白い筋を綺麗に剥くと、数個まとめて口に放り込んだ。もくもくと咀嚼した後「おーし、準備できたようだな」と言っては立ち上がる。

「唯、お前んとこの隊長借りてくけど、いい?」
「どうぞ、ご勝手に」
「……おい、唯」

 唯はこちらを見もしない。ため息をついたところで、太刀川さんについでとばかりに残り半分のミカンを手渡された。

「はい、朝ごはん」
「いらん」

 そこからの個人ランク戦でのことは、正直あまり語りたくない。そもそもが、個人ランクぶっちぎり一位の戦闘バカな兄弟子だ。A級そこそこの俺が敵うわけもないだろう。倒せる未来が全く見えなかった。一本取れたことだけでも滅茶苦茶褒められたいものだ。
 お陰で二十戦した後には疲労困憊。個人戦のブースからほうほうの体で這い出てきた俺とは対照的に、太刀川さんはなんだかツヤツヤしていた。こんにゃろ、潤ってやがる。
 気付けば、俺と太刀川さんの試合は割と周囲の注目を集めていたようで(さすが太刀川さん)、訓練室のモニター前には人だかりができていた。俺の悲惨な戦績が晒されてるから、あんまりじっくり見て欲しくはないのだけど。攻撃手《アタッカー》たるもの、やはり打倒するべき目標は太刀川さんだ。でも無理を承知で言えば、俺がぼろ負けした試合で対太刀川戦の分析をしないで欲しい……悲しくなっちゃうから。

「まぁそう気を落とすな、鷹月。流石にあの人はバケモンだよ」

 クラスメイトで太刀川隊の射手シューターである出水が、俺の背中を軽く叩く。その時、後ろから聞き覚えのある声が投げかけられた。

「うはぁ、これは手酷くやられたなぁ、

 台詞とは裏腹に、その声には面白がっている響きがあった。
 俺のことを『』と下の名で呼ぶ奴は、そう多くない。師匠の忍田さんに、兄弟子の太刀川さん。そして、後は――

「……迅」
「おいおい、俺歳上なんだけどなー? 歳上への口の利き方がなってないんじゃないの、ちゃん」
「ちゃんを付けんな!」

 うひひと笑いながら、迅悠一は座り込んでいる俺の頭をわしわしと乱暴に混ぜた。やめろとその手を振り払う。
 出水がしげしげと迅を見ながら尋ねた。

「迅さんがこっち来てるなんて珍しーじゃん。どったの、何か用事?」
「まぁね☆ ちとヤボ用でさ。実力派エリートは人気者だから、あっちからもこっちからも引っ張りだこなんだわ」

 顔を背けて舌打ちをした。途端、両のこめかみをげんこつでぐりぐりと、いわゆる『梅干』をお見舞いされる。

「悪いこと言うのはこの口かぁ?」
「何も言ってねーだろ!」
「心の声が聞こえたんだよ」

 なんだそれ。影浦さんじゃあるまいし。
 梅干からは解放されたものの、代わりに背中に膝を入れられて思わず呻いた。
 迅を視認した太刀川さんは、少し驚いた顔をしたものの、真っ直ぐこちらに向かってくる。

「あれ? 迅じゃん。今日学校じゃねーの?」
「創立記念日だってば。太刀川さんこそ大学は?」
「あ、そうそう、俺もそれ、創立記念日」

 マジかよ、と迅は苦笑いする。その表情が、僅かばかり引き締められた。

「まぁいいや。なぁ太刀川さん。俺と一戦、どう?」

 迅の言葉に、ざわりと喧騒が広がる。
 太刀川さんは、無表情のまま目を瞬かせた。

「でもお前、ランク戦できないじゃん。S級だし」
「確かに、点を取り合うランク戦は出来ないけど、模擬戦くらいならやれるでしょ。……風刃とやりあえる、またとない機会だと思うんだけど」
「……ふぅん」

 しばらく値踏みするように迅を見つめた太刀川さんは、やがて静かに笑みを深めた。

「いいよ。やろーか」
「やっりぃ。そうでなくっちゃ」

 二人がブースへと消えていく。瞬間、ギャラリーの幾人かが部屋から飛び出して行った。おおかた、今作戦室にいる隊員を呼びに行ったのだろう。
 大画面モニターの前にも、続々と人が集まり始める。今が好機とばかりに立ち上がった。人混みとは逆方向へ足を向けた折、出水に呼び止められる。

「あれ? 鷹月、見て行かねーの?」
「後でログもらって部屋で見る。どうせ、隊の奴らここにはいねーし」
「ふーん。でも、どっちが勝つか気になんねぇ?」
「迅が勝つよ」

 出水は一瞬、虚を突かれた顔をした。少しの間黙った後「そっか」と呟く。

「そゆこと。八つ当たりの的にされる前に、俺は逃げる」

 それがいいな、と出水は笑った。





「負けたんだけど! オイ!」

 追記。逃げられなかった。

 迅との模擬戦が終わった後、太刀川さんはそのまま真っ直ぐ鷹月隊に駆け込んで来たようで、今は何の遠慮もなしにコタツで暖を取りながらあーうー唸っていた。「あそこであれはズルい」「反則だ、まごうことなき反則だ」と思う存分愚痴っているので、さぞ手酷くやられたのだろう。
 自分の隊に戻ればいいのにと心の底から思うものの、負けた後仲間の元に戻りたくない気持ちは割と理解できるから、あんまりごちゃごちゃとは言えない。この人でも悔しがるのか、なんて、何だか不思議な気持ちにもなる。
 終わったんなら、今後の参考のためにログを取りに行きたいが、今この人の前で負けた試合を流すのは流石に自殺行為か。

「迅があぁやって自信満々に煽って来るときは、だいたい向こうに勝算があるときじゃないですか。あっちは予知のサイドエフェクト持ってんだから、いくら太刀川さんでも分が悪いよ」

 太刀川さんの前に淹れたてのお茶を置く。さんきゅ、と言いながらずずっとお茶を啜った太刀川さんを見て、唯が珍しくも顔を上げた。

「隊長、僕も」
「待てってば。あ、じゃあ湯のみ持ってきてよ、俺の分も」

 うん、と唯は何となく嬉しそうだ。久しぶりにゲーム機を手放すと、コタツからパッと出ては駆けて行く。用事を頼むと割と素直に行動するくせに、自分だけだと途端に億劫がるのは何故なのだろう。変なやつ。

「それでも、迅の予知を覆してやりたくなったんだよ。だって、未来は決まっちゃいねーんだから。なんでもお見通しですーって顔されんの、ムカつくじゃん」

 急須にお湯を注いでいた手が、思わず止まった。我に返って、ポットの頭を押し直す。

「そういうもんスかね」
「そーだよ。お前だってそうだろ」
「俺は、そこまで反骨精神に溢れちゃいませんよ」

 そんな気概は持っていない。
 諦めて、折り合いをつけて、今こうして、ここにいる。

「つまんねーやつ」
「はいはい、俺はつまんねーやつだから、早く自分の隊に帰ってください」
「おい、近界遠征でボーナス入っただろ? だから、個人ランク戦するぞ」
「やめて、リピートやめて。もうボーナスはたいたから、これ以上毟り取られたらマジでヤバいから」

 えーなんだよやろうぜー! と、太刀川さんはコタツをガタガタ揺らす。ほんとこの人、俺に八つ当たりしに来てる。やめろお茶が溢れる、と言いかけたその時、やっぱりやらかした。

「あ、やべ」

 カタンと湯のみが倒れた後、中から溢れたお茶がひたりひたりとコタツのテーブルを侵食していく。言わんことじゃない。あーもう、と何か拭くものを取りに行こうとしたところで、太刀川さんがこちらを見ているのに気がついた。
 俺の目をじっと覗き込んだまま、太刀川さんは言葉を紡ぐ。

「じゃあ、お前は、一体さ」

 ──なんのために、生きてんの。
 ぽっかり空いた虚のようなその目に、つい身体が動きを止めた。


「っっ、あーーーーーー!!」


 唯の叫び声で、落ちかけた感覚がぐいっと引き戻された。慌てて振り向く。
 唯は両手に湯のみを持ったまま目を見開いていたが、そのまま湯のみを放り投げてはこちらに駆け出してきた。いやいや待ってそれ割れ物だから! 放り投げちゃダメだから! と血の気が引いたのもつかの間、湯呑みは見事ソファの上に着地する。
 ほっと胸を撫で下ろした頃、唯が慌ててテーブルの上からゲーム機を取り上げるのが見えた。お茶に浸った底面を、泣きそうな顔で拭っている。

「何やってるのさ! バカバカ機械は水に弱いんだよそんなことも知らないのぉっ!? 動かなかったら太刀川さんのせいなんだからぁっ」
「あーっ、悪い唯、本当ごめんっ! 壊したら弁償すっから、が」
「なんで俺!?」
「セーブデータが死んでたら、二人とも呪い殺してやるからな」

 幸いにして、唯のセーブデータは無事だったようだ。
 呪い殺すって、いやいや冗談キツいぜ、唯。……マジ顔やめて?



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