破綻論理。

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金曜日のパラドクス

第17話 命の徒花First posted : 2020.06.15
Last update : 2023.02.26


 ボーダー支部をぐらりと揺らす轟音に、忍田は思わず顔を上げた。
 揺れは一度きりで、追撃の気配はない。地震かもしくは襲撃かと身構えていたボーダーの面々も、次が来ないことを悟っては身体の緊張を解いた。

「一体、何があったんでしょう?」

 ボーダー隊員の沢村響子が、不安げな面持ちで呟く。

「さぁ……少し、様子を見てくるよ」

 そう言って立ち上がった。後を着いてこようとする沢村を片手で制し、ひとりで部屋を出る。
 方角からして、音の出処はおそらく訓練室か。今の時間は確か、忍田の弟子、太刀川慶と鷹月が試合っていた筈だ。
 ──何か、やらかしてそうな気配がぷんぷんする。

 太刀川と、二人の弟子の相性は悪くない。太刀川自身は面倒見が良い方ではないものの、は初めて出来た弟弟子ということもあり、結構可愛がって連れ回してくれている。としては「子分扱いされてる!」と思っているのかもしれないが。で振り回され気質というか、太刀川の無茶苦茶に時に怒り時に呆れながらも、それでも楽しそうに付き合っていた。
 天性の才能だろうか、ここのところメキメキと才覚を現している太刀川に対し、の方は最近どうも伸び悩んでいるようだった。筋は悪くないように思うのだが。まだまだ粗くはあるものの、順当に行けばこの先戦力となるのは間違いない。
 それでも、の側には焦りがあるようだ。「何かヒントでも掴むことができるなら」と、そんな思いでを太刀川に託したのが、およそ二時間前のこと。

 訓練室への扉を開ける。瞬間、太刀川の怒声が飛び込んできた。

「いい加減にしろ!! もう二度と、テメェの訓練なんて付き合わねぇからな!!」

 普段飄々としているこの弟子が、ここまで怒りをむき出しにするのは珍しい。
 口を真一文字に引き結んだ太刀川は、そのまま出口へと足を向けた。そこで忍田の存在に気付いたか、一瞬バツが悪そうに眉根を寄せるも、忍田の脇をすり抜け出て行こうとする。

「慶……何があった?」
「忍田さん。俺、やっぱムリ」

 室内にいるに聞こえる声量で、太刀川は言って首を振った。

「手加減してやってたけど、どーしてもムリ。イラつく。あんな腑抜けた太刀筋受けてたら、こっちまで弱くなっちまう」

 最後に、チラリと訓練室の奥へと視線を向けて。
 硬い声音で、太刀川は吐き捨てる。

「アイツ、攻撃手アタッカー向いてないって」
「は? ……って、おいっ、慶!」

 太刀川は振り返らない。頑なな背中だった。
 太刀川を追うべきか、それともの様子を伺うべきか。訓練室の状況も気になると、迷った挙句に太刀川の背中から視線を外す。

 訓練室は、静まり返っていた。轟音の理由は、壁に開いた大穴を見れば聞かずともわかる。支部はトリオンで出来ているため修復は容易だが、しかしこんなことが続けば、開発室長の鬼怒田が黙ってはいないだろう。
 壁に開いた大穴に目もくれず、鷹月は訓練室の床に、大の字で横たわっていた。表情は、先ほど見た太刀川のものと負けず劣らず険しい。まだトリオン体のようではあったが、右手に持っている孤月は根元からパッキリと叩き折られていた。

「……、何があった?」
「別に」

 別にってツラじゃないだろうと言いかけるも、すんでのところで押し留める。このくらいの歳の子は、少し扱いが難しい。

「……。話してくれ」

 逡巡しながらの様子を伺っていると、はやがて「……うなーっ!」と叫びながら起き上がった。自身の金髪をわしゃわしゃと掻くと、先ほどよりも幾分落ち着いた眼差しで「穴、開けちゃってごめんなさい」と忍田に対し頭を下げる。

「……悪いと思っているのなら、私はそれでいい。が、しかし……これだけ派手にやらかしたんだ。鬼怒田に叱られる覚悟は出来ているんだろうな?」
「うわ……やっぱり鬼怒田さんかぁ……」

 苦い表情を浮かべたは、それでも仕方ないとばかりに息を吐いた。「早いとこ謝ってくる」と言っては立ち上がる。駆け出していく背中に、疑問を感じて思わず声を掛けた。

「……この壁の穴、慶の仕業じゃないのか?」

 忍田の声に、は大きな目を見開いては振り返る。

「太刀川さんの? ……ううん、違うよ。俺のせい。俺がやったの」
「…………、え?」

 忍田の静止は届かない。はそのまま「じゃ、いってきまーす」と駆け出して行ってしまった。
 ……仕方ない、事情は後で太刀川に聞こう。そうため息を吐きながら、忍田は壁の大穴へと近付いた。

 幸いにして壁側は海であり、穴が開いたとは言え外部への損害は皆無に等しい。隊員も順調に増え、ここも大分手狭になってきた。近々ボーダー本部を移転しようという話もある。旧ボーダー本部、改めボーダー玉狛支部として、リフォームの傍ら修復は出来そうだ。
 壁面に手を当てながら、太刀川の怒鳴り声を思い返した。

 は元々、サイドエフェクトが発現するほどのトリオン量を有している。確かに技術はまだまだで、太刀川にとっては物足りない手合わせ相手だったのかもしれない。
 それでも、これだけのことを仕出かすことができるのに。

「……なんで慶は、攻撃手アタッカーに向いてないなんて言ったんだ?」





 俺がボーダー基地に穴を開けたことについて、鬼怒田さんはもうカンカンだった。そんなに怒んなくても、なんて思っちゃうけど、口ごたえなんかしたらお説教がもっと伸びちゃいそうだし。
 お陰で解放された頃にはもう夕方で、夕飯を任されていたのにと慌ててボーダーへ駆け戻れば、そこでは小南が膨れっ面で米を炊いてくれていた。

「貸しひとつよ。来週のあたしの分、頼んだわね」
「わかったよ……」

 米を研いで炊飯器のスイッチを押しただけのくせに、という言葉を慌てて飲み込む。米を炊いてくれただけでも、とってもありがたいんだから。

「今日の夕飯はなぁに?」
「餃子焼く。冷凍のやつ」
「わぁお手軽」

 いつもカレーばっかの奴に言われたくないやい。

「それにしても、遅かったじゃない。何かあったの?」

 エプロンを外しながら、小南が尋ねる。うーん、と眉を寄せた。

「訓練室の壁に穴開けて鬼怒田さんに怒られてた」
「えぇっっ、マジで?」
「マジマジ。太刀川さんとね、しばらくやってたん、だけ、ど……」

 その時のことを思い出して、ついつい口が重くなる。
 正直、どうして太刀川さんがあんなに怒ったのか、俺はよくわかってない。……わかっていないことも怒られる原因のひとつなんだろうってことは、なんとなくわかるけど。
 普段の太刀川さんは、良くも悪くもおおらかだ。細かいことは気にしないし、なんだろ、いつも自分中心というか、あんまり周りに合わせてくれないから、必然的に俺も振り回されちゃってるというか。
 それが楽しい、なんて言うと誤解も出ちゃいそうだけど、でも実際、太刀川さんに振り回されるのは結構楽しい。ここだけの話。
 ……だから、太刀川さんが怒るってことは、俺にとっては大事件だ。

 俺の話を一通り聞いた小南は、腕を組むと首を傾げた。

「『攻撃手アタッカーに向いてない』ね……どういうことかしら」
「……俺、センスない?」
「センスは確かにないわ。凡庸の極み」

 うぅっ。薄々自分でもわかってたことだけど、小南にズバッと言われると傷つく……。
「でもさぁ」と小南は続けた。

「そうだとしても、太刀川ってセンスの有無とか、そういうことじゃ怒んないでしょ」
「……だよね……」

 だったら、やっぱり俺が悪いんだ。
 でも何が悪いのか、そこが結局わかんなくって……。
 そんな俺の様子を見ていた小南は「よし」と手を叩いた。

「うだうだ悩んでたって時間のムダよ。わかんないことは本人にズバッと聞いちゃいましょ」
「え? そんな、だって……」
「優柔不断は嫌われるわよ。ほら、携帯出して」
「携帯持ってない」
「持ってないの? ウッソ、不便じゃない?」
「だって……」

 そりゃ俺だって、周りが持ってるものは欲しくもなる。でも……。

「忍田さんに悪いし……」
「バッカねぇ、忍田さんはそんなこと気にするような小さい男じゃないわよ。アンタ、そういうちっちゃいところが太刀川を怒らせたんじゃないの?」
「そ……そんなことは……」

 なくも、ないような、気も、する……。
 渋る俺を尻目に、小南は制服のポケットから携帯電話を取り出した。いくつか操作をした後「ハイ。太刀川に電話したわ」と言って俺に手渡す。
 ちょっ、まだ心の準備ができてないのに! 内心焦りながら、おっかなびっくり小南の携帯を耳に当てた。うぅ、この待機音は心臓に悪い……。
 ゆっくり数えて十秒が経った頃、ようやく太刀川さんは電話に出てくれた。

『もしもし、小南ー? どした、何かあったか?』

 能天気な声が耳に届く。

「あ、あの……、だけど……」
『んぁ、? なんで小南の携帯からが掛けてんの? ってかお前、携帯持ってなかったの? そいや、確かに掛けたことねーわ』
「あ、うん、持ってない」
『不便じゃね? 急な呼び出しとかあったらどーすんの。忍田さんに言っといてやろーか?』
「いいよ、自分で言うから……」

 やっぱり携帯、持ってた方がいいのかなぁ……。いやまぁ、持ってた方が便利っていうのは俺もわかってるんだけど……。

『つーか、どしたの、俺になんか用事? 忍田さんから? あ、もしかしてさっきの話の続き? おっかしいなぁ、そしたら俺の携帯に直接掛かってきそうなもんだけど……』
「違う、忍田さんじゃなくって、俺の用事で」
『お前が? 俺に? 何』

 太刀川さんの声の調子はいつも通りだ。呑気そうで、怒っている感じじゃない。
 日和ってしまいそうな心を奮い立たせ、勇気を振り絞る。

「さ……さっきの、続きなんだけど」
『さっきの?』
「……さっき、どうして、怒ったの?」
『怒…………、あぁ』

 太刀川さんは、そう言うとしばらく黙り込んだ。やがて、静かな声で俺に尋ねる。

『意味、わかんなかったか?』

 ……わかんなかったと素直に言ったら、太刀川さんは怒るかな。いや、もう怒ってるのかもしれない。声を荒げていないからと言って、怒っていないとは限らないから。
 ……でも、わかってないのに『わかってる』って言っても、余計に太刀川さんを怒らせるだけなんだろう。それは、これまで散々先生や母さんに怒られてきたからわかってる。
 だから、素直に(それでも小声で)「うん」と頷いた。

『……そっかー。わかんなかったかー』
「……ごめんなさい」
『まぁ、わかんなかったもんはしょうがないしなー。俺がお前に伝わんない喋りをしたのが悪い』

 そっかー、と太刀川さんは呟く。
 あーうーとしばらく唸った後、太刀川さんはようやく、俺にある質問をした。

『お前さぁ。戦うとき、一体何考えてる?』

 ……戦うとき?

「えっと……どうやったら勝てるかな、とか? 今日はこういうことやってみたいな、とか、そういうこと……?」
『あー……違くて。わかった、じゃあ、質問を変えるけどさ……』


『お前さぁ。死ぬときって、一体何考えてんの?』


「……………………へ」

 思考が止まる。
 凍りついたまま、太刀川さんの声を聞いていた。

『お前、自分が倒される様子も……『死ぬ』のも視えてんだろ。だったらどうして、ただ黙って倒されてんの。何か抵抗しようとか、頑張って足掻こうとか、そういうの、お前の中には一個もないわけ?』

 ──死ぬときの、自分。
 トリオン体が殺されるとき、俺は一体、何を考えているのか。

『それが、お前がどう頑張っても勝てない、たったひとつの理由だよ。だってお前、本気じゃないもん。どうして? 本当はお前、もっと出来る筈なのにさ。どうして、寸前で手を抜くんだよ。どうして、当たり前のように倒されてんの』

 ──言いたい言葉が、纏まらない。
 ただまぶたの裏に浮かんでいたのは、あの日確かに目にした、夕焼け空と青のジャージ。

『お前のその、サイドエフェクトのせいか? あぁ、今こいつ、自分の負けが視えたんだなって、こっちにはわかんだよ。視えた瞬間、お前は平気で手を抜くじゃん。トドメ刺されるのも予定調和ってツラしてさ。悔しさのカケラもねぇんだろ。それが、ひたすらムカつくんだ』

 太刀川さんの声の奥で、急ブレーキの音がした。
 頭の中で響くそれに、なぜか、息ができなくなる。

『悪あがきでもなんでもいいから、こっちは本気で掛かって来てほしいんだよ。最後まで抵抗してほしいんだよ。それを、何? どうして黙って受け入れんの? ──お前、死ぬのが怖くないわけ』

(──死は、怖い)

 こわい。
 ずっと、ずっと。多分、生まれたときから視えていた。
 命がなくなる瞬間の、底冷えする寒さを、ずっと、ずっと抱えてきた。
 いつだって、怖いのに。

(……ちがう。俺は、俺には)


(俺には、俺が死ぬことを怖がる資格はない)


 いつだって、そこにあるのは迅の背中。
 本当は、助けられた筈なんだ。
 父さん、母さん、ごめんなさい。
 俺に勇気があったなら。
 自分の身を捨ててでも、助けたいものがあったのに。


(ごめんなさい、楓)


 誰かが死ぬのは、耐えられない。
 誰かが死ぬのは俺のせいだ。俺が何もしなかったせいだ。
 俺なら視えていた。いつ、どうして死んでしまうのか、俺だけは全て知っていた。
 誰かが死なないためならば。
 俺は、いつだってこの身を投げ出さなければ──


(それが、視えないものが視えてしまう『俺たち』が、やんなきゃいけないことなんだ)


 そうでしょ──迅。

『──でも、多分、それはお前が生まれ持った性質でもあるんだろう。つまり、お前は攻撃手アタッカーにそもそも向いてないんだよ。だからさ』
「……嫌だ」

 ただ、それだけを喉の奥から絞り出した。

「太刀川さん、俺に、楓を助けに行くの、やめろって言うの」

 俺の双子の妹、鷹月楓を、ネイバーから取り戻す。
 ただそれだけが、俺の生きる希望で、理由なのに。

「楓は、俺が助けるんだ」
『……それは、わかってるよ。ただ、攻撃手アタッカーとしてだけじゃなくて、他の道もあるんだって。それこそ銃手ガンナーとか、狙撃手スナイパーとか……』
「嫌だ! 俺は、絶対に、辞めない!」
『話を聞け、! さっき忍田さんと話したんだけど、これからチーム戦が』
「太刀川さんなんて、知らない!」

 太刀川さんが続けようとした言葉を無視して電話を切る。「ありがと!」と携帯電話を小南に突き返すと駆け出した。

「ちょっ、ちょっと、鷹月!?」

 背後から、小南の声が追いかけてくる。
 俺は、振り返らなかった。



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