破綻論理。

非公式二次創作名前変換小説サイト

TOP > 金曜日のパラドクス

金曜日のパラドクス

短編 前略、最上さんFirst posted : 2019.04.09
Last update : 2025.04.27

BACK | MAIN


 前略、最上さん。
 お元気ですか? って、今さら元気も何もあったもんじゃないよな。
 俺は元気です。……うん、まぁ、元気でいる。
 この身体は割と丈夫だし、そこそこの無茶にも耐えてくれてる。
 毎日ごはんも食べてるし、毎日ちゃんと、笑ってる。
 たまに徹夜はするけれど、そのくらいはご愛嬌ってことで、見逃してくれたら嬉しいな。

 何人かは死んだけど、まだ生きている人もいる。かく言う俺も、そのひとり。
 なんとか死なずにこうして生きて、今日またひとつ、歳を取りました。
 ──そう、二十歳。つまりは名実ともに、俺も大人の仲間入りを果たしたってわけ。
 最上さんの歳にはまだまだ辿り着かないけど、いつかは追いつく日も来るのかなぁ。
 そんなの、全く想像できないや(笑)
 最上さんの歳を超えちゃうのは、何だかそれは、やな気がする。
 でも、まだ、死ぬ気はないし、誰かに殺されてやる気もないから、それまではまだ、生きてみるつもり。
 ……俺が死んだら、後を追ってきそうなバカもいるし(笑)

 身勝手なことだとは思うけど、俺、にはさ、生きて幸せになってもらいたいんだよ。
 確かに、この地獄に引きずり込んだのは俺だけど。
 サイドエフェクトに嬲り殺される人生を、選ばせたのは俺なんだけど。
 でも、そんな、俺みたいなあいつがさ。
 もし──もしも。
 幸せになれたとしたら。
 幸せになることができたのだとしたら。
 ひょっとすると、俺だって……なーんて(笑)

 ま、幸せってやつが何ものなのか、俺にはまだよくわかんないんだけど。
 大人として扱われる年齢にとうとうなってしまった今でも、まったく、わかんないんだけど。

 大人って、なんでも知ってるんだと思ってた。
 大人って、なんでもわかってるって思ってた。
 大人になると、悩むことなんてなくなるんだと、どうしてだかそう、思っていた。
 そんなこと、ないんだよな。
 いつもいつも頭ぐちゃぐちゃになりながら、選び続けるしかないんだよな。

 ……たまに。いや、よく、思う。
 俺が選んだ未来って、本当に、正しかったのかな。
 本当にこれで、よかったのかな。
 万人が思う幸せなんて、そんなものは存在しない。
 万人が幸せになる方法なんて、何処にもないことくらい知っている。
 ……ねぇ、最上さん。
 せめて『誕生日おめでとう』の一言くらい、言いに来てはくんないの?





「誕生日なのに墓参りなんて、相変わらず気が滅入るようなことすんね」

 頭上に傘を差し掛けられて、初めて雨を自覚した。俯いた自分の前髪からは、ぽたぽたと雫が滴っている。
 傘のビニールを叩く、くぐもった雨音。何ものにも平等に降り注いでいた雨が遮られ、頭の上にぽっかりと空白ができた気がして、なんだか不安定な気分にもなった。

 ぼんやりと、目を瞬かせる。振り返らぬまま、傘の持ち主に背を向けたまま、迅悠一は口を開いた。

「俺、小さい頃、自分のことを晴れ男だと思ってたのね」

 背後にいる彼のように、脈絡もなく、ただ話したいことを、思いついたままに話し始める。

「試合に勝った日も、初恋の女の子に告った日も、体育祭で一等取った日も。記憶に残る景色はいつだって、天気は見事な晴天だったから」

 静かに目を閉じた。
 雨が、地面を叩く音。
 雨が、傘を叩く音。
 雨が、石を叩く音。
 それら全てを、聞き分けようとする。
 背後の気配は、僅かに揺らいだ。

「…………それ、は」
「そう、俺、視えてただけなんだよな」

 背後の声を遮る。

「晴れるって視えてた。試合に勝つって視えてた。オッケーもらえるって視えてた。一等取れるって、視えてたんだ、俺は」

 こんなの、出来レースも同然だ。
 絶対に当たる馬券が当たったとして、そのことに心の底から喜べる人間は、一体どのくらいいるのだろうか。

「それに気付いたとき、俺は思ったんだ。──『そっかぁ』……って。一切の感動もなくさ、思っちゃったんだよね」

 喜びと驚きは、表裏一体だ。
 ならば、驚きのない予定調和なこの人生は、なんと面白みのない、つまらないものなのだろう。
 背後の人物は、しばらく黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。

「わかるよ」

 その言葉に、肩の力が抜ける。
 無意識に、微笑んでいた。

「……お前だけだよ、ちゃんとわかってくれんのは」

 ぽすん、と頭にタオルを乗せられた。「風邪引いちゃうぞ」と言いながら、迅の髪をわしゃわしゃとタオルでかき混ぜようとする。
 弾みで傘から大量の雫が零れかかり、咄嗟にわぁと仰け反った。

「ちょっと、お前、少しはさぁ……」
「つまりは、天気予報みたいなもんってことだろ?」
「…………は?」

 慌てて、後ろを振り返る。
 傘とタオルを持ち直した鷹月は、迅の表情に怪訝な顔をした。怪訝な顔をしたいのはこっちだ。誰のサイドエフェクトが天気予報だ。

「天気予報見てたら、雨降っても気構えが出来るじゃん。うわっ雨だ、ってならないで、わー雨かよーって気分になるじゃん。傘持ってるかは別にしてさ。たまに予報が外れるとこも迅っぽい」
「俺そんな外しませんけど!?」
「でも確率だろ? それに俺、結構迅のキョトン顔見てる気がするんだけど」
「それは、が俺の予想を超えた阿呆っぷりを発揮してくるからで……!」
「はいはい」

 迅の言葉を遮るよう、は手荒にタオルで迅の髪を拭う。ついでに顔も拭かれそうになり、何しやがるとからタオルを奪い取った。

「そういや、なんでがここいんの。透視にでも目覚めたの? それとも俺もうじき死ぬの? 俺視えてないんだけど」
「玉狛の連中が、お前に送ったメールが返ってこないんだー迅さんどこをほっつき歩いてんだろうって嘆いてたから、呼びに来てやったのー。誕生日に墓に来るなんて、お前も俺みたいなことすんね。しかも傘も差さずにずうっとぼんやりしてんだもん。おばけかと思った、見たことないけど」
「あっそ……」

 こいつにだけは言われたくねぇなと舌打ちをする。だってぼんやりしてるくせに。
 タオルで濡れた服を拭いていると、は「まぁ」と、いつものように脈絡なく呟いた。

「親しい人が死んでも、なんかうまく悲しめないっていうのは、なんだろう、ちょっと落ち込むけど。でもきっとその分、俺たちみたいなのは、その人が死ぬそのずっとずっと前から、悲しんできたようなもんだからさ」

 思わず、目を瞠った。

 言葉を探している間に、はふと、差していた傘を下ろしてしまう。濡れるぞと慌てるも、予想に反して雨の雫は降り注いでは来なかった。

「迅ってさ、なんかやっぱり、青空のイメージあるんだよ。そのジャージのせいかなぁ」

 雨の止んだ空を見上げ、鷹月は静かに笑って振り返る。

「だからさ。俺は迅のことを、晴れ男だなって思ってるよ。ハッピーバースデー、迅。今年もいい一年になるといいな」





 ──前略、最上さん。
 なんだかんだで俺は、割と楽しくやってます。
 幸せってやつが、どんな形をしてるのかはわからないけど。
 でも、別に、幸せなんて、絶対に手に入れなきゃなんないわけじゃないみたいだし。
 だからまぁ、もうしばらくは、この地獄のような日常を、生きてみようと思っているよ。

                                   草々



BACK | MAIN

いいねを押すと一言あとがきが読めます



settings
Page Top