前略、最上さん。
お元気ですか? って、今さら元気も何もあったもんじゃないよな。
俺は元気です。……うん、まぁ、元気でいる。
この身体は割と丈夫だし、そこそこの無茶にも耐えてくれてる。
毎日ごはんも食べてるし、毎日ちゃんと、笑ってる。
たまに徹夜はするけれど、そのくらいはご愛嬌ってことで、見逃してくれたら嬉しいな。
何人かは死んだけど、まだ生きている人もいる。かく言う俺も、そのひとり。
なんとか死なずにこうして生きて、今日またひとつ、歳を取りました。
──そう、二十歳。つまりは名実ともに、俺も大人の仲間入りを果たしたってわけ。
最上さんの歳にはまだまだ辿り着かないけど、いつかは追いつく日も来るのかなぁ。
そんなの、全く想像できないや(笑)
最上さんの歳を超えちゃうのは、何だかそれは、やな気がする。
でも、まだ、死ぬ気はないし、誰かに殺されてやる気もないから、それまではまだ、生きてみるつもり。
……俺が死んだら、後を追ってきそうなバカもいるし(笑)
身勝手なことだとは思うけど、俺、颯にはさ、生きて幸せになってもらいたいんだよ。
確かに、この地獄に引きずり込んだのは俺だけど。
サイドエフェクトに嬲り殺される人生を、選ばせたのは俺なんだけど。
でも、そんな、俺みたいなあいつがさ。
もし──もしも。
幸せになれたとしたら。
幸せになることができたのだとしたら。
ひょっとすると、俺だって……なーんて(笑)
ま、幸せってやつが何ものなのか、俺にはまだよくわかんないんだけど。
大人として扱われる年齢にとうとうなってしまった今でも、まったく、わかんないんだけど。
大人って、なんでも知ってるんだと思ってた。
大人って、なんでもわかってるって思ってた。
大人になると、悩むことなんてなくなるんだと、どうしてだかそう、思っていた。
そんなこと、ないんだよな。
いつもいつも頭ぐちゃぐちゃになりながら、選び続けるしかないんだよな。
……たまに。いや、よく、思う。
俺が選んだ未来って、本当に、正しかったのかな。
本当にこれで、よかったのかな。
万人が思う幸せなんて、そんなものは存在しない。
万人が幸せになる方法なんて、何処にもないことくらい知っている。
……ねぇ、最上さん。
せめて『誕生日おめでとう』の一言くらい、言いに来てはくんないの?
「誕生日なのに墓参りなんて、相変わらず気が滅入るようなことすんね」
頭上に傘を差し掛けられて、初めて雨を自覚した。俯いた自分の前髪からは、ぽたぽたと雫が滴っている。
傘のビニールを叩く、くぐもった雨音。何ものにも平等に降り注いでいた雨が遮られ、頭の上にぽっかりと空白ができた気がして、なんだか不安定な気分にもなった。
ぼんやりと、目を瞬かせる。振り返らぬまま、傘の持ち主に背を向けたまま、迅悠一は口を開いた。
「俺、小さい頃、自分のことを晴れ男だと思ってたのね」
背後にいる彼のように、脈絡もなく、ただ話したいことを、思いついたままに話し始める。
「試合に勝った日も、初恋の女の子に告った日も、体育祭で一等取った日も。記憶に残る景色はいつだって、天気は見事な晴天だったから」
静かに目を閉じた。
雨が、地面を叩く音。
雨が、傘を叩く音。
雨が、石を叩く音。
それら全てを、聞き分けようとする。
背後の気配は、僅かに揺らいだ。
「…………それ、は」
「そう、俺、視えてただけなんだよな」
背後の声を遮る。
「晴れるって視えてた。試合に勝つって視えてた。オッケーもらえるって視えてた。一等取れるって、視えてたんだ、俺は」
こんなの、出来レースも同然だ。
絶対に当たる馬券が当たったとして、そのことに心の底から喜べる人間は、一体どのくらいいるのだろうか。
「それに気付いたとき、俺は思ったんだ。──『そっかぁ』……って。一切の感動もなくさ、思っちゃったんだよね」
喜びと驚きは、表裏一体だ。
ならば、驚きのない予定調和なこの人生は、なんと面白みのない、つまらないものなのだろう。
背後の人物は、しばらく黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「わかるよ」
その言葉に、肩の力が抜ける。
無意識に、微笑んでいた。
「……お前だけだよ、ちゃんとわかってくれんのは」
ぽすん、と頭にタオルを乗せられた。「風邪引いちゃうぞ」と言いながら、迅の髪をわしゃわしゃとタオルでかき混ぜようとする。
弾みで傘から大量の雫が零れかかり、咄嗟にわぁと仰け反った。
「ちょっと、お前、少しはさぁ……」
「つまりは、天気予報みたいなもんってことだろ?」
「…………は?」
慌てて、後ろを振り返る。
傘とタオルを持ち直した鷹月颯は、迅の表情に怪訝な顔をした。怪訝な顔をしたいのはこっちだ。誰のサイドエフェクトが天気予報だ。
「天気予報見てたら、雨降っても気構えが出来るじゃん。うわっ雨だ、ってならないで、わー雨かよーって気分になるじゃん。傘持ってるかは別にしてさ。たまに予報が外れるとこも迅っぽい」
「俺そんな外しませんけど!?」
「でも確率だろ? それに俺、結構迅のキョトン顔見てる気がするんだけど」
「それは、颯が俺の予想を超えた阿呆っぷりを発揮してくるからで……!」
「はいはい」
迅の言葉を遮るよう、颯は手荒にタオルで迅の髪を拭う。ついでに顔も拭かれそうになり、何しやがると颯からタオルを奪い取った。
「そういや、なんで颯がここいんの。透視にでも目覚めたの? それとも俺もうじき死ぬの? 俺視えてないんだけど」
「玉狛の連中が、お前に送ったメールが返ってこないんだー迅さんどこをほっつき歩いてんだろうって嘆いてたから、呼びに来てやったのー。誕生日に墓に来るなんて、お前も俺みたいなことすんね。しかも傘も差さずにずうっとぼんやりしてんだもん。おばけかと思った、見たことないけど」
「あっそ……」
こいつにだけは言われたくねぇなと舌打ちをする。颯だってぼんやりしてるくせに。
タオルで濡れた服を拭いていると、颯は「まぁ」と、いつものように脈絡なく呟いた。
「親しい人が死んでも、なんかうまく悲しめないっていうのは、なんだろう、ちょっと落ち込むけど。でもきっとその分、俺たちみたいなのは、その人が死ぬそのずっとずっと前から、悲しんできたようなもんだからさ」
思わず、目を瞠った。
言葉を探している間に、颯はふと、差していた傘を下ろしてしまう。濡れるぞと慌てるも、予想に反して雨の雫は降り注いでは来なかった。
「迅ってさ、なんかやっぱり、青空のイメージあるんだよ。そのジャージのせいかなぁ」
雨の止んだ空を見上げ、鷹月颯は静かに笑って振り返る。
「だからさ。俺は迅のことを、晴れ男だなって思ってるよ。ハッピーバースデー、迅。今年もいい一年になるといいな」
──前略、最上さん。
なんだかんだで俺は、割と楽しくやってます。
幸せってやつが、どんな形をしてるのかはわからないけど。
でも、別に、幸せなんて、絶対に手に入れなきゃなんないわけじゃないみたいだし。
だからまぁ、もうしばらくは、この地獄のような日常を、生きてみようと思っているよ。
草々
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