破綻論理。

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空の記憶

第2話 4つの寮と『ホグワーツ』 First posted : 2011.01.10
Last update : 2022.09.12

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 ぼくは、あの十一歳の誕生日以来、父の書斎に自由に出入りすることを許された。

 最初はまだ『魔法』なんて未知で不可思議で小説の中でしかお目にかかったことがないものに半信半疑だったぼくだが、書斎にある魔法関連の膨大な書物、また父が所有していた多くの魔法器具を見れば、『魔法』が現実のものだと納得せざるを得なかった。

 というか、こんな大掛かりで凝った仕掛けを、ただ『ぼくを騙すだけ』のためにやるのは不合理だ。それなら、魔法なるものの存在があるのかもしれない程度には、認めてあげても構わないかな、と思ったし──それに、父がぼくの目の前でやったことは、ぼくの常識からは外れた。まさしく未知なるものだったのだから。

 いや、認めよう。
 平凡な日本の一小学生であるぼくにとって、魔法界の勉強は物凄く面白かった。ここまで面白いのならば、たとえ騙されていたとしても悔しくはない。

 日本語で書いてある書物は、膨大とまで思う書斎の本に比べるとほんの僅かしかなかった。大体英語がメインで、後はドイツ語とロシア語、ぼくの知識ではどこの言語か断言出来ないようなものまで多岐に渡る。ぼくが日本語の書物を読破してしまうまで、そう時間は掛からなかった。

 これはいっそ、他の言語を学んでみるべきか。そう思いながらも、他言語というハードルは、日本という島国育ちのぼくには高過ぎる。そもそも魔法という概念自体、最近知ったばかりだというのに、それを更に馴染みの薄い外国語で勉強する、だって?

 何度も繰り返し日本語の書物を読むぼくに、父は『ホグワーツ』という魔法魔術学校について話をしてくれた。

 魔法使いや魔女たちは、十一歳の九月からそこに通い、七年間魔法について学習するらしい。ある意味専門学校のようなものなのかな、と、父の話を聞きながらも脳みそを整理する。

「ホグワーツには四つの寮があって、生徒はそこで寝起きするんだ。良い行いをすれば寮の得点はプラスされ、悪い行いをすれば減点される。学年末では、一番得点が高かった寮が表彰されるようになっているんだよ」
「え、寮なの!?」

 驚いた。ということは、次の九月からぼくは両親と離れて暮らさないといけないのか。
 ……いや、別に寂しいとかそういうんじゃないよ? ぼくだってもう十一歳、一人でだって生きていける。両親がいないと泣いちゃう子供ではないのだ。

「……四つの寮、って、父さん言ったよね。じゃあその寮には、それぞれどんな違いがあるの?」

 父は柔らかく微笑んだ。

「それじゃ、簡単に説明しようか。
 まずはグリフィンドール、ここは勇気ある者が選ばれる寮。元気が良くて明るくて、自分の行く末をまっすぐな瞳で見据えることが出来る、そんな人たちが集まる寮だ。
 レイブンクローはとても頭の良い子達が集まる寮。いつも物静かではあるけれど、先生方の度肝を抜くようなとんでもないことを予告なしにやらかすのは、大体いつだってここなんだよなぁ。
 ハッフルパフは優しくて、穏やかに生きていける。自分にも他人にも誠実で、一番人間性を重視しているのがこの寮だ。自分を偽らずに生きていける寮だよ。
 スリザリンに入れば、自分という存在に誇りを持つことが出来るだろう。高潔な誇りだ。矜持、と言い換えてもいい。自分にも他人にも、決して妥協や怠慢を許さない。少し気難しい奴が多いけれど、仲良くなれば家族のように親身になってくれる。そんな情の深い子達が多く集まる寮」
「ま、待って。今覚えるから。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフに、スリザリン……」

 指を折りながら、寮の名前とさっき受けた説明を頭の中で一致させていく。なるほど、なんとなくだけど雰囲気は掴めた気がする。

「……でも、もしどこにも入れなかったら?」

 それでも、そんな不安が胸中によぎる。

「どの寮にも、ふさわしくないと思われたら……」
「そんなことはないさ、大丈夫。は頭もいいし勇気だってある。第一、組み分けられなかった人なんて、これまで一人もいないんだから」
「……なら、父さんはぼくが何寮っぽいと思う?」

 父はそこで、少し考え込んだ。

は、そうだな……、……いや、言うのは止めておくよ」
「えっ、なんで?」
「変な先入観は付けさせたくないしね。帽子はきっと、に最も相応しい寮を見つけてくれるから」
「帽子?」

 何のことだろうと首を傾げた。父は何も言わないまま、静かに微笑む。

「もう夜だよ。そろそろ母さんが、夜ごはんだと呼びに来る頃だ。宿題は済ませたかい?」
「あっ……」

 そうだった、漢字の書き取りの宿題が出ていたことをすっかり忘れていた。慌てて本を閉じたぼくに、父は穏やかに呼びかける。

「お前はいつも下や手元ばかりを見ているから、気付いていないんだろう。ほら、上を見て」
「上……?」

 言われた通りに上を見る。そして、目を瞠った。
 夕焼けと群青が混ざった空に、星が二つ三つと浮かんでいる。見える星の数は徐々に増えていって、代わりに夕焼けは群青に呑み込まれていく。瞬く間に空は暗くなった。

「あの天井には魔法が掛けてあって、外の空を映し出しているんだ。今日は、いい天気のようだね」

 魔法だったのか。てっきり、ガラス張りだとずっと思い込んでいた。確かにガラス張りにしては、継ぎ目もないし綺麗に空が見えると思っていたのだ。そうだよな、書斎にガラス張りの天井はあり得ないよな、本が傷むもの。

「凄いね、魔法って! なんでも出来ちゃうみたい!」

 父は目を細めてぼくを見ると「そうだね」と笑った。


  ◇  ◆  ◇



「……あー……」

 毎日見る妙にリアルな夢は、今回は殊更に鮮烈だった。
 そう、目覚めたくないと思ってしまうくらいには。

「……今日は、どんなのだったっけ……」

 ぼくにそっくりの『幣原』の生活は、今のぼくの日常とは比べものにならないくらいに幸福だった。優しい父に面白い母。暖かで愛情溢れる家族に、そして何より『魔法』。

「えっと、ホグワーツ……四つの寮……グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン……」

 隣ではハリーが健やかな寝息を立てている。起こさないように小声で呟きながら指折り数えた。それにしても、やけに凝った夢を見るものだ。ホグワーツなんて聞いたこともない単語を、どうやって登場させているのだろう。まったく、夢ってのは不思議なものだよ。
 廊下の足音に、意識せずとも身体が身構える。予想通りのタイミングで、物置の部屋の戸がガンガンと叩かれた。

「さぁ、起きて! 早く! 起きるんだよ!」

 ペチュニアおばさんの甲高い声。ため息を付きながらも起き上がると、狭い物置部屋の中でぐっと背伸びをした。

「空飛ぶオートバイの夢を見た」

 突然の声に、驚いて顔を向けた。ベッドに仰向けになったまま、ハリーは眉を寄せ虚空を睨んでいる。

「空飛ぶオートバイ?」
「この前も同じ夢を見たような気がするんだけど……」

 そういえば前にも、そんなことをハリーから聞いた気もする。いつだっけ、どんな話だったっけ、と記憶を探るも、ペチュニアおばさんの大声に遮られた。

「まだ起きないのかい?」
「もうすぐだよ!」
「さぁ、支度をおし。ベーコンの具合を見ておくれ、焦がしたら承知しないよ。今日はダドリーちゃんのお誕生日なんだから、間違いのないようにしなくっちゃ」

 ハリーが呻き声を上げた。その声は予想以上に大きくて、扉を隔てた先にいるペチュニアおばさんにも聞こえたらしい。

「何か言ったかい?」
「何でもないよ、ぼくがハリーをちょっと踏んじゃっただけ!」

 あえて明るい声を出すと、おばさんはフンと鼻を鳴らして行ってしまった。キッチンへと戻る足音を聞き届けてから、ぼくはハリーを諭しに掛かる。

「あのさ、ハリー、少しは学習しようよ。今日この日におばさんを怒らせるのはマズいでしょ」
「今の今まで忘れていたんだよ。そして忘れていたかった。ダドリーの誕生日……嫌だなぁ……」

 気持ちは凄くよく分かるから、ぼくは曖昧な笑顔を浮かべた。毎年、ダドリーの誕生日では、おじさんとおばさん、そしてダドリーの三人で、テーマパークや映画館といった娯楽施設に行くのが定番だ。それはいいのだが、その間ぼくらは留守番かと言うと、ほんのちょっぴり違ったりする。ぼくらは近所に住んでいる、猫好きの変人と名高いフィッグばあさんの元に預けられるのが常だった。

「ぼくは猫好きだけどな。可愛いもん」
「僕だって嫌いじゃないさ。でもあのばあさんにはうんざりするんだ」

 ハリーはそうぼやきながらも、ベッドの下から靴下の片方を探し出すと、引っ付いていたクモを剥ぎ取り怒りを込めて壁に叩きつけた。哀れなクモはぽとりと床に落ちると、動かなくなる。苦笑いをしてハリーを数秒見つめると、ぼくもパジャマから洋服に着替えた。

 リビングのドアを開けると、カラフルな包みの山が出迎えた。食卓の上に積まれたダドリーの誕生日プレゼントが、軽く雪崩れを起こしているのだ。

「僕はベーコンを焼くから、アキはそのプレゼントの山をどうにかしてくれない?」
「はーい」

 手早く、かつ、そうとは見えない程度に乱暴に。プレゼントに罪はないが、それでも僅かな苛立ちは拭えなかった。羨ましいという単純な気持ちが、心の柔らかいところに棘となって刺さっている。気付かない振りをして押し隠した。

「髪を梳かせ!」

 バーノンおじさんは、リビングに足を踏み入れるなりハリーを見て怒鳴ると、次はその目をぼくに向けて「お前も髪を切れ!」と唸る。切る気はさらさらないが、一応は格好だけでも「はーい」と明るい声を返した。
 括った後ろ髪に手を触れ、伸びたなぁとふと思う。いいんだ、顔立ちで女の子に間違われるより、髪型で女の子に間違われる方が、心が負うダメージが軽いのだから。錯覚? なんとでも呼ぶがいい。夢で見る幣原と、同じ髪型。憧れのアイドルの持ち物と揃いを欲しがるように、ぼくだって彼と同一でありたかった。こっそり見習うくらい、いいだろう──もっとも、幣原を知る者なんて、この世にぼくひとりきりだろうが。

 ペチュニアおばさんに連れられてキッチンに入ってきたダドリーは、今日のためにか小洒落たジャケット姿だった。もう少し痩せた方が格好良く着られるだろうにと思うが、口には出さない。バーノンおじさんを見る限り、ダドリーもそういう路線で行くだろうことは間違いないのだから。

「お誕生日おめでとう、ダドリー。これ、ぼくとハリーから」

 ポケットから小包を引っ張り出して、笑顔でダドリーに手渡した。ダドリーはひったくるようにして小包を受け取ると、ありがとうの一言もなしに綺麗な包装紙を破り取る。出てきたのが新作のゲームソフトであったことに、ひとまず満足はしたのだろう。これで今年度もサンドバックは回避出来そうだ。端的に言えば賄賂だ、賄賂。

 ダドリー以外は知らないことだが、ぼくとハリーは意外と小金持ちだったりする。ダーズリー家ではお小遣いに当たるだろう一切をもらったことがないのだが、ぼくらが持っているのはきちんとした真っ当なお金だ。正真正銘、ぼくらが稼ぎ出したもの。手先の器用さや持ち前の体力、それに少々の勇気(無謀と呼ぶ人もいるけれど)を資金に、同級生からちょっとした仕事を請け負ったりしているのだ。誤って壊してしまったゲーム機の修理やテストで百点を取るコツを教えたり、はたまたラブレターの代筆をしたりいなくなった猫探しをしたり。『何でも屋』と呼べばいいのだろうか。最近は顧客の量も増えてきていて、上級生や他校生、果ては先生方までも顧客リストに載ってきたのだが、まぁ、これは蛇足。

 ハリーに「アキ、お皿を並べてくれる?」と声を掛けられた。床に座り込んでプレゼントの数を数えているダドリーから目を離すと、ハリーの元に駆け寄る。

「プレゼントなんてしなくても良かったんだ」

 ぼくに皿を手渡しながら、ハリーがそう耳打ちした。ぼくは笑って聞き流す。

「別にダドリーは悪い奴じゃないんだ、ちょっと育ち方を間違えただけで。サンドバックにしばらくならないのと引き換えだと思えば、安いものさ」
「また、アキは、何と言うか……」

 ハリーはため息を吐きながら、フライパンを傾けると皿にベーコンエッグを滑り込ませた。

「残酷なまでに平等だよね」

 平等? そうなのだろうか。考えたこともなかった。

「いい人、とは言ってくれないの?」
「しっかりと対価を貰っている人には言いません」

 軽く肩を竦め、皿を各配置につけた。フォークとナイフ、コップを準備してミネラルウォーターを注ぐと、まだプレゼントの数を数えているダドリーを他所に朝ごはんを食べ始める。その時、ダドリーが切羽詰まった声を上げた。

「三十六だ。去年より二つ少ないや」
「坊や、マージおばさんの分を数えなかったでしょう。パパとママからの大きな包みの下にありますよ」
「わかったよ。でも三十七だ」

 ぼくとハリーは静かに顔を見合わせる。常人よりも遥かに短いダドリーの堪忍袋の緒が切れそうなのを察し、テーブルがいつひっくり返されても大丈夫なように、慌ててベーコンに食らいついた。ペチュニアおばさんも危機を悟ったのか、急いで言葉を続ける。

「今日お出かけした時、あと二つ買ってあげましょう。どう? かわいこちゃん。それでいい?」
「そうすると、ぼく、三十……三十……」
「三十九よ、かわいい坊や」
「そっか、そんならいいや」

 ダドリーの機嫌が直った気配に、胸を撫で下ろす。ミネラルウォーターを飲み干し、ハリーと目配せし合った。ハリーの瞳が「この歳で足し算がロクに出来ないダドリーが将来どんな職に就けるのか僕凄く興味ある」と語っている。『就く』ではなく『就ける』という言葉回しに、さりげない毒が垣間見える。まぁ、こんな環境でむしろ純粋にピュアに真っ直ぐに育つだなんて、それはもう奇跡の類だ。きっとぼくも、年相応の純粋さなんて欠片も持ち合わせちゃいないのだろうなと思うと、なんだろう、少し切なくなる。

「バーノン、大変だわ。フィッグさんが脚を折っちゃって、この子たちを預かれないって」

 食べ終わった食器を洗っていた時、ペチュニアおばさんがバーノンおじさんに困った口調でそう話しかけるのが聞こえた。ハリーをちらりと盗み見ると、そこには嬉しい心持ちを隠そうともしていない、満面の笑顔のハリー。少しは隠せよ、ポーカーフェイスは英国紳士の嗜みだぜ?

「どうします?」
「マージに電話したらどうかね」
「馬鹿なこと言わないで。マージはこの子達を嫌っているのよ」
「それなら、ほれ、何ていう名前だったか、お前の友達の──イボンヌ、どうかね」
「バケーションでマジョルカ島よ」
「僕らをここに置いていったら」

 ハリーのその提案に、ペチュニアおばさんは物凄い顔でぼくらを見た。

「それで、帰ってきたら家がバラバラになってるって訳?」
「僕ら、家を爆破したりしないよ」

 ハリーが不本意な顔を浮かべるも、バーノンおじさんとペチュニアおばさんはぼくらを無視して相談を始める。

「動物園まで連れて行ったらどうかしら……それで、車の中に残しておいたら?」
「しかし新車だ。奴らを二人きりで中に残しておく訳にはいかん……」

 ぼくらは一体何だと思われているのだろう。

 その時、ダドリーが泣き出した。嘘泣きなのだが、バーノンおじさんもペチュニアおばさんも気が付かない。これが親バカの力なのだろうか。

「ダッドちゃん、ダドリーちゃん、泣かないで。ママが付いているわ。お前の特別な日を、あいつらなんかに台無しにさせたりしやしないから!」
「ぼく……嫌だ……あいつらが、く、来るなんて! いつだって、あいつらがメチャメチャにするんだ!」

 ハリーの脳の血管が切れるブチッという音が聞こえた気がして、ぼくは慌てて振り返った。やっぱりというかそこには、にっこり満面の笑顔を浮かべたハリーの姿。うん、怖いね。周囲の気温が一気に三度ほど下がった気がして、ぼくは思わず身震いをした。正直言って、ダドリーの癇癪よりも怖い。

 ハリーが何か口走る前にと周囲を見渡して、咄嗟に手元の泡まみれの皿をハリー目掛けて放り投げた。ハリーはぼくの思いも掛けない行動に目を瞠ったが、持ち前の反射神経で危うげなくキャッチする。ナイス! と親指を向けると、ハリーも微笑んで親指を突き出した。そしてダーズリー家の三人を横目で見ると、シュッと親指の向きをひっくり返す。わぁ、怖い。笑顔のままなのが特に怖い。

 家でバーノンおじさんとペチュニアおばさんを怒らせない、というのがぼくとハリーの間のルールだ。何故かって、リアルに死活問題に直結するから。物置に閉じ込められた最長は二週間。薄れゆく意識の中、あぁ、ぼくこのまま衰弱死かなぁとぼんやり思ったことは数え切れない。まだティーンエイジャー、まだまだ死ぬわけにはいかない! せめて、せめて彼女くらい作ってから死にたい! とぼくは切に切に願っている。

 玄関のベルが鳴る音に、ペチュニアおばさんは慌てた声を出した。

「あぁ、なんてことでしょう。皆が来てしまったわ!」

 部屋に入って来たダドリーの一番の子分、ピアーズ・ポルキスに、ダドリーはすぐさま嘘泣きを止めた。

 ダドリーの子分が来たなら、家を出るのはもうじきだろう。おじさんたちがぼくらの処遇に悩む時間は、そう長々と残されていない。ぼくは洗った食器を拭きながら、ちらりとバーノンおじさんを見遣った。どうかぼくとハリーを、この家に置いていってはくれないだろうか。祈りを込め、バーノンおじさんに熱い視線を送る。どうかお願いします……ぼくらは家を爆破したりなんてしないから……!

「いいだろう」

 やがて、バーノンおじさんはぶっきらぼうに呟いた。

「お前らが動物園に付いて来ることを許可する」

 バーノンおじさんはそれだけを言うと、苦虫を噛み潰したようなしかめ面でぼくとハリーを交互に睨みつけ、鼻を鳴らしてリビングから出て行った。ぼくとハリーはしばらく足に根が生えたようにその場に突っ立っていたが、やがて顔を見合わせる。

「今、おじさんが言った言葉、聞き取れた?」
「……なんとか」

 堪え切れず、にやりと笑う。互いの手を勢いよく合わせ、叫んだ。

「「よっしゃー!!」」

 今まで生きて来た十年余りの人生で、もしかしたら今日は一番ラッキーな日なのかもしれない──そう思って嬉しくなっていたぼくを、一体誰が責められようか!



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