破綻論理。

非公式二次創作名前変換小説サイト

TOP > 空の記憶 > 賢者の石編

空の記憶

第7話 表裏一体の希望と絶望First posted : 2011.01.22
Last update : 2022.09.12

BACK | MAIN | NEXT

 汽車から下りると、あっという間に喧騒に包まれた。全て英語で、何を言っているのかさっぱり理解できない。本当はきちんと意味を伴っているはずのそれらは、ぼくの耳にはただのやかましい『ノイズ』としか認識されない。どうすればいいのか立ち竦んだぼくの腕を、リリーは強く引っ張ると『一年生はこっちよ!』と教えて、連れて行ってくれた。元来面倒見が良い子なんだろうなぁ。リリーがいてくれて、本当にありがたい。

 ボートに乗せられ湖を渡り、そしてようやく見えてきた、お城のようなあの建物が──

「ホグワーツ……」

 隣に座っていたセブルスが、ちらりとこちらを見ては目を逸らす。日本語発音で悪かったな!

 ボートを下りると、石段を登り、正面玄関のような場所に出た。巨大な樫の扉をくぐり抜けた先、玄関ホールには松明が辺りを照らし出している。雰囲気満点だ。

 ぼくたちは、一つの大きな部屋で待たされた。先導していた先生が去った途端、ざわざわと騒がしい話し声が広がる。何人かは不安そうな顔つきだ。リリーも心細げな顔で周囲を見回していて、これから一体何が始まるのだろうか、とぼくは首を捻った。

 やがて先生が再び現れると、ぼくらを引き連れ歩き出す。目の前にあった大きな扉が開かれ──

 煌びやかな大広間が現れた。

 四つの細長いテーブルには、生徒がずらりと着席してこちらを見ている。柔らかなオレンジの光を点した蝋燭は、数多く頭上に浮いていて、本来天井があるべき場所には空が見える。父の書斎の天井と同じだ。

 先生は一年生を一列に並ばせる。顔を上げると、そこには顔、顔、顔……目眩がしてきて、ぼくは軽く頭を押さえた。

 先生は、一年生の前に四本足の椅子を置く。そしてその上に、いかにも魔法使い! って感じの古いとんがり帽子をそっと載せた。すると、帽子のつばの破れ目が動き、帽子が歌い出す。声帯がないのに歌えるのは、ここがやっぱり魔法界だからだろうか。何を歌っていたのかさっぱり理解出来なかったけれど、ひとまず皆に倣って拍手をした。

『……今から、何をするの?』
『帽子を被るの。それで自分が入る寮が決まるのよ』

 リリーに尋ねると、分かりやすい言葉が返ってきた。この子は本当に親切だなぁ。

 先生が、新入生の名前をひとりひとり呼び始めた。呼ばれた子は前に進み出ると、促されるままに椅子に腰掛ける。先生はその子の頭に帽子を被せ掛けた。帽子はしばらくして、つばの裂け目から寮の名前を叫ぶ。へぇ、一体どんな仕組みになっているのだろうか。

『エバンズ・リリー!』

 名前が呼ばれ、リリーはビクリと大きく肩を震わせた。ぎくしゃくとした足取りで前に進み出ると、椅子に座る。その頭に帽子が乗せられた瞬間、すぐさま帽子は『グリフィンドール!』と叫んだ。

 ふと、隣から小さなうめき声が聞こえた。顔を向けると、リリーの組み分けを見ながら、セブルスが眉間に深々と皺を刻んでいる。どうしたのだろう。

幣原!』

 とそこで、急にぼくの名前が呼ばれた。ドキリと大きく心臓が跳ねる。ぼくの様子を見て、セブルスは大きなため息を吐くと、何も言わずにぼくの背中を軽く叩いた。行ってこい、ってことか。セブルスに向かって頷くと、椅子がある方向へと歩く。緊張ゆえか、地面はなんだかふわふわと感じられた。椅子に座ると、帽子がズボッと首まで落ちて、視界が一瞬で闇に染まる。どんだけでっかいんだ、この帽子。

「ほうほう、君は日本人なのじゃな?」

 とその時、頭の中で突然声が鳴り響いた。ぼくはドキッとして小さく声を漏らす。日本語、だった。

「珍しいことに……おっと、なんで日本語? と思っておるな。これはの、わしがおぬしの脳に直接働きかけて、意志がそのままおぬしに伝わっているからじゃ。だから言語の壁など必要ない」
「ふぅん……」

 なんかちょっとずるい、なんて、現在語学の壁に全力でぶち当たっているぼくなんかは思うのだ。

「はてはて、これはどうしようかの……勇敢でもあり、頭も良く優しく、そして目的のためならどんな手段でも厭わない……ふーむ……」

 ちょ、ちょっと褒めすぎでしょ。悪い気はしないけど、少し恥ずかしい。

「どうしようかの……レイブンクローかスリザリンか……おや? おぬしは『組み分けなんぞどうでもいい』と思っておるようじゃ。なんと、なんと。そこまでの溢れる才気を持ちながら、才能の尖りを収める術を知らんとは、なんともまぁ勿体無いことよの……」

 帽子が何を言っているのか、その意味はぼくにはよく判らなかったが、それでも『どうでもいい』と思っているのは本当だった。父は、ぼくが入りそうな寮に心当たりがある口ぶりだったが、長本人たるぼくはさっぱりだった。正直な本音を、帽子に対して口にする。

「どこに入ったところで、大した違いがあるとは思えませんから。ぼくは英語がまだまだ未熟だし、勉強を静かに出来る環境が好ましいな、とは思います」
「……なるほど。その要望ならば……この判断が吉と出るか凶と出るかはさておき──レイブンクロー!」

 途端、一つのテーブルから盛大な拍手が鳴り響いた。慌てて立ち上がると、帽子を脱ぎ先生に手渡す。顔を上げて新入生の列を見た時、セブルスと目が合った。不機嫌そうに眉を寄せている。

 一体どうしてなのだろう。リリーがグリフィンドールに組み分けされた瞬間も、同じような表情をしていた。セブルスが望む結果ではなかったのだろうか。

 セブルスは、ぼくにどの寮を望んでいたのだろう?

 ぼくはセブルスから目を逸らすと、先ほど拍手が鳴ったテーブルへと駆けて行った。上級生らしい人が、ぼくのために席を空けてくれる。軽く頭を下げ、そこに腰を下ろした。

「スネイプ・セブルス!」

 セブルスの名前に、ぼくは壇上を見た。セブルスの頭に、帽子が乗る。ものの数秒もかからず、組み分け帽子は「スリザリン!」と叫んだ。隣のテーブルから、拍手が巻き起こる。ぼくも小さく手を叩きながら、少しだけ落胆した。セブルスもリリーも、みんな別々の寮になってしまった。

 もし、ぼくが帽子に「リリーと同じグリフィンドールに入りたい」と望めば、帽子はその望みを叶えてくれたのだろうか──そんなの今更考えたって仕方のないことだ。

 組み分けが終わると、真ん中の豪奢な椅子に座っていた先生がパッと立ち上がった。手を打ち鳴らすと、ざわざわしていた大広間はすぐさま、水を打ったようにしんと静まり返る。長く白いヒゲに長い白髪、半月メガネのおじいさんだ。校長先生だろうか、状況的に考えると。先生は笑顔で二言三言口にすると、微笑みを湛えて再び椅子に腰掛けた。

 瞬間漂った美味しそうな香りに、顔をテーブルへと向ける。瞬間、ぼくは目を瞠った。一体どうしてだか、さっきまで空だったテーブルの上には、ずらりと豪勢な料理がところ狭しと並んでいた。唖然として皿を見つめるも、在学生は平然と、むしろぼくら新入生の反応を面白そうに伺いながら、食事を自らの皿に取り分けている。

 緊張で空腹は感じなかったが、それでも皆が食べているのだから、ぼくも何かを食べないと不自然だ。そう思って、手を合わせるとひとり「いただきます」と呟く。

「────?」

 その時、隣の席の上級生らしき男子生徒が、ぼくに何事かを話し掛けてきた。しかし、あまりにも話すスピードが早く、周囲の喧騒も相まって、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。曖昧に笑みを浮かべると、失望したかのように顔を背けられ、今度はぼくと反対側の子に話し掛けた。

 ぼくは黙って食事を皿へと取り分ける。

 ──分かっていたはずじゃないか?
 心の中で呟いた。

 ──覚悟していたはずじゃないか?
 英語が話せないということが、一体どんな衣身を持つのかくらい。

 分かっていた。リリーとセブルスが、ただ皆よりも優し過ぎた、ただそれだけ。

 じきに、きっとすぐに慣れる。
 だから──落ち込むな、幣原
 これが、現実だ。

 何故だろう。口に入れた料理は、どれもご馳走のはずなのに、全然味がしなかった。





 食事と先生の(ぼくにはさっぱり分からない)お話が終わった後、レイブンクローの上級生に従って、いくつもの階段や廊下を通り、レイブンクロー寮へと辿り着いた。道筋はとても複雑で、きちんと覚えておけるのかが凄く不安だ。おまけに動く階段……そう、階段が動くのだ! 廊下も動いたり消えたりしたらどうするよ? ぼくはもう覚えられる自信が全くない。
 螺旋階段の上で、先頭を歩いていた上級生が立ち止まった。踊り場よりも少し広いところだ。彼の目の前には、取っ手も鍵穴もない古めかしい木の扉で、ドアノッカーがぽつんと一つ付いているだけだ。

 今から、一体何が始まるのだろう。ざわざわとした話し声が瞬時に止み、特に一年生は彼の一挙一動を漏らさぬよう息を潜め、目を凝らした。

 彼が一回ノックすると、何処かから声が──ぼくにはそのドアノッカーから聞こえたように思ったのだが──した。その言葉に、上級生の先輩は少し考え込み、やがて一つのフレーズを唱える。途端に、扉がパッと開いた。一体今、目の前で何があったのか、さっぱり分からない。あっという間にお先真っ暗だ。小さくため息を付きながらも、人の流れに従って中へと入る。

 青を基調とした、広い円形の部屋だった。カーテンも絨毯も、何もかもが青い。上級生のネクタイやローブの裏地も青ということから察するに、青がこの寮のシンボルカラーなのだろう。たくさんの机と肘掛け椅子が整然と並んでいて、いかにも勉強しやすそうな環境が整っている。壁にはずらりと本棚が並んでいて、どの棚にもぎっしりと本が詰め込まれていた。

 上級生の指示により、一年生は一列に並ばせられる。ついで、寮のシンボルカラーが入った制服やネクタイ、その他小物がそれぞれに手渡される。それらが終わった後、上級生が二言三言何か話すと、全員が自然と男女別れて進み出した。きっとこれは寝室に向かうのだろう、慌ててぼくも男子の列に混じると、階段を上がる。

 上級生が、手に持っている紙を見ながら名前を読み上げていく。呼ばれた生徒は、促されて中へと入って行った。今の階で五人が呼ばれたから、一部屋五人の部屋なのだろうか。

幣原! 幣原!』

 と、少しぼうっとしていた。名前を呼ばれていることに一拍遅れて気がついて、慌てて人を掻き分け前に進んだ。上級生はぼくを見下ろすと、部屋を顎でしゃくる。頭を下げたが、彼はぼくを無視して次の人の名前を読み上げた。

 黙って部屋の扉を開けて中に入ると、既に中にいた子たちの視線がパッと集まった。ぼくはその視線から逃げるようにしながら、部屋をぐるりと見回した。

 円い部屋に、ベッドが五つ。等間隔で設置されたそれは、なんと四本柱の天蓋付きベッドだ。群青色のビロードがカーテンのように垂れ下がり、それぞれのスペースを区切っている。

『君の場所はあっちだよ』

 ほんわりとした声が掛けられ、驚いて振り返った。発音が凄く綺麗だから、とても聞き取りやすい。

 柔らかな笑みを湛えた男の子だった。さらさらの短い金髪に、明るい緑の瞳。

『あ……ありがとう』

 笑顔を向ける。教えられた場所に近付くと、置いてあったトランクの名前を確かめた。自分の名前を確認して、もう一度『ありがとう』と彼に言う。彼は『どういたしまして』と言ってにっこりと笑った。

 凄く疲れていたせいか、ぼくらの他に同室の子たちに会話はなく。パジャマに着替えて歯を磨くと、すぐさまベッドに横になる。

 群青のカーテンを引くと、まるで宇宙空間の中にひとりたゆたっているような、不思議な感じがした。うつらうつらしながらも、考える。

 結局、レイブンクローの人とまともな会話をしたのは──あれを会話と言えるならだが──さっきの一回、同室の子と話したきりだ。親切なあの子の名前も聞いていないことを思い出して、少し落ち込んだ。

 沈んだ心を少しでも浮上させようと、ぼくはセブルスとリリーの顔を思い浮かべた。ホグワーツ特急でたまたま同じコンパートメントになった、スリザリンとグリフィンドールに組み分けされたあの二人。もしぼくがちゃんと英語を話せていたら、もっと仲良くなれたのかもしれない。

 英語が、話せてさえいれば──。

 頭を振った。ダメだ、楽しいことを思い浮かべないと。

 その夜は、疲れているはずなのに、どうしてだかなかなか寝付けなかった。


  ◇  ◆  ◇



アキっ!」
「分かってる!」

 ハリーと共に壁まで一気に後退する。今扉を叩く『誰か』に対抗できるような道具を求め、部屋を見渡した。しかしぼくらの行動を遮るかのように再び大きな轟音が──通常ノックと言われる音よりも数倍はでかい音が──響く。その音にダドリーは飛び起きた、寝ぼけ眼を擦りながらむにゃむにゃと何かを言っているのを、その首根っこを掴んで勢いよく引き摺り下ろし、ドアから少しでも距離を取らせようとする。

「誰だ。そこにいるのは。言っとくが、こっちには銃があるぞ!」

 二階から降りてきたバーノンおじさんが、ライフル銃を手に叫ぶ。いつの間に、そんな準備をしていたのか。

 一瞬の空白、のち、ドアが吹き飛んだ。驚きに、思わずビクリと肩を震わせる。僕がいるよと言うかのように、ハリーはぼくの手をきゅっと握った。

 戸口に立っていたのは、大きな男だった。背丈は三メートルを越すだろう。長い髪ともじゃもじゃの髭に覆われた顔面には、キラキラとした瞳が覗いていた。

 大男は身を屈めるようにして部屋に入ると、ドアをバチンと元に戻す。そして振り返ると、部屋の皆を見回した。

「お茶でも入れてくれんかね? いやはや、ここまで来るのは骨だったぞ……」

 ダドリーは、ぼくとハリーの後ろに隠れて身を縮めた。ぼくの手を握るハリーの手から、微かな震えが伝わってくる。それを隠すように、ハリーはその手に力を込めた。

「久しぶりだな、アキ。相変わらず小せぇこって。んで、こっちは……オーッ、ハリーだ!」

 親しげに笑いかけられて、戸惑う。恐る恐る、大男の顔を見返した。とてもじゃないがが笑顔は返せない。恐怖で顔の筋肉が強張っているようだ。大男は、ハリーを見つめながら言った。

「最後におまえさんを見た時にゃ、まだほんの赤ん坊だったなあ。あんた父さんそっくりだ。でも目は母さんの目だなあ」

 ぼくらの両親を知っているのか。驚きに目を見開いたその時、バーノンおじさんは威勢のいい声を発した。

「今すぐお引き取りを願いたい。家宅侵入罪ですぞ!」
「黙れ、ダーズリー。腐った大すももめ」

 大男はそう毒づくと、バーノンおじさんの手からライフル銃をもぎ取り、やすやすと曲げて部屋の隅に放ってしまう。おじさんは奇妙なかすれ声を上げた。

「なにはともあれ……ハリー、そして、まぁアキもだ……お誕生日おめでとう」

 コートの内ポケットを探しながら、大男はぼくらににっこりと笑いかけた。ぼくとハリーは驚いて顔を見合わせる。今まで、他人からお誕生日おめでとうなんて言葉を掛けてもらったことなんてなかった。しかし、そんな『初めて』がこんな場面で、感動するべきか怖がるべきかよく分からない。この状況に、ただただ戸惑う。どうしてぼくらの名前とか誕生日とか知ってんの、とか聞きたいことは山ほどあるけど、怖くて無理だ。

「おまえさんたちにちょいとあげたいモンがある……どっかで俺が尻に敷いちまったかもしれんが、まあ味は変わらんだろ」

 大男に手渡された箱を、ハリーは震える指で開けた。隣からぼくは覗き込む。
 中に入っていたのは、大きなチョコレートケーキだった。『ハリー アキ 誕生日おめでとう』と砂糖の文字が綴られている。ただただぼくらは驚いた。

「……ありがとう」

 笑顔を作り見上げると「ええんだええんだ」と手を振りながらも、大男は嬉しそうににっこりした。その表情は裏表がない。

 この人は、悪い人じゃない。言動は確かに荒っぽくて怖いけれど、優しい人だ。そう判断する。

「あなたは誰?」

 ハリーが尋ねる。大男はクスクスと笑って答えた。

「さよう、まだ自己紹介をしとらんかった。俺はルビウス・ハグリッド。ホグワーツの鍵と領地を守る門番だ」

 ホグワーツ、という単語に、ぼくは僅かに身構えた。夢の中でも、そして最近では現実でも、聞いた単語だ。

 大男──ハグリッドは、ハリーとぼくに握手を求めた。おずおずと差し出したぼくらの手を、ハグリッドは纏めてブンブンと振る。

「さあて、お茶にしようじゃないか。え? 紅茶より強い液体だってかまわんぞ。まぁ、あればの話だがな」

 ぼくらは揃って首を横に振った。まぁそうだろうなと呟いて、ハグリッドは火の気のない暖炉の前に屈み込む。ハグリッドが立ち上がった時には、いつの間にか暖炉には暖かな炎が点っていた。

 ハグリッドは我が物顔で、さっきまでダドリーが寝ていたベッドにどっかり腰を下ろすと、ポケットから様々なものを取り出し始める。ヤカンやソーセージに火掻き棒と、妙なものが次々溢れ出るのを、ぼくらはただじっと見つめていた。

 琥珀色の液体が入った瓶をぐぃっと煽ると、ハグリッドはお茶の準備を始める。ソーセージが焼き上がり焼串から外された瞬間、バーノンおじさんが一喝した。

「ダドリー、この男のくれるものに、一切触ってはいかん」
「おまえのデブチン息子はこれ以上太らんでいい。ダーズリーとっつあん、余計な心配じゃ」

 ハグリッドが低く笑いながら言う。ぼくは思わず吹き出した。見るとハリーも必死で笑いを堪えている。

 ハグリッドはソーセージをぼくらに手渡した。ただ焼いただけのソーセージなのに、凄く美味しかった。久しぶりにこんな美味しいものを食べた気がする。この旅行(追ってくる手紙から逃げ回る旅とも言う)の間、普通の美味しい食事と寝心地のいいベッドが恋しかった。あの家が恋しいと思ったのは、ぼくの生涯で生まれて初めてだ。……それに、ここ寒いし。夏のくせに。

「あの……僕、まだあなたが誰だかわからないんですけど」

 ハリーがおずおずと尋ねる。ハグリッドは気のいい笑顔でハリーを見た。

「ハグリッドって呼んでおくれ。みんなそう呼ぶんだ。さっき言ったように、ホグワーツの番人だ──ホグワーツのことはもちろん知っとろうな?」
「あの……、いいえ」

 ハリーの言葉に、ハグリッドは笑みを凍りつかせた。その顔のまま、今度はぼくを見る。

「…………」

 流石に「夢で見ました」なんて馬鹿げてる。ぼくは黙って首を振った。ハリーは小さな声でハグリッドに「ごめんなさい」と呟く。

「ごめんなさいだと?」

 しかし、ハリーの言葉はハグリッドの怒りに油を注いだだけのようだ。ハグリッドがダーズリー一家を睨みつけると、彼らは薄暗いところで身を縮めた。

「ごめんなさいはこいつらのセリフだ。おまえさんらが手紙を受け取ってないのは知っとったが、まさかホグワーツのことも知らんとは、思ってもみなかったぞ。なんてこった! おまえの両親がいったいどこであんなにいろんなことを学んだのか、不思議に思わなんだのか?」

 その時、一瞬頭が鋭く痛んだ。反射的にぼくは額に手を当てる。
 今、何かが引っ掛かったような気がしたんだけど……なんだろう。

「いろんなことって?」
「いろんなことって、だと? ……ちょっとまった!」

 ハグリッドは仁王立ちになると、おじさんおばさんたちに詰め寄った。ハグリッドは大きいので、その影でおじさんとおばさんの姿は覆い隠される。

「この子が……この子ともあろうものが……何も知らんというのか……まったくなんにも?」
「僕、少しなら知ってるよ。算数とか、そんなんだったら」

 しかし、ハグリッドは首を横に振った。

「我々の世界のことだよ。つまり、あんたの世界だ。俺の世界。あんたの両親の世界のことだ」
「なんの世界?」

 ハリーの言葉に、とうとうハグリッドはプッツン切れたみたいだった。「ダーズリー!」と叫び、ハリーを熱い眼差しで見つめた。
 ……というか、何故だかハグリッドは『ハリーとぼく』にじゃなく、『ハリーに』説明しているのだ。まるで、ぼくは知っていて当然、みたいな、不思議な反応を。

 確かに夢で見たが故の情報は──ホグワーツとか魔法使いとか、その辺りの知識は──ある。でも、所詮は夢で起きたことで、全てぼくの妄想のはずなのだ。

 紅色の蒸気機関車、コンパートメント、リリーにセブルス。
 そして──組分け帽子がぼくの頭の上でレイブンクローと叫ぶ夢を見たのは、ほんの少し前のこと。

「じゃが、おまえさんの父さんと母さんのことは知っとるだろうな。ご両親は有名なんだ。おまえさんも有名なんだよ」
「えっ? 僕の……僕らの……父さん母さんが有名だったなんて、本当に?」

 しかし、親の顔も名前も知らないぼくらにとって、物心つく前に死んだ両親が有名だったと言われても全然ピンと来ない。ハグリッドは愕然とした瞳を、今度はぼくに向けた。

「知らんのか……おまえは、知らんのか……アキ、おまえさんは覚えてるか?」

 ぼくは力無く首を振った。ハリーが知らない両親のことを、ぼくが知っている訳がない。
 だってぼくらは、双子、なんだから。

「おまえらは自分が何者なのか知らんのだな?」

 しばらくして、ハグリッドはぼくらにそう尋ねた。バーノンおじさんは、そこで鋭く叫ぶ。

「やめろ! 客人。今すぐやめろ! その子に……そいつらにこれ以上何も言ってはいかん!」

 ハグリッドは振り返ると、バーノンおじさんを睨みつけた。

「貴様は何も話してやらなかったんだな? ダンブルドアがこの子のために残した手紙の中身を、一度も? 俺はあの場にいたんだ。ダンブルドアが手紙を置くのを見ていたんだぞ! それなのに、貴様はずーっとこの子に隠していたんだな?」
「一体何を隠してたの?」

 好奇心に駆られたハリーが聞く。バーノンおじさんは大きく頭を振った。何かを怖がってもいるようだった。

「やめろ。絶対言うな!」
「二人とも勝手に喚いていろ。ハリー、アキ──おまえらは魔法使いだ」

 小屋の中が、一瞬で静まり返った。

「僕らが何だって?」

 ハリーが信じられないように呟く。

「魔法使いだよ、今言ったとおり。しかも、訓練さえ受けりゃ、そこんじょそこらの魔法使いよりすごくなる。なんせ、ああいう父さんと母さんの子だ。おまえは魔法使いに決まってる。そうじゃないか? ……さて、手紙を読む時がきたようだ」

 ハグリッドが、ぼくら二人にそれぞれ封筒を手渡した。裏返したそこには、ホグワーツの紋章で封がされていた。どきり、と思わず胸が高鳴る。

 中をぱらりと開いた。二枚あることを確認して、ぼくはまず、そのうちの一枚を開いた。


 親愛なるアキ・ポッター殿
 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。
 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。
                敬具
     副校長ミネルバ・マクゴナガル


 そしてその下に、特徴のある細長い文字で小さくこう書いてあった。


 レモン・キャンディー


 は? とぼくはその文字を見つめた。なんで、どうして急にレモンキャンディー? ひょいと覗き込んだハリーの方には書かれていなかったこれは、悪戯書きだろうか? それとも、何か意味があるのだろうか? さっぱり分からない。

「これどういう意味ですか? ふくろう便を待つって」
「おっとどっこい。忘れるとこだった」

 ハリーとハグリッドの声に、ぼくはやっと羊皮紙から顔を上げた。ハグリッドは、コートの中からふくろうと長い羽根ペン、羊皮紙の巻き紙を取り出した。先ほどで全部だと思っていたのだが、一体どれだけ入っているのだろう、あのコートは。まさかふうろうまでが出てくるとは思ってもいなかった。

 ハグリッドが羊皮紙に走り書きするのを、ぼくとハリーはさかさまから読んだ。


 ダンブルドア先生、
 ハリーとアキに手紙を渡しました。明日は入学に必要なものを買いに連れてゆきます。
 ひどい天気です。お元気で。
           ハグリッドより


 そして、書いた羊皮紙をクルクルッと丸めると、ふくろうのくちばしに咥えさせた。そのまま嵐の中に放る。風に大きく吹き飛ばされかけたふくろうは、しかしやがて自力で羽ばたきを始めた。大丈夫だろうか、と一抹の不安を抱くも、まぁなるようになるのだろう。

「どこまで話したかな?」

 明るくハグリッドが言った時、おじさんが一歩前に進み出た。身体中に怒りを漲らせている。

「ハリーは行かせんぞ」
「おまえのようなコチコチのマグルに、この子を引き止められるもんなら、拝見しようじゃないか」

 あれ、ぼくはいいのだろうか? 先ほどもそうだけれど、どうして問題になっているのはハリーだけなんだろう? 不思議だ。

「マグ──何て言ったの?」
「マグルだよ。連中のような魔法族ではない者をわしらはそう呼ぶ。よりによって、俺の見た中でも最悪の、極めつきの大マグルの家で育てられるなんて、まぁ二人でいたからよかったものを、不運だったなあ」
「ハリーを……こいつらを引き取った時、くだらんゴチャゴチャはおしまいにするとわしらは誓った。この子らの中からそんなものは叩き出してやると誓ったんだ! 魔法使いなんて、まったく!」

 ぼくは唖然としておじさんを見つめた。おじさんはぼくの視線に気付くと、ふいっと目を逸らす。ハリーも驚いたように叫んだ。

「知ってたの? おじさん、僕らがあの、ま、魔法使いだってこと、知ってたの?」
「知ってたかですって?」

 ペチュニアおばさんも、我慢ならないとばかりに甲高い声を上げた。

「ああ、知ってたわ。知ってましたとも! あのしゃくな妹がそうだったんだから、お前だってそうに決まってる。妹にもちょうどこれと同じような手紙が来て、さっさと行っちまった……その学校とやらへね。休みで帰ってくる時にゃ、ポケットはカエルの卵でいっぱいだし、コップをねずみに変えちまうし。私だけは、妹の本当の姿を見てたんだよ……奇人だって。ところがどうだい、父も母も、やれリリー、それリリーって、わが家に魔女がいるのが自慢だったんだ。それにハリーを引き取ってまた……」

 そこでペチュニアおばさんは、ハッとぼくを見て口を閉じた。
 リリーだって? 夢で見たあの子と同じ名前だ。それに、おばさんの旧姓は確か──

「リリー・エバンズ……」

 思わず口からその名前が零れた。まさか、そんな、偶然がまたも? 混乱するぼくを他所に、ペチュニアおばさんもぼくから目を逸らすと捲し立てた。

「そのうち学校であのポッターに出会って、二人ともどっかへ行って結婚した。そしてお前が生まれたんだ。ええ、ええ、知ってましたとも。お前も同じだろうってね。同じように変てこりんで、同じように……まともじゃないってね。それから妹は、自業自得で吹っ飛んじまった。おかげで私たちゃ、お前を押し付けられたってさ!」

 吹っ飛んだ、という単語もショックだったが、ぼくはそれと同じくらい、おばさんの言葉の中で気になるところがあった。

なんでおばさんは、『お前らが生まれた』じゃなくて『お前が生まれた』と、ハリーだけに言ったんだ? もしかして、ぼくとハリーは……!? いやいや、流石にそんなことない……そうでしょう? ……でも……。

「吹っ飛んだ? 自動車事故で死んだって言ったじゃない!」

 ハリーが隣で叫んだ。おばさんの言葉にそこまでの引っ掛かりは感じていないらしい。

「自動車事故! 自動車事故なんぞで、リリーやジェームズ・ポッターが死ぬわけがなかろう。何たる屈辱! 何たる恥! 魔法界の子供は一人残らずハリーの名前を知っているというのに、ハリー・ポッターが自分のことを知らんとは!」
「……どういうこと? 何で皆が僕の名前を知ってるの?」

 ハリーは、ようやっと違和感を感じたらしい。隣のぼくをちらりと見て、

「どうしてアキの名前が出て来ないの?」

とハグリッドに尋ねた。
 おじさんとおばさん、そしてハグリッドの顔から、さぁっと表情が抜け落ちるのを、ぼくらは訝しげに見つめた。

「……長い話になる。それに、細かいところは、あー……」

 そこでハグリッドはぼくを伺うように見て、

「……謎のままだ」
「何が起こったの?」

 ぼくは勢いごんで聞いた。
 ハグリッドは腰を落ち着け、長話をする姿勢に入ると、しばらくじーっと暖炉の火を見つめ、ようやく語り出した。

 それは、何故か。
 ぼくに、妙な物哀しさを与えるお話だった。



BACK | MAIN | NEXT

いいねを押すと一言あとがきが読めます



settings
Page Top