破綻論理。

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空の記憶

第8話 記憶と記録First posted : 2011.01.24
Last update : 2022.09.12

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 睡眠時間はしっかり取ったはずなのに、朝目が覚めたとき、何故か身体は重たかった。寝不足、なのだろうか。なんだか初めて味わう感覚だ。

 慣れぬ制服を苦労して着ると、皆の後にくっ付いて昨日の大広間へと向かい、朝食を取る。昨日はそうと感じなかったのだが(というか味の記憶がない)、イギリスの料理は日本に比べて味が濃い。辟易しながらも、なるべく薄味のものを選んで食べる。

 ふと顔を上げると、隣のテーブルに座っていたセブルスを見つけた。少し不機嫌そうな無表情で、隣の人の話を聞いている。首を回してグリフィンドールのテーブルに着いているはずのリリーを探したのだが、人に遮られて、奥まで見ることは出来なかった。

 ぼんやりとトーストをかじっていると、突然頭上で羽ばたきの音が聞こえた。驚いて見上げると、そこにはふくろうの大群。ぽかんとふくろうを見つめ、そして気付いた。包みが、ふくろうの足先に括りつけられている。魔法界では郵便はふくろうに頼むのか、と感心した。

 ふくろうは、それぞれの届け主のところへと一直線に飛んで行く。生徒の元に。きっと、両親からの届け物を運んでいるのだ。

 ぼくは立ち上がった。隣に座っていた生徒がちらりとぼくを見て、すぐさま目を逸らす。昨日ぼくに話しかけてきた人だ、と思い出したが、そのまま大股で大広間から出た。

 扉をバタンと閉めて、はぁとため息をつく。壁に寄りかかると、衝動のままに髪を掻き混ぜ、そういや髪を結んでいたのだったということに思い至る。暗い気分で髪を解くと、手櫛で整え、再び括り直した。

 懐から手帳を取り出すと、開く。昨日書き留めておいた寮への道順を確かめると、誰もいない廊下を、ただ走った。


  ◇  ◆  ◇



「事の起こりは、ある人からだと言える。名前は……こりゃいかん。お前らはその名を知らん。我々の世界じゃみんな知っとるのに……」
「誰なの?」

 早く先を聞きたい一心で、ハリーは尋ねた。ハグリッドは小さく首を振る。

「さて……できれば名前を口にしたくないもんだ。誰もがそうなんだが」
「どうしてなの?」
「どうもこうもみんな、未だに恐れとるんだよ。いいかな、ある魔法使いがおってな、悪の道に走ってしまったわけだ……悪も悪、とことん悪、悪よりも悪とな。その名は……」

 どこかでその話を聞いたことがある気がして、ぼくは記憶を探った。そして思い出す。
 幣原の両親が一瞬だけ彼に漏らした、『誰よりも深く闇の道に落ちた奴』。……同一人物なのか? そんなに何人も、深く闇に染まった奴がいてたまるか……。

「名前を書いてみたら?」
「うんにゃ、名前の綴りがわからん。言うぞ、それっ! ヴォルデモート」

 ハグリッドは身震いした。口に出すだけでも嫌な名前らしい。

「二度と口にさせんでくれ。そういうこった。もう二十年も前になるが、この魔法使いは仲間を集めはじめた。何人かは仲間に入った……恐れて入った者もいたし、そいつがどんどん力をつけていたので、おこぼれにあずかろうとした者もいた。暗黒の日々だ。誰を信じていいかわからん。知らない連中とはとても友達になろうなんて考えられん……。恐ろしいことがいろいろ起こった。我々の世界をそいつが支配するようになった。もちろん、立ち向かう者もいた……だが、みんな殺された。恐ろしや……。残された数少ない安全な場所がホグワーツだった。ダンブルドアだけは、『例のあの人』も一目置いていた。学校にだけはさすがに手出しができんかった。その時はな。そういうこった。
 おまえの……おまえらの父さん、母さんはな、おれの知っとる中で一番優れた魔法使いと魔女だったよ。在学中は、二人ともホグワーツの首席だった! 『あの人』が、何でもっと前に二人を味方に引き入れようとしなかったのか、謎じゃて……だが二人はダンブルドアと親しいし、闇の世界とは関わるはずがないと知っとったんだろうな。
 あやつは二人を説得できると思ったか……それとも邪魔者として片付けようと思ったのかもしれん。ただ分かっているのは、十年前のハロウィーンに、お前さんたちが住んでいた村にあやつが現れたってことだけだ。お前さんは一歳になったばかりだったよ。奴がお前さんたちの家にやってきた。そして……そして……」

 ハグリッドはそこで水玉模様のハンカチを取り出すと、大きな音を立てて鼻をかむ。ぼくはハリーの手を握る指に、そっと力を込めた。俯いたぼくの頭を、ハリーはそっと引き寄せ、凭れ掛からせる。

「すまん。だが、本当に悲しかった……お前さんたちの父さん母さんのようないい人はどこを探したっていやしない……そういうこった。
『あの人』は二人を殺した。そしてだ、そしてこれがまったくの謎なんだが……奴はお前さんも、ハリーも殺そうとした。きれいさっぱりやってしまおうというつもりだったんだろうな。もしかしたら、殺すこと自体が楽しみになっていたのかもしれん。ところが出来んかった。お前の額の傷跡がどうしてできたか不思議に思ったことはありゃせんか? 並みの切り傷じゃない。強力な悪の呪いにかけられた時にできる傷だ。お前の父さん母さんを殺し、家までメチャメチャにした呪いが、お前にだけは効かんかった。ハリーや、だからお前さんは有名なんだよ。あやつが目をつけた者で生き残ったのは一人もいない……お前さん以外はな。
 当時最も力のあった魔法使いや魔女が何人も殺された……マッキノン家、ボーン家、プルウェット家……なのに、まだほんの赤ん坊のお前さんだけが生き残った」

 ハリーが眉を寄せ、黙り込む。ぼくは意を決して尋ねた。

「ポッター家がその……人に襲われた時、ぼくはどうしてたの? 生き残ったのがハリー一人なら、ぼくは殺されてるはずだ」
「あー、アキ。お前さんはその時、違うところにいた。んー……お前の父さんの友人のとこで、ちょっくら預かってもらってたらしい……」

 ふぅん、とひとまずぼくは頷いた。歯切れの悪さが気になると言っちゃ気になるけど……。
 ハグリッドは続ける。

「ダンブルドアの言いつけで、この俺が、お前さんを壊れた家から連れ出した。この連中のところへお前さんを連れてきた……」
「バカバカしい」

 突然のバーノンおじさんの声に、ぼくらは驚いて飛び上がった。話に夢中で、おじさんの存在をすっかり忘れていた。おじさんは、ハグリッドをはたと睨みつける。

「いいか、よく聞け。確かにお前らは少々おかしい。だが、おそらく、みっちり叩きなおせば治るだろう……お前らの両親の話だが、間違いなく、妙ちくりんな変人だ。連中のようなのはいない方が、世の中が少しはマシになったとわしは思う。──あいつらは身から出た錆、魔法使いなんて変な仲間と交わるからだ……思ったとおり、常々ロクな死に方はせんと思っておったわ……」

 瞬間ハグリッドが立ち上がった。ピンクの傘を、まるで刀のようにバーノンおじさんに突き付け、唸る。

「それ以上一言でも言ってみろ、ダーズリー。ただじゃすまんぞ」

 おじさんは黙り込んだ。「それでいいんだ」とハグリッドは傘を元のように懐に戻す。ハリーはまだ知りたいことが山ほどあるような顔をしながら、ハグリッドに質問をした。

「でもヴォル……あ、ごめんなさい……『あの人』はどうなったの?」
「それがわからんのだ。ハリー。消えたんだ。消滅だ。お前さんを殺そうとしたその夜にな。だからお前はいっそう有名なんだよ。最大の謎だ。なぁ……あやつはますます強くなっていた……なのに、なんで消えなきゃならん? あやつが死んだという者もいる。俺に言わせりゃ、くそくらえだ。奴に人間らしさのかけらでも残っていれば死ぬこともあろうさ。
まだどこかにいて、時の来るのを待っているという者もいるな。俺はそうは思わん。奴に従っていた連中は我々の方に戻ってきた。夢から覚めたように戻ってきた者もいる。奴が戻ってくるなら、そんなことは出来まい。
 奴はまだどこかにいるか、力を失ってしまった。そう考えている者が大多数だ。もう何もできないくらい弱ってるとか。ハリーや、お前さんの何かが、あやつを降参させたからだよ。あの晩、あいつが考えてもみなかった何かが起きたんだ……俺には何かがわからんが。誰にもわからんが……しかし、お前さんの何かが奴に参ったと言わせたのだけは確かだ」

 ぼくはぽかんとハリーを見つめる。ぼくが知らない間に、ハリーはとても凄いことをしていたようだ。しかしハリーは、何かの間違いだとでも言うように顔を顰めた。

「ハグリッド。きっと間違いだよ。僕が魔法使いだなんて、あり得ないよ」

 ハグリッドはくすくす笑うと、悪戯っぽい目つきでぼくを見た。

「魔法使いじゃないって? えっ? なぁアキ、お前さんは知っとるよな、自分が魔法使いだってこと」

 なんでこう、誰もがぼくのことを何でもお見通しなんだろう? 考えることも諦めてしまった。ぼくは肩を竦めると、左手の人差し指をくいっと上げる。少し念じると、指先から一センチほど浮いたあたりのところで、オレンジ色の火が灯った。

「……アキ、なんでそんなこと……なんで僕に教えてくれなかったのさ……」
「ごめんね、ハリー」

 慌てて謝罪する。ハグリッドは感心したように、ぼくの手元に浮かぶ火の玉を見ていた。

「いやはや……話には聞いとったが、しかし、魔力をこのような形で表すとはな……」
「僕、アキみたいなこと、出来ないよ。やっぱり何かの間違いなんだ。アキは魔法使いでも、僕はそうじゃない」

 ハリーがしょんぼりと呟く。しかしハグリッドは、そんなハリーの不安を鼻で笑い飛ばした。

アキみたいな魔力が半端じゃない奴など、百年に一人くらいしかおらんわ。俺もそんなこと杖なしじゃ出来ねぇ。お前が怖かった時、怒った時、何も起こらなかったか?」

 ハグリッドの言葉に、ハリーは目を見開く。学校の煙突事件だとか、思い当たることが意外とたくさんあることに気付いたのかもしれない。こちらもどうしてだか分からない現象で、今まで沢山叱られたし理不尽だとは思っていたけれど、それでもぼくらがそれらの事件を引き起こしていたことは、きっと紛れもない事実なのだろう。

 ハリーはハグリッドに微笑んだ。ハグリッドも、ハリーに満面の笑顔を返す。ぼくも笑みを浮かべて、指先の火を揉み消した。

「なぁ? ハリー・ポッターが魔法使いじゃないなんて、そんなことはないぞ……見ておれ、お前さんはホグワーツですごく有名になるぞ。アキもだ……ハリーばかり注目されるっつーわけじゃねぇんだ、おまえさんは元々の天性の才能がある、ハリーに隠れようとしたって無駄だぞ」

 えぇ、と思わず顔を顰めた。目立つのは苦手なのだ。今まではハリーと共に悪目立ちしていたけれど、皆が魔法使いだったら、ぼくらも埋もれることが出来ると思ったのに。

 その時、すっかり空気と化していたバーノンおじさんが、ハグリッドに食ってかかった。

「行かせん、と言ったはずだぞ。こいつらはストーンウォール校に行くんだ。やがてはそれを感謝するだろう。わしは手紙を読んだぞ。準備するのはバカバカしいものばかりだ……呪文の本だの魔法の杖だの、それに……」
「二人ともおまえさんの言うストー……なんちゃら校に行っても、魔力は消えん。魔法使いの元に魔力は自然と集まる。わしは魔力が暴発して半壊した家を見たことがあるぞ。アキの魔法力はそれ以上だ、『例のあの人』にも匹敵する……こいつが望めば、冗談じゃなく国が一つ滅ぶ」

 どうしてそんな物騒な話になるのだ。そんな、言って盛り過ぎだろう。国を滅ぼす、なんて、そんなこと願って出来るようなものでもないだろうに。しかしハリーは信頼のおけない瞳でぼくを見ていた。生まれてずっと一緒だったハリーに信用されていないとは、これ如何に……。

「それに、この子らが行きたいと言うなら、お前のようなコチコチのマグルに止められるものか」

 ハグリッドは唸った。

「リリーとジェームズの息子、ハリー・ポッターがホグワーツに行くのを止めるだと。たわけが。ハリーとアキの名前は、生まれた時から入学名簿に載っておる。世界一の魔法使いと魔女の名門校に入るんだ。七年経てば、見違えるようになろう。これまでと違って、同じ仲間の子供たちと共に過ごすんだ。しかも、ホグワーツの歴代の校長の中で最も偉大なアルバス・ダンブルドア校長の下でな」
「まぬけのきちがいじじいが小僧らに魔法を教えるのに、わしは金なんか払わんぞ!」

 バーノンおじさんは怒鳴った。その言葉は、きっと言ってはならないものだったらしい。ハグリッドは燃える瞳でバーノンおじさんを睨みつける。

「絶対に、俺の……前で……アルバス……ダンブルドアを……侮辱するな!」

 低く轟く声でそう言うと、ハグリッドは傘の先端をダドリーに向けた。紫の閃光が走るのとダドリーが悲鳴を上げるのは、ほぼ同時だった。尻を両手で押さえ床の上を跳びはねるダドリーの尻には、くるりと丸まった豚のしっぽ。おじさんとおばさんは叫び声を上げると、ダドリーを隣の部屋に引っ張って行き、恐る恐るハグリッドを見ては、すぐさまドアをバタンと閉めてしまった。

「癇癪を起こすんじゃなかった。じゃが、いずれにしてもうまくいかんかった。豚にしてやろうと思ったんだが、もともとあんまりにも豚にそっくりなんで、変えるところがなかった」

 ぼくとハリーは、ハグリッドの言葉に吹き出した。しかし、ハグリッドは後悔しているようだ。ぼくはすごくいい魔法だと思ったのだが。

「ホグワーツでは今のことを誰にも言わんでくれるとありがたいんだが。俺は……その……厳密に言えば、魔法を使っちゃならんことになっとるんで。お前さんらを追いかけて、手紙を渡したりいろいろするのに、少しは使ってもいいとお許しが出た……この役目をすすんで引き受けたのも、一つにはそれがあったからだが……」
「どうして魔法を使っちゃいけないの?」

 ハリーは尋ねた。ハグリッドはバツが悪そうに頭をかく。

「ふむ、まあ──俺もホグワーツ出身で、ただ、俺は……その……実は退学処分になったんだ。三年生の時にな、杖を真っ二つに折られた。直やアキナは弁護してくれたんだが無理で……だが、ダンブルドアが、俺を森の番人としてホグワーツにいられるようにしてくださった。偉大なお方じゃ。ダンブルドアは」

 聞き覚えがある名前が出て、思わず身体を震わせた。詳しく話を聞こうかと思ったが、それよりもハリーの方が早かった。

「どうして退学になったの?」
「もう夜も遅い。明日は忙しいぞ。町へ行って、教科書やら何やら買わんとな」

 ハリーの質問を無視して、ハグリッドは大きな声を出した。どうやら触れられたくないところのようだ。ぼくも問いを口の中で燻らせたまま、黙り込む。

 ハグリッドはコートをぼくらに放って「着ておくといい」と言った。ぼくがコートを手に取ると、どこからか鳴き声が聞こえる。ハリーがこんもりと盛り上がったポケットを開けると、待っていましたと言わんばかりにヤマネが三匹、もの凄い速度で逃げ出すと、部屋の隅の暗がりへと身を眩ませた。

「動物に嫌われるのは相変わらずだね、アキ

 ハリーは苦笑いしながら呟いた。そう、何故か、ありとあらゆる動物はぼくを嫌っているのだ。しかも、異様なまでに。この前の、ダドリーの誕生日で行った動物園では、ぼくが柵へと近付いたまさにその瞬間、先ほどまで穏やかに草を食んでいた草食動物も、日向ぼっこを優雅に嗜んでいた肉食動物も、揃いも揃ってパッと跳ね起き寝ぐらへと駆け込んで行ってしまった。そのことに腹を立てたダドリーのパンチを脳天に喰らい、しばらくぶっ倒れていたのだが、まぁこれは余談中の余談だ。

「あれだ、アキの周囲では魔力が電磁波みたくなっとるんだろ。前もそうだった……」

 ハグリッドが呟く。前ってどういう意味? と尋ねたが、返事はなかった。もう眠ってしまったらしい。

 ハグリッドの特大コートに包まると(十一歳の少年二人を余裕で包み込むこのコートは、絶対普通の店じゃ売っていない)、隣にハリーの体温を感じながら、静かに目を瞑った。途端に、忘れていた睡魔が襲ってくる。抗わず、意識を暗闇に預けた。



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