破綻論理。

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空の記憶

第15話 融解する、声First posted : 2011.05.21
Last update : 2022.09.12

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『直父さん アキナ母さん

 お手紙ありがとう。ふくろうが海を越えて来るのは難しいだろうと思っていたけれど、まさかあんな方法で手紙が来るとは思いもしませんでした。魔法ってすごいね。そして、大量の文章にも驚きました。書くのに何時間掛かったんでしょうか。
 そんな父さんと母さんには及ばないまでも、ぼくも最近の出来事をお伝えします。

 九月一日。ホグワーツ特急の中で二人の子と仲良くなりました。二人とも凄くいい子で、英語が出来ないぼくを気遣ってくれる優しい子でした。

 でも、そんな二人とも組分けで離れてしまい──ぼくはレイブンクローに入りました。父さんの言う通り、とても頭のいい子、勉強家な子が集う寮で、そんな寮に入ったことは誇らしいけれど、正直なことを言うと、ここでやっていける自信がありません。……でも、頑張るよ。ぼく、頑張ろうと思う。寮の雰囲気自体は、とても気に入っています。特にベッドは夜空のような群青で、横たわったらすぐさま眠くなっちゃう。とっても、いい寮だと思います。

 授業は、外国語についていけないところも沢山あるけれど、それを差し引いても面白く、呪文学という得意科目も出来たことで、充実した日々を送っています。

 ……あ、でも飛行訓練は難しかったかなぁ。感覚を掴むまで、ちょっと時間が掛かりました。箒よりもぼくは、歩いて目的地まで行く方が好きです。なんか慣れない感覚で、数時間はずっとなんか浮いてる気分がしました。

 今日はハロウィンでした。ご馳走が沢山出てきて、嬉しかったです。……でもぼくとしては、母さんが作る洋食と、父さんが作る和食の方が好きだな。味が濃いというか、ただ焼いて揚げればいいと思ってるのかな……という料理がとっても多くて。慣れたら、美味しく感じられるのでしょうか。

 あと一月でクリスマス休暇ですね。父さんと母さんに会える日を、心待ちにしています。

 愛を込めて。  幣原


 手紙を書き終わると、一度通して読み直す。妙な箇所がないかを確認すると、綺麗に畳んで封筒に入れた。糊付けして封をすると、机に乗せて杖を取り出す。杖の先端を封筒にそっと触れさせ、送り先の名前──父の名前を上からなぞった。瞬間、手紙は発光し、数秒後光が収まった時には、手紙は机の上から消えていた。

「…………」

 自然、息を吐く。机の上に突っ伏すと、顔を腕の中に埋めた。

「……嘘、ばっか」

 自分に対して、呟いた。
 日本語で発したその声は、誰に理解されることもなく、静かに闇へと消えて行く。


  ◇  ◆  ◇



『ハリー・ポッターがクィディッチの最年少選手に選ばれた』

 その噂が校内を巡るのは、早かった。グリフィンドールとスリザリン合同の飛行訓練が終わって、数時間と経っていないのではないか。あっという間にほとんどの生徒がその事実を知っていた。当然、ぼくとて例外ではない。むしろ、興奮に上気したハリー本人から事の次第を聞いたのだ。

「ハリー・ポッターって、本当にお前の兄貴な訳? 信じらんねぇんだけど」
「うん、ハリーが兄で、ぼくが弟。確かに全然似てないけど、れっきとした双子だよ」

 夕食時の大広間で、ぼくはミートパイを頬張りながら、隣に座るアリスに向かって肩を竦めてみせた。アリスはにこりともせずにぼくをちらりと見て、ステーキにナイフを突き刺し、呟く。

「双子なぁ……まあ確かに、お前らがただならぬ関係だってのは理解したけどな」
「ただならぬ関係って……」

 思わず苦笑いをした。そう言えばアリスには、さっきハリーがぼくの手を握ってクィディッチの選手になるまでの経緯を逐一報告してくれた様子を見られているのだ。

「あぁ、俺も話の内容が聞こえる位置にいなかったら、ハリー・ポッターがお前に愛の告白をしているのかと思っただろうな」
「ちょっと待って今何つった!?」

 唖然呆然仰天だ。なるほど、他者からはそんな風に見えてたのかぁ、今度から気をつけなくちゃなぁー……。

「……ってまず、ぼくもハリーも男ですから! 同性だから! そして兄弟だから!! 愛の告白はいくらなんでもない!!」

 しかしアリスは首を傾げ、改めてぼくをじっと眺めた。つむじの先から足元までをじっくり観察し、そして、

「男には見えない、お前」

なんて真面目な顔でほざきやがった。

「もともとが女顔なんだな。まずは髪切れ髪、そしたら大分マシになるんじゃねーの? いっそ坊主にしちまえ」
「誰がするか! そのピアス引きちぎるぞ馬鹿アリス! なんで片耳だけ穴開けてんだよ何それお洒落なの?」
「この野郎、本気でその髪刈るぞ!」
「こっちこそ、雪印ピアス引きちぎるよ!」

 ぼくとアリスは睨み合う。そして数秒後、どちらともなく吹き出した。

「……でもお前、髪はどうにかしないと本気で女にしか見えないぞ、それでもいいのかよ」
「髪切るよりはそっちの方がマシ……じゃないけど、まぁ、許せる。……そっちこそ、なんで片耳オンリーピアスなんだよ」
「それは今じゃ明かせねぇな」
「伏線張った!」

 なんだ、お洒落じゃなかったのか。……なーんてね。

 一緒に喧嘩したのが効いたのか、一緒にマクゴナガル先生から罰則(教室掃除だった)を受けたのが効いたのか。まぁどういう訳だか、ぼくとアリスは随分と仲良くなっていた。何と言えば良いのかは分からないけれど、とりあえず隣にいて心地良いのだ。アリスもぼくを拒絶しないから、同じ気持ちでいるのだろう──と思おう。

 アリスの雰囲気も、以前より心なしか柔らかくなった気がする。……前が刺々しすぎただけかもしれないが。少なくとも、妙に他人に壁を作ることはなくなった。まだまだアリスを怖がってる生徒は多いけど、この調子じゃ心配いらないだろう。

 そう一人で頷いてかぼちゃジュースを口に運び──『彼女』の姿を見て、ぼくは思わず咳込んだ。

「え、ちょ、おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」

 驚いたように目を丸くしながら、アリスがぼくの背中を叩いてくれる。しかしそんな、普段なら揶揄するほどのさりげないアリスの優しささえも気付けないほど、ぼくの目は『彼女』に釘付けだった。

 彼女。
 名前も知らない、ぼくが一目惚れした女の子。

 忘れもしない。始業式の日、コンパートメントで出会い、ドラコを引っ張って行ったあの女の子。腰まであるさらさらの銀髪に、スリザリンの制服を小柄な身体に纏っている。無表情で友人と言葉を交わす彼女を、ぼくはぽーっと見つめていた。

「……アキ、どうした? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫。……いや、大丈夫じゃないのかもしれないね。だってぼくは今、病に侵されているのだから。そう、恋という名の重篤な病にね!」

 ズビシ、とカッコつけてアリスを指差してみるが、アリスは目が点といった表情でぼくを見つめるばかり。

 ……滑った。恥ずかしい、消えたい。

「……えっと、よくわかんないんだが、つまりお前は、あのアクアマリン・ベルフェゴールに惚れてるっつーことか?」

 やがて、アリスはため息と共に呆れた顔でぼくを見ながら言った。ぼくへの視線に、さっきまではなかった、まるで救いようのない馬鹿を見るような色が含まれているのは気のせいだろうか。

 いや、それよりも。

「あの子、アクアマリン・ベルフェゴールって名前なの?」
「知らねぇで惚れてたの? ベルフェゴールなんて、まあハリー・ポッターには遠く及ばないとしてもだが、魔法界で知らない奴はいない程の名家だぜ」
「だってぼく、マグル界で育ってきたもん」

 いじけながら、ぼくはフォークでミートパイを突く。アリスは小さく息を吐いて、説明を始めた。

「ベルフェゴールってのはつまるとこ、魔法界における純血の一族で……えぇと、うーん、難しいな。簡単に言えば貴族って感じだ。金も名誉も地位も持っているような」
「へぇ、じゃああの子はお嬢様って訳?」
「お嬢様……そうだな、確かに言い得て妙ってところだ。……でもまぁ、お前とは合わないかもな……っと」

 アリスは口が滑ったとばかりにそこで言葉を切った。しかし、今の言葉は聞き捨てならない。

「……ちょっと。それ、どういうこと」

 アリスはしばらく惚けようとしていたようだが、ぼくの押しに負けてため息を吐き、口を開いた。

「……お前は、ハリー・ポッターの弟だからだ」

 やがてアリスの口から飛び出てきたものは、予想外の言葉だった。え? と思わず目を瞬かせる。あー、とアリスは髪をぐしゃぐしゃと掻いた後、据わった目でぼくを見た。思わず居住まいを正す。なんだかんだで、そういう顔をされると凄みがあって怖いんだよな、アリス……。

「……な、なんで、ぼくがハリーの弟だと、その……マズいの?」
「そう、だな。多分、マズい」
「……どうしてさ」
「あの家系は『例のあの人』側の陣営だったからだ」

 アリスは辺りを伺い、声を潜めてそう言った。口を噤んで、黙り込む。

 なるほど──なるほど。
 それならば『例のあの人』を倒したハリーは、彼らにとってみれば敵も敵だろう。自分の主人を挫いた相手なのだ、当然だ。

「まぁ、『例のあの人』がいなくなった今となっちゃ、極々普通の貴族だろうさ。子供をスリザリンに入れるのは変わってねぇみたいだけどな。……スリザリンも、あまりいい話を聞かない。悪の道に落ちた魔法使いは、皆スリザリン出身だ。……それだけで寮を悪く言うのは嫌だが、でも、そういう側面を持った寮ってことは知っておいた方がいい。あの寮には、全員とは言わないまでもかなりの人数、闇の魔術に適性がある奴らだ。それだけは言える」

 何か言わなくちゃと思った。
 でも、何も言えなかった。
 アリスが言ったことは全部事実で──そして、アリス自身も、多分、ぼくと同じことを考えてるから。

 アリスはそこで言葉を切って、暗い雰囲気を払拭するかのように微かに笑うと、冗談じみた口調で言う。

「なんて顔してんだ」
「だって……」

 ぼくが唇を尖らせて俯いた。アリスはばくに手を伸ばすと──そのまま、ぼくの髪をぐちゃぐちゃっと掻き混ぜる。

「あ────ちょっと!!!!」

 思わず悲鳴を上げた。髪を一つに括っているというのにお構いなしに髪を混ぜたものだから、もう鏡なんて見なくとも酷い有様だということくらい分かる。ぼくは涙目で絡まった髪紐を取り外すと、手櫛で髪の毛をどうにかしようと奮闘した。

「やっぱ髪切れ、髪。鬱陶しくねぇの?」
「願掛けだからいいの!」
「何のだよ」

 言い合うぼくらの間を、一陣の風が吹き抜けた。
 そして、風は二人の声を運ぶ。
 しかし。

「ベルフェゴールね……悪魔の名前を持つ少女、ってとこ?」

 皮肉げに笑う少年の呟きは、誰にも聞かれることなく、虚空へ消えた。





 アクアマリン・ベルフェゴールは、聞こえた叫び声に振り返った。

 髪を結んだ小柄な生徒──髪の長さからして少女のようだが──が、隣にいた少年に髪の毛をもみくちゃにされ、悲鳴を上げている。
その二人を取り巻く穏やかな空気を感じて、アクアマリンは目を細めた。

「どしたの? アクア」

 隣にいた友人、ダフネ・グリーングラスが、振り返ったまま歩き出そうとしないアクアマリンに、訝しげに声を掛けた。

「……あの、二人」
「二人? ……あぁ、あそこのフィスナーとポッターのこと? ……うわ、なんか超盛り上がってる、あの二人に共通点なんてあったのね? まぁ、二人とも有名人ってことは確かだけどさ」

 饒舌なダフネに、対照にアクアマリンは端的な言葉で尋ねた。

「……有名人?」
「あれ、知らないの? この前うちの寮のセンパイたちが喧嘩売りに行って、ぼっこぼこにされて戻ってきたことあったじゃん? あれ、やったのあの二人組らしいよ。右がアリス・フィスナーで、左がアキ・ポッター」
「……フィスナーは、知ってる。……中立不可侵の家の子よ。ただの喧嘩早い馬鹿でしかないわ」
「おぉ、辛辣な言葉。じゃあ、お嬢様が興味持ってんのは、アキ・ポッター?」
 楽しげにアキを指差すダフネに、アクアマリンは小さく眉を顰める。
「……人を指差すのは止めてって、言ってるじゃない」
「おっと、ごめんごめん。……いやーしかし、あのハリー・ポッターに弟がいたとはね、初耳初耳。でも正直なところを言って、あの兄弟って見れば見るほど全然似てないよね。あたし的にはハリー・ポッターよりアキ・ポッターの方が好みかも。小さくて可愛いし。……はっ、もしかしてアクアもアキ・ポッター狙い!?」
「馬鹿なこと言わないで」

 ピシャリと友人をたしなめると、アクアマリンはアキを一瞥し、そっと呟いた。

「……アキ・ポッターね……聞いたことのない名だわ」

幣原なら、聞いたことあるんだけど」

「ん? アクア、何か言った?」
「……別に。……もう行こう?」

 アクアマリンは友人を促し、彼らから遠ざかるように歩き出した。



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