「ふぅ……」
紅の蒸気機関車、ホグワーツ特急から降りると、一息吐いた。始業式の時よりも、プラットフォームにいる人は少ない。ぐるりと見渡せば、すぐさま両親を見つけることが出来た。
「お帰り、秋」
「お帰り。ちょっと痩せたんじゃない? 夜ご飯は、美味しいものを食べようか」
久しぶりに聞く日本語。久しぶりに優しい言葉を掛けられて、思わず泣き出しそうになった。涙を堪え、ぼくは笑う。
「──うん。ただいま」
慣れ親しんだ味の料理を食べ、両親と様々なことを存分に話す。満たされた思いでベッドに横になり、ホッと息を吐いた。
この休みが終われば、ぼくはホグワーツに戻らなければならない。逃げることの出来ない、あの日常に。それはもう、どうしようもないことだった。
「…………」
疲れているのに、目が冴えて眠れない。時差ボケもあるのだろうが、自分のベッドに横になれば、自然と眠くなるものだと思っていたぼくとしては正直意外だった。数分うだうだとした挙句、起き上がる。父か母が起きていやしないか。あまり迷惑は掛けたくないけれど、今日はなんだか構って欲しい気分だった。
下に降りる。僅かに開いた書斎の扉からは、一筋の光が漏れていた。
「……父さん」
「おや、秋」
机に向かっていた父は、ふと顔を上げた。机の上には、様々な魔法器具がそれぞれ異なる動きをしている。下から上へと流れる奇妙な砂時計に、逆回転する天球儀。自立しゆっくりと動いている、四角ばった直方体のものは、一体何だろうか。和綴じの本に筆で何かを書き付けていた父は、それを退かして立ち上がった。
「眠れないのか?」
「うん……そう」
まぁ無理もない、と父は小さく呟くと、軽く指を鳴らした。瞬間、どこからともなく空間に『出現』する急須と湯呑みが二つ。温かな緑茶を湯呑みに注ぐと、父は一つをぼくに手渡し、椅子に座るよう促した。素直に腰掛ける。
「時差もある。疲れているけど寝付けないというのは、父さんも昔よく経験したものだよ」
「……父さんも、日本からホグワーツに通ったんだよね?」
「あぁ、そうだよ」
「それじゃ……どう、だった? 授業についていくの、大変じゃなかった? 友達はすぐに出来たの? ……つらく、なかった?」
父はしばらく黙っていた。その間で、今の自分の言葉を反芻する。少し、口を滑らせてしまったことを反省した。
「つらくなかったかと言ったら、嘘になるな。いきなり異国の地に放り込まれて、憎くなかったかと言われたら、それは肯定せざるを得ない。授業だって、人付き合いだって。何もかもが嫌で──でも、一人の友人が、僕を支えてくれたんだ」
懐かしむように、父は目を細める。
「凄く自信家で、傲慢で、高飛車な男だったが、妙に馬があってね。嫌いには決してなれなかった。それは今もだ。初めての友人とも呼べる奴だった──」
父がこんな表情を浮かべる様を、ぼくは初めて見た。何と呼べば良いのだろう──懐古、追慕? ……うまい言葉が見つからない。ぼくの語彙にはないその表情は、しかしすぐさま塗り替えられた。
「……秋。お前、本当につらくはないか?」
父親の表情で、父はぼくを案じるように見た。
「僕は、逃げることを認められなかった。むしろホグワーツに来たことこそ、逃げてきたとだって言えるし……でも、秋、お前は違う。つらかったら、逃げても構わない。言葉も通じない異国の地に、いきなり放り込んでしまってすまなかった……秋、お前が望むのなら、今からでも……」
「つらくないよ」
明るい声を出した。不安げな父に対し、笑ってみせる。
「全然。言ったでしょう? 毎日、楽しいって」
安心して。ぼくは大丈夫だから。
そう言うぼくを、父はしばらくじっと見つめていたが、やがて諦めたように「……そうか」と呟いてため息を吐いた。
◇ ◆ ◇
「頭が三つある犬を見た?」
アキが訝しげな顔で聞き返した。そうなんだよ、とハリーは頷く。
三頭犬を見た翌朝、朝食を食べに大広間に降りてきたアキを即座に捕まえグリフィンドールのテーブルに付かせた(あまりの早業にアキの隣にいた金髪碧眼の少年が唖然としていたような気がする。アキしか見えてなかったから自信はない)ハリーは、昨日の事の顛末──ドラコ・マルフォイとの決闘(未遂)から、四階の禁じられた廊下で三頭犬に出会ったところまで、実に事細かに──を話して聞かせた。アキは、最初は何がなんだか分からないといった顔でポカンとハリーを見つめていたが、段々と事態が飲み込めて来たのか、最後には真面目な顔つきで腕組みをする。
「ぼくも混ざりたかった」
「……」
真剣そのものの顔つきで深刻げにため息をつくアキに、ハリーは何と声を掛ければよいか分からずに取り敢えず笑っておいた。アキの動物に嫌われるスキルは、三頭犬でも変わらず発動されるのだろうか、などと想像する。
「……まぁまぁ、二人とも。まずは朝ごはんでも食べたら?」
ハリーとアキの正面に座っていたロンが、気を効かせて二人の朝食をよそってくれた。ありがと、とアキはロンからトレーを受け取ると、かぼちゃジュースを一口こくんと飲み、パンを頬張り始める。
「……僕は、三頭犬は何かを守ってるんじゃないかと思ってる。で、その守ってるものは多分、ほら、ハグリッドがグリンゴッツから持ってきた包みなんじゃないかな。じゃああの中身は何なんだろう?」
「大事で、危険なもの、ね……わかんないや」
アキは思い出すかのように視線を上にさ迷わせた。そして肩を竦めると、ポテトサラダを一口。
「ハーマイオニーが言うには、その三頭犬は扉の上に立っていた訳だ。その扉の下に……ロン?」
『ハーマイオニー』という単語にしかめっ面をしたロンに、アキは首を傾げる。さらりと綺麗な黒髪が流れた。
「というか君らねぇ、禁じられた廊下って。あそこは生徒立入禁止の場所なんだよ、分かってる?」
話を変え、軽く眉を寄せて叱るアキに、ハリーとロンはごめんと詫びを入れた。
「今度の冒険には、ぼくも連れて行くんだよ?」
「努力するよ」
ハリーの返答に、アキは肩を竦めて笑う。そんなアキを、眩しげに見つめた。
アキが好きだ、と改めて思う。──当然恋愛感情ではないが──誰よりも自分を深く知る者として。
唯一の、家族として。
──アキがいたから、ダーズリー家でも何とかやっていけたんだ。
しかし、ホグワーツに入学して寮が離れ、初めてアキとこんなに長時間離れることになった。それが──
「……寂しいよ」
アキが驚いたように目を向けた。いつの間にか声に出していたらしい。
「……ぼくもだよ。朝起きたら、まずハリーを探すんだ。習慣なんだろうね。……でも、ハリー」
アキは微笑むと、ハリーの左頬に手を当てた。暖かい感触が伝わってくる。
「ぼくらはもう、二人きりじゃないんだ。……ロンがいる、ハーマイオニーがいる、ハグリッドがいる。……ぼくらの周りには、たくさんの人がいるんだ」
「……でも、寂しいんだもん」
拗ねたように言えば、アキは笑って右手をハリーの頭に乗せた。
「ぼくだって寂しいよ。……でもさ」
二人きりよりもさぁ、いっぱいいた方が楽しいじゃない。
「ハリーは、ホグワーツ、楽しくないの?」
「……楽しいに、決まってるじゃん」
そういうことだよ、とアキは笑う。
ハリーは思わず、アキに抱き着いていた。うわっ? と声が聞こえたのにも構わず、アキの小さな背中に、華奢な肩に、手を回す。アキも何も言わずに、ハリーの頭に手を乗せた。
「……あの、さ」
どれくらいそうしていただろうか、ロンに声を掛けられ、振り返る。
「君達、周りから、すんごい大注目浴びてるんだけど」
「「あ」」
「馬鹿か? 馬鹿なのか? お前は馬鹿なのか?」
「そんな言わなくてもいいじゃん……」
ぼくは口を尖らせ、皮つきポテトをナイフで突き刺した。
十月三十一日。ハロウィンのご馳走が並ぶレイブンクローのテーブルで、ぼくは隣に座るアリス・フィスナーから、耳が痛いお小言を受けていた。何故かって? ……決まってるじゃないか。
「なんであそこで抱き締め合う必要があるんだ? 皆唖然だぞ、俺も引いた」
「……なんてーか、雰囲気で」
「雰囲気? じゃあお前は、雰囲気が良ければ周りの目すら気にしないのか?」
……まぁその、なんだ、もっと空気を読んで行動しろということだった。……大分はしょったが大体こんなことだ、うん。
「そもそも、お前は……」
「あ! これ美味しいなぁ! うん! アリスもどう!?」
アリスの言葉を封じるために、アリスの口の中にパイを一つ丸々押し込む。だってあれだ、説教長くなりそうだったんだもの。折角のハロウィン、楽しまなくっちゃ。
「……お前なぁ……」
アリスがもごもごしながらパイを全て咀嚼し終わるのと、大広間の扉がヒステリックにバタンッと音を立てて開かれたのは、ほぼ同時だった。なんだなんだと、皆が一斉に顔を向ける。
大広間に入ってきたのは、クィレル教授だった。蒼白な顔で、衆人監視の中をふらふらした足取りでダンブルドアの席まで進んで行く。そしてテーブルにもたれ掛かり、尋常でない顔つきで喘ぎながら告げたその声は、大して大きくなかったというのに、静まり返った大広間の端まで届いた。
「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って」
クィレル教授はそのまま、前のめりに崩れ落ちてしまった。
一瞬の静寂の後──大騒ぎが起きた。恐怖に当てられたか泣き出す子、軽いパニックに陥った子もいたが、殆どは好奇心混じりの興奮した声だ。そんな中、アリスが平然とパイの最後の一欠片を口の中に放り込むのを見て、ぼくは小さく肩を竦めた。
「驚かないんだね、アリス」
「どーせ寮に帰れって言われる。なら、食えるうちに食っとくべきだ、だろ?」
「アリスのそういうとこ、ぼく好きだよ」
アリスのこの豪胆さと割り切り様が、ぼくは結構好きだったりする。……幣原秋の近くにこんな奴がいたら、良かったのにな。
ダンブルドアが杖の先から紫色の爆竹を爆発させ、生徒を静かにさせた。重々しい口調で言う。
「監督生よ。すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように」
再び、大広間に騒がしさが戻ってきた。慌ただしく立ち上がり大きな声で指示を飛ばす監督生たち、移動を始める生徒たち、忙しなく出て行く先生方。
さてぼくも移動するか、と立ち上がった時、何やら妙なものを見たような気がして、思わず動きを止めた。
「どうした?」
「ん……なんか……」
アリスが訝しげに声を掛けてくるのを流しつつ、ぼくは違和感の正体を突き止めようと目を凝らす。
「…………っ!?」
気絶していた筈のクィレル教授がむくりと立ち上がったのを捉え、ぼくは小さく息を呑んだ。氷のような無表情で首をこきりと動かすと、ぱっと教職員の席の近くにある出口の方に──生徒たちがいつも使う出口とは正反対の扉に──走り出す。誰もクィレル教授の行動には気付かない。
反射的に身体が動いた。クィレル教授を追って、小さな身体を生かし人の間をすり抜ける。アリスの呼び声も、ぼくには届かない。
大広間の外のロビーには、先程までの喧騒が嘘だったかのように人気がなかった。生徒たちが寮へ戻るのに使わない方の扉だ、当然だ。それがぼくの疑惑を更に深めた。
壁に手をつき呼吸を整えながら、耳に全神経を集中させ、クィレル教授の足音を聞き取る。人気がなく静まり返ったこの場所の状態が、ぼくを大分助けてくれた。聞こえた小さな音に、聞き耳を立てる。
……階段だ。
上か、下か?
…………上だ!!
頭の中で、ぱちんと音を立ててパズルが組み合わさる。階段を駆け上がりながら、ぼくは脳みそをフル回転させた。
クィレル教授は誰も自分に注意を向けていない頃合いで起き上がった。つまりさっきぶっ倒れたのは、演技だということになる。
そうしたら。周囲の目を欺いて、彼は何を手に入れることが出来る?
他の先生の目がなくなる。誰も彼の存在を気にかけなくなる。先生方と一緒に地下のトロールの元へ駆け付けなくてよくなる──つまり。
彼は自由に動けるようになる。
彼は何故、そうまでして自由に動きたかったか?
先日ハリーとした話を思い出す。
──……僕は、三頭犬は何かを守ってるんじゃないかと思ってる。で、その守ってるものは多分、ほら、ハグリッドがグリンゴッツから持ってきた包みなんじゃないかな。じゃああの中身は何なんだろう?
──大事で、危険なもの、ね……わかんないや。
クィレル教授が、三頭犬が守るものを欲しがっていたとしたら?
クィレル教授は、さっき階下ではなく、上に上がって行った。普通なら、ここは階下に現れたトロールを追うところだろう。それが、生徒を守る教師のあるべき姿だ。しかし、彼はそれをしなかった。
恐怖に駆られた? いや、それは違うと思う。先程の氷のような無表情からは、とてもそんな感情は読み取れない。あれはむしろ、自分のやるべきことを確信しているかのような表情だ。
そもそも、何故彼はこの食事の時間に大広間にいなかったんだ? ハロウィンのご馳走は普段よりも数倍豪華だ。この時間、彼は一体何をしていた?
……トロールを入れたのは、もしかして彼なのか?
何のため? 皆の注意を引き付けるため。
そして、彼は何をしようとしている?
まさか……まさか!?
なら、クィレル教授が行く場所は決まり切っている。
「四階の……禁じられた廊下っ!!」
四階まで駆け上がると、ぼくは思わずしゃがみ込んだ。なんてことはない、単純にしんどかったのだ。大して運動も得意じゃない、体力もないぼくに、階段ダッシュは辛すぎた。手すりを掴んだまま、荒い息を吐く。脳に酸素が回ってないのか、目の前がくらくらする。頭を振って、無理矢理身体を起こした。
頭の中で校内の地図を思い浮かべる。禁じられた廊下は、この突き当たりの扉の奥だ。
しかし。
「……! …………」
小さな叫び声と唸り声に、ぼくはその場で立ち竦む。何事だ、とぼくは左手に杖を握ると、物影から少しだけ身を乗り出して覗きこんだ。
そして、息を呑む。
見えたのは、開かれた、禁じられた廊下。
そして、見えるのは、三つの頭を持った犬と、その頭の一つに足を噛みちぎられそうになりながら、必死で抵抗しているスネイプ教授。その奥で何をしているのか──床に跪き、何かを探すクィレル教授の姿だった。
思わずぼくは身を踊らせ、彼らの前に姿を見せる。左手に持った杖を肩の高さにまで上げると、叫んだ。
「
赤い閃光が、狙い違わず真っ直ぐ三頭犬に直撃する。
「「ポッター!?」」
スネイプ教授とクィレル教授が、驚いた表情でぼくを見つめた。特にクィレル教授は真っ青だ。同僚であるスネイプ教授が三頭犬に足を噛みちぎられそうになっているのを無視しているところを生徒に見られたのだ、当然だろう。
「……
二人の視線に気付かぬ振りをしつつ、ぼくは杖の先端を三頭犬に向けて呟く。気を失った三頭犬を浮かせると、禁じられた廊下の奥に押し込んだ。クィレル教授が慌てたように禁じられた廊下から飛び出してくる。
「
パタン、と音を立てて扉が閉まった。小さくため息をついて、ぼくは杖を下ろす。
「アキ・ポッター!!」
スネイプ教授が叫んだ。見れば、片足が血に塗れている。三頭犬にやられたのだろう。ぼくはにっこり微笑んで、言った。
「大丈夫ですか、スネイプ教授、クィレル教授?」
「ポッター、何故貴様がここにいる?」
「ポ……ポッター君……」
畏れるように声を震わせるクィレル教授に、しゅんとして項垂れて見せた。
「クィレル教授が、四階に上がっていくのが見えて……つい、ついてきちゃったんです! 好奇心なんです、ごめんなさい!!」
あえて拙い言葉で言葉足らずに述べた。クィレル教授の顔色が素早く変わる。
「わ……私の……後を?」
「はい……」
スネイプ教授が、じっとぼくを見ている。教授の気持ちが手に取るように分かって、ぼくは心の中で小さく笑った。
スネイプ教授が、ぼくに何をして欲しいのか。目を見ずとも分かる。クィレル教授とスネイプ教授、先程の状況、さっき推測した内容を鑑みると、出る答えは一つしかない。
分かってるよ、と言うことを示すように、ぼくは心配そうな表情をクィレル教授に向けた。
「クィレル教授、さっきまで気絶していたみたいですけど、大丈夫ですか? ……まぁその後すぐに起き上がったので、大したことはなかったみたいですけど、心配になって」
クィレル教授の顔が蒼白に変わる。誰にも見られていないと思っていたあの瞬間を、ぼくに見られていたという現実に、驚きが隠せないようだ。素直な表情の変化に、思わず苦笑した。
「そういえば、クィレル教授は、何でこんなところにいるんですか? ここ、禁じられた廊下ですよね? スネイプ教授も助けないで、まるで何か探していたようですが……?」
スネイプ教授と心の中で通じ合っているというこの状況は、ちょっと気持ち悪いが、しかしここはこの茶番劇に付き合うべきだろう。全く、なんてぼくっていい子なんだろうか。
「我輩も疑問に思っているところですな。どうしてこんなところに?」
「……っ、貴様ら……」
小さく何事か吐き捨てると、クィレル教授はスネイプ教授を睨んだ。スネイプ教授は悠然とその視線を受け流す。
「はて、解せませんな。クィレル教授、どういうことです?」
「……私、は」
クィレル教授が、この進退窮まる状況に歯噛みした、ちょうどその時。
「────!」
階下から、悲鳴が聞こえた。続いて怒声に唸り声、物が壊れる凄まじい音。思わず聞こえた方向を見たぼくの横を、するりとスネイプ教授が通り抜ける。後からクィレル教授が続いた。
「ポッター!! 貴様は自分の寮に戻りたまえ!!」
スネイプ教授の声が轟く。ぼくは肩を竦め、それに答えた。
「何やってたんだ! 急にいなくなって心配したんだぞ!?」
「ごめんってば」
誰もいないレイブンクローの談話室で、アリス・フィスナーはぼくを憮然とした表情で叱り付けた。ぼくは苦笑いを返す。
「トロールでも探しに行ったのかと思った」
「そういう訳じゃないよ」
「……何かあったのか?」
アリスがぼくの顔色を敏感に察したか、口調を変え静かに尋ねた。
「まあ、ね」
色々あった。クィレル教授の正体とか、三頭犬とか、スネイプ教授とか。でもそれを一つ一つアリスに説明するのは、躊躇われた。何せ、まだ仮説の段階なのだ。ここで妙なことを言うのは、得策ではない。
「……言いたくないのなら、別にいいけどな」
アリスがため息と共に言う。ぼくは、うん、と小さく頷いた。
胸の中のもやもやが、消えない。パズルのピースがまだ揃ってないから、絵の全体像が見えてこない。
まだ、何かある。ぼくの知らない情報が。そして、そのピースを持っているのは、きっと──
「……寝るぞ、明日に響く」
「……うん」
ぼくは素直に身体を起こした。アリスは、そんなぼくの頭を軽く叩く。
さて、眠りに就こう。
幣原秋の世界に、旅立とう。
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