「えっ、リリーとセブルスって幼馴染なの?」
「そうよ、家も近所だしね」
ねー、とリリーがセブルスに同意を求める。しかしセブルスは照れてそっぽを向いてしまった。そうか、だから去年の新入生の時も二人は一緒にいたんだね。
「いいなぁ……」
「そう?」
「だって、いつだって遊びに行けるじゃん。ぼくなんて近くに誰もいないんだよ」
「秋は日本に住んでいるからな」
そっぽを向いたままセブルスが口を挟む。そっかとリリーは頷くと、何を思ったかパチンと手を叩いた。
「え、でも日本っていいなぁ! 私も一度行ってみたい! サムライとかニンジャとかいるんでしょ? 腰にカタナを差してキモノで外を歩くのよね! 秋もカタナ持ってるの?」
「持ってないよ!?」
あまりにも無邪気に問われ、逆にびっくりする。もしかしてイギリスでは、日本は未だにそんなイメージなのだろうか。リリーの頭の中じゃ、まだ日本が鎖国していてもおかしくない。
「リリーは一体いつの時代の話をしているんだ。秋は刀も持っていなければ、和服だって着てないだろう?」
「いや、まぁ、和服を全く着ないわけじゃないんだけどね……」
たまに着る。夏祭りの時とかにね。純日本人の父は何かしらの折に着ているし。ただ洋服だってきちんと持っているから、イギリスにわざわざ和服で来ないってだけの話だ。……刀は持ってないけどね。
「それでも、だ。リリー、君は日本への認識を改めるべきだな。秋に失礼だとは思わないのか?」
おおぉ……と思わず目を瞠る。流石はセブルスだ、他所の国の事情にも明るいだなんて、本当に尊敬しちゃうよ。自慢の友人だ。
セブルスは続けた。
「日本と言えば春画と芸者だろう」
「ぼくの尊敬を返せ!」
がっかりだよ! 確かに有名だけどさ!
思わず叫んで立ち上がる。
途端、コンパートメントの入り口側の壁が吹き飛んだ。思わず呆然と立ち竦む。
……え、嘘。今の、ぼくが? 魔力の暴走? またぼくやっちゃいました? なんて……。
というか、今ので暴走するかな普通!? こんなに力強いツッコミ見たことないよ。もう嫌だ、魔力ばっかり多くったって何の使い道もないし、ほら見ればセブルスもリリーも険しい顔で立ってい、て……?
「ポッター!」
リリーが鋭い声で叫ぶ。つられてそちらに視線を向けた。
ヒュッと一陣の風が耳元を掠める。窓にぶち当たった火花は、窓もろとも砕け散った。
「…………」
こっわぁ。
リリーがコンパートメントから飛び出して行く。何が起こっているのかよく把握できないまま、とりあえずリリーの後ろをついて行った。
通路はなかなかの惨状だった。ぼくらが乗っていたコンパートメントの被害が一番大きいが、近隣のコンパートメントだって無事ではない。窓にヒビが入っていたり扉に穴が開いていたりと、どこもかしこも危険な爪痕がくっきりと残されている。
この騒ぎの元凶はというと、やっぱりというかなんというか、ジェームズ・ポッターのようだった。先日共に露店を爆破していたイケメン君と共に、杖を構え合っては西部劇ごっこの真っ最中だ。
「いい加減にしなさい、ポッター、ブラック!」
リリーが怒鳴りつけるも、しかし遊びに没頭している二人には聞こえていない。「もう!」と大きく首を振ったリリーは、ずかずかと危険地帯に踏み込んで行こうとする。
「リリー、危ないよ……」
声を潜めてリリーを呼び止めた。
「うん、危ないから、あの二人が飽きるまで待っていた方がいいよ」
聞き慣れない声に目を向ける。
鳶色の髪の少年が、コンパートメントの窓から身を乗り出してぼくらを見ていた。その口元には、諦めたような笑みが浮かんでいる。
「でも、リーマス……」
リリーは眉を寄せると、頭を振っては目を伏せた。綺麗な赤い髪がさらさらと揺れる。少しの間考え込んでいたリリーだったが、次に顔を上げた時には、緑の瞳に意志の光が灯っていた。
「二人を止めてくるわ。ぶん殴ってでもね」
そう言い放ち、リリーは颯爽とスカートを翻して歩いて行く。その背中に思わず見惚れた。
「……カッコいい……」
流石リリーだ。そこらの男子なんて目じゃないくらいにカッコいい。
「リリーは凄いね」と感嘆の声を上げ、リーマスと呼ばれていた少年は肩を竦めた。
その時、リーマスの腕と身体の隙間から、小柄な体躯の少年が顔を覗かせる。薄い茶色の髪を持つその少年は、何処か不安げにジェームズ・ポッター達を見つめていたが、ぼくの視線に気付いては弾かれたように振り返った。ぼくが声を掛けるよりも早く、少年は素早くリーマスの後ろに隠れてしまう。
そんな少年を見かねたように、リーマスは苦笑いを浮かべた。
「ごめんね、ピーターってば人見知りが激しくって。僕はリーマス・ルーピン。こちらの彼はピーター・ペティグリュー。あっちの眼鏡がジェームズ・ポッターで、残る一人がシリウス・ブラック」
「あ、ぼくは……」
名乗ろうとしたところで、小さな声に遮られた。声の方向を辿ると、先程の少年──ピーターが、リーマスの背中にへばりついたまま、顔だけをこちらに向けている。
「知ってる、よ……幣原秋くん、でしょ……?」
ピーターはそれだけを言うと「はわっ」と再びリーマスの後ろに姿を隠してしまった。照れ屋なのか人見知りなのか、何にせよ目が合った瞬間に隠れられるとちょっと寂しいものがある。もっとも、ぼくもそんな彼の気持ちは分かるんだけど。知らない人ってなんとなく怖いよね。
「……どうして、ぼくの名前を?」
「んー、まぁ君はどうしても目立つからね。名簿の中で一人だけローマ字表記だったら、否が応でも目に留まるでしょう?」
「…………」
ごめん、ぼくの目にはどちらも同じアルファベットの羅列にしか見えないや。
「まぁ、他にも理由はあるんだけどね」
「他にも? 何のこと?」
あのね、とリーマスは楽しげだ。しかし次の瞬間、凛としたリリーの声が響き渡った。
「いい加減にして、ポッター! 人の迷惑ってものを少しは考えなさい!」
「なんだ、エバンズか。今ちょっと忙しいんだ、お小言は後にしてくれないか」
「なんですって!? あなたねぇ……!」
リリーがジェームズに食ってかかる。その背後で、シリウスが物陰から身を躍らせた。ジェームズとの直線上にリリーがいることに気付かぬまま、勢いよく杖を振り下ろす。
赤い閃光が、リリー向かって迸った。
「リリー!」
──反射的に身体が動いたのは、奇跡のようなものだろう。
でも、それを奇跡と呼びたくない自分がいるのは。
……やっぱりさぁ。
ぼくも大切な人を守りたいって気持ちがあるから、なのかもしれないね。
「
目の前で火花が弾け飛ぶ。閃光が幾筋にも分かれ、細くたなびいては掻き消えた。
ホッと小さく息を吐いて、ぼくは杖を下ろし──静まり返った空気に、ハッと我に返った。
「……あ、う、えっと」
頭の中が真っ白になる。こういう時、上手く言葉が出ない自分がもどかしい。皆がぼくを見ている、そんなことが怖くて怖くて仕方がない。
ジェームズ・ポッターは険しい瞳で、つかつかとぼくに近付いてきた。後ずさることもできずに、ただただその場に立ち尽くす。
こうして向き合うと、少し前のことを思い出す。一年生の頃、全身ずぶ濡れで歩いていた時に、彼と初めて出会ったこと。
──目。そう、この目だ。眼鏡の奥の
「……君、幣原秋だよね?」
フルネームで呼ばれ、反射的にこっくりと頷く。と──ジェームズ・ポッターは表情をパァッとほころばせた。瞳を輝かせたままぼくの手を取ると、晴れやかな顔で強く振る。
「はじめましてっ、僕はジェームズ・ポッター。ずっと前から君と話がしてみたかったんだ!」
「……へ?」
まぁ、ひとまず、その……なんだろう。
新たな友人が、できました。
◇ ◆ ◇
ウィーズリー家での生活は、ダーズリー家とは全然違っていて非常に面白かった。
ハリーと夏休みの宿題をしたり、双子と共に悪巧みをしたり、ロンとチェスをしたり、モリーおばさんに何回もお代わりをさせられたり、アーサーおじさんにマグルの生活について質問責めにされたり、ジニーに追い回されたり……はさておいて、アキ・ポッターが今まで生きてきた十二年余りの人生の中でも段違いに充実した夏休みだったと言える。
ある日、いつものように双子と三人で花札(花札! 英国魔法界にこれが根付いていることには驚かされた。ちなみに賭けているのはお菓子だ、健全でしょ?)をしていると、部屋に大きな包みを抱えたふくろうがぞろぞろと飛び込んで来た。その数と言ったら、二十羽は超えていただろうか。
想像してほしい、自分の部屋にふくろうが二十羽いる光景を。足の踏み場もない上に、ご丁寧なことにぼくを見てはいちいち威嚇してくるもんだから、なんかもう、心が折れそう。ぱきっと。
「なんだいこりゃ」
「双子のじゃないの?」
「アキのじゃないのか?」
首を傾げながらも荷物を引き寄せ、包みを解く。中には『誕生日おめでとう』と書かれたカードと、綺麗にラッピングされたプレゼントが入っていた。
「アキのじゃないか」
「ハリーのもあるぞ」
差出人はハーマイオニーだ。記された日付は二週間前。ぼくとハリーの誕生日──そう、あの悪夢のような陰惨たる日の数日前だ。
……あれ? 確かその頃って、ぼくら宛の手紙はドビーに止められていたはずでは?
ひとまず双子の片方にハリーを呼んで来てほしいと頼み、ぼくは開封作業を続けた。プレゼントはハーマイオニーやロンやレイブンクローの学友達から、そして予想外なことに、アリスからも届いていた。まさかあいつがぼくの誕生日なんかを覚えていたなんて! と思わず感慨深くなる。いや、あれで結構情が深い奴なのは知ってたけどね。
サプライズはまだある。なんとスネイプ教授もプレゼントを贈ってきてくれたのだ。あれはびっくりした、びっくりしすぎて宛名を三回は確認した。
凄く重くて分厚くて、これは十中八九本だ、と事前の予想通り本だった。しかし、スネイプ教授がプレゼントで贈りそうな本のタイプとは正反対で──『魔法薬学大全』とか『応用黒魔術』とか(偏見)そんな感じの実用書とはまるっきり別物の、何と言ったらいいのだろう、アイドル? みたいな顔の良い男の人が白い歯を見せつけている写真が表紙の、えぇと、
じ、実は好きなのかもしれない、と顔を強張らせていると、同封されたメッセージカードを発見した。飛びつくように開け目を通す。そこには、
『今年度の闇の魔術に対する防衛術の教科書だ。君が買うまでもない。金をドブに捨てる行為を黙って見ておけなかっただけだ』
……と、そっけない文面がさらりとした筆記体で書かれていた。教授がここまで授業の教材を貶すなんて……うん、考えないようにしよう。
最後に開けた小包は、ドラコからのものだった。洒落たカードが添えられている。
『うちの屋敷しもべが迷惑なことをしてすまなかった。この大量の荷物について聞き出したところ、どうやら君のものだと言うじゃないか。仕方ないのでこちらから送り直しておく。良い休暇を過ごしてくれたまえ。──そして、誕生日おめでとう、アキ。
PS.ちなみに僕らはこのバケーションでアテネに行ってきたぞ。写真を同封する』
手紙でも高飛車なのは変わらないとくすくす笑っていると、双子が覗き込んできた。
「この手紙はもしかして、あのマルフォイ家の御子息からではないですかな?」
「ダメですぞ殿下、悪い子と付き合っちゃあ!」
双子はきゃあきゃあと騒いでいる。ぼくは顔を引き締め、ドラコから来た手紙をもう一度読み直した。
ドビーはマルフォイ家の屋敷しもべ妖精だった。でもドビーはあの日、ぼくらの元へ訪れたのはご主人様からの命令ではないと言い、ぼくらに何かを──危険を──知らせようとしてくれていた。とすると、考えられるのは──
と、そこで『同封する』と書いてあった写真の存在を思い出した。封筒から写真を引っ張り出し、そして──稲妻に打たれたような衝撃が、脳天から爪先まで一気に走る。
「────畜生っ!!」
突然の叫び声に、今にも部屋に入ろうとドアノブに手を伸ばしていたハリーはその体勢のまま固まり、今入っていいものか真剣に悩んだらしい。双子は唖然とぼくを見つめ、ぼくのあまりの真剣さと絶望した顔を見ては、一言も茶化すことができずただただ黙り込んだのだという。台所で料理の手伝いをしていたジニーは、ぼくの大声に驚いて指を切ってしまったと聞いた。申し訳ない。
しかしそんな周りのことも気にできなくなるほど、ぼくの意識は一枚の写真に奪い取られていた。
「アクアとのツーショット、だと……!?」
恐るべし、家族ぐるみのお付き合い。
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