破綻論理。

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空の記憶

第6話 親子喧嘩First posted : 2012.02.04
Last update : 2022.09.12

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 次の水曜日、ぼくらは学校教材を買いにダイアゴン横丁へと向かうことになった。

 てっきりあの空飛ぶ車を使うものだと思っていたが、驚くべきことに暖炉を通っていくらしい。なんでも煙突飛行ネットワークというもので、国内中の暖炉が接続されているのだとか。一体どんな仕組みになっているのか、アーサーおじさんに尋ねてみたが、それは魔法省の機密事項だから説明できないと言われてしまった。民間に簡単に真似されてしまっては敵わないのだと。なるほどなぁ。

「さーて、それではお客様からね。ハリーとアキ、お先にどうぞ!」

 笑みを浮かべたモリーおばさんが、謎の粉が入った小鉢を差し出してくる。ハリーは戸惑ったように鉢とおばさんを見ると、小さな声で「どうするんですか?」と尋ねた。

 簡単にレクチャーをしてもらい、ハリーとじゃんけんして、負けたぼくが先に暖炉へ入ることになった。鉢から粉を一掴みすると、恐る恐る暖炉の中に投げ入れ、エメラルド色の炎の中にそうっと足を踏み入れる。熱くはないが、どことなく居心地が悪い。

「ダイアゴン横丁」

 声に出した瞬間、地面が抜けたかと思った。どこまでも落ちていくような浮遊感に閉塞感がプラスされた、苦手な人はとことん苦手な感覚だ。そういうぼくも得意ではない。

 足が地面に触れた。と思った瞬間、硬く冷たい石の上に倒れ込む。

 上体を起こし、狂った平衡感覚を元に戻そうとぼうっとしていたら、突然後ろから突き飛ばされた。顔面から倒れ込みそうになるのを慌てて堪える。ぼくの反射神経万歳。顔に怪我なんてしてみろ、過保護な兄貴がどれだけ心配するか。

アキごめんねっ、大丈夫? というか早く出て! 後ろが詰まっちゃうのよ!」

 ジニーの声。どうやら今ぼくを突き飛ばしたのはジニーのようだ。

 ……あれ? ぼくの後ろにはハリーが並んでいたはずだ。それなのにどうしてジニーがここに?

「ハリーは?」
「うん、アキ。落ち着いて聞いてね」
「あっはっは、何を言うんだいジニー。ぼくはどこからどう見ても落ち着いてるよ? ところで、ハリーは?」
「あのね、本当に落ち着いて聞いてね?」
「どれだけぼくに念押しするんだ、ぼくはこの上なく落ち着いて……」

 ジニーは切ないものを見るような眼差しでぼくを見つめると、同情と焦りが入り混じった声で告げた。

「ハリーが行方不明なの」

 落ち着いてなどいられなかった。





 ハリーがいない。
 その事実は、ぼくをパニックに陥らせるには十分すぎるもので。

 モリーおばさんの戸惑った声や、アーサーおじさんの早口にただひたすら胸が騒ぐ。自分でも落ち着きがないと自覚しながら、うろうろと視線を彷徨わせ、用もなく爪先で道に敷き詰められた煉瓦を叩いた。

 今にも駆け出していきたい衝動が、腹の中で蠢いている。双子やジニーが気を利かせてぼくに話しかけてくれているが、それすらも耳を素通りしていく。

 ──ぼくも君に対して、相当に過保護らしい。

 影を失うような違和感は、いくら気を確かに保っても耐えられない。

「────アキ

 名前を呼ばれ顔を上げた。視界いっぱいにアーサーおじさんの顔が広がる。

「話、聞いてたかい?」
「あ……す、すみません、聞いてませんでした……」

 アーサーおじさんは困ったような顔で微笑むと、手分けしてハリーを探す旨を説明してくれた。恐らくハリーは異なる暖炉に迷い込んでしまったのだろうということで、暖炉のある店を虱潰しに探す作戦だ。ぼくの担当だと指示された店名を、決して忘れないよう頭に叩き込む。

 話の最後に、小さな黄色のボールを手渡された。どうやら双子が作ったおもちゃのようだ。手のひらで握り潰すと真ん中からぱっくり開き、閃光呪文が辺りに飛び散る仕組みになっているのだと言う。ハリーを見つけたらボールを空に打ち上げろという話に、ぼくは頷き駆け出した。

 恐怖に背を押され、ただひたすら走る。アーサーおじさんから指示された店も、その周辺も、片っ端から確認していく。

 ──いない、いない、どこにもいない。

 ひたりひたりと絶望が心を侵食する。唯一の足場が、押し寄せる波に少しずつ削られていくような錯覚。

 この地面が無くなってしまったら、きっともう、ぼくは立ってはいられない。

 路地を駆け抜け露店を巡り店を覗く。そこで、体力の限界が先に来た。

「クソッ……っ、はー……ケホッ」

 よろよろと壁に手を掛け、肩で息をする。

 頭にもやが掛かった気分だ。冷たい指先を握り込むも、手に力が入らない。

 自分の弱さに嘲笑が零れる。嫌な想像ばかりが頭を巡っては、思考回路がどんどん悪い方へと傾いていく。

 いくら魔力が人より多くとも、未成年魔法使いであるぼくは、学校外で魔法を使えない。いくら勉強ができたところで、いくら上手に魔法を使えたところで、今のぼくにはハリーを探す手立てのひとつも浮かびはしない。

 自分の弱さが心底嫌になる。

 弱かったから、大切なものを何ひとつ守れなかった。
 大事だったものも、大切だったものも。好きだったものも、気に入っていたものも。

 全てを奪われたのは、ひとえにぼくが弱かったから。
 何も守れなかったのは、ぼくの両手が短かったから。

「…………、え?」

 この感情・・・・は、ぼくのものじゃない。

 それでは一体、この激しい感情は誰のもの?

「…………っ」

 さぁっと、頭に上った熱が引いていく。頭に掛かった靄は、今はただ激しく鳴り続ける鼓動を残して晴れていた。ぞわりと背を這う悪寒は、汗が冷えただけではないのだろう。

 自分が、自分以外のものに操られているような。そんな不思議な嫌悪感に包まれ、思わず胸を押さえた。意識して呼吸を整える。

「……ハリーを探そう。大丈夫、ハリーは弱くない。絶対に無事なんだから」

 込み上げる震えを抑えつけながら、わざと声に出して自分を鼓舞する。

「きっとぼくのことを探してるよ。ケロッとした顔で言うんだろうね、『あぁアキ、心配しちゃったよ』って……心配してるのはこっちだって」

 身を起こした。一歩ずつ足を踏み出し、歩き出す。

 大通りから数本抜けた裏路地は、なかなか複雑に入り組んでいる。気を抜くと迷ってしまいそうだ。迷子のハリーを探していたはずなのに、自分も迷子になってしまうのは情けない。できるだけ早く大通りに戻らなければ。

 誰か知り合いでも通らないかな、いやぁ無理だよな、と思った瞬間、路地を二つ程挟んだ向こうに同寮の友人アリス・フィスナーの姿が見えた。おぉ、なんだか懐かしい。終業式からそんなに時間は経ってないはずだけどな。いやまぁ色々あったからね。

「やっほぅ、元気だったかいアリ……」
「うるせぇクソジジィ! 俺に構うなっつってんだ!」

 辺りに響き渡ったアリスの怒鳴り声に、駆け寄ろうとした足が思わず止まる。咄嗟に辺りを見回しては、物陰に隠れて覗き込んだ。

 アリスの正面に立っているのは、ひょっとしてアリスのお父さんだろうか。よく見えないが、アリスと同じ金色の髪だけは判別がつく。

「アリス、私は……」
「アンタの言い訳は聞き飽きた! こうやって無理に父親っぽく振る舞うのも、周囲の目ぇ気にしてんだってわかってんだよ! ホントは今すぐにでもこんなガキと縁切りてぇ癖にさ、アホらしい!」

 鈍い音が響いた。アリスは小さくよろめくと、左頬を押さえ凄絶に笑う。

「俺を殴んの躊躇わなくなったな、アンタ」
「……アリス……」
「アンタの望んだ『いい子』じゃなくて悪かったな。今でも遅くはねぇだろ。外からマトモ・・・なガキを養子にして、そいつにアンタの仕事継がせりゃいい。そしたら俺なんてお役御免だろ」
「……いい加減にしろ、アリス!」

 アリスの胸倉を、アリスの父親は掴んだ。再び上げかけた拳は、アリスの小馬鹿にしたような嘲笑に止まる。

「いい人ぶるなよ、親父様よぉ」
「この……っ」
「アンタだって俺のこと嫌いだろ? 無理して構う必要なんざねぇ、放っておいてくれよ。それだけで、アンタも俺も心穏やかに暮らせるんだから」
「……っ」
「街中で手ぇ出すなんて、どこで誰が見てるかわかったもんじゃねぇぞ? なぁ《中立不可侵》フィスナー家のご当主様。目立ちたくねぇだろ? 家ン中じゃねぇんだよ」

 指摘され、アリスの父親は乱暴にアリスから手を離す。乱れた首元を直しつつ、アリスは無表情で呟いた。

「言われなくても、来年まで帰って来ねぇよ」
「……私も、お前の顔を見たら殴らない自信はない。そうしてくれ」
「望む通りにするさ」

 ガリオン金貨でも詰まっているのだろう、小さな麻袋が宙を舞う。アリスはそれを危なげなく片手でキャッチすると、中身を確かめることなく乱暴にポケットの中へと突っ込んだ。そのまま、父親の横を通り過ぎる。

「……アンタ、母さんと結婚なんてしなけりゃ良かったんだよ。……俺なんて、生まなきゃ良かったんだ」

 アリスの父親は、反論しようとしたように、ぼくには見えた。そんな雰囲気の振り向き方だった。

 ──それでも一瞬伸ばしかけた手は、アリスに届く前に下ろしてしまった。

 がっくりと彼は肩を落とすと、アリスの行く先とは逆方向に足を向ける。

「……あ」

 その時、真っ直ぐこちらへ歩いてきていたアリスがぼくに気付いた。戸惑ったように一度足を止め、眉を寄せては再び近付いてくる。

「……よう」
「あ……久しぶり、アリス」
「何やってんだ、お前?」

 据わった目でぼくを見るアリス。う、これは、盗み聞きしてたことバレてるな。

 ハリーが行方不明であることを説明すると、アリスは呆れたと言わんばかりのため息を吐いて「で? どこ回りゃいいんだ」とぶっきらぼうに呟いた。

「大体回った。今は大通りに抜ける道を探してるとこ」
「なんだ、お前が迷子かよ」
「ま、迷子じゃないよ!? 失礼な!」
「どうだか」

 いつもと変わらないアリスに、ぼくはさっきの親子喧嘩について尋ねるきっかけを完全に失った。

 ちらりと後ろを振り返る。
 アリスの父親の姿は、既に無かった。



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