破綻論理。

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空の記憶

第7話 悪戯仕掛人First posted : 2012.02.28
Last update : 2022.09.13

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幣原? 誰、それ」

 時を遡ること数ヶ月。雪は降らなくなったものの、まだ冷え込みの強い三月の半ば、グリフィンドール寮のとある一室で行われた話。

 リーマス・ルーピンの呟きに、ジェームズ・ポッターは大袈裟に身体を仰け反らせた。

「彼の名前を知らない! そんなんじゃ君、モグリだと思われても仕方ないぜ!」
「…………」

 イラッとしたが、笑顔で堪えた。見かねたシリウスが「ジェームズが今ご執心の奴だよ」と補足する。

「なんだ、ジェームズが惚れてる子か。一体どんな子なんだい?」

 名前の響きからすると、東洋人──日本人だろう。そんな女子生徒、グリフィンドール寮にいただろうか。

 ……そう言えばジェームズ、今『彼』と言わなかったっけ?

「……幣原は……レイブンクローの生徒だよ……」

 小さな声に振り返る。

 リーマスの視線に、ピーターは小柄な身体をビクリと震わせた。同室になり半年以上経つというのに、こちらを怖がるような態度は相変わらずだ。いや、これでも随分と改善はされたのだ。最初は目すら合わせてくれなかったのだから。

 この四人組──もとい『悪戯仕掛人』は、元はと言えばたまたま寮の部屋割がこの四人だったから発生したに過ぎない。ジェームズとシリウスという目立つ二人に、たまたま自分とピーターがくっついた──そんなイメージをリーマスは抱いていた。

 だから──他のメンバーがどう思っているかは知らないが、少なくとも自分は──まだ、このメンバーでいることにしっくりと来ない。正直、ジェームズとシリウスの二人だけでいいんじゃないか、自分は必要ないんじゃないかと思ってしまう。

 ただ目立たず、ひっそり平凡に、学校生活を送るつもりだったのに。

 手の甲にうっすら残る傷跡。見慣れた自傷の痕を見るたび、感情が渦を巻く。

 ──気付かれては、いけないのだ。
 気付かれては────

「ほらリーマス! ピーターだって『彼』の存在を知ってたぞ!」

 ジェームズの声に我に返った。咄嗟にセーターを引き伸ばし手の甲を隠す。

「……というか、誰なの? その、幣原くん」
「リーマスも見かけたことはあるんじゃないかな。レイブンクローとは『闇の魔術に対する防衛術』で同じクラスだしさ。覚えがないかい? いつも気配を消して教室の隅にいるくせに、授業は誰よりも真剣な顔で聞いているんだ。先生の言うこと一字一句漏らすものかと言わんばかりの鬼気迫る眼差しでね。背が低くて綺麗な黒髪で、髪の毛ここで一つに結んでいる奴」

 ジェームズは自身の頭の後ろに握り拳を当て、場所を示してみせた。あぁ、とそこでようやく思い至る。

「そう。『呪文学の天才児』、幣原

 リーマスの思考を読んだように、ジェームズは静かにその名前を口にした。眼鏡の奥の瞳が煌めく。

「そのあだ名が示す通り、呪文学の成績はすこぶる優秀だそうだ。噂では、今度の学年末の試験、総合はともかく呪文学は彼がぶっちぎり・・・・・でトップだろう、とね」
「ぶっちぎりって……君やシリウスよりも?」

 すこぶる優秀なこの友人達は、机にかじりつく様子もないのに澄ました顔で悠々とトップに君臨し続けている。当然な顔で頂点に居座る、そんな彼らを脅かす存在がいるというのは上手く想像できなかった。

「どんな子なんだい、その幣原くんって?」

 興味を惹かれ尋ねる。しかしジェームズはオーバーに肩を竦めると両手を上げた。

「わからないんだ」
「わからない? どうしてさ」
「実は彼とは、今までほとんど喋ったことがないんだ」

 ますます不思議だ。

「珍しいね。ジェームズ・ポッターともあろう人が、どうして話しかけに行かないの?」

「……それは、その……」

 ジェームズは珍しく口ごもる。そんなジェームズに代わり、シリウスが口を挟んだ。

「他人と関わることを、その幣原クンとやらは避けてるらしいぞ。どうやら徹底的に」
「そ、そうなんだよ! 僕も話しかけたことがないわけじゃないんだ。だけど、すぐに逃げられてしまって……まともに話してる奴なんて、エバンズとレイブンクローの数人と……後、スリザリンの……誰だっけ?」

 気を取り直したジェームズが身を乗り出す。シリウスはどこか不機嫌そうに「スネイプだろ、あの陰気臭い奴」と零した。

「へぇ……どうして?」

 さぁ? とジェームズとシリウスは揃って首を傾げる。

「……前、いじめに遭ってたからだよ」

 三人は一斉に、声の主であるピーターを振り返った。ピーターは「ひぇっ」と小さな声を漏らしては、慌てて手近にあった毛布を引っ張り身を隠そうとする。

「おいピーター、いつまで君はっ、俺らにビビればっ、気が済むんだっ!」
「はわっ! や、やめ、シリウス……!」

 ピーターの態度に業を煮やしたシリウスは、ずんずんと大股でピーターへと歩み寄ると、被った毛布を掴み引っ張った。剥ぎ取られては敵わないと渾身の力で応戦するピーターに、シリウスも熱が入っていく。

 なんだかんだで戯れる二人を横目に、リーマスはジェームズを見て口を開いた。しかしジェームズの表情があまりにも真剣なものだったため、思わず言葉が迷子になる。

 口元に指を当て、眼鏡の奥の瞳を細く眇め、ジェームズ・ポッターは何かを考え込んでいるようだった。僅かに開いた口元から言葉が零れる。

「……いじめ……いじめか……なるほど、あれは、つまりそういうことだったのか……僕らだから避けられているわけじゃなかったんだ。じゃあ……」
「……ジェームズ?」
「でも、どうやって……何?」

 ジェームズは笑顔で顔を上げた。喉元まで出かかった言葉を飲み込み、代わりにリーマスは尋ねる。

「彼を悪戯仕掛人に引っ張り込む算段かい?」

 このグループは、元々ジェームズが始めたようなものだ。リーダージェームズが彼を引き入れたいと願うのならば、リーマス達はその判断に従うまで。

 しかし、ジェームズは首を振った。

「彼は、悪戯仕掛人に引き込むつもりはないよ」
「……どうして?」

 だってさ、と、ジェームズはいつものように、清々しい、本心からの笑顔だと誰もが思うような、明るい微笑みを浮かべてみせた。

「悪戯仕掛人は永遠に、僕ら四人だけのものだ。他の誰にも名乗らせやしない、世界最高のエンターテイナーなんだから」

 改めて、リーマスはジェームズを見る。思わず下を向くと、小さく笑った。

「世界最高とは、大きく出たもんだ」
「なぁに、僕らなら世界も取れる。シリウスだってそう思うだろ?」

 もはやピーターと遊んでいるのか虐めているのかわからない程ピーターをもみくちゃにしながら、シリウスは「おうよ相棒!」と調子良く言う。ピーターが悲鳴とも笑いともつかない声を上げた。

「……うん、そうだね、その通りだ」
「だろ?」

 ──ジェームズが、どうしてこの四人で悪戯仕掛人というグループを作ろうと思ったのか、その真意はよくわからないけれど。

 これから先の学生生活は、何より楽しく、ずっと思い出に残るようなかけがえのないものになるだろうと──この日、リーマス・ルーピンは確信した。


  ◇  ◆  ◇



 ハリーはノクターン横丁で見つかったらしい。
 ちょっと噛んだだけでわけのわからない場所に出てしまうなんて、煙突飛行というのは怖いものだ。

 グリンゴッツでハリーとウィーズリー家の皆と合流したぼくらは、今度こそ学用品の買い物のためにフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ足を向けた。別れるタイミングを見失ったアリスは、居心地悪そうに背を丸め、ぼくらより一、二歩遅れてついてくる。元々の目つきの悪さに加えてそんなヤンキーのような姿勢なものだから、ロンなんてびびっちゃってアリスから距離を置こうと早足で歩いてみたりして、先程出会ったハーマイオニーに「迷子にでもなるつもり!?」と怒られている。

 ぼくとハリーは、アリスを間に挟んでは、少しでも空気を明るくしようと軽口を叩いたり冗談を飛ばしたりしていた。こういう時何も言わなくとも、ハリーはぼくがしてほしいことをすぐに理解して合わせてくれる。双子で、家族であることが、心底ありがたく、頼もしく、そして嬉しい。

 ……それにぼく一人だったら、きっとアリスと上手く話せずにぎくしゃくしていたと思うから。

 会話が途切れた隙間に、ちらりとアリスを見上げた。父親に殴られた頬の傷はあまり目立たない。皮膚が薄い目元の部分が、微かに赤く腫れているくらいだ。時折眉を顰める仕草を見せるので、やっぱり少し痛むのだろう。

 確かに、先程のアリスの暴言は目に余るものがあった。でも親がそう簡単に、子供の顔を、拳で殴るものだろうか。ガキの喧嘩じゃないんだぞ。

 視線に気付いたか、アリスがぼくに目を向けた。しかしぼくが何も言い出さないのが分かると、眉を寄せて小さく舌打ちする。ぼくから目を逸らしては、足元の小石をぞんざいに蹴り飛ばした。

「…………」

 どこまで深入りして良いものか。
 どこまで踏み込んで良いものか。
 基準が、分からない。
 関わっていいものか、知らんふりを決め込むべきか。

 たかが友達、されど友達。向こうが困っていたり悩んでいたりしたら、ぼくはつい首を突っ込みたくなってしまう。

 ……でも所詮はただの友達だ。他人の問題に図々しく口を挟むのはお節介な気もする。アリスも、自分のテリトリーに勝手にずかずか上がり込まれるの、嫌いなタイプだし。

 ……難しいなぁ。

「……うわ、人、多……」

 ハリーの呟きに顔を上げる。フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の前には、何故か黒山の人だかりができていた。どうして本屋にこれだけの人が? と不思議に思うも、貼り出されているチラシに納得する。


『サイン会
  ギルデロイ・ロックハート
  自伝「私はマジックだ」
  本日午後12:30〜4:30』


「奥様方、お気をつけくださーい! 押さないで順番にお並びください!」

 バイトらしき若い魔法使いが、あちこちに散らばってお客さんの列を整えている。並んでいる人はほとんどが女性で、主婦のような人ばかりだ。よりにもよってサイン会の真っ只中に来てしまうとは。

「タイミング悪……」

「あらアキ、あなたまさか・・・、彼の凄さを知らないって言うんじゃないでしょうね? 素晴らしいわ、だって新しい教科書のほとんどが彼の本なのよ?」

 ハーマイオニーが嬉々として話すのに苦笑いをした。……あれが教科書? 娯楽エンタメ本としては面白かったものの、あの本のどこから学べと言うんだ?

 スネイプ教授が誕生日プレゼントとして贈ってきた『ロックハート詰め合わせ』は、確かに役に立ってくれた。あんなくだらない──もとい、使えないものが、今年度の闇の魔術に対する防衛術の教科書だなんて。今年度の先生は彼のファンなのだろうか?

 ハーマイオニーに引っ張られ、不本意ながらもサイン会の列に並んだ。脇に山積みにされていたロックハートの著書を一冊取り上げ、何の気なしに値段を見る。

 ……って、こいつ、こんなに高いのかよ!

 驚くと同時に、ウィーズリー家の家計が心配になってきた。ホグワーツに通う学生が五人ということは、掛かる学用品の費用も五倍ということ。決して裕福とは言い難いウィーズリー家に、育ち盛りの少年二人が転がり込んでいるこの状況下、やはり食費くらいは返すべきだろう。

 そう一人で頷いている間にも、列はどんどん前へと進んでいく。やがて、ロックハート本人の姿が見えるようになった。

 服のセンスは、悔しいけれど悪くはない。顔も、今のぼくのように斜に構えた態度でもってしても咄嗟に欠点が出てこない程度には整っている。

 ……まぁ確かに、ぼくにはロックハート個人を嫌う理由はないんだけど。娯楽エンタメ本を教科書と称し高い金を払わせる、新しい闇の魔術に対する防衛術の教師に対してイラついているだけだし。

「痛っ!」

 カメラマンに肘打ちされたロンが呻いた。じとっとした目でカメラマンを睨みつけるも、カメラマンはどこ吹く風といった体で「日刊預言者新聞の写真だから」と嘯き、ロックハートをあらゆるアングルから撮り続けている。

「それがどうしたってんだ」

 ロンが吐き捨てたが、カメラマンは無視だ。しかしロックハートの耳には届いたらしい。ん? と顔を上げたロックハートは、そのまま周囲に視線を遣り──やがてある一点で止まると、いきなり立ち上がって叫んだ。

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 あぁまたか、とぼくの兄貴は額に手を当て小さく呟いた。人垣がさっと割れ、あれよあれよとハリーは前に引っ張り出される。その様を苦笑いして見送った。

 ハリーの有名人っぷりは、今に始まったことではない。道を歩けば知らない人に感謝を捧げられ、店に入れば握手会が始まることだってざらにある。ヴォルデモートを倒したというのはそれだけ凄いことなんだろうが、ハリーは不本意そうだ。まぁそうだろう。全ては物心つく前の話だし、今まであれだけ伯父伯母に虐げられてきたというのにこうしていきなり持ち上げられて、実感なんてなくて当然だ。

「皆さん! なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここしばらく伏せていたことを発表するのに、これほど相応しい瞬間はまたとありますまい!」

 ハリーの肩に腕を回したロックハートは、完璧なスマイルで辺りを見回した。ハリーはポリジュース薬を一気に飲み干したような表情で、あらぬところに視線を彷徨わせている。

「ハリー君が、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に本日足を踏み入れた時、この若者は私の自伝を買うことだけを欲していたわけであります──それを今、喜んで彼にプレゼントいたします。無料で──」

 ロックハートの声に熱烈な拍手が沸き起こった。思わず肩を竦める。アリスに「ロックハートってどう思う?」と尋ねたものの、しかしさっきまでアリスが立っていたはずの場所には誰もいない。

 慌てて辺りを見回しアリスの姿を探した。出口へ一直線に向かうアリスの背中に、人混みをかき分け追い縋る。

「待っ……待ってよアリス! まだ何も買ってないじゃん!」
「あんな男の書いた本、中身だってスカスカに決まってんだろ」

 アリスは振り返りもしない。そのままずんずんと足を進めていく。……咄嗟に「そんなこたぁないよ」と反論できないのがつらいなぁ?

「で、でも! 一応・・は学校指定の教科書なんだから、ちゃんと揃えないとだし」
「……はぁ」

『一応』を強調しつつ、アリスの袖口を掴む。アリスは苦り切った表情で振り返ると、ちらりとロックハートを見「最悪……」と呟いた。

「そ、それにさ! 内容なんて読んでみないと分からないし! 書いた人は確かにあの人だろうけど……」

 ぼくの必死のフォローに、にべもなく「読んだことあるから」と返すアリス。……なら内容の酷さも重々承知ってわけね。尚更引き留めるのが難しくなってきたぞ。

「……あ」

 その時、アリスが小さな声を漏らした。視線はぼくの頭上に向けられている。ぼくも身体を捻って後ろを見上げた。

「……おや、奇遇だな、フィスナーの息子。お父上はどうした、いないのか?」
「……どうも、ルシウスさん」

 長い金髪に黒いローブ、高級感のある金のカフス。歳の頃は、ぼくらの父親くらいか少し上。纏うオーラは重く、どことなくスネイプ教授と通じるところがある。

「親父はいませんよ……ルシウスさんこそ、どうしてここに?」
「あぁ、ドラコの学用品を揃えにね。……しかし残念だ、君のお父上に伝えたいことがあったのだが」

 ドラコという単語にぴくりと反応した。ひょっとして……ドラコのお父さん、かな? そう思って見てみると、なるほど他に考えられないくらいにそっくりだ。

「……親父に用事なら、本人に直接伝えてください。貴方だってうちの事情は知っているでしょう?」
「何、人の噂で聞いたものの、実態も見ておきたいと思ってね。しかし君ら親子が不仲だというのは確かなようだ。昔が懐かしいよ、何処へ向かうにも父親っ子だった君が」
「……その話なら、やめてくれません?」

 アリスが硬い声で遮る。ドラコの父親──ルシウスさんは「失礼、君の機嫌を損ねるつもりはなかった」と慇懃に笑った。

「それでは、私はこれで。お父上によろしく頼むよ」

 アリスの瞳が静かに細められる。そのままアリスは身体の横で拳を強く握った。思わずどきりとするも、しかしアリスは小さく息を吐くと、手の力を緩め「さようなら」と淡々と返す。

 そんなアリスの様子をルシウスさんは面白そうに見下ろしていたが、やがてローブを翻し立ち去っていこうと──した直後、仰天した顔でぼくを二度見した。

 ずんずんと近付いてきたルシウスさんは、そのままぐわしっとぼくの肩を掴む。そのあまりに唐突な行動に、後退りどころか身じろぎひとつできなかった。

「……名を名乗りたまえ」
「えっと……アキ・ポッターです」
?」
「え?」

 どうしてルシウスさんはそんなにも真剣に、ぼくなんかの名を尋ねているのだろう。

 訳もわからず目を瞬かせていると、アリスが素早くルシウスさんの腕を掴んだ。僅かに空気を尖らせ、告げる。

「彼は俺の友人です。無礼な真似は控えて頂きたい」
「……失礼」

 ルシウスさんの手が、しぶしぶぼくの肩から離れていく。しかし粘つくような眼差しは、今も尚ずっとぼくに注がれ続けていた。

「ルシウスさん」とアリスが牽制するように放った声で、観念したようにぼくから目を逸らす。

「……幣原の血縁か何かか?」
「えぇと……多分、違うと……」
「まさか!」

 ……まさかと言われても、一応ぼくはハリーの双子の弟であって、ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズの間に生まれた子供であって、幣原とは血の繋がりはないのであって……多分、その、一応は。

 じゃあ一体、ぼくと幣原の間にはどんな繋がりがあるというのだろう?

 その時、遠くから「父上!」という呼び声が聞こえた。人混みをかき分けやってきたのはドラコだ。あぁ、やっぱり親子だね。ルシウスさんは我が子に強張った笑顔を向ける。

「父上、ここにいたんですか。探したんですよ。……あ、アキと……フィスナーもここにいたのか。君ら、ロックハートの本は買ったか? 早めに行かないと売り切れてしまう勢いだぞ。何せ、ホグワーツの全生徒がこの本を買いに来るんだからな……」

 ドラコの両手いっぱいの本を受け取ったルシウスさんは、丁寧に鞄の中に詰め込んだ。荷物がなくなって軽くなったと示すように、ドラコは肩を回している。

「……行くぞ、アキ
「あ……うん」

 アリスに促され、ようやっと視線をマルフォイ親子から外した。ルシウスさんと目を合わせないように注意しながらドラコに手を振り、アリスの隣に黙って並ぶ。

「……畜生め」

 アリスは小さな声で吐き捨てた。
 眉を寄せ苦しげに前を見つめるその姿は、なんだかとても痛々しくて。

 こっそりとアリスを盗み見たぼくは、そっと項垂れ自分の足元を見下ろす。
 アリスはその日、ずっと不機嫌そうな顔で黙り込んでいた。



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