破綻論理。

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　熱狂的な観戦の声が、びりびりと肌を刺す。わくわくするような高揚感に当てられながら、ぼくはリィフから借りた双眼鏡をそっと目に押し当てた。

「今アンディー……ルイス……ミーシャ……っと、レイブンクローに渡った……リズからジルへ、すかさずゴールを狙って……でもグリフィンドール（ウチ）のトーマスの方が上だな！」

　クィディッチに疎いぼくの隣で実況中継をしてくれているのは、グリフィンドールのシリウス・ブラック。本人たっての強い希望なのだそうだ。ありがたい。

　ちなみに隣にはピーターが、更に隣にはリーマスがいる。そう、ぼくは何故か今現在、グリフィンドールの応援席に座っているのである。

「お前、なんでレイブンクローなのにそこにいんだよ」みたいな視線が突き刺さる。ローブ脱いでくればよかったな。でもネクタイだってセーターだって寮のカラーが付いているのだ、どっちにしろ同じか。

　本日の試合は、グリフィンドール対レイブンクロー。両者一歩も譲らぬ攻防が続き、試合開始からそろそろ一時間が経とうとしているにもかかわらず、得点は序盤に入ったグリフィンドール二十点から凍りついたままだ。そろそろ選手達にも疲れが見えてきたようで、集中が切れ、単純なパスミスも増えてきた。

「ミーシャからオリオンに……っと、カットか！　そして────レイブンクローがシュートを決めた！」

　わっとレイブンクローから歓声が湧く。ぼくもあの大歓声の中に混ざりたい気分だ。

「あいつは誰だっけ？　確か……」
「リィフだよ、リィフ・フィスナー！　ぼくらと同じ二年の奴！」

　双眼鏡を当てた目を、ぐっと見開いて叫ぶ。鮮やかなボール捌きは、二年生の新入りとは到底思えない。しかも初スタメン、初ゴールだなんて。

「先輩が腹壊して急遽僕が出なきゃいけなくなったんだけど……うわぁ、僕も腹壊しそう」なんて直前に青い顔で呟いていた奴と同一人物だとは思えない。

「フィスナー？　あぁ、フィスナーか……なーんか、俺とはタイプの違うイケメンだよな……おい秋、君、あぁいうのがタイプなのか？」
「シリウス、そういう言動がセブルスにマークされるんだよ」
「そうかぁ？」
「そうだよ」

　シリウスとリーマスの声。一体何の話をしているのかよく分からないが、今はひとまず試合の方が重要だ。ぼくは動体視力があまり良くないものだから、シリウスのガイドがないといくら注意して見ていてもボールを見失ってしまう。双眼鏡は視野も狭いから、ボールを追うには不向きだし……。

　ほら、そうしている間にも早速見失ってしまった。

「おっと、試合はどうなったかな……なんだ、今はレイブンクローボールか。フラスコが持ってんな」

　……ちょっとだけ悲しくなるよ、そういう些細なところで差ぁ付けられるのって。

　悲しいかな、最終的には運動神経の差なのだろう。シリウスがスポーツをしている場面は見たことないけど、でも絶対下手じゃなさそう。間違いなく格好良さそう。なんだろう、イメージ？

「フラスコからジェミニに……と、そこにブラッジャーが飛んできた！　あわや間一髪躱して、ブラッジャーは……っ！」

　シリウスが、そして皆が、同時に息を呑む。

　ブラッジャーは捕らえようとしたビーターの腕を掻い潜り、すぐ近くにいたグリフィンドールの選手を箒から叩き落としたのだ。地面の砂地にドサッと落ちた選手に、試合は一時中断を宣告される。

「おいおい、あれってシーカーじゃねぇか？」
「みたい……だね」

　ざわざわと波紋が広がっていく。双眼鏡を下ろして、ぼくは辺りを見回した。誰もが不安げな表情で、これからの試合の行方を喋っている。

「シーカーだろ、いなくなったらまずいんじゃ……」
「十点差でグリフィンドールの勝ちになんのかな？」
「十点差じゃ勝った気なんてしねぇよ。せめて百点差ぁ付けてもらわねぇと」
「そうそう、お勉強ができない分、こういうとこで稼いどかねぇとな」

　男子生徒が二人、後ろで笑い声を上げた。その声にも拭いきれない不安が混じっている。

　審判の先生方が集まって何やら話し始めた。やがて先生がグリフィンドールチームに声を掛けると、チームは慌ただしく動き出す。

「何があったんだ？」
「さぁ……」

　シリウスとピーターが呟いたその時、選手控え室から一人の選手が歩み出た。真新しく大きめの深紅のユニフォームに新品の箒。緊張した面持ちで歩く『彼』に、ぼくらは慌てて顔を見合わせた。

「ジェームズ……！？」

　ざわめきが広がっていく。

「この場で二年生をシーカーとして出すなんて無謀すぎる」「勝負を投げたかグリフィンドール」「目先の一勝より経験を積ませることを選んだんだよ」「ふざけんな！　俺は今日の試合に、来週の打ち上げ代賭けてんだ！　勝ってもらわねぇとまずいんだよ！」と、誰もが諦めの声を上げていた。それだけシーカーというポジションは難しく、大変なのだろう。

「そりゃそうさ。何せ、あーんなちっこい球を探し回んなきゃなんねぇんだからな」

　シリウスは淡々と呟いた。

「……不安？」
「まさか！」

　双眼鏡を目から離し、シリウスは驚いたように声を上げる。ぼくはシリウスに笑いかけた。

「ぼくもだ」

　あいつならやってくれる、という期待感。
　あいつなら、どんなことでもやってのける感じがするのだ。

　……根拠は全くないんだけど。

　でも多分、あれだ。
　つまるところ、ぼくにとってジェームズ・ポッターという男は、ヒーローなんだろうな。


　


「グリフィンドール勢に混じって祝賀会に参加しようとするなんて、全く油断も隙もありゃしない！」

　夕方。ぼくの手を掴んだまま大股の早足で歩くのは、我が同室の友人、リィフ・フィスナーだった。既にユニフォームは脱いでいて、今は普通の制服姿だ。ぼくより二十センチ（目測）は背が高いリィフに早足で歩かれると、ぼくはもう小走りで後ろをついていくしかない。

「君はレイブンクローなんだよ？　せめてクィディッチに関してだけは、そこんとこ意識してもらいたいな。他はもうどうでもいいからさ」
「ごめんって、分かってるよ」

　リィフが言っているのは、この学校に存在する目に見えないルールのようなもののことだ。

　校則には書かれていないものの、長い間に培われた風習や慣例が該当する。生きるのに必死だった去年と比べて少し余裕ができた今、リィフはぼくにそういうものを教えようとしてくれていた。共同生活のルールとか、細かい上下関係とか。そう厳しくはないんだけど、それでも知っているのと知らないのとじゃ全然違う。

「秋がグリフィンドール生と仲が良いのは知ってるよ。でもさ……うん、まぁ……」
「わかったよ。ごめんね、リィフ。……でも勝ってくれないと、次もまたどっかに行っちゃうかもなー」

　リィフの肩がぴくんと跳ねた。ぼくはにやっと笑って言う。

「次は勝ってよ、リィフ。格好良かったよ」
「……どうも」

　リィフはこちらを振り返らない。ぼくは目を細め、彼の背中を眺める。

　ぼくよりも高い身長、大きな身体。

　ふとした瞬間に凄く大人びた顔をする同室の彼を、でもこの時、一番身近に感じた。

　　◇　　◆　　◇



（……マジ、やってらんないよ）

　一人心の中で毒づきながら、僕、ロン・ウィーズリーは『学校に対する特別功労賞』と刻印された大きなトロフィーからナメクジをこすり落とす作業を続けていた。

　なんでそんなことをしているのかって？　校則を破ったからよってハーマイオニーは言うけれど、それにしてもこの仕打ちは酷いんじゃないかと思う。しかも魔法は一切使っちゃダメなんだって、気が狂ってるとしか思えないな。

　しゃっくりが出て、慌ててトロフィーから離れた。ぴょんと二匹、小さなナメクジが僕の口から飛び出してくる。

　なんでナメクジが口から飛び出てくるかって？　そりゃ長い話になるな。

「やっと拭き終わったか、ボンクラめ。規則を破っただけでは飽き足らず、今度は崇高な学校の宝までも汚すとは」

　ナメクジは不可抗力だ、と説明しても埒が明かないため、僕は黙って『学校に対する特別功労賞』のトロフィーを奥に押しやり、違うものを手に取った。


『学校に対する特別功労賞』、何度も拭き過ぎて文字まで完全に暗記しちゃってるよ。でも、このトム・マールヴォロ・リドルって人、一体何をしたんだろう。別に興味はないけれど、書かれていないと少し気になる。

　新たに手に取った銀の盾は、今まで磨いていたものよりは少し小さかったものの、装飾が非常に細かくて僕はげんなりした。それでも気合を入れようと、腕をぐっと反らして伸び上がる。背中がゴキゴキッと音を立てて鳴った。

（魔法魔術大会……こんなのあるんだ。って……なぁんだ、二十年も昔の話か。学生の部、優勝……へぇ、四年生が優勝してるじゃん。上級生は出てなかったのかな？）

　銀の盾を磨きながら、刻まれた文字をなぞる。声に出さずに、呟いてみた。

（幣原、秋）

　誰だっけ。聞き覚えがある気がするんだけど、誰かが言ってたっけ？

　……ハリーかな。でも少し前までマグルの中で生活していたハリーが、二十年前の学生の名前なんて知ってるか？

（アキの名前と響きが一緒だ。……そうだ、確かに言っていた。それに、パパとママの世代の人達が話しているのを聞いたことがある気がする。……でも、結局この人って誰？　何者？　……よく分かんないなぁ）

「誰が休んでいいと言った！」

　怒鳴り声に、ハッと我に返った。返事はしない。半ば無視して手を動かすと、腐れフィルチは鼻を鳴らして物言いたげに僕の周りを歩き回る。大きく息を吐いて、僕は手元に集中した。


　


「笑顔がうざい」

　失恋したからって顔に出すようなぼくじゃない。いつも通りにこにこ穏やかに生活していたつもりなのに、アリスと来たら、この、アリスと来たら！！

「うざいってなんだよ！　ぼくの最高キュートで可愛らしい笑顔のどこがうざいって！？　クラス中にアンケート取ってやろうか！？『アキくんの笑顔は可愛いと思いますか？　Yes・No』ってよぉ！」
「お前、それで過半数取って嬉しいのか？」
「う、ううううるしいに決まってるだろ！」
「『嬉しい』と『うるさい』が混ざったぞ今」
「ちょっと噛んだんだよ！　うるさいな！」
「…………」
「黙られてもムカつく！」
「俺にどうしろと」

　そこそこの強さで額を弾かれ、思わずおでこを抑えてのたうち回る。あぁもう、と頭上で声が聞こえ、豪華な料理が乗っていた皿をぼくの周りからどかすような音がした。

　そう、今日はホグワーツ屈指のお祭り、ハロウィンなのだ。頭を上げれば至る所にお化けカボチャがふわふわと浮き、コウモリが優雅に飛び回っている。まぁ、今は痛みのあまり頭を上げられないけどね。

「お前、いい加減にしろよ？　辛気臭い顔されちゃ、こっちも迷惑だって言ってんの」

　不機嫌そうな面のまま、アリスはフォークをぼくに突きつける。何気に怖い。マジに刺されそう、さくっと。

「……辛気臭い顔なんてしてませんけど」
「馬鹿が。そんなんで誤魔化し切れてると思ってんならとんだお花畑だな。パーティーはもう終わりだ。これ以上、空気読んで無理に浮かれ騒ぐ必要もないだろ」
「……、……バレてた？」
「バーカ」

　トンと額をつつかれる。痛いですよアリスさん。

「そんなに分かりやすいかな、ぼく」
「安心しろ、お前は相当に面倒臭い」
「分かりやすいか否かを訊いたんだけど？　何を安心しろって？　何も安心できないよ？」

　嘘も取り繕いも、相当に得意な自信はある。周囲にそうと気付かれないような振る舞いも。そうしないと、ぼくはダーズリー家で生きてはいけなかっただろう。

　アリスにバレるのは誤算だけど……まぁアリスって、野生の勘で生きてるようなとこあるからね。謎に無駄に鋭いのだ。そう思った瞬間頬をつねられた。何故分かるのだ、解せぬ。

「何考えてんだ。聞くだけ聞いてやるからとっとと自白しろ」

　皿に残っていたリンゴを一切れ摘みながら、アリスはぼくを見ずに尋ねる。

　優しい奴だ。捻くれてはいるものの。でも、そんなことをアリスに告げれば怒り出すのは明白なので、ぼくは言葉を呑み込んで、簡単に先日あった出来事を話す。

　ちなみに先日の一件、ドラコにはきちんと謝ってもらった。被害者であるハーマイオニーの眼前ではないものの、録音・録画の魔法道具でばっちり保存しているので、しばらく効果はあるだろう。次やったらこの映像をスリザリンの談話室で単独上映すると釘も刺してあることだし。その話をしたところ、アリスは「お前を敵には回したくねぇもんだな」と頬を引き攣らせていた。失礼だな。

　アリスにこういうことを打ち明けられるのは、そりゃ勿論アリスがアクアのこともぼくのこともよく知っているからというのもあるけれど、アリスがぼくの話を馬鹿にせずきちんと聞いてくれるからというのが一番大きい。茶化すべき時と真面目な時をはっきり使い分けている。変なお節介を焼くこともなく、ただただ見守ってくれているのが心底楽だ。

　ぼくの話が終わる頃には、大広間は人が去って閑散としていた。残っている数組は、余ったお菓子を食べたりお喋りに興じたりと自由に時間を潰している。

「ふーん……お嬢サマが、あいつを、ねぇ……」

　フォークを口に咥えたまま、アリスは一人唸った。

「意外……っつー程じゃないんだが……まぁ、意外なんかな……」
「……ドラコはアクアのこと、どう思ってるんだろう」

　ぼくの問いに対するアリスの答えはシンプルだった。

「ありえない。あいつはそう思ってるよ」

　アリスは前髪をぐしゃっと掻き毟ると、そのまま髪の毛を引っ張った。朝にセットした髪が崩れるぞと思ったものの、もう夜だから崩れちゃってもいいのかな。

「婚約なんてとっとと解消してくれ。親同士が決めた恋人なんて真っ平御免。ずっと昔からだ。俺もあいつも、耳にタコができるほど聞いている。……だからこそ、意外だな。そう何度も言われちゃ、好きになんてなんねぇもんだろうけど」

　ま、他人の恋愛事情なんざ俺の知ったことじゃねぇ。

　アリスの呟きに、ぼくは無意識に拳を握っていた。どこに向ければいいのか分からない拳、そこにぎゅっと力が入っていたことに、アリスに触れられて初めて気が付く。

「人の恋愛事情なんか気にすんな」
「……っ、え？」
「諦めろなんて、俺は言わないぞ」

　トトン、とアリスはぼくの拳を指で軽く叩くと、穏やかな目で笑った。

「……アリス……」
「ん？」
「大好きだーっ！」

　ぼくは勢いよく両手を広げ、アリスに飛び付こうとする。アリスはぎょっとした顔で飛び上がると、寸前でぼくの頭を押さえつけた。

「俺相手にンなことしてんじゃねぇ、気持ち悪い！　そーゆーことはお前の兄貴とでもやってこい！」
「ハリー……うん、そうだね、行ってくるよアリス！　ありがとう！」

　すっくと立ち上がり元気よく言ったぼくに、アリスは頭を押さえて大きくため息をついていた。力無く振られる手に力強く返す。くるっとアリスに背を向けると、大広間を後にした。

（アリスって、やっぱすげーいい奴！）

　廊下を小走りしながら、ぐっとぼくは拳を握る。

　最初のぼくの印象は間違っていなかった。

　上級生とケンカして、不良だとレッテルを貼られ、皆からも遠巻きにされていて、その上自分も他人を遠ざけて……そんな彼に興味を持ったのは、ひとえにそんな境遇が幣原秋に似ていると思ったからだった。

　事故で他人を傷つけてしまい、他人と関わることを酷く恐れるようになった幣原。その様子は見ているだけで痛々しくて、手が出せないことがもどかしくて、だからこそアリスを放っておけなかった。

（現に、幣原もアリスも、どっちもいい奴だし！）

　楽しい。そう思う。

　幣原もいい友達ができて、最近はとても夢見がいい。現実世界でもアリス・フィスナーという最高の友人が近くにいるし、ハリーも元気だし、皆が平和に暮らせている。

　アクアのことは……まぁ、今は勝ち目がないかもだけど？　これからどうなるかわからないんだし、まだまだ悲観することもない。ぼくはぼくなりにアクアと仲良くなるだけだ。

　諦めなかったらいつか想いは叶う……とは言い切れないけれど、諦めてしまったら絶対に叶いはしない。そしてアリスは、決してぼくに「諦めろ」なんて言いはしないのだ。

　ありがとう、アリス。君のおかげでぼくはまた前に進める。

　緩みそうになる頬を引き締めた。グリフィンドールに行く道は、レイブンクロー寮とは少々方角が違う。でも何度も通い慣れた道だから、既に足が憶えている。あと一時間ほどで消灯時間だけど、それでもハリーに会いたかった。

「……ん？」

　違和感に包まれ、思わず足を止めた。

　何やら廊下が騒がしい。確かにパーティーの終わりは皆テンションが高いから少々騒がしいものだけど、それでもこれは度が過ぎている。

　足を進めると、やがて人垣が見えてきた。その中にいた見知った人物に、ぼくは声を掛ける。

「レーン！　これは一体……何の騒ぎ？」

　同室の友人であるレーン・スミックは、振り返ってぼくを見ると、どこか気の毒げに少しだけ眉を寄せた。その表情に首を傾げる。

「フィルチの猫が、そこの壁に吊り下げられてた。というか、凍って（・・・）たんだ。ハリー……君のお兄さんが、それの第一発見者でね。その後ダンブルドアが来て、ロンやハーマイオニーも連れて、どこかへ行っちゃった。……見えるかい？　そこの壁だよ」

　レーンの指さした壁へと歩み寄った。

　ダンブルドアが来たということは、事態の収拾はついたと見ていいだろう。現場からも徐々に人が引いている。

　石壁に書かれた赤い文字を、ぼくは静かに読み上げた。


「──秘密の部屋は開かれたり
　　　　　　　　継承者の敵よ、気を付けよ──」

　指で文字に触れると、もう既に乾いていた。赤いのは血ではなく、ただのペンキのようだ。少し下がって文字全体を眺める。と、水溜りに足を突っ込んでしまい、ぼくは慌てて飛び退いた。

「アキー、僕らもう帰るけど……」
「あぁ、うん！　先に帰ってて！」

　レーンの声に言葉を返し、ぼくはその場に屈み込む。足元の水溜りはどうやらただの水のようだ。水の出所を辿ると、すぐ近くの女子トイレに行き着いた。故障しているのか、水道部分から水が吹き出している。

「秘密の部屋……継承者って、何の……？」

　考えてみるが、情報があまりにも足りないのは明白だ。諦めてぼくは踵を返した。

　明日、ハリーにいろいろ聞いてみよう。考えるのは情報を集めてからだ。

（しっかしよくもまぁ、面倒事に巻き込まれる兄ですよっと）

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