破綻論理。

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空の記憶

第13話 些細で大きな違和感First posted : 2013.05.27
Last update : 2022.09.13

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 夢を見た。悪戯仕掛人らとセブルス、それにリリー。皆で雪合戦をする夢だった。

 最初はごく普通の雪合戦だったものの、悪戯仕掛人がいる中で「普通」なんてありえない。最後は三メートル大の巨大な雪玉が飛んできたり、火を吹く巨人が雪玉を吹き飛ばしたりと、なんでもありなゲームになってしまっていた。

 でもまぁ楽しかったな……と、寝起きのぼんやりした頭で思う。

アキ、まだ寝てんのか?」

 その時、ぼくのベッドを覆うカーテンが外側から開かれた。顔を覗かせたのはアリスだ。大欠伸をしているぼくを見て「珍しいな、お前が俺より遅いなんて」とにやっと笑う。

「……あれ? 今……」

 慌てて時計を見ると、朝食時間の三十分前だった。普段より一時間以上の寝坊だ。急いで制服に着替え出したぼくに「そう急がなくてもいいぞー、今日は日曜だからな」と声を掛けながら、アリスはぼくの机に置いてあった本を勝手に手に取り、ベッドの端に腰掛けた。

「夜更かしでもしてたんか?」
「まぁね……早めに仕上げときたい分があってさ」

 喋りながらも手を動かす。シャツのボタンを留め、ズボンを履き、ベルトを締め、ネクタイを結び、靴下を履き、セーターを被り、ローブに袖を通す。クローゼットからコートを取り出したぼくを見て、アリスが呆れたように声を上げた。

「おい、暑くねーのかよ」
「アリスは感覚おかしいんだよ。雪積もった真冬なのに、シャツ一枚とか気が狂ってるとしか思えないね」
「……俺の気が狂ってるかどうかはともかくとして、だ。とりあえず今日は、俺に軍配が上がったな」

 え、と声を漏らしたぼくに対し、アリスは立ち上がるとカーテンを思いっきり開け放った。そのまますたすたと窓に歩みを進め、窓も全開に開け放つと親指で外を指差す。

「寝ぼけてんのか? 今はまだ十一月だよ」
「……え……あっ」

 かぁっと頬が赤く染まるのが分かる。言い返す言葉もなくて、でも慌ててコートを脱ぐのは癪なので、殊更ゆっくりと脱ぐと、クローゼットの奥深くへと仕舞い込んだ。きっと今年の冬は、寒さに凍えるまでこのコートは引っ張り出さないだろう。

 櫛で髪を梳かした後、いつものように簡単に結び、澄ました顔でぼくはアリスを追い抜いた。「ほら、行くよ」と肩を竦めれば、アリスは喉の奥で笑いながらも素直についてくる。面と向かって笑われるよりも、そっちのが断然恥ずかしい。

 苦虫を噛み潰したような顔で歩くぼくに、同寮の友人はぎょっとして道を開ける。

幣原の時間が、現実世界より早まってるんだ……でも、一体どうして?)

 今までは、そりゃ日付までとは言わないまでも大体同じペースで時が進んでいた。同じように歳を取り、同じように季節が巡っていた。

 その規律ルールが崩れている。

 急に早まったことに、何か意味はあるのだろうか。

 不意に浮かんだ不安感を照れで打ち消して、ぼくは食堂へと向かう足を速めた。





「こんにちは。顔色がいつも通り優れないようですが、スネイプ教授、お元気ですか?」

 満面の笑みで首を傾げたぼくに、教授は大きくため息をついた。

「何の用だ」
「まぁまぁ、そう急かさずに。ぼくと教授の仲じゃないですか」
「どんな仲だ!」
「えっと……昔あれやこれやいろんなことがあった今、お互いの誕生日プレゼントを贈り合う間柄……」

 贈り合うと言っても今は十一月だ。教授の誕生日は一月だから、まだぼくは教授にプレゼントを贈っていないのだけど。

 ……何がいいかな、今から選ぶのが楽しみだ。あえて教授らしさのカケラもないような、煌びやかな装飾品なんてものも面白いかもしれない。

 ぼくの軽口に、教授の眉間に深い皺がぎゅっと刻まれる。どうやら今日は、そうご機嫌ってわけではないらしい。コホンと咳払いをして、ぼくは表情を引き締めた。

「今日は一つ、教授に見ていただきたいものがありまして」

 そう言って羊皮紙の束を軽く持ち上げ、書かれた魔法式をチラ見せすると、教授は少し興味を惹かれたらしい。ぼくの手から羊皮紙を取り上げた教授は、扉を押さえて顎で部屋の奥をしゃくる。どうやら入室のお許しが出たようだ。

「それでは、失礼しまーす……」

 軽く頭を下げ、部屋に足を踏み入れる。

 一年の頃に見た部屋と、内装はそう変わっていない。壁一面の棚にぎっしりと詰まった本と魔法薬は、見ているだけで圧巻だ。スネイプ教授の私室へ繋がる扉は開いてはいるが、しかしこれは勝手に入っていいものだろうか。

「何をそこで突っ立っている。早く中へ入りたまえ」

 と、背後で声がした。同時に背中をぐいと押され、有無を言わさず私室に突っ込まれる。おっとっと、とバランスを取ったところで、扉が閉まる音が背後で聞こえた。

「座れ」

 命令形ですかそうですか。幣原の前ではあんなに可愛い良い子なのに、どうしてこうなってしまったやら。どれもこれも長い歳月のせいだろう。月日は人を変えるのだ。

 ともあれ大人しく腰を下ろした。コトン、と目の前にカップが置かれる。温かそうな湯気を上げている目の前の物体に、思わず「え」と声が零れた。

「なんだ」
「いや……だって、お茶……」
「客人をもてなすのは人としての基本だろう」

 ……えー、だってさぁ。
 ぼく前にこの部屋に入った時、もてなされてないんですけどー。

 でも文句を垂れるとせっかくのお茶も取り上げられそうだったので、ぼくはぐっと言葉を飲み込み「ありがとうございます」と礼を述べてカップに口をつけた。途端、今まで味わったことのないくらい芳醇な香りに包まれ、目を瞠る。

 教授、いい茶葉持ってんなぁ!

 このお茶目当てに通うかもしんない、ぼく。そのくらい美味しいぞ。お茶にはこだわり派なのかな、教授。あぁ、それは分かる気がする。

「さて……聞かせてもらおうか、アキ・ポッター。この魔法理論は、貴様が全部一から考えたのか?」

 バサッとぼくの前に先程の羊皮紙の束を置くと、教授は神妙な顔のまま指を組んだ。トントントン、と神経質そうに指先が三度動く。ぼくはカップを脇にやると羊皮紙を手に取り、目を落とした。

「元ネタはありますよ。マグル界でのインターネット、ご存知ですか?」
「……使ったことはないが、原理程度ならば聞き齧っている」
「じゃあ、電子メールもわかりますよね?」

 教授が頷くのを横目で見て、ぼくは説明を始める。

「発想の原点はそこです。離れた場所にいる二者が、同時に会話する方法はないか。現在マグル界に極々普通に存在している電話やメールと言った技術が、魔法界には全くと言っていいほど存在しない。だから……」
「だから……作ったと?」

 教授の声は、心なしか僅かに震えていた。不審に思い目を上げるも、続きを促され改めて羊皮紙に書いている魔法式と図面を見る。

「はい。本当は電話を真似たかったんですが、技術がなくて……メールを真似るくらいしかできませんでした。今日は魔法式が合っているか確認してもらいたくて来たんですけど……」
「あぁ……しかし、まさかこの歳で……ひょっとして……」
「……あの、教授?」

 ぼんやりと宙を見つめる教授に声を掛けると、ハッと教授は我に返った。誤魔化すようにお茶を一口飲み「魔法式の確認だったな。見せてみろ」と身を乗り出す。

 数箇所ちょっとしたスペルミスを修正された後、教授は「貴様もなかなかやるものだな」と何故か普段よりも生き生きとした目で(あの、普段死んだ魚の目みたいな光の灯らない目をしている教授が、だぞ!? ぼくはちょっとした恐怖を感じたね)頷いた。いつもと様子がだいぶ違う教授に戸惑いつつも、辺りを見回したぼくは、ふと棚に刺さっていた一冊の本に目を留めた。

「あ、教授。そこの『ホグワーツの歴史』、ちょっと借りて読んでもいいですか?」
「ん……別に構わんが。なんだ、貴様も『秘密の部屋』に興味のある口か」
「えぇ、まぁそれなりに」

 今や学校中を席巻する噂だ、詳しく知っておきたい気持ちは強い。それに山勘ではあるものの、いずれハリーが巻き込まれそうな気がするし。……もしかしたら既に巻き込まれている気もするし……。

 立ち上がった教授は『ホグワーツの歴史』を手に取ると、ぱらりと捲った。

「貸してやってもいいが、今まで何人もうちの寮生が聞きに来ているからな。簡単な概要程度ならば喋れんこともないぞ」
「え?」
「……っ、鈍いな。私が貴様に教えてやろうと言っているのだ。心して聞きたまえ」

 どうしたどうした。なんか今日の教授、いつもとキャラ違くね?

 しかしそう突っ込むのも憚られるため、ぼくは努めて真面目な顔をして「お願いします」と言ってみせた。教授は椅子に深々と腰掛けると、親指の腹で『ホグワーツの歴史』の背表紙を撫で、口火を切る。

「……秘密の部屋とは、ホグワーツ魔法魔術学校の四人の創設者の一人、サラザール・スリザリンが、ホグワーツを去る時に秘密裏に造ったとされる部屋のことだ。創設者については知っているな? 各寮にもその名が残っている通り、創設者達は各々の名を冠した寮を設け、好みの生徒を自身の寮に選び取った。

 しかしサラザール・スリザリンは、寮生だけでなくホグワーツで学ぶ生徒そのもの・・・・を、生粋の魔法族の家系のみに限ると考えていた。その思想が後、他の三者──特にゴドリック・グリフィンドールと決定的に決裂し、サラザール・スリザリンはホグワーツを去った。しかし彼は、自分の継承者がホグワーツに相応しくない生徒を追放できるよう、ホグワーツの何処かに『秘密の部屋』をこっそりと造り、そこにスリザリンの怪物を封じたのだ……と言われている」

 ぼくは黙って、教授の言葉の続きを待った。

「──しかし、それから千年が経った今も『秘密の部屋』は見つかっていない。『秘密の部屋』はあくまでも伝説いいつたえであり、真実ほんとうではない。『秘密の部屋』などは存在しない──それが、我々が出した結論だ。誰かが考えた空想話が自然と広まったものだと」
「じゃあ……先日の事件も、そんな空想話を真に受けた愉快犯の仕業だったと?」

 声を上げると、教授は「そうだろう」と頷く。

「でも、ミセス・ノリスは石になったんですよね? あんなの、一生徒ができるものじゃないですよ。ましてや愉快犯なんて、凝りすぎている。あんな真似ができるのは、教師か、もしくは相当な魔力の持ち主しか……」

 そこまで言って、ぼくは口を噤んだ。教授はただ静かにぼくを見つめている。

 あぁ、この目は。
 なるほどなるほど、そういうことですか。

「もしかして、ぼくのこと疑ってます?」
「自覚はあるようだな」
「正気じゃないな。やるメリットも動機もない」
「だが、やろうと思えばできる」

 カップを手に、教授は立ち上がった。お代わりの紅茶を注ぐ後ろ姿を、眉を顰めてじっと見遣る。

「言っておくが、そんな馬鹿げた噂話は私が寮生から耳にしたものだ。私由来のものではない」
「……えぇぇ? どうしてそんな謎の噂が広まってるんです? ぼく、何かしましたっけ?」
「貴様の兄ハリー・ポッターは、あの事件の第一発見者だからな。猫を失ったフィルチが我を忘れてポッターが犯人だと喚き散らすのを聞いた生徒だって多い。そして、猫を石にすることくらい簡単だと思わせるほどに、魔力も能力も兼ね備えた人物が、ポッターのすぐ近くに一人いる……短絡的な人間であれば、繋げてしまうのももっともだとは思わないかね?」
「……まぁ、その論理展開は分からなくもないですが」

 いや、やっぱり分からないな。そもそもぼくもハリーもスリザリン生じゃないんだけど?

「──……秘密の部屋は開かれたり……継承者の敵よ、気を付けよ……──」

 口元を覆って考え込むも、どうにもピンと来ない。

 しかし何にせよ、サラザール・スリザリンの思想を受け継いだ犯行であれば、いずれ矛先はマグル生まれの生徒に向かうはずだ。ダンブルドアもそう考え、手を打っていることだろう。

 それにしても、わざわざ現場に赤い文字を残していく意味が分からない。ホグワーツの警備が強化されるのは必至だし、そうなれば犯行に及びにくくなるのは目に見えている。犯人の意図が掴めない。

「……まぁ、でも」

 ぼくの前から空になったカップを取り上げた教授は、よかったよ、とぽつりと呟いた。

「……え?」
「やってないだろう?」

 そう言ってぼくを見る教授は、何と言ったら良いのだろう、凄く──穏やかな表情をしていた。

 そう──例えるなら、幣原を見つめているような。

 心許せる友人と相対しているかのような暖かな視線に、自然、目が奪われる。

「……今日はもう遅い、帰りたまえ。完成したら、実物を持ってくるように」
「は……あ、あの!」

 ガタンと椅子を蹴り、ぼくは立ち上がった。ぼくに背を向けた教授は、顔だけで振り返る。

「……あの。用がなくても、また暇な時とかに来ても、いいですか?」

 教授はしばらく黙ってぼくを見ていたが、やがて顔を戻すと「次もまた、もてなすとは限らんぞ」と呟いた。

 教授の背に、ぼくはにっこりと笑いかける。

「ありがとうございます」

 歓喜に騒ぐ胸の内を悟られないうちに、ぼくはスネイプ教授の部屋から立ち去った。



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