破綻論理。

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空の記憶

第14話 @女子トイレFirst posted : 2013.06.09
Last update : 2022.09.13

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 今日は朝から、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとしたお天気だった。ぼくはマフラーの両端をぎゅっと握ったまま空を見上げる。

 一月も半ばに入った今、雨が降るとしたらそれは雪かみぞれに変わるだろう。そんな中クィディッチの試合が行われたら、選手達は体力が奪われて大変そうだ。

 特に今回は、ぼくの数少ない友人の一人であるジェームズ・ポッターが、弱冠二年生ながらもスタメンとして出場しているのだ。心配するのも当然というもの。

 しかしぼくの心配は、違った方向で裏切られることになる。

 試合が始まる前から、クィディッチ競技場はなんだか不穏な空気で満ちていた。前回のグリフィンドール対レイブンクロー戦とは全く違う雰囲気だ。選手入場の際に湧き上がった野次の凄まじさに、ぼくの感覚は正しかったことを知る。

「ねぇ、一体今日はどうしたの?」

 隣に座っているリィフに尋ねると(今回はちゃんとレイブンクローの観客席に座っているぼくである)、リィフはため息をつきながら形だけの笑みを浮かべた。

「そっか、はあんまり馴染みがないんだっけ」
「何にだい?」
「グリフィンドールと、スリザリンの確執に」

 そう言って、リィフはグリフィンドールとスリザリンの観客席に視線を遣った。どちらの寮生も大声を上げており、何を言っているのかぼくにはさっぱり分からない。そのせいで、普段は聞き取りやすいリィフの英語でさえも、くぐもって聞こえた。

「確執……」
「もうずっと昔から、この二つの寮は仲が悪くてね。創設者の頃からだと言われているし、こりゃもう因縁だ。グリフィンドールの生徒はスリザリンを嫌っているし、スリザリンの生徒はグリフィンドールを憎んでいる。これは変わらない、ホグワーツの慣習みたいなものだ」
「…………」
もそのうち慣れるよ。このくらい、いつものことだ」

 リィフの笑顔に、ぼくは応えることができなかった。

 試合が始まると、野次はますます激しくなり、解説の声すらまともに聞き取れない程になった。英語を学びたてのぼくにとって、拡声呪文で鳴り響く解説を聞き取るのはこの状況でなくても難しい。解説を聞くのは諦めて、ぼくは試合中のジェームズを探すことにした。

 幸いにも、程なくしてジェームズは見つかった。試合の中心から離れた上空でふわふわと飛び回っている。しかしジェームズの顔面すれすれをブラッジャーが飛んで行ったのに、思わず血の気が引いた。

 間一髪で避け、すぐさま箒の方向を変えたジェームズだったが、ブラッジャーはそんなジェームズを執拗に追いかけ回している。ブラッジャーがこんなに一人の選手を追うことはないのにと不思議に思ったが、よくよく目を凝らせばなんてことはない、スリザリンのビーターがジェームズ目掛けて間髪入れずにブラッジャーを打ち込んでいるのだ。

「うっわ、えげつな……二年の新米だからって、ここまで集中攻撃かよ……」

 隣でリィフが毒づいた。

 ジェームズがギリギリで避けるたび、グリフィンドールの野次も高まっていく。ジェームズはブラッジャーを避けるのに精一杯で、スニッチを探すことすらままならない。グリフィンドールの選手が順調に得点を重ねているが、しかしそれは、ジェームズ一人に二人のビーターがぴったりくっついているせいで、チェイサーのゴールを誰も邪魔していないからだろう。

 しかし、ジェームズがスニッチを掴まない限り、グリフィンドールの勝利は来ない。

 ……これは確かに、えげつないぞ。

「他の寮相手じゃ、スリザリンもこんな挑発的なことは仕掛けないんだけど……相手が悪かったね」

 グリフィンドールのシーカー、君の友達だろう? とリィフは淡々と口にした。

「これが、トラウマになんなきゃいいけど。てか、怪我しないといいけどね」

 リィフには、そして競技場に集まったほとんどの観客には、既に勝敗が見えていたのだろう。

 その通り、一三〇対一七〇でスリザリンの勝利が決まった。
 試合時間、二時間四十五分。

 ジェームズは、試合が始まって二時間で他の選手と交代し、フィールドを去った。

 



 クィディッチの試合が終わった後も、なんとなく寮に居つくのが嫌で、かといって図書館などに行く気にもなれず、ぼくは一人廊下をとぼとぼと歩いていた。

 ホグワーツの大きな窓からは、夕日が明るく輝いている。眩しくて思わず顔を背けた。

 グリフィンドールとスリザリン。寮同士の対立は聞いてはいたけれど、ここまではっきりと見て取れるものなのか。

 こんな伝統は、どうして存在しているのだろう。

 皆仲良くなんて、そんなのは綺麗事だ。子供のぼくにだってそれくらいは分かる。

 嫌いならば関わらなきゃいい──じゃあどうしてこんなにも、胸の中がもやもやするのだろう?

「……?」

 声に振り返った。小さく息を呑む。

「……セブルス……」
「久しぶりだな」

 いつも通りの仏頂面に、手には分厚い専門書。一番上まで神経質に留められた制服のボタン。クィディッチの試合を見に行くこともなく、今日も図書館で本を読み耽っていたことがありありと分かる。普段青白い顔は、夕日に当たってか少し血色が良く、穏やかそうに見えた。

 ──瞬間、分かった。
 ぼくが、何を気にしていたのか。

 思いついたのと、言葉に出したのは、ほぼ同時だった。

「セブルスは」

 口に出してしまったら、もう止まらない。戻れない。引き返せない。
 人に向けた言葉は、取り消せない。

「ずっとずっと、リリーやジェームズ達と、ぼくと、一緒にいてくれるよね?」

 それは、確認のような、懇願の言葉だった。

 セブルスの表情が、僅かばかり驚いたように変わる。

「急に、一体どうしたんだ?」

 その一拍の間ですらも、神経が捩れるくらいにじれったい。
 早く、そうだよと言って。ずっと一緒なんだと、そう誓って。
 自分は寮同士の対立なんて興味ないと、そう言い切って。

「君とぼくとリリーは、いつまでも友達でいられるよね?」

 ぼくはどれだけ切羽詰まった表情をしていたのだろう。確認する術はないけれど、セブルスの返事と声色から、なんとなくそれは読み取れた。

「あぁ、約束する」

 その言葉に肩の力が抜けた。ほっと安心して微笑んだぼくに、セブルスも小さく笑みを浮かべる。

「僕とリリーが、君を置いてどこかに行くわけがないだろう? 少しは信頼してもらいたいものだな」

 セブルスの、ぼくが抱いていた不安とは少しばかり論点の違う話をあえて訂正せずに、ぼくはただ、嬉しくて笑っていた。


  ◇  ◆  ◇



 レイブンクローとグリフィンドールの唯一の合同授業である闇の魔術に対する防衛術は、初回のピクシー妖精以来、物凄くくだらない授業へと姿を変えていた。だってロックハートったら、自分の本の中から素晴らしい(と本人が思っている)場面を抜き出し、自ら演じてみせるだけなんだもの。

 白けたその授業に興味を示す人物は、ハーマイオニーやその他幾人かのロックハートが格好いいと思っている乙女達を除いてほとんどいない。アリスなんて大概寝てるか、他の授業のレポートしてるかだ。ぼくも皆も大体そのようなものだ。

 しかし、今はそのどちらでもない。ぼくは組んだ拳の上に顎を乗せ、壇上で行われている授業を静かに見物していた。

 理由は簡単。

「ハリー。大きく吼えて──そう、そう──そしてですね、信じられないかもしれないが──」

 ロックハートの茶番に、我が敬愛すべき兄貴、ハリー・ポッターが付き合わされているからである。

 ロックハートはハリーがお気に入りらしく、茶番にしょっちゅうハリーを誘ってくる。普段のハリーならば人の目も気にせず真っ黒の笑顔を振り撒きばっさり断るのが常なのだが、今回は何故かノリノリだった。いや、ノリノリとまではいかないか。イヤイヤとノリノリが七対三くらいだ。

「ねぇロン、ぼくの兄貴は一体どうしたっていうの?」

 前に座るロンに尋ねると、ロンは曖昧に首を傾げた後、指示を求めるようにハーマイオニーに視線を遣った。ハーマイオニーは肩を竦め、今度教えるわとばかりに目配せをする。なんだか仲間外れのようでちょっとだけ寂しいな。ぼくとは寮が違うから?

 チャイムが鳴り、一斉に皆が目を覚ました。騒がしくなった教室内にロックハートの声が響く。

「──宿題。ワガワガの狼男が私に敗北したことについての詩を書くこと! 一番よく書けた生徒にはサイン入りの『私はマジックだ』を進呈!」

 きっとその本はハーマイオニーに行くのだろう。サイン入りだなんて、売ったら結構なお金になりそうなものだ。本をもらおうと頑張る気力はないが。

 ちらりと隣のアリスを見ると、まだ眠たそうに前をぼーっと見つめていた。普段より険のない眼差しで、本日最後の授業ということもあり、朝に整えられた髪はだいぶ大人しくなっている。その横顔を見ていると、面影がふとリィフに重なった。思わず瞬きをする。

 どうして今まで気付かなかったのだろう?

 性格の違いか、纏う雰囲気の違いか。金髪にミドリの瞳なんて、英国にはありふれていたからか。

 ──こんなに似ていることに、今まで気付かなかったなんて。

 唐突に言葉が口をついて出た。

「そういえば、アリス。リィフ・フィスナーって、君の親戚にいたりする?」
「いない」

 驚くほどの早さで返事が来た。う、と思わずぼくは黙り込む。アリスは眠気が一気に吹き飛んだかのような目つきで立ち上がると、乱暴に椅子を蹴り、すたすたと一人歩いて行った。

「何だ、あいつ……」

 訝しげに眉を寄せる。その時ハリーが席へと戻ってきた。アリスが消えた扉を眺めては「一体どうかしたのかい?」と首を傾げる。

「ケンカでもした?」
「何でもないよ、多分」
「そう? ならいいんだけど」

 思いの他あっさりとそう告げたハリーは、ふと悪戯っぽい顔を見せた。声を潜めて「ついてきてよ、何もしないでいいからさ」と言うと、ぼくの手を取り歩き出す。向かった先は何故かロックハートのいる教壇で、しかも不思議なことにロンとハーマイオニーもついてきた。

 ハリーの目配せに、ハーマイオニーがロックハートの前へと進み出る。ハーマイオニーは珍しく歯切れの悪い口調で「あの──ロックハート先生?」と尋ねた。

「私、あの──図書館からこの本を借りたいんです。参考に読むだけです」

 シャイニングスマイルと共に振り返ったロックハートに、ハーマイオニーの顔が色を塗ったように赤くなる。恋する女の子は可愛いなぁ、相手がロックハートなのが残念だよ。

「問題は、これが『禁書』の棚にあって、それで、どなたか先生にサインをいただかないといけないんです……先生の『グールお化けとのクールな散策』に出てくる、ゆっくり効く毒薬を理解するのに、きっと役に立つと思います……」
「あぁ、『グールお化けとのクールな散策』ね! 私の一番のお気に入りの本と言えるかもしれない。面白かった?」
「はい、先生。本当に素晴らしいわ。先生が最後のグールを茶漉しで引っ掛けるやり方なんて……」

 素晴らしいのか。ぼくはあそこ、声を出して笑ったけどな。

「そうね、学年の最優秀生をちょっと応援してあげても、誰も文句は言わないでしょう」

 ロックハートはにこやかに微笑むと、机の引き出しから凄く大きい、利便性よりも見た目を重視しましたと全身全霊で主張しているような孔雀の羽根ペンを取り出した。そしてロンの顔を見て(どうやら呆れた顔をしていたようだ)「どうです、素敵でしょう?」と笑いかける。ロンは曖昧に笑みを返した。

「これは、いつもは本のサイン用なんですがね」

 枠からはみ出るほどの大きな丸文字で、ロックハートはハーマイオニーが差し出す紙にさらさらとサインをする。続いてハリーに目を遣ると(ハリーがぎくっとたじろいだ)「で、ハリー」と、本当かどうかもよくわからない自慢話を始めた。ぼくはロンとハーマイオニーと頷き合って先にその場を離れると、廊下に出てハリーを待つことにする。

「ねぇ、禁書の棚の本を借りたいだなんて、一体どうしたの?」
「ちょっといろいろあるのよ。落ち着いた場所で話すわ」

 ハーマイオニーは首を振る。その時ハリーが教室から飛び出してきた。四人で歩きながらハリーが呟く。

「信じられないよ。僕達が何の本を借りるのか、見もしなかったよ」
「そりゃ、あいつ、能無しだもの。どうでもいいけど。僕達は欲しいものを手に入れたんだし」
「能無しなんかじゃないわ」

 ハーマイオニーの反論に、ロンは「君が学年で最優秀の生徒だって、あいつがそう言ったからね……」と皮肉げに笑った。

 ハーマイオニーが無事に司書のピンス先生の審査を通り抜け、大きな古びた本を両手に抱えてきた後、ぼくらはまた廊下を歩いていた。三人とも気が急いているのか、無意識に普段より歩くスピードが速い。口数がぐっと少なくなった三人に、ぼくも黙ってついていく。

 辿り着いた先は三階の女子トイレだった。先日ミセス・ノリスが凍っていた現場のすぐ近くのトイレだ。ハーマイオニーが躊躇いもなく入り(そりゃそうだ、だって女の子だもの)、ぼくら男三人は立ち止まる。するとハーマイオニーに「何してるの、入ってきなさいよ」と一喝された。

「いや、入ってきなさいって……」

 たじろぎながらも表札を確認する。確かに女子トイレだ。

 ハリーが諦めたような表情で「アキ、ここはもう誰も使ってないから、気にせず入っていいんだよ。……ってハーマイオニーが言ってた」とぼくを促し、自らも女子トイレに足を踏み入れた。ロンはしばらく文句を垂れていたものの、ハーマイオニーに論理的にまくしたてられ一瞬で敗北していた。意を決して、ぼくも女子トイレに足を踏み入れる。

 ……なんか、物凄く、なんてーか……精神に掛かる負担が大きい行為だ、これ。

「さて、アキ。こんなところまで連れて来てしまって悪かったわね」
「まさかぼくの生涯で女子トイレに入る羽目になるとは、露ほども思ってなかったよ」
「ごめんなさい、あなたなら女子トイレを勧められたことくらいあるんじゃないかなと思っていたの」
「それとこれとは話が別じゃないかなぁ!?」

 あるけどさ! 男子トイレに入るとごく稀にギョッとした顔で「間違ってませんか」とそっと言われることは年イチくらいであるけどさ!

 ぼくの渾身の叫びをあっさりと聞き流して、ハーマイオニーは「あなたの意見も聞きたいの」とはきはきと言った。

「説明するわ。私達が今、一体何をしているのか」

 ハーマイオニーはそう言って、まるで台本でもあるかのように淀みなくぼくに語ってくれた。

 ミセス・ノリスのあの事件のこと、サラザール・スリザリンが造ったという『秘密の部屋』について、そしてスリザリンの継承者について────

「私達は今、スリザリンの継承者はドラコ・マルフォイじゃないかと考えているわ。いえ、疑っているのよ」
「…………、……」

 何かを言おうとしたものの、しかし言葉は出てこなかった。

 マグル生まれの子供を排除し、純粋な魔法族の子供のみに教育を施したいと願っていた──それがサラザール・スリザリンの思想だと言うのなら、その継承者もまた、同じ思想の持ち主だろう。そして確かにドラコはこの上なく、そんな人物像と合致するようにも思えた。

「でも、ハーマイオニーは分かっているだろうけど、論理が飛躍してるよね。ぼくらのよく知る人物の中から、条件に当てはまる奴をピックアップしたに過ぎないよ」
「だけどアキ、あいつ以上に当てはまる奴もそうそういないんだって」

 と、ロン。

「今は魔法界でも混血が進んでるし、それに一世代前の『名前を呼んではいけないあの人』の台頭時に恭順を示して闇祓いに捕縛されたりしたから、本当に正真正銘混じりけなしの純粋な魔法族の家系ってのは限りなく少なくなってるんだ。僕が知っている中でも、僕んとこのウィーズリー家に、マルフォイ家、ベンジャミン家にベルフェゴール家、後もう一つが……あぁ、あそこは混じった・・・・んだっけ。とまぁ、代表的なのはその四家しかない。その中でも最も闇の魔術に傾倒してるのがマルフォイ家だと言われてるんだ。あの家系は全員がスリザリン出身で、いつもそれを自慢してるしね。あいつならスリザリンの末裔だっておかしくないよ」

「勿論、可能性の話だけどね」と、ハーマイオニーが引き継いだ。

「だから、私達は確かめようと思ったの」

 そう言って、ハーマイオニーは借りてきたばかりの分厚い本をバラバラと捲った。さすが禁書、ぞっとするような挿絵が至るところにある。こういうのスネイプ教授は好きだろうな、と失礼にも何となく想像してしまった。

「あったわ。ポリジュース薬」
「ポリジュース薬!? 君ら、まさか……」

 驚いて叫ぶ。「流石はアキね、あなたなら知ってると思ってた」とハーマイオニーはにっこり笑った。

 ポリジュース薬は、少なくとも学生がおいそれと手を出してはいけないほど危険な劇薬だ。材料を集めるのも大変だし、またその手順も複雑怪奇。その代わりきちんと調合さえすれば、一定時間他人の姿に変身することができる。闇祓いの入学試験でも出された程の、超高難易度な魔法薬だ。

「そう、そのまさかよ」

 ハーマイオニーはそんなことを、真面目な顔で言ってのける。いやしかし、これは流石にハーマイオニーでも難しい──でも真剣な瞳で文字を追うハーマイオニーを見ていると、もしかして彼女なら……といった感情が湧いてくるのは不思議なものだ。

「こんなに複雑な魔法薬は初めてお目に掛かるわ……クサカゲロウ、ヒル、満月草にニワヤナギ……」

 ハリーとロンはハーマイオニーに全てを丸投げするつもりらしく、ハーマイオニーの呟きにうんうんとただ頷くだけだ。しかしその二人も、流石に「変身したい相手の一部」は聞き捨てならなかったらしい。

「なんだって、どういう意味? 変身したい相手の一部って、僕、クラッブの足の爪なんか入ってたら絶対飲まないからね」
「でも、それはまだ心配する必要ないわ。最後に入れればいいんだから……」

 ハーマイオニーはロンを無視して本を読み進める。いっそ清々しい。

「ハーマイオニー、どんなにいろいろ盗まなきゃならないか分かってる? 毒ツルヘビの皮の千切りなんて、生徒用の棚には絶対にあるはずないし、どうするの? スネイプの個人用の保管倉庫に盗みに入るの? 上手くいかないような気がする……」

 ハリーの弱気な発言を遮るように、ハーマイオニーはぴしゃりと本を閉じた。男共は皆黙り込む。

「怖気付いて、やめるって言うなら結構よ」

 女子トイレに、ハーマイオニーの声が朗々と響いた。

「私は規則を破りたくはない。分かってるでしょう。だけどマグル生まれの者を脅迫するなんて、ややこしい魔法薬を密造することよりずーっと悪いことだと思うの。でも、二人ともマルフォイがやってるのかどうか知りたくないって言うんなら、これからまっすぐマダム・ピンスのところへ行ってこの本をお返ししてくるわ」
「僕達に規則を破れって、君が説教する日が来ようとは思わなかったぜ」

 ロンが小さな声でぼやく。ハーマイオニーはぼくに向き直ると、キラキラした目で身を乗り出した。

「この作戦のためには、アキ、あなたの力が必要なのよ。こんな複雑な魔法薬、私一人でなんて到底無理で無謀だわ。いえ、やってできないことはないんでしょうけど、凄く時間と手間が掛かるんでしょうね。……あなたに直接これを飲ませるつもりもない。あなたがドラコ・マルフォイやスリザリンの何人かとも仲がいいことは知ってるもの。その友情を壊すようなこと、できないわ。ただ手伝ってほしいの。最後、誰かに確認してもらえるだけでどれだけ助かるか、あなたになら分かるでしょう? この魔法薬について、私と同じ目線で話ができるのはあなただけ。そして、マグル生まれの子が脅迫される事件を一緒に解決してほしいと思ってる」

 ハーマイオニーが差し出した手を、ぼくは少し考えて握り返した。

「……そうだね。ドラコから聞き出したいって言うのなら、きっとアクアも近くにいるはずだ。あの子の前で演技なんて、できる気がしないしね」
「ありがとう、アキ!」

 ハーマイオニーがほっとした顔で笑う。ぼくも「君達マグル生まれの子が一人でも助けられるのなら」と言って微笑んだ。

 ハーマイオニーもマグル生まれだ。先日面と向かって『穢れた血』などと侮辱してきた奴がスリザリンの後継者かもしれないなんて、不安に駆られて当然だろう。気丈に振る舞ってはいるものの、事情は何となく読める。

 ハーマイオニーははっとしたように小さく息を呑んだ。それに気付かぬふりをして、ぼくはハリーに向き直る。

「そうだハリー、君に渡したいものがあるんだ」
「何だい?」

 ハリーはきょとんと首を傾げた。

 ぼくはカバンの中から三十センチ四方くらいの羊皮紙を取り出すと、端をハリーに掴んでもらうように言う。ぼくも反対側の端を右手で摘むと、左手で杖を取り出した。組むのは先日スネイプ教授に見てもらった魔法式を陣に直したものだ。

 コツンと杖で羊皮紙に触れると、途端カァッと明るい光が小さな個室中に飛び散った。眩しさに思わず顔を逸らす。光が弱まった頃に薄目を開けて確認すれば、羊皮紙の上にはラテン語の文字が浮かび上がっていた。

「ねぇアキ、今のは何?」
「ふふ、まぁ見てなよ」

 やがて、浮かび上がった文字も消える。それを見届けた後、ぼくは羊皮紙を真っ二つに切り裂き、片方をハリーに持たせた。羽根ペンを取り出すと、自分側の羊皮紙に『ハリー・ポッター』と書き込んでみせる。

「えっ?」

 ハリーの驚く声に、思わずほくそ笑んだ。

「ちゃんと送られた?」

 ハリーが手元の羊皮紙を表にしてみせた。そこには確かにぼくの字で『ハリー・ポッター』と書かれている。

「いきなり浮かび上がったんだよ。……あ、もしかして。これが、君が夏休み中で作ってた発明品?」
「正確にはもっと前からなんだけどね。ま、無事に送られたのなら何よりだ」

 持っていて、とぼくはハリーに笑いかけた。

「これがあれば、お互いすぐに連絡を取り合えるでしょ? ぼくに何か伝えたいことがあったら、君もその羊皮紙に書いてみてよ。……あぁ、そうだ。ちなみにハリーが手に取らないと、その文章は見えないからね。一見ただの羊皮紙だから、間違えて捨ててしまわないように」
「へぇぇ……わかったよ。大切にする。ありがとね、アキ

 ハリーは無邪気な笑顔をぼくに向けた。その笑顔はとても暖かくて、穏やかで、ぼくに対する信頼に満ちていて────

 この笑顔を守りたい、それだけだった。

 クィレルの賢者の石事件があってからというもの、ぼくはこの発明品作成に熱中した。まだ二年のぼくには専門的な知識もないため、思ったより時間が掛かってしまったけれど……とりあえず、今の不穏な校内、ハリーが巻き込まれる前に渡せてよかったと思う。

 ──ぼくが、ハリーを守る。

 この紙切れ一枚で、ハリーを巡る運命が変わるかはわからないけれど……それでも、ぼくにできることを。

 ハリーは大切な、ぼくの家族だ。

 そんな決意を胸に秘めて、ぼくは静かに微笑んだ。



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