破綻論理。

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空の記憶

第15話 見知らぬ手紙First posted : 2013.06.22
Last update : 2022.09.13

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 両手には余るほどの大量の本を抱えて、ぼくは廊下を小走りで進んでいた。

 時刻はもうすぐ午後八時、急がなければ、図書館の閉館時間まであと十分もない。返却期限が今日までだったのをすっかり忘れていたのだ。司書の先生は厳しいことで有名だから、一日でも遅れたら、次は一体何日貸し出してもらえないことになるか想像したくもない。

 外はもう真っ暗で、昼間は大きな窓のおかげでとても明るいこの廊下も、今は柱に掛かる魔法の松明が唯一の光源だ。ゆらゆらと心許無く揺らめく炎を見つめていると、なんだか不安感が掻き立てられる。

 ふと違和感を覚えた。最初は何だか分からなかったそれは、足音が重ねられていたからだと気付く。

 ぼくの小走りに意図的に合わせられた足音は、気付いてしまえば不愉快だ。足の速度を緩めた時、正面から人影が現れる。その相手の顔を見て、思わず足が止まった。

 向こうはぼくよりも早く、ぼくの存在に気付いていたらしい。大して驚いた素振りも見せないまま、つかつかとぼくの正面まで来ると足を止めた。

「……よーう、幣原ちゃん」

 嘲るような低く暗い声。ぼくを上から見下ろすようにして、彼──フィアン・エンクローチェは立っていた。

「……どうも」

 視線を彼から外す。本を胸に抱いて、視線を足元に彷徨わせた。

「楽しそーじゃん、最近。良かったねー、友達ができて」
「…………」
「つかさ、俺のこと憶えてる? 去年アンタにだいぶ痛い思いさせられた、可哀ソーなフィアン・エンクローチェ君なんですケド」
「…………」

 顔を無遠慮に覗き込まれ、思わず目をぎゅっと瞑った。肩が自然に震え出す。

 忘れられるわけがない。

 今まで必死に思い出さないようにしていた記憶の蓋が、無理矢理引き剥がされるのを感じた。

 忘れられるわけがない。
 忘れられるわけがない。
 忘れられるわけ、ないじゃないか。

「人を傷つけておいて、平然とした顔で平穏な日常送れると思っちゃってんの?」

 この罪の意識は、決して薄れない。
 自分の力で、他人に大怪我を負わせてしまった、あの感情を。

「思って……ない……」

 喉から掠れた声が零れる。

 ぼくの肩に、彼は手を置いた。反射的に身体がびくっと震え、半歩後ろに後ずさる。しかし、フィアン・エンクローチェはその反応を許さないとばかりに、逆にぼくを引き寄せた。

 感情が弾けそうになる。その感情に魔力が引っ張られる。努力して押さえつけ、支配下に置いたはずのぼくの魔力が、足枷を引き千切って飛びかかろうとする。

 こんなにもぼくは、弱くて脆い。

「リィフ・フィスナーにジェームズ・ポッター、目立つ奴らにくっついていれば安心だって分かったの?」

 耳元で囁かれる声に、皮膚がぞくりと粟立った。

「俺が怖い? ……冗談言うなよ。俺に言わせりゃ、幣原ちゃんの方がよっぽど怖くて仕方がないね。だってアンタが本気を出せば、こんな校舎丸ごと吹き飛ぶもんねぇ? 俺なんて瞬時に木っ端微塵にできちゃうもんねぇ? 指先一つ動かすだけで、さ。一人が持つには余りある程の、絶対的な暴力だ」

 息が、思うようにできない。ぐらぐらする。足元の感覚が覚束ない。

 この地面は、本当に固いのか。ぼくが立っているところだけ柔らかいんじゃないのか?

「『呪文学の天才児』。異名は、なかなか取れないよ」

 霞がかる思考の中、ただ一つ浮かぶのは、後悔という感情だけ。

「そうそう、悔いてもらわなくちゃ」

 フィアン・エンクローチェは楽しげに笑うと、ぼくの背中を軽く叩き「じゃあ、また『オハナシ』しよーね、幣原ちゃん」と言葉を残して去って行った。

 残されたぼくは、しばらく立ち尽くしていたものの、やがて大きくため息をつくとその場に座り込む。

 倦怠感が、全身を重く支配していた。

 もう、何も考えたくない。何もしたくない。
 ぼくはぼくで、いたくない。

 時計の針は、既に午後八時三分を指し示していた。


  ◇  ◆  ◇



 かさりと静かな音を立て、アリス・フィスナーは便箋を捲った。穏やかな日差しが彼の横顔を照らし出す。雪の結晶を象った左耳のピアスが、光を受けてきらきらと輝いていた。

「アリスー? そろそろ行くよ!」

 同室の友人であるアキ・ポッターの呼び声に、アリスは慌てて顔を上げた。「今行く!」と叫びながら便箋をポケットにねじ込もうとするも、ふとその手が止まる。ぐしゃぐしゃになったそれを引っ張り出すと、手早く破って紙切れに変えてしまった。

「全く、こんな寒い日にベランダに出ようだなんて人の気が知れないよ」

 暢気のんきな声を上げながら、アキ・ポッターがベランダへと降りてくる。マフラーにコートに耳当てと、普段にも増して寒さ対策に余念がない格好だ。それでも今年は何故か、雪が降り出すまでコートを引っ張り出そうとはしなかった。何か意地を張っていたようだが、さて何だったのだろうか。

 長く艶やかな黒髪に大きな瞳、華奢な体躯のこの友人は、相変わらず初対面であれば少女と間違えられる風貌をしている。アキに気付かれないように、アリスは紙切れをポケットに突っ込んだ。

「今日の試合は、どこ対どこだっけ?」
「グリフィンドール対スリザリン!」

 普段からクィディッチにはあまり関心を示さないアキだが、今回ばかりは弾かれるように答えが返ってきたのは、ひとえに彼の双子の兄であるハリー・ポッターがグリフィンドールチームのレギュラーメンバーだからだ。

 こちらが思わず引いてしまう程に熱烈に兄を慕うこの友人のせいで、自分までもが魔法界の有名人、ハリー・ポッターに詳しくなってしまった。誕生日や血液型は言うまでもなく、好きな朝食の味付けまでも答えられてしまうのには我ながら驚く。流石のハリー・ポッターも引いてしまうのではないだろうか。いや、兄も兄で弟のことを溺愛しているから、このくらいではびくともしないのかもしれない。

「今回はドラコも出るんだよ。ドラコがどれくらいハリーについていけるのかは分からないけど、きっと面白いゲームになるんじゃないかな」

 無邪気に笑うアキの横をスッと通り抜ける。「あ、アリス!」と慌てた声を上げるアキを尻目に、髪を掻き上げ一息ついた。自然、左耳のピアスに手を当てる。冷たい金属の感触に、心が落ち着くのを感じた。

 これがある限り、俺は大丈夫。そう、思える。

「行くぞ、アキ

 背後を振り返り促すと、表情豊かなこの友人は眉を寄せては少し怒ったように「わかってるよ!」と小走りで近寄ってきた。

 そのまま並んで歩く二人の後ろに、アリス・フィスナーが取り落とした紙切れが一片落ちていたことに気付いた者は、誰一人としていなかった。

『By Leaf Fisner』と群青色のインクで綴られたそれは、風に吹き飛ばされ、姿を消した。


 


 今日はグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が行われる日だ。風は冷たいし、空は重苦しく曇っているしで、今にも雪がぱらつきそうな天気。ハロウィンが終わった頃からめっきり寒くなってしまった。特にこんな天気の日は、真冬並みの完全防寒スタイルで外に出ないと寒さで死んでしまう。

 ……まぁ、中にはアリスのような、こんな寒い日でも変わらずカッターシャツにベストのみといった意味わかんない格好の奴もいるけどさ……。しかも首元はいつものごとく開けっぱだし。ありえねー。

 そんな悪天候の中始まったゲームは、なんだかんだでスリザリンが優勢だった。ドラコのお父さんがチームの皆に買ってあげたという最新型の箒のおかげであることは間違いないようだ。そのせいか、本来中立でただゲームを楽しむだけの立場であるはずのレイブンクローやハッフルパフも、なんだかグリフィンドールの味方のようだ。半官びいきといったところですかね。

 ぼくは当然、ハリーがいるグリフィンドールを応援するに決まっているので、普段よりずっと居心地の良い環境ではあった。大声でハリーを応援しても、周りの視線が気にならない。

 試合の流れが変わったのはゲーム中盤だった。

 しかしそれは、箒による劣勢をグリフィンドールが実力で吹き飛ばした──というわけではない。ブラッジャーが突然、まるで魔法でも掛けられたかのように執拗にハリーだけを狙い始めたのだ。

 初めは、幣原の夢で見たあの悪質な手──敵チームのビーターがシーカーをひたすらに狙う作戦に引っかかったのかと思った。けれど、よく見れば違う。まるでブラッジャー自身に意志があるように、ハリーばかりを付け狙う。

 ……これは偶然なのか? それとも、誰かの故意によるものなのか?

 そう考えて、むぅ、とその考えを打ち消した。

 ブラッジャー含むクィディッチ用具には特殊な魔法が掛けられているから、そもそも魔法使いがボールに魔法を掛けることは不可能なはずだ。去年、クィレルが呪いを掛けたのもハリーの箒であってボールじゃない。そりゃそうだ、クィディッチは国際スポーツなのだから、不正なんてあったら大変だもの。多分ぼくや幣原であっても、クィディッチのボールに細工はできないだろう。

 雪まじりの雨も降り出して、選手達のコンディションは悪くなる一方だ。点差もじわじわと開いてきた。一旦タイムが取られて試合が再開した後も、雨は止むことを知らず、むしろ余計に勢いを増している。雨で霞むグラウンドに、ハリーを探そうと目を凝らした。目は悪い方じゃないのだけれど、流石に雨の中で一人一人の選手を肉眼で探すのは無理だ。

 と、ぼくがハリーを探していることに気付いたのか、何も言わずにアリスがひょいと双眼鏡を投げ渡してきた。あまりに無造作だったため一瞬思考が止まる。こちらを見ずにずっとグラウンドに目を向けているアリスに「ありがとう」と礼を言って、ぼくは双眼鏡を目に当てた。

 やっとハリーの姿を捉えたぼくが見たものは、急降下というか、箒と一緒に落ちていると表現した方が正しい兄の姿。派手に水飛沫を上げて地面に突っ込んだハリーに、観客席からは叫び声が上がる。ぼくは慌ててアリスに双眼鏡を投げ返すと、踵を返してグラウンドに続く階段を駆け降りた。

 解説のリー・ジョーダンが『ハリーがスニッチを取った』と大声で叫んでいる。スリザリン以外の観客席から歓声が上がった。

 グラウンドの入り口には、ぼくと同様にハリーを心配したロンとハーマイオニーがいた。グラウンドには人だかりができている。きっとあの中心にいるのはハリーだろう。ぼくらはその集団の元に走り寄った。

「ハリー!」

 ぼくの声に数人が振り返る。その中にいたロックハートは、ぼくに輝く笑顔を向けると「やぁ、ミスター・アキ・ポッター! 下がっていたまえ。今から私が、君のお兄さんの腕を治してあげよう」と杖を抜いた。

 腕を治す……って、ハリーは腕を怪我してしまったのだろうか。まぁ、教科書に載っているあれらの喜劇が彼の実際の経験だとするならば、任せてもいいのかもしれない。

 ハリーが「やめて!」と悲痛な声で叫ぶのも構わず、ロックハートは既に杖を振り回していた。魔法の閃光が迸る。ぼくはカメラを構えているコリン・クリービーを押し退け、前に出た。

「あっ」

 誰かの声が聞こえる。今にも死にそうな顔色のハリーと目が合った。しばし無言で見つめ合う。

 ……いや、ホント、マジごめん。一瞬でもロックハートに「任せていい」とか思っちゃってごめん。

「そう。まあね。時にはこんなことも起こりますね。でも、要するに骨は折れていない。それが肝心だ。それじゃ、ハリー、医務室まで気を付けて歩いて行きなさい。……あっ、ミスター・アキ・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー、付き添って行ってくれないかね? マダム・ポンフリーが、その──少し君を──きちんとしてくれるでしょう」

 ハリーの口元が、物言いたげに僅かに動く。緑の瞳の中で怒りが揺らめいているのを、ぼくは確かに見た。

 ……そりゃ、自分の腕を骨抜きにされたら、呪いたくもなるよねぇ。

 ギルデロイ・ロックハート。彼は自伝に書かれているほど、能力のある人ではないのかもしれない。

 ……薄々気付いていたことだけど、さ。



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