期末試験前。あの小部屋にふらりと立ち寄ると、試験前にもかかわらず、どういうわけかグリフィンドール悪戯仕掛人四人衆は全員集合していた。
四人で中央の丸いテーブルを囲む彼らは、ぼくの訪れを笑顔で歓迎してくれる。「何やってるの?」と肩を竦め、ぼくは彼らに近付いた。
「おぉっ、これはこれは幣原くんじゃないですか。どう? 最近元気してた?」
「まあまあだね。……てか皆、試験勉強は?」
「勉強の息抜きだよ」
これはリーマス。
「ジェ、ジェームズが行くぞって……はわわ」
これはピーター。
「皆が勉強してる環境って、なんだか居心地悪いんだよね」
これはジェームズ。
「勉強? あぁ、そういや試験前か。道理で皆勉強してると思った」
そして、安定のシリウス。
大きく息をついて、ぼくは深々と椅子に腰掛けた。そしてもう一度「何やってるの?」と尋ねる。
「年度末パーティーで、今年は一体どんな悪戯をしようかなーって話をしてたんだよ。去年の僕ら、憶えてるかい? それとも、そんなにインパクトなかったかな?」
「何言ってんの! 憶えてるよ、だって君達、凄かったんだから!」
リーマスに言葉を返した。
去年の年度末パーティーで、大広間中に花火が飛び跳ねていたあれか。凄くド派手で、思いも寄らなくて本当にびっくりした。何処かお祭りっぽくて、生徒も笑顔で、なんだかとても楽しかったことを憶えている。
あの日、確かにぼくは、彼らに憧れたんだ。
シリウスがふと悪戯っぽい笑みを浮かべた。ジェームズのいる方向へと身を乗り出す。
「そうだ、レミスの野郎に悪戯すんのはどうだ? 皆、あいつのこと嫌ってんだろ」
レミス教授は薬草学の先生だ。確かに授業は単調だし、生徒には私語すら許さないほど厳しい先生で、あの先生のことが好きな生徒はあまりいないんじゃないかと思う。それでも、なんだか気が乗らなかった。
シリウスは続ける。
「あの野郎、いつも帽子被ってんじゃん。そん中からカエルやら蛇やらがうじゃうじゃ飛び出してくるのはどうだ? 大慌てだろ、レミスの鉄仮面が剥がれるのは見ものだぜ」
笑いながら提案するシリウスに、ジェームズはきっぱりと言った。
「ダメだ」
「……なんでだよ? 相棒」
「魔法ってのは皆を笑顔にするためのものだろ? 悪戯もそう。だから、笑い飛ばせないことはしちゃダメなんだ」
ジェームズの言葉に、一瞬皆が黙り込んだ。
最初に口火を切ったのはシリウスで。
「……あー、それもそうか」
簡単に納得すると、すぐさま次のアイディアを探し始めた。他の三人も各々想いを巡らせているようだ。その様子を見ながら、ぼくは気持ちが逸るのを抑える。
なんだか、嬉しかった。
ジェームズの言葉が、そしてそれを当然と受け入れる、この三人の空気が。
心の中で、そっと呟く。
父さん、母さん。
ぼくはこの学校で、最高の友人をたくさん見つけたんだよ。
◇ ◆ ◇
ハリーの骨を生やす治療の付き添いとして病室に泊まることを、校医のマダム・ポンフリーは許してはくれなかった。グリフィンドールの選手が集まってパーティーを始めそうになったからかもしれない。
普段から厳しいマダム・ポンフリーは、パーティー騒ぎのせいか一層頑固度合いが増していた。そのためぼくはしぶしぶ寮へ戻り、自室で睡眠を取った後、朝イチでハリーの病室へと向かったのだった。
まだ日も昇っていない病室に、この時間でも起きていたマダム・ポンフリーに許可を取り(呆れた目を向けられたのは気のせいではないだろう)、ハリーが眠っているベッドの横にパイプ椅子を出しては腰掛ける。
久しぶりに見たハリーの寝顔は、いつもより苦しげだった。まぁ確かに、骨を生やすのとかすっごい痛そうだもんな。
ハリーをぼんやりと眺めていたら、ぼくもいつの間にか眠ってしまっていたらしい。肩を揺すられる感覚で目が覚めた。
「アキ、おはよう」
目を開けると、いつもと変わらず優しく微笑むハリーの姿。ぼくがここにいることに驚いた様子もない。
そりゃそうだ。だってぼくらは双子だもの、いつも一緒にいて当然なんだ。
たまたま寮が違うだけ。たまたま、少し見た目が違うだけ。
一緒に過ごしてきた年数は、歳の数分ある。
「今、ちょうどマダム・ポンフリーが抜けてる時間だ」
目を細めて扉の向こうを見たハリーは、小さな声で囁いた。
「話したいことがあるんだ。昨日の出来事について」
そこでハリーが語ったことは、驚くべき内容だった。
ドビーが病室にやってきたこと、ブラッジャーに魔法をかけたのは自分だと告げたこと。『秘密の部屋』について。そして、コリン・クリービーが昨日、石になって運ばれてきたこと────。
「『秘密の部屋』は本当にあるんだ。ドビーは、部屋は以前一度開かれたことがあると言っていた。そして、今もそれが『開かれた』って──僕が危険だって、ドビーは警告してくれた。学校に闇の罠が仕掛けられているんだって──」
その時マダム・ポンフリーが戻ってきて、ぼくらはハッと黙り込む。マダム・ポンフリーはそのまま、サイドテーブルにハリー用の朝食を並べ出した。そう言えばぼくもまだ朝ごはんを食べていない。そうハリーに告げると「ゆっくり食べてきなよ、せっかくの日曜日なんだしさ」と無事な左手を振った。
今日は日曜日だから、平日よりもまだお部屋でぐっすりの人は多い。でも日曜でも朝ごはんの時間は決まっているし、手紙は運ばれてくるし、先生からの連絡もあるしで、今日の大広間も既に多くの生徒で賑わっていた。
レイブンクローのテーブルに辿り着き、辺りを見回す。二年生が固まっているところに寄っていくと、同室の友人であり、ぼくを除けばアリスと一番仲がいいウィルにぼくは声を掛けた。
「おはよう、今日はアリスはいないの?」
「一応声は掛けたんだが、まだ寝てるっぽかったぞ」
「あぁね」
ハムエッグトーストを齧りながら答えるウィルに納得して頷く。あいつは朝が弱いし、平日ならばいざ知らず今日は休日だ。朝食よりも睡眠の方が大事なのだろう。ぼくが呼べば割と起きてくるのだけど、今日はぼくもハリーのお見舞いでいなかったし、これ幸いと惰眠を貪っている様子が目に浮かぶ。
「そういやあいつ、昨日は遅くまで帰って来なかったんだよね」
「え、そうなの?」
そうなの、とウィルの隣に座っていたレーンがかぼちゃジュースを飲みながら言った。いつも夜中の三時四時まで平気で起きている宵っ張りのレーンは、でも朝は皆と同じ時間に普通に起きてくる。睡眠時間が足りなくなったりしないのだろうか。でも日中眠たそうな顔はしていないから、彼にとっては問題ないのだろう。
「僕が寝る準備をしていた頃だから、三時よりちょっと前くらいかな? 消灯時間過ぎても校舎歩き回ってるなんて、相変わらずな奴だよね。最近は少し大人しかった気もするんだけどな」
遠慮なしに呟くレーンに肩を竦めた。レーンの隣に腰掛け、紅茶を淹れるとパンを手に取る。
皆が大体食べ終わった頃(つまりぼくがまだ食べ終わっていない頃)、パンパンと手を叩いてダンブルドアが立ち上がった。騒がしかった大広間が一気に水を打ったように静まり返る。これだけの人数を一瞬で黙らせるなんて、ダンブルドアは何か魔法でも使っているのだろうか。使っていても不思議じゃない。
「さて諸君、日曜ではあるが緊急のお知らせじゃ。本日は異例ではあるが、一人の役人を紹介しようと思う。魔法省内閣府から来られた方での。最近物騒な事件が続いているため、しばらく詳しく調査してもらう。皆の中からも、彼から事情を聞かれる者がおるかと思うが、どうか彼の指示には従ってもらえるようお願いする。また何か情報を持つ者は、彼に提供してもらえると嬉しい」
ふぅん、魔法省からの役人か。流石ダンブルドア、手配が早い。生徒に被害も及び始めたし、調査が入るのも当然か。
ダンブルドアが手を叩くと、一人の男性が舞台袖から歩いてきた。
すらっとした背丈に、煌びやかで豪華な衣装、金髪に碧の瞳。彫りの深い端正な顔立ちは、俳優だと紹介されても素直に信じてしまいそうな程に華がある。
突然現れたイケメンに、大広間中が一気に騒めいた。主に女子の声だけど、ぼくも思わず「あっ!?」と声を発してしまった。
壇上に立った彼は、軽く咳払いをすると大広間全体を見回した。微塵も隙のない洗練された立ち居振る舞いは、明らかに『上』に立つよう幼い頃から専門の教育を受けた者特有の身のこなしだ。
彼と同じように、所作の端々に隠しきれない品を滲ませる男を、ぼくは一人知っている。いくら粗野に振舞おうとも、荒い言葉遣いをしようとも、骨の髄まで叩き込まれた作法は決して抜けやしないのだ。
穏やかな笑みを顔に浮かべ、彼は言葉を紡いだ。
「えー、先程ダンブルドア先生からご紹介に預かりました。魔法省内閣……」
呆然と、壇上の彼を見つめる。
あまりにもインパクトが強かったから、あの夏休みから半年経ってもありありと憶えている。
夏休み、アリスと言い争っていた時は、今よりもっとやつれていたし、遠目だということもあって同一人物だとははっきり分からなかったけど。
「リィフ・フィスナーです。何かあったら、気軽に声を掛けてくださいね」
壇上の、魔法省から来たという彼は、幣原秋の大切な友人の一人であり。
そして──あの日目撃した、アリスの父親であった。
彼は、アリスの父親とは到底思えない爽やかな笑顔を全校生徒に向けた。
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