破綻論理。

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空の記憶

第17話 花火First posted : 2013.07.19
Last update : 2022.09.13

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 試験も終わり、年度末パーティーも無事に(悪戯仕掛人が大暴れしていたので『無事』かは分からないものの、ひとまずは平穏に)終了した後、悪戯仕掛人の四人組と、ぼく、セブルス、そしてリリーは、連れ立って夜中の中庭へと出てきていた。

 夏風は、夜に外へ出るのも気兼ねしないほど暖かだ。初めて見る夜の中庭はとても暗く、奥に禁じられた森が窺えるのもあり、少し恐ろしく見える。

 しかし悪戯仕掛人の四人は慣れたものだ。目隠し呪文を唱え、ぼくらの周囲を隙なく覆い隠しては、手早く準備をしてくれている。校則違反よと渋るリリーをそれでもと説き伏せたのは、今回はぼくが発案者の一人だからでもあった。

「よい、しょっと……、水はこのくらいで大丈夫かい?」
「うん、十分だよ」

 ジェームズが、湖からバケツに水を汲んで戻ってきた。ぼくは笑顔で宣言する。

「それでは、今から……第一回、花火大会を開催します!」


 


 きっかけは魔法薬の授業だ。ある決められた物質を燃やすと特有の光が出る、すなわち炎色反応を習った後、セブルスと話している際にふと「花火って作れんじゃね?」という話題になった。

 その時はただの夢物語だと思っていたのだが、あれよあれよと話は弾み、さぁ後は実験してみるのみ、と気付けばそんな段階に足を踏み入れていた。

 そんな面白そうな話に、悪戯仕掛人が乗らないはずもない。いつの間にか話を聞きつけた悪戯仕掛人により行動力が爆発したぼくらは、年度末パーティーが終わった後、皆で自作の花火大会をしようということになった。

「おいブラック、手元が震えて危なっかしいぞ。僕が火を点けてやろう」
「スネイプは黙ってろ! 火くらい自分で点けられるに決まってんだろ」
「どうだか」

 皆でわいわいしながらロウソクに火を点すと、いよいよ花火大会の始まりだ。

 花火大会といってもそんなに大袈裟なものではない。このメンバーで手持ち花火をするだけの小規模なものだ。それでも自分達の手で作ったものを試すのは皆楽しく、結構数があったはずの花火はあっという間に消費されていく。

 赤、青、緑に輝く闇。
 白く光って、最後には燃え尽きる。

 花火に火が点いている時は、近くにいた人と他愛もない話をして。火が消えたら、新しいものを取りに行って。

 花火が尽きても、話のネタは尽きることがなかった。

「あーあ……終わっちゃったな」

 無くなった花火に残念そうなため息を漏らすリリーに、ぼくはそっと笑いかけた。

「実は最後に、一つ用意してたんだ。……皆で、どうかな?」

 ぼくが最後のお楽しみにと取っておいたのは、線香花火だ。イギリスにはない、日本独特の花火。

 派手さは全然ないけれど、静かにジリジリと、時には華やかに、オレンジの火花が舞う幻想的な花火。

 火花を眺めている時は、自然と皆静かになって、自分の持つ花火をじっと見つめていた。

 オレンジ色の火花が、皆の顔を染めている。セブルスが、リリーが、ジェームズがシリウスがリーマスがピーターが、皆確かにここにいて、そして今、最高に楽しい時間を過ごしている。

 どうか、この友情が永遠でありますように。

 玉が落ちなかったらこの願いはきっと叶う。
 そう、祈った。

 玉は音も立てず、落ちずに消えた。


  ◇  ◆  ◇



 リィフ・フィスナーの訪れは、特に我がレイブンクロー寮に多大な衝撃をもたらした。

 どうやらアリスの実家──フィスナー家は、英国魔法界では知らぬ人がいないほどの名家あるらしい。リィフが名乗った『魔法省の役人』というのは表の名義で、その実態は英国魔法界のおよそ半数を一手に束ねるご当主様。英国魔法界で生きる者は誰しも、程度の差はあれど確実にフィスナーの支配下に置かれている────

 アリス・フィスナーはそんな超弩級な名門貴族の一人息子なのだと、ぼくの同室の友人であるウィル・ダークは盛大に呆れながらも説明してくれた。

アキって賢いしなんでも知ってる気がしてたけど、意味不明なところで常識知らずだよな。つーかアリスと仲良いし、とっくの昔に知ってるもんだと思ってた」
「アリスがぼくに家の事情を懇切丁寧に教えてくれると思う?」
「ないな。知らないならそのままでいろと思ってたんじゃね」
「でしょ」

 確かに字と食べ方が滅茶苦茶綺麗な奴だなとは思っていたし、ドラコやアクアと幼馴染って時点で、実は良いトコの坊ちゃんなんだろうなとは予想していた。

 でも、アリスの実家がどうであろうと、アリスはアリスだ。捻くれ者で素直じゃないけど、実はとっても優しい大切な友人だ。

 ……だからこそ、以前リィフ・フィスナーについて尋ねた時、即答で嘘を吐かれたことが結構悲しい。

 朝食を取ったらすぐにハリーがいる医務室に戻ろうと思っていたけれど、なんだか気分が落ち込んでしまった。今ハリーに会ったら余計なことを口走ってしまう気がする。ハリーとアリスは顔見知りではあるものの、別段仲が良いわけでもないのだ。アリスとのわだかまりを、ハリーとの間に持ち込みたくはない。

 ウィルとレーンに慰められながら寮へと戻る道を歩いていると、レイブンクローの上級生が「早く談話室へ来てくれ」とぼくの元まで駆け寄ってきた。嫌な予感がしてレイブンクロー寮へと急ぐ。ドアノッカー前で待ち構えていた上級生が、ぼくらを見ては謎解き要らずで通してくれた。ありがたいが、それだけの緊急事態かと思うと気が重くなる。

 談話室では、朝の騒ぎの衝撃が抜けない寮生にアリスが詰め寄られていた。あの役人はお前の父親だろと騒ぎ立てる生徒達に、アリスは心底不愉快そうな顔で一言「暇人だな」と吐き捨てる。

「どうだっていいだろ、あんな奴のことなんざ。それより明日の予習の方が、お前らには大切なんじゃねぇのかよ?」
「……フィスナー! 口を慎め!」
「育ちが悪いもんでね、こりゃ生まれつきだ。神経逆撫でしたんだったら悪かったな」
「テメェ……!」

 アリスに煽られ、にわかに空気が殺気立つ。ぼくは慌てて集団の中に割って入った。

「ちょっとちょっと落ち着こう、ね? 立ち話もなんだから、ゆっくりソファにでも座ってさ……」

 ね? とアリスを見てにこやかに笑う。アリスは眉間に深々と皺を刻んでいたが、ひとまず矛は収めてくれたようだ。しかしアリスに突っ掛かりたい奴の口までは閉ざしきれなかった。

「ハッ、育ちが悪いなんてどこの冗談だ? 魔法界でも屈指の名門、フィスナー家の御子息がよく言うよ」

 嫌っている実家の話を持ち出され、アリスの目の色が確かに変わる。

「英国魔法界の始まりから脈々と連なる《中立不可侵》の家系、羨ましいねぇ? まぁアンタは、その煌びやかな家系の中で唯一の混ざりもん・・・・・な上、問題児の落ちこぼれだけどなぁ!」

 そこまで言われてアリスが黙っていないことは、これまでの付き合いで読めていた。アリスが手を出すよりも先に、二人の間に立ち塞がる。アリスは舌打ちをしてぼくを見下ろした。

アキ、そこをどけ」
「……どかないよ。君に誰かを殴らせるわけにはいかない」
「俺が何しようが、お前には関係ないだろ」
「関係あるよ、だって友達だもの」

 ぼくの言葉に、アリスは僅かに目を瞠った。やがて冷笑を浮かべたアリスに、予想と違う反応だと思わず戸惑う。

「何も教えてくれない上、問いにも嘘を返した奴なのに?」
「なっ……」
「お前が俺の実家のことを何も知らない世間知らずの馬鹿で良かったよ。おかげで楽ができた。じゃあな」

 肩を強く押された。後ろに倒れ込みかけたのを、数人が慌てて助けてくれる。その間にアリスは一人で談話室から出て行ってしまった。

 バタンと談話室の扉が閉められた音を皮切りに、皆が今のアリスについて文句を言い始める。

「大丈夫か? かなり強く押されたみたいだったけど」
「大丈夫、全然平気だよ」

 助けてくれた数人に笑みを向け、ぼくは寮の出口へと急いだ。そんなぼくの背中に声が掛かる。

「あんな奴放っとけよ、アキ!」

 ぼくは何も言わずに扉を押し開け、アリスを追った。

「アリスっ!」

 廊下の先に見慣れたシルエット。それを目指して駆け出したぼくだったが、しかしそもそもの体力の差か、あっという間にアリスに撒かれてしまった。行き場をなくし、ぼくは廊下の真ん中でただただ立ち尽くす。

「……どうして……」

 誰もいない廊下で、一人呟いた。

「どうして、家を……父親をあそこまで嫌うんだ……」

 夏休み、ハリーを探して迷い込んだ、ダイアゴン横丁の裏路地で聞いてしまった会話を思い出す。


『アンタの言い訳は聞き飽きた! こうやって無理に父親っぽく振る舞うのも、周囲の目ぇ気にしてんだって分かってんだよ! ホントは今すぐにでもこんなガキと縁切りてぇ癖にさ、アホらしい!』

『……アンタ、母さんと結婚なんてしなけりゃ良かったんだよ。……俺なんて、生まなきゃ良かったんだ』


 ……今まで、ずっと聞けずにいたけれど。

「アリス……君は、どうして……」

「……君は……?」

 ふと声を掛けられ、ぼくは慌てて顔を上げた。あ、と思わず声を漏らしそうになる。驚いたのは向こうも同じようで、口を「あ」の形に開いたまま、ぼくの顔を凝視していた。

 そりゃそうだ。幣原の知り合いだった者は、ぼくに会うと大体こんな反応をする。

 ぼくの姿に、幣原の面影を見出す。
 懐かしい亡霊を見たかのように立ち尽くし、呆然とする。

 彼──リィフ・フィスナーも御多分に漏れず、そんな人間の一人だった。

「あぁ──すまないね。ちょっと聞き覚えのある名前が聞こえたもので、思わず……」

 いち早く我に返ったリィフは、照れたように苦笑し頭を掻いた。初対面の生徒に向ける顔を取り繕っては笑みを浮かべる。

「はじめまして。私は魔法省内閣第一王室警護府所属のリィフ・フィスナーだ。今日挨拶をさせてもらったんだけど、覚えているかな? 本当はもう少し役職名が長いんだけど、勝手に省略させてもらっていてね。あんまり長いと覚えにくいし、印象にも付きにくいからね」

 差し出された右手にぼくも倣った。大きな手にすっぽりと包み込まれる。幣原の時代とは比べ物にならないほど大きくて、歳を重ねた大人の手だった。

「覚えてますよ。驚きましたもん」

 二重の意味で。

 リィフは──って、彼の友人でもないぼくが大人の男性を(しかも友達の父親を)こうしてファーストネームで呼んでいいものか分からないのだが──「そう。……驚いた? ……まぁ、いいか」と頷くと、少し辺りを見回した。誰もいないことを確かめ、小声でぼくに問い掛ける。

「今、『アリス』と言っていた気がしたんだけど……良かったら誰のことか教えてくれないかい? いや、その……その名前に心当たりがあってさ。……もしかして、君と仲がいい女の子だったりするのかな?」
「違いますよ。ぼくの知るアリスは男ですから」

 リィフの目を見て、ぼくは答える。
 アリスによく似た瞳だな、なんてことを考えながら笑顔を浮かべた。

「はじめまして。ぼくはアリス・フィスナーの友人の、レイブンクロー寮所属のアキ・ポッターです。これからよろしくお願いしますね、アリスのお父さん」

 リィフは驚いたように目を瞠っていたが、やがて苦笑すると目を細めてぼくを見た。

「それなら話は早い。あいつに友達がいたとは、何よりだ」
「……実の息子なのに、不思議な表現をするんですね。他人ひと事みたいだ」
他人ひと事だよ。あいつの友達なら分かるだろ?」
「分かるだろって……」

 リィフは、どこか疲れたような笑顔を浮かべた。

「君はなんだか、結構いろんなことを知っているようだね。勿論、うちの息子のことも」
「……ぼくは、何も知りませんよ」

 だってアリスは、自分のことを全然語ろうとしないから。

 ぼくがアリスについて持っている知識は、一年余りを共に過ごしてきたにしてはあまりにも少ない。

 八月二十五日生まれのA型で、趣味は昼寝。意外と読書が好きで、そして意外と字が上手い。几帳面だけど身の回りは結構適当。

 時折、左耳の雪印ピアスに触る。触る時、一瞬だけ穏やかな顔をする。

 それだけ? ──それだけ。

 父親はリィフ・フィスナー。
 では、母親は? 家族構成は? 兄は、弟は、いるのだろうか。

 分からないことが多すぎて、知らないことが多すぎて、まるで信頼されていないようだ。

 本当にそうなのかもしれない。
 アリスは誰のことも信頼していないのかもしれない。

「ダイアゴン横丁で、あなたとアリスを見かけたんです。たまたま、その……言い争っているところを」
「あぁ……あれか」

 リィフは遠い目をして虚空を眺めた。

「それは、みっともないものを見せてしまったね。私のことを、酷い父親だと思っただろう?」
「いえ、そんなことは……」

 違う、とも言い切れない。アリスの態度も酷かったが、実の息子をグーで殴った姿は今でも目の裏に焼き付いている。

「言い訳をさせてもらえるなら、あの時数日、眠っていなくてね。少々イライラしていたんだ。殴り合いなんて我が家では日常のことだけれど、驚かせてしまったのならすまなかったね」
「……アリスはあなたのことを、憎んでいるようでした。父親だと認めたくないかのように──」
「あぁ……あいつは、私を父親だとは、もう二度と思いはしないんだろう」
「……どうして? アリスとの間に、何があったんですか?」

 リィフは切なげに目を伏せた。

「────僕は、ダメな父親だから」

 小さく呟かれたその言葉に、思わず目を瞬かせた。自然、黙り込む。

「今度は私から、質問させてくれないか?」

 リィフは沈黙を破ると、ぼくの目を見つめて真剣な表情で問いかけた。

「変なこと聞くようだけどさ、……幣原って、親戚にいたりしないかい?」

 昔よりもずっと精悍になり、身体つきも変わったリィフは、それでも目の色だけは、あの頃と変わらないのだなと思った。

 少年時代の面影を僅かに残しただけの、大人になってしまった彼の瞳の中に。
 ぼくは、少年の頃のリィフ・フィスナーを見つけた気がした。

 ぼくはしばらく無言でいた後。
「いないですね。……人違いじゃないですか?」と、小さな声で呟いた。



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