破綻論理。

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空の記憶

第18話 世界が君の敵になるのならFirst posted : 2013.08.27
Last update : 2022.09.13

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 夏休み真っ只中。朝からぼくは、幣原家で取っている新聞の一つ、イギリスのマグルの新聞を読んでいた。

 何が楽しいかって、二年前の自分にはさっぱり読めなかったし読もうとも思わなかった英字の新聞を、今のぼくはサラサラと読めてしまうことだよね。

 こういうことに楽しみを感じるぼくは、なかなかどうして勉強というものが好きらしい。知識が増えていくことが快感と感じるのは勿論、勉強という行為自体が苦にならないんだから。

 二学年が終わり、夏休み。何か新しいことでも始めてみようかと思い開始した『家に届く全種類の新聞斜め読み』も、そろそろ一ヶ月が過ぎようとしている。

 我が家が取っている新聞は数が多い。地域の新聞に始まり経済新聞、日本の魔法使いや魔女向けの新聞である『魔導士通信』や、当然ながら日刊預言者新聞、そしてイギリスのマグルの新聞と、その種類は様々だ。これらに目を通すのは大変だけれど、慣れてくると結構面白い。地域や文化ごとで、同じ出来事でも捉え方が全く違ったりする、それが興味深いのだ。

 今日のイギリスのマグルの新聞は、随分とセンセーショナルなものだった。ぼくは何となしに見出しを読み上げる。

「『民間人八人惨殺、犯人の手掛かりは未だ見つからず』──物騒な記事」

 その記事に対する興味は、しかしそこまでだった。
 少なくとも、この時は。


 


 日本の友人と遊び疲れて、ベッドに入ったのは午後八時。いくら何でも早すぎる。

 ふと目が覚めた時、時計の針は午前一時を指していた。日付が変わるまで起きていた経験がないぼくにとって、この時間はまさに未知の時間帯だ。

 トイレにでも行こうかとベッドを降り、部屋をそっと抜け出す。廊下を歩いてトイレに向かう途中、開いた扉の隙間から居間の電気が漏れているのが見えた。扉を閉めようと近付いた時、父の深刻そうな声が聞こえ、思わず伸ばした手を引っ込める。

「……話し合ってみたい」
「何とかなる相手じゃないよ。分かってるでしょ?」

 母が珍しく、きっぱりと反対した。

「話し合いなんかで意見を変える人じゃない。多分、もうすぐ──始まる・・・
「それでも。……友達だ」

 母は少しの間黙った後「友達、ねぇ……」と含みを持たせて呟いた。

「向こうはきっと直さんのこと、もう友達なんて思ってないと思うけど」
「…………」

 どうやら、ぼくは聞かない方がいい話のようだ。そう思って回れ右しかけた時、ふと父の言葉が耳に飛び込んできた。

「ねぇアキナ。僕はね、こう思うんだ。魔法は、皆を笑顔にするためのものなんだって」

 その言葉に──ジェームズを思い出した。

『魔法ってのは、皆を笑顔にするためのものだろ?』

 なんてことない顔で、そう言い放ったジェームズ。その姿が明るくて、心の底から眩しくて────

「それを、もう一度──あいつに、分からせてあげたいんだ」

 ぼくは静かに扉から離れた。
 イギリスに戻る日は、あと十日に迫っていた。


  ◇  ◆  ◇



「決闘クラブ?」

 玄関ホールにある掲示板の前で、ぼくは首を傾げた。

 レイブンクロー生は全体的に朝が早い。基本、規則正しい生活を送る優等生が集う寮なのだ。ぼくみたいな。

 ……じ、自分で言うくらいいいじゃないか。優等生だよ? ぼく。多分。

 ……まぁ、いい。そんなわけで、朝大広間に最初に足を踏み入れるのは、大体レイブンクロー生だったりする。早起きの恩恵か、あと十五分もしたら人で混み合う掲示板もゆっくりと見ることができるのだ。そこで貼り出されていた一枚の羊皮紙に、ぼくらは顔を見合わせた。

「『決闘クラブ』の案内だって。決闘を教えてくれるんだ!」
「今夜八時が第一回か。アキ、行く?」
「ぼくは行くよ。何かの役に立つかもだしね」

 後ろからの声に返事をして、ぼくは再び羊皮紙を見上げた。

 ハリー達は来るのかな。ハリーも先日やっと腕が完治して退院できたし、面白そうなものには大体首を突っ込んでくるから来てもおかしくないだろう。

 それよりも気がかりなのはアリスのことだ。めっきり顔を合わせる機会が減ってしまった。

 まず、寮に帰ってこない。これは相当な問題で、一日二日程度の無断外泊ならともかくとして、一週間ともならば完全にアウトだ。先輩や先生方に知られたら大変なことになる。今のところは何とか身内だけで事を収めているものの、これが長引くとなるとどうなることか保証はできない。

 授業は、たまに出てきたり、来なかったり。その際もぼくとは離れた場所に座っているし、授業が終わるとすぐさま姿をくらますから、今やアリスを捕まえることは至難の技となっていた。同室の奴らはもう呆れた顔で諦めていたけれど、ぼくまで諦めてしまったら、一体誰がアリスを信じてやれるというんだ。

 友達だと名乗るなら、こんなところで諦めちゃいけないだろ。

 アリスはこれに、顔を見せるだろうか。

 正直、可能性は非常に薄い。けれども、行ってみることにした。


 


 行ってすぐ、この中からアリスを見つけることは、たとえアリスがこの中に混じっていたとしても無茶だということが分かった。それくらい、大広間には人が溢れていた。

 普段の長テーブルは取り払われ、壁に沿って金色の舞台がででんっと据え置かれている。全校生徒のほとんどが集まっているだろうこの空間は、各々がテンション高く喋り合っていてとても騒がしい。

 その時、いきなり前方で話し声が止んだ。伝染するように徐々に声が静まっていく。先生が入ってきたのだ。

 ……そう言えば、決闘クラブを教えてくれるのは誰なのだろう? もしかしてリィフだろうか、だったら楽しみだなぁと背伸びをしたぼくは、講師の姿を見つけた瞬間軽く絶望した。

 ギルデロイ・ロックハートだ。きらきらとした深紫のローブを纏っている。ここに来たことを早々に後悔し始めたぼくだったが、後ろに控えている人物を見て、思わず声が漏れそうになった。

 スネイプ教授が、もんの凄い仏頂面のまま腕を組んで立っている。今にも誰かを(具体的にはロックハートを)呪い殺せそうなオーラを放つ姿は圧巻の一言に尽きた。

 というか、何故そこでスネイプ教授をセレクトしたのだろうか。ロックハートを講師にした人選もなかなかに意味不明だが、スネイプ教授がロックハートの助手をするというのも解せない。本当に罰ゲームなのか、そうなのか。やっべぇ面白くなってきやがった!

「静粛に。皆さん、集まって。さぁ集まって。皆さん、私がよく見えますか? 私の声が聞こえますか? 結構、結構!」

 ロックハートは上機嫌に観客に手を振っている。これでもまだ騙されている女の子達は多いようで(それとももしかして『ロックハート先生頑張って見栄張ってる、可愛い♡』とちょっと歪んだ母性本能抱いてる女の子が多いのか? それはそれでちょっと怖いな)、黄色い声があちこちから飛んでくる。

 ……いいなぁ、羨ましいなぁ。ぼくもあのくらいのイケメンに生まれたかった。

「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな決闘クラブを始めるお許しをいただきました。私自身が数え切れないほど経験してきたように、自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げるためにです──詳しくは私の著書を読んでください。では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう」

 ちゃっかり自著の宣伝もしつつ、ロックハートは満面の笑みを浮かべてスネイプ教授を指し示した。彼はスネイプ教授が放つ圧倒的な負のオーラに気付かないのだろうか。いっそ気付かない方が幸せなのかもしれない。

「スネイプ先生がおっしゃるには、決闘についてごく僅かご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに勇敢にも手伝ってくださるというご了承をいただきました。さてさて、お若い皆さんにご心配をお掛けしたくはありません──私が彼と手合わせした後でも、皆さんの魔法薬の先生はちゃんと存在します、ご心配めさるな!」

 多分この場にいる誰一人、スネイプ教授の心配なんてしていない。

 ぼくはむしろロックハートの身が心配になってきた。教授、まさか本気でロックハートをぶっ飛ばすつもりじゃないだろうか。全校生徒の前で恥をかかせる気だとか。曲がりなりにも教師なのだから流石にそれはないか。いや、でもグリフィンドール生相手に陰湿な嫌がらせをしていたと聞いたこともあるし……うぅん、やりかねん。あの人ならやりかねん。

 ぼくの一抹の不安を他所に、ロックハートとスネイプ教授は向き合って一礼をした。杖を剣のように前に突き出して構え、その体勢のまま静止する。

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています。三つ数えて、最初の術を掛けます。勿論、どちらも相手を殺すつもりはありません」

 いや、あられたら困るけど。お互いに。

「一──二──三──」
Expelliarmus武器よ去れ!」

 ロックハートが数を数え終わるのと同時にスネイプ教授が叫んだ。紅の閃光が教授の杖から迸り、ロックハートに命中する。ロックハートは十数メートル後ろに吹き飛ぶと、壁にぶち当たってようやく止まった。数人の生徒が歓声を上げる。何気に全部男の声だ。

 ロックハートはよろよろと立ち上がると、舞台によじ登ってきた。

「さぁ、皆分かったでしょうね! あれが『武装解除の術』です──ご覧の通り、私は杖を失ったわけです──あぁ、ミス・ブラウン、ありがとう。スネイプ先生、確かに生徒にあの術を見せようとしたのは素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかがあまりに見え透いていましたね。それを止めようと思えば、いとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せた方が、教育的にも良いと思いましてね……」

 教授の凄まじい形相を見て、流石のロックハートも言い訳を止めた。

「模範演技はこれで十分! これから皆さんのところへ降りて行って、二人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか……」

 ロックハートとスネイプ教授が、舞台を降りて生徒達の群れの中に混じっていく。その姿を何となく見つめ、ふと視線を壁に移すと、そこにはリィフ・フィスナーが立っていた。静かな、というと聞こえはいいが、何処か冷ややかな瞳で会場を見渡している。

 幣原が二年生の時までは、リィフはセブルスと接点があるようには見えなかったけれど……そこから二人が幣原繋がりで友達になっていたとしても不思議はない。

 大人になった今、二人は何かを話すことがあるのだろうか。
 学生時代を思い返して語り合うことを、果たして二人は行うだろうか。

 その中の話題に、幣原は上るのだろうか。
 ぼくの知らない幣原について、二人は語るのだろうか。

アキ・ポッター。貴様はこちらで見ていたまえ」

 急に背後から肩を叩かれた。振り返れば、そこにはスネイプ教授の姿。普段通りの仏頂面で壁際を指差している。

「え?」
「え、ではない。貴様が他の生徒に対して術を掛けるなど、考えただけでも身の毛がよだつ。誰かを怪我させる前に離れたまえ。もっとも、ここでにっくき相手を葬っておこうという考えならば、悪くはないと思うがな」

 表情は分かりづらいものの、台詞から考える限り、教授の機嫌はだいぶ良いのだろう。ロックハートを吹っ飛ばせたからだろうか。

 促されるままに壁際へと寄り、背中を預ける。ぼくとの間に柱を挟み、少し離れた場所に教授も立った。

「相手と向き合って! そして礼!」

 壇上に立ったロックハートが号令を掛けている。皆の騒めきをどこか遠くで聞いていると、不意に近くで声がした。

「おや? えっと……アキ・ポッターくん。君はクラブに参加しないのかい?」

 いつの間にか近くに来ていたリィフ・フィスナーが、穏やかな笑顔と共に話しかけてきた。この前話した時とは違う、大人の立場から生徒に話しかけるような雰囲気だ。口を開こうとしたが、しかしスネイプ教授が口を挟むのが早かった。

「彼は他の生徒と比べて、いささか魔力量が多すぎるのでな。ここで見学させているわけなのだよ、フィスナー」
「……おや、セブルスじゃないか」

 リィフの纏う雰囲気が変わったのが分かった。同時に、教授の雰囲気も。
 生徒達が和気藹々としている中、ここだけ空気が張り詰めている。

「それでも、一人だけ見学なのは可哀想じゃないか? アキだって、きっと友人達と一緒に新しく習った術を試してみたいだろうに」
「差し出口を挟まないでいただきたい。教師である我輩が決めたことに横槍を出せるほど、君は彼のことを知っているのかね?」
「別に私は、教育に口を挟もうとしているわけではないのだけどね。しかし、いささか過保護過ぎやしないかい?」
「何が言いたい」
あいつ・・・と似てるからって、特別扱いしてんなよ」

 吐き捨てるように告げられたリィフの言葉に、思わずどきりとした。

「……あいつとは違う。彼はあいつよりも魔力制御が巧みだし、今まで事故を起こしたこともない」
「ならば参加させてあげればいいじゃないか」
「それとこれとは話が別だ。彼はまだ二年生で、他者に直接攻撃魔法をぶつけたことはない。この統制の取れぬ雑多な環境下、まだ未熟な生徒が生身で喰らった場合、安全は保証しかねる。本当に怪我をしかねない」

「だから教師の立場として止めるしかない? よく言うものだね。流石はの一撃を喰らった本人・・・・・・・・・・・だ──経験者は語るとはこのことかい?」

 すぐ隣で会話が飛び交う。ぼくはできる限り身体を小さくさせ、それでも一言一句聞き漏らすまいと耳を澄ませていた。

 リィフは厳しい口調で続ける。

「今この子に対して世話を焼いているのは、昔に対する罪滅ぼしのつもりかい? あいつにそっくりなこの子にあいつを投影させて、それで償っているつもり?」
「──違う」
「いいや、違わないね。私は君とは違う立場で、ずっとあいつの近くにいた。あいつが命を絶つほんの一ヶ月前まで、あいつの傍にいたんだ。君とあいつの関係性を、それが崩れていく過程も結末も、私は全てを見てきた。だから言っているんだ」
「それでは何故、貴様はあいつの死を止められなかった」

 教授の声は鋭かった。リィフはぴくりと身じろぎをする。

「近くにいたと主張するなら、どうしてあいつの心の闇に気付いてやれなかった。どうして、あいつを救ってやれなかった。所詮、貴様も騙されていただけだろう。あいつの見せかけの笑顔に。真綿で抱き締められるようなあの嘘吐きに。全ての暗闇を隠す、あの優しさに。
 騙されていただけなのだよ、リィフ・フィスナー。貴様も私と同じだ。共に罪深く、共に穢れを背負っている。貴様に私を糾弾する権利などない。私に、貴様を断罪する権限がないのと同様にな」

 言い切って、教授は静かに黙り込んだ。気まずい沈黙が場を支配する。

「……いつまであいつの幻想を追ってるつもりだか」

 そう吐き捨てたリィフは、教授を一瞥すらせずに離れていった。騒がしい教室を見回るように、ゆっくりと壁沿いに移動する。その口元には、先程までの重たい雰囲気など微塵も感じさせない暖かな笑みが浮かんでいた。

アキ・ポッター」

 低い声で名前を呼ばれ、思わずびくっと肩が震えた。そっと教授を窺う。

「今の会話は他言無用だ。いいな。質問もするな」

 教授はぼくを見ぬままそう告げた。

「……はい」

 深呼吸をして壁に凭れる。
 ぼくにとって、幣原は何者なのだろう。

 ──そして。
 幣原にとって、ぼくは何者なのだろう。

 そんな、答えなんて出ないことを、ぼんやりと考えていた。

「さて、進んでモデルになりたい組はありますか?」

 ふと気付けば、さっきまでの阿鼻叫喚の大騒ぎ(視界に入っただけでも、吹き飛んだ杖を探してあたふたしている者、口論から発展して喧嘩になっている者、上手く術が掛けられなくて四苦八苦している者、術なんて掛けずにずっとおしゃべりに興じている者、はたまた全然違う呪いを掛け合っている者、など。シリアスな雰囲気をぶち壊さないためにも黙っていたのだ)だった大広間が静かになっている。

 生徒の間を歩きながら、ロックハートは決闘の生徒のモデルを探しているようだ。と、そこにスネイプ教授が(いつの間にそんなところへ!?)「マルフォイとポッターはどうかね?」と嫌味な笑顔で推薦した。やっぱりハリーも来ていたのか。

 ハリーとドラコは揃って舞台に上がる。ハリーにロックハートが、ドラコにスネイプ教授がそれぞれ何やら助言した後は、舞台にはハリーとドラコだけが残された。

 ロックハートが掛け声をかける。

「一、二、三、それ!」

 ハリーが杖を振る。がしかし、ドラコの方が速かった。

Serpensortiaヘビよ出よ!」

 ドサッと、何かが空中から落下した音が聞こえる。同時に舞台の周辺にいた生徒が悲鳴を上げて後ずさりした。その隙にぼくは、彼ら彼女らの間を掻き分け、舞台に近付こうと試みる。

 ぱっと視界が開けた先に見えたものは、黒光りする大きな蛇と、蛇に威嚇されて動けない──あの子は確か、ハッフルパフのジャスティンだっけ? ──少年の姿。

 思わずローブの杖を探りかけたものの、しかし今はハリーとドラコの決闘の真っ只中だ。外野が横槍を入れるわけにはいかない。

 その時ぼくの耳に、音が──否、言葉が飛び込んできた。聞き慣れない、でも不思議と聞き覚えのある声に、自然と音の発信源を探す。

 ──聞き覚え、だなんて今更のこと。
 だってぼくらは双子なんだから。
 一体何年間、一緒にいたと思ってるの?

 ハリーが、何かを蛇に向かって呟いていた。しかしその言葉は、ぼくらには理解不能な言語・・で、ジャスティンやドラコ、ハリーの声が届いた誰もが皆、一様に怯えた顔をする。

 ハリーの声に、蛇がハリーを振り返った。一人と一匹が、しばし数刻見つめ合う。

 ぼくの知らないハリー・ポッターが、そこにいた。

 いきなり横からぐいっと押しのけられる。ぼくの前に出てきたスネイプ教授は、無言で杖を振ると蛇を消した。

 ハリーが安心したように息を吐く。ホッと肩を下ろしたところで──静まり返った大広間の現状に気付き、きょとんとした。

 ……その表情はまさしく、ぼくの知っているハリーそのもので。

 ふとその時、舞台に立つハリーと目が合った。

 ハリーは困惑したような顔でぼくを見たものの、すぐに表情を強張らせる。ハリーのその顔を見て初めて、自分が酷く険しい顔をしていたことに気が付いた。

「あっ……」

 ロンとハーマイオニーに引っ張られ、ハリーが舞台から降りていく。そしてそのまま人混みに紛れて姿を消した。

 ──ひそひそと、ざわざわと。

 生徒の囁き声が意志を持つ集団となり、荒波のようにここら一帯を飲み込んでいく。

  蛇語遣い
  パーセルタング
  襲われる
  スリザリン の
  後継者

 単語しか聞き取れないそれは、どう頑張っても好意的にはならない感情に由来するもので。

 この悪意が、この負の感情が、ハリーに、ぼくの大切な人に向けられているのは我慢ならなかった──いや、そんなのはただの言い訳だ。

 ぼくは多分、償おうとしたのだ。

 さっきハリーに向けてしまった表情を、取り繕おうとしたのだ。

 ────今更。

 舞台に飛び乗る。この場にいる皆の注目が集まるのを感じながら、叫んだ。

「ハリーはスリザリンの後継者なんかじゃないっ!」

 皆のざわめきが一斉に止む。身を切るような静寂の中、ぼくはもう一度叫んだ。

「ハリーは誰も襲ったりしない! あいつはぼくのっ、誰よりも大事な人なんだっ!」

 多分、恐らく、きっと。誰もが動きを止め、ぼくを見ていただろう。

 ある者は、好奇の視線を。ある者は、奇異なものを見るかのような目線を。ある者は、どこか同情のこもった眼差しを。

 ある者は、関心なく、ぼくを見ていただろう。

 ぼくの声は、広い大広間中に反射し、ただただ無意味に反響した。
 誰も、ぼくの言葉に反応を返す者はいなかった。

 やがて、ぼくはスネイプ教授に無理矢理壇上から引き摺り下ろされ、友人達に引き渡された。背後でロックハートがお開きの口上を述べているのを聞きながら、ぼくは大広間から、そして部屋まで、無言で連れていかれた。

 誰もぼくと口を利かなかったし。
 ぼくも、誰とも口を利かなかった。



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