ホグワーツでも、ダイアゴン横丁で感じたような暗く重たい雰囲気は健在だった。普段は明るく華やかな大広間も、生徒達の元気がないせいか、何処か安っぽく感じて冷めてしまう。
ぼくもそうはしゃぐ方ではないけれど、最近は笑い声さえも控えがちだ。悪戯仕掛人のメンバーも(主にジェームズとシリウスだけど)何度か大広間で弾けるような悪戯を試みているのを目にしたが、今までのような盛り上がりには至らなかった。
「どうしてこんな空気になってるんだろうね……」
夕食の後、リリーと話しながら二人で首を傾げ合う。
「グリフィンドールも、こんな感じ?」
「えぇ……秋は、何か知ってる?」
「そう多くは……」
先日、ダイアゴン横丁で本屋の店主から少し噂話を聞いた程度だ。ぼくらはもう一度顔を見合わせ、うーんと眉を寄せた。とその時「何やってんだ?」と後ろから肩を叩かれ、ぼくらは揃って振り返る。
「セブルス!」
「秋、リリー。久しぶりだな」
「言うほど久しぶりじゃないけどね。ホグワーツ特急の中でも一緒だったんだし」
とは言え夏休みの間見なかっただけで、セブルスはぐんと背が伸びて、纏う雰囲気もどこか大人っぽくなった。隣に並ぶと元々あった身長差が更に際立つようにも感じられて、なんて言うかもう、ぼくにも早く成長期が来てくれないかなと切に願っている。
「ねぇセブ、最近学校中が妙な雰囲気になっているじゃない。あなたは理由を知ってるの?」
リリーがセブルスに尋ねる。セブルスは少しの間思考するかのように視線を上に向けると「そうか。リリーも秋も詳しくは知らないんだな」と、納得したように頷く。
「何? ある家族が皆殺されちゃって、その犯人は捕まっていないって話は聞いたよ。それにまだ続きがあるの?」
「いや、続きはない。殺された被害者も、その家族四人だけだ。……だが続きのページはなくても、この物語には
「前の、ページ?」
「この事件の犯人──ヴォルデモート卿と名乗っているらしいが──彼は過去に数度、同じように人間を殺している。それも、一人二人じゃない……数十人単位で、だ」
セブルスの言葉を聞いて初めて、この空気の意味が分かった気がした。
背筋がぞくりと震える。隣でリリーが身震いした。
セブルスは続ける。
「十年前に殺した五人家族を筆頭に、大勢の人を殺した……ここ数年は静かだったんだが、もしかしてあの時の惨劇がもう一度繰り返されるんじゃないかと、皆がハラハラしているんだ」
「でも……どうしてその、ヴォルデモート卿? が犯人だってわかるの? その、十年前の事件と違う人が、今回の犯人かもしれないじゃない」
リリーが恐る恐る疑問を呈した。ゆるりと首を振り、セブルスは目を細める。
「ヴォルデモート卿は、現場にとあるマークを残すらしい。その作り方は、一般の魔法使いには分からない特殊なものらしいんだ。だから同一人物の犯行だと分かるのさ」
「その……そのマークって、一体何なの?」
何かに急き立てられるように、ぼくはセブルスに尋ねていた。
セブルスはぼくの目を覗き込むと、小さな声で囁く。
「『闇の印』と呼ばれているものだ……それが、犠牲になった家の真上に掲げられている、と聞いている」
◇ ◆ ◇
三人目の犠牲者(正確には三人目と四人目となる。ハッフルパフのジャスティンと、グリフィンドール寮のゴーストであるほとんど首無しニックだ)が石にされてからというもの、学校中はもうパニック寸前、針でつついたら大恐慌が起こりそうなくらいの恐怖感に包まれていた。
二人同時に石にされたことで、集団で固まっていても必ずしも安全ではないということ、またゴーストすらも石にしてしまう未知の相手に対するえも知れぬ恐怖が、特にマグル生まれの生徒達を中心に広まっていったようだった。
ハリーとは、先日渡した羊皮紙で時々情報交換を行なっている。この前は、三人目の犠牲者の現場に居合わせたこと、校長室で直接ダンブルドアと話ができたことを教えてくれた。ダンブルドアはハリーを疑ってはいないようだ。それはとても何よりな情報だった。
「しかし……」
不穏だ、と思う。
幣原の時代と同じような雰囲気を、こちらも持ち始めてきた。まだ人死にが出ていないだけ良いが、身近な人達が被害に遭っている分、皆の恐怖度は上だ。
「…………」
スリザリンの継承者。
石にされた人間(+猫、ゴースト)。
開かれた秘密の部屋。
──スリザリンの継承者が、ホグワーツに相応しくない生徒を追放できるようにとサラザール・スリザリンが造った部屋。そこには、スリザリンの怪物が封じられているのだという。
サラザール・スリザリンにとっての「ホグワーツに相応しくない」生徒とは、つまりマグル生まれの生徒のことだ。その通り、今まで襲われた生徒は二人ともマグル出身の生徒だった。
しかし、秘密の部屋は伝説であり、千年経った今でもまだ見つかってはいない────
「……手がかりが足りない気がするな……」
パズルに例えるなら、まだ四隅のピースが見つかっていない状態だ。決定的な情報が見当たらない。外枠がぼんやりしていたら、中の絵だって上手く描けっこない。
ハリーがスリザリンの継承者だと疑われている。それだけで、ぼくが動く理由には充分だ。……まぁ、正確に言うと、ぼくも共犯だと疑われているらしいのだけど……。
そう言えば、
うぅん、どうしたものか。ちょっと手詰まり感が否めない。
教授に聞きに行くか……? いや、でもこの前聞いたこと以上に有意義なことを聞けるとは思えない。
スリザリン出身で、今も尚スリザリンの寮監をしているスネイプ教授でさえ、知っていることは一般に知られていることと変わりはないのだ。それ以上に分かる人など────
「……コラ、こんなところを一人で歩いていたら危ないよ。集団行動をするか、寮に帰りなさ──」
背後から掛けられた声に、はっと思い当たった。間違いない、この聞き取りやすい穏やかな声は──
「リィフ!」
「え? あ……じゃなくて、えっと……アキ・ポッターくん」
うわっ、おっとっと。
「……っ、さん、丁度いいところに」
アリスも背が高いが、リィフはそれ以上に高い。羨ましいまでの長身にきっちりと留められた豪奢なローブは、誰よりも洗練された上品さを感じさせる。きっと内閣の制服なのだろう、襟元には魔法省の紋章。アリスに似た顔立ちは、しかしアリスが絶対に浮かべることのないような素直な驚きを表現していた。
そうだ。ハリーのことも心配だが、同時にアリスのことも悩みの種だったのだ。
三人目の被害者が出たことで、監視の目も今までより一層強くなっている。その中で夜、寮に帰ってこないアリスを誤魔化し続けるのもそろそろ限界だ。
リィフに、今のアリスの状態を伝えておくべきだろうか? でもアリスは嫌がるよなぁ……絶対に修復されない溝が、二人の間に更に増えるだけな気もする。リィフはアリスのそのような行動は許さないだろうし、アリスはリィフに反発するだろうしで、喧嘩になるのは間違いない。
まぁ、ぼく自身は、実のところはあまり心配してないんだけど……。
せっかく唯一の家族なのだから、もっと歩み寄って、お互いを大切にしてほしい。
そう思うのは、ぼくもハリーが唯一の家族だからだろうか。
ハリーしか家族がいないから、余計にそう思うのか。
「ちょうどいいところに? 何か、私に用事でもあるのかな?」
「あ、そうです。えっと、その……今、学校で起こっている事件について、なんですけど」
アリスのことはひとまず置いておいて、ぼくはホグワーツで現在最もホットであろう話題を挙げてみた。
「リィフさん、魔法省の役人の方なんですよね? あちらではこの事件、どのように捉えられているんですか?」
ふむ、とリィフは少し考え込む素振りを見せた。
「そうだね……どのように、とは表現が難しいのだけど、少なくとも君達が危惧するより軽くは扱われていないよ。私の役目は、ホグワーツでの実態を収集してありのままを上に報告するものだからね」
「ホグワーツの実態を収集……」
「情報収集、と言った方が分かりやすいかな」
「……じゃあ、リィフさん。あなたは、この事件の犯人は一体誰だと思いますか?」
リィフはふと黙り込んだ。切り込みすぎたか、とぼくは少し反省する。
「……アキ・ポッターくん。君はどう思う?」
と、逆に問い返された。思いも寄らぬ振りに少々戸惑いながらも、何とか頭の中を整理してまとめてみる。
「えぇっと……そうですね……少なくとも、生徒の仕業なのは間違いないと思っています」
「ほう……? どうしてだい?」
リィフはぼくの言葉に、少なからず興味を惹かれたようだ。とはいえ、そんなに大きな裏付けがあるわけでもない。
「消去法ですよ……ホグワーツにいる先生方やその他諸々、ゴーストだとかには、まず理由がありません。どうして今この時期にスリザリンの継承者が現れたのか、その理由を説明するには薄過ぎる。スリザリンの創設者は、マグル生まれの魔法使いは魔法教育を受けさせる価値がない、って言ったんですよね? それならば、マグル生まれの人達はもっと早くから襲われているのが道理……マグル生まれを入学させないためには『マグル生まれはホグワーツに入学すると襲われる』という噂を流布させるのが一番だから」
「だから、生徒だと?」
「えぇ……ホグワーツは外部からの侵入を防ぐ強い魔法が掛けられていると聞きました。なら、外部犯が紛れ込んでいるとは考えにくい。すると残るのは生徒ということになる。今年になって活動を開始したということは、その生徒はこれまで自分がスリザリンの継承者だとは知らなかったんじゃないのか? 秘密の部屋の開け方は、親から教わった可能性もある……この校舎にはやっぱり秘密の部屋は存在していて、でもそれはなかなか見つけにくい場所で……いや、見つけても限られた人や条件を満たす人しか開けられないようにしておけば、皆が目につくところでも構わないのか……ダンブルドアでも開けなくて、でも継承者にだけは開けることができる……鍵? でも鍵穴なんてあったら、それこそ誰かに見つかっちゃうだろうし……血で照合とか? そんなことできるのか……?」
ぼくの呟きを、リィフは微笑みながら静かに聞いていた。ふと我に返り「あ、その、全部ぼくの妄想……ですけど」とあたふたと付け加える。
「いや、いい線行ってると思うよ。私も、犯人は生徒だと思っているし、秘密の部屋も存在すると考えている。……じゃあ今日は一つ、ヒントとして新しい事実を教えてあげよう」
「え?」
リィフは辺りを見回すと、誰もいないことを確かめて身を屈めた。小声でそっと囁く。
「秘密の部屋は、実は五十年前に一度、ある人物の手で開かれたことがあるんだ」
「え……?」
「一人、女子生徒が犠牲になってね。その際、ある生徒が犯人として挙げられた。そしてその生徒を犯人だと指摘した生徒には、ホグワーツ特別功労賞が授与されたんだ」
「っ、その、犯人って!?」
勢い込んで尋ねる。しかしリィフの口から告げられた名前は、にわかには信じられないものだった。
「……ルビウス・ハグリッドだ」
「……え? まさか!」
思わずぶんぶんと頭を振る。
そんな、ちょっとおっちょこちょいだけれど気が
「じゃあ、結局当時の犯人は分からず仕舞いだったってことですか……」
「いや、そういうわけでもないんだよ」
今度はきょとんと首を傾げた。どうも、要領が掴めない。
「犯人は分かったんだ。いや、後から
「ど……どういう意味? 一体、誰なんですか?」
リィフは、今度こそ──意を決したように、ぼくの耳元へと口を近付けた。
「『例のあの人』──彼こそが、ハグリッドを糾弾してホグワーツ特別功労賞をもらった少年だ」
ぞくりと背筋が冷えた。
例のあの人──ヴォルデモート。
ぼくとハリーの両親を殺し、自分に逆らう者は誰であれ殺し、マグルの存在を心の底から憎んでいた彼。
ハリーを殺そうとして、そして、殺せなかった人。
去年、ぼくは彼に出会っている。
「……アキ。君は賢い子だ」
リィフはぼくの両肩に手を置いた。ぼくの目を覗き込み、言い聞かせるように言葉を発する。
「この情報は君に託そう。もしかしたら……君は、真実を暴けるかもしれない」
「…………、ぼく、は」
「ただ、よく知っていてほしい。……この事件は、君達が考えている以上に奥が深く、そして危険なんだ。私がどうして君にこの話をしたか分かるかい? 君なら、彼に辿り着いてしまうと思ったからさ。君には物事を論理的に考える力も、周囲の状況から的確に判断できる能力も持ち合わせている。遅かれ早かれ、君は辿り着いただろう。だったらいっそ、ここで教えておこうと思ってね。生半可な気持ちでこの件に関わるのは、危険だと」
「…………」
しんとした静けさが辺りを包み込む。先に目を逸らしたのは、リィフの方だった。
「……リィフ、さん……」
「……いや、すまないね。少し言い過ぎてしまったようだ。……君は、私のかつての友人によく似ているから……とても頭が良い子で、魔法がとっても上手だった。そのせいで、自らが望まない不幸に巻き込まれる子だったから……」
それは、幣原秋のことだろうか。
ぼくの知らない幣原のことだろうか。
幣原秋。誰よりも身近で、そして誰よりも遠い人。
君のことを自分のように感じる時もあれば、物凄く遠い人のように思う時もある。
そう、今のように。
「……あの、リィフさん。その、幣原は──」
幣原秋について尋ねてみようと意を決した瞬間、誰かが階段を上ってくる足音が聞こえた。リィフと二人で思わず黙り込むと、じっと階段を注視する。
やがて階段を上ってきた人物は、物思いに耽るように俯いていたため、最初ぼくらに気付かなかったようだ。ぼくらが気付いた数秒後、すなわち『彼』の姿がはっきり見えてから、彼はぼくらに気が付いた。
彼──アリス・フィスナーは、ぼくらの姿をその目に捉えると、一瞬のうちに表情を変え、すぐさま身を翻して階段を駆け降りる。
しかし、こちらに気付くまでにタイムラグがあった。その時間差を有効活用したぼくは、アリスがこちらに気付くよりも先に駆け出していた。
「アリスッッ!!」
アリスは一度ちらりとぼくを振り返る。予想以上に距離が近いのを確認した後、アリスはペースを上げ、階段を数段飛ばしで駆け降りて行った。踊り場の曲がりを利用して、ぼくはアリスの捕獲を試みる。
「どうして父親を避ける、自分の親から逃げるっ! アリス、君はっ────」
伸ばした指先が、アリスのローブのフードに触れた。しかしその指に力を込めようとした矢先。
「……アキ、もういいよ」
指と指の隙間から、アリスのローブがすっと抜けていった。アリスはぼくと、そして自身の父親を目視して、階段を最後まで駆け降りると、廊下を曲がって姿を消す。
トン──と、ぼくは踊り場に着地した。指に微かに残る感触を見つめた後、振り返る。先程の位置から一歩も動いていないリィフを見上げた。
「どうして……?」
愕然とした怒りが湧いてきた。
奥歯を噛み締めると、ぼくはリィフを見据えたまま叫ぶ。
「どうしてっ、諦めるんだよっ!!」
──リィフ。
君は、皆から忌まわれていた
人と接するのが怖くて、一人ぼっちは嫌なのに一人になろうとしていたぼくに、普通に接してくれた。
気にかけて助けてくれて、友人扱いしてくれた。ぼくを皆の輪の中に引っ張り込んでくれた。
そんな君がどうして、実の子供を追いかけるのを諦めるの?
そんなの、まるで────
「そこで諦めたら、それこそ父親失格だろ!?」
リィフに近付くと、左拳を握り、リィフの胸を強く叩いた。
「……アキ。私は──」
「『どうせ父親失格だから』? この前もそう言ってたよね。『ダメな父親だ』って。でも、ぼくにはそれ、ただの言い訳のように聞こえるよ」
君が笑いかけてくれる、それだけで、世界が明るくなった。
君が話しかけてくれる、それだけで、寮が格段に居心地が良くなった。
君は、幣原秋の恩人なんだ。
「君はただ、自分の息子と──アリスとちゃんと向き合ってないだけだ!」
ぼくの声に、リィフは少しはっとした表情を浮かべた。しかしすぐさま、声を荒げたぼくを気にかける
「アキくん。私はね、アリスに憎まれて、恨まれて当然なんだ。そうされて当然のことをしたと思っている。私のせいであいつの母親は死んでしまったし、家族は滅茶苦茶になってしまった。私が壊してしまったんだ。あいつに責められて当然で──」
「憎まれて恨まれて責められて、で君は、それに対してはっきりとした謝罪をしたの? アリスとちゃんと話したの? ただ『悪かった、ごめん』だけじゃ、誰も納得なんてしないんだよ」
リィフのローブの裾をぎゅっと掴んだ。
「……いい加減にしろよ。いつまで『フィスナー家』に囚われてるつもりだよ。今となっちゃたった一人の家族なんだろ? 家族って、家柄より仕事より何よりも大事にしなきゃいけないもんなんじゃないのかよ。ぼくの知る『リィフ・フィスナー』は、そんなくだらないもんのために、大事なものを犠牲にする馬鹿じゃなかったはずだ」
リィフ。ぼくは、君に感謝しているんだ。
日の当たるところを歩かせてくれて、ありがとう。
かつて君に助けてもらったぼくは──今、君を助けたい。
「まだ取り返せる。失った信頼は、まだ取り戻せる。全然遅くないんだよ、リィフ。アリスは──ぼくの親友は、きちんと話せばちゃんと分かってくれる奴だ。君より少々、だいぶアクは強いけど、ちょっと、いやかなり捻くれてるけど、でも頭が良くて勘が鋭くて、何よりぼくみたいな奴とずっと一緒にいてくれる、すっごい優しい奴なんだ」
君達家族は、まだ、やり直せるんだ。
どうか、気付いて、分かって。
「君の息子はそういう奴だよ! 分からないのなら何度でも言ってやるっ! あいつは喧嘩っぱやくて血の気が多くて、ある一定値越えたらすぐに手とか足とか出ちゃって、だから結構皆不良だなんて言ってビビったりしてたんだけど、でも授業態度は基本的に真面目だしそう勉強してる素振りないのに成績だって上位だし、字とかびっくりするくらい綺麗だし、レポートの提出期限とかも一回も遅れたことなくて、ぼくなんて何度あいつに助けられたことか分かんないよ! 何だかんだすっごい面倒見良くて、一年の最初の方とか皆あいつのこと怖がってたんだけど、今ではそんなアリスの姿を皆知ってるから、あいつのことを仲間だと思ってんだよ! あと目つきすげぇ悪いけど本当に顔がいいから全部許されてるよね、背ぇ高いし綺麗に筋肉付いてるし、あんなに着崩してダサくないなんて、あいつは本当に自分がイケメンに生まれついたことを感謝するべきだと思う! フィスナー家は美形の血でも流れてるの!? 叩き込まれた品の良さのせいでどれだけ荒っぽく振る舞っても凄みが出てるんだけど、マジ、何!? アリスへのラブレターの仲介を頼まれるぼくの気持ちを考えたことがある!? 本っ当に許せない、本っっ当に羨ましい、分かるよぼくだってあいつのこと格好いいと思うもん! それに比べてぼくは女顔だし背丈も歳下の女の子に抜かれるし、気になってる女の子には好きな人がいることも発覚しちゃうし、もう踏んだり蹴ったりだよ! コンプレックス刺激されるよ! それでもあいつの傍にいるのはなんでか、君に分かる!?」
「アリスのことが好きだからだよ!!」
「あいつがどうしようもなくいい奴だから、すっげぇいい奴だから、傍にいるんだよ! 傍にいたいって思えるんだよ! 君の息子はそれだけいい奴なんだよ、バカにするなよ!? それを、わかってもらえなくて構わないとか憎まれて当然だとか、そんなわけあるか! あいつはそんなに器ちっちゃくねぇよ、見くびるな! ちゃんと向かい合ってない言い訳なんかにするな!! きちんと話し合ってもいないくせに、勝手にアリスの気持ちを決めつけんな!!」
ドン、と、もう一撃、リィフの右胸を殴る。
ぼく程度の力に、リィフは一歩下がった。
「……向き合い方がね、もう、分からないんだ」
弱気な声だった。
「どうやってアリスと接すればいいのか、僕にはさっぱり分からないんだよ」
秋、と囁かれた声は小さ過ぎて、本当にリィフがそう囁いたのかははっきりとしなかった。
「大丈夫だよ、リィフ」
ぼくは優しく微笑んでみせる。
「ぼくに任せて」
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