ホグワーツに通う三年生以上の生徒は、魔法使いだけが暮らす村、ホグズミードへの外出が許可される。今まで、例え休みの日だって学校の中だけでしか過ごせなかったのが、年に数回とはいえ外に出かけられるようになるのだ。
ぼくら三年生は、ホグズミードに行ける日時が掲示されてからというもの、そわそわと落ち着きがなく日々を過ごしていた。
初めて行ったホグズミードは期待以上に面白いものだった。魔法使いしかいないのはダイアゴン横丁も同じじゃないかと思うだろう。だが違うのだ。生活感があるかないかの違い、とでも言えばいいだろうか。それとも、ぼくら学生が遊ぶに適した店があるかないかの違いかもしれない。ホッグズ・ヘッドにハニーデュークス、三本の箒など、学生向けのお店がずらりとあるのだ。そう思うと、ダイアゴン横丁はちょっと敷居が高いよね。
ぼくとセブルスとリリーは三本の箒で一番人気だというバタービールで乾杯した後、ゾンコの悪戯専門店にて順当に、ジェームズとシリウス、リーマス、ピーターの悪戯仕掛人四人組と出会ったのだった。
「秋達じゃないか! 君達も悪戯に興味があって来たのかい? それなら早く言ってくれれば良かったのに、水臭いなぁ。君達にオススメの悪戯は枚挙に
「あ、いや、ぼくらは別に悪戯を仕掛けたいから来たわけじゃないんだよ! 誤解しないでほしいな!」
しかし、ゾンコの悪戯専門店は面白かった。時間を忘れるという表現がぴったり当てはまる。ぼくらは熱中して、様々な趣向が凝らされた悪戯品に見入っていた。
総勢七人に膨れ上がった集団でゾンコの悪戯商品を見て回り、この仕組みはどのような魔法が使われているのか、あの魔法だろういやこっちだろうとあーでもないこーでもないという意見を交わし合うのはとても楽しかったし、やっぱり皆、頭良いよね……。
ジェームズやシリウス、セブルス、リリーは学年トップの成績を誇っているし、リーマスだって多少魔法薬学に不安はあるものの、安定して良い成績を取っていると聞く。ピーターは、ペーパーテストではそう奮わないらしいが、たまに飛び出す発言からは独特のセンスを感じるし。
「……秋、ちょっといいか?」
ぼくが空中に浮かぶガラス細工に見入っていた時、セブルスが声を潜めて近付いてきた。ガラス細工から目を離すと、小さく首を傾げてセブルスを見る。
「どうしたの?」
「今からちょっとした講演が近くであるらしいんだ。君も来ないか?」
「講演? 一体何の?」
「僕にもよく分からないんだが、昨日スリザリン寮でそんな情報が回って来たんだ。なんでもホグワーツを卒業して活躍されているOBの方に話を伺えるらしい。レイブンクローでは、そんな話は聞いてないか?」
「聞いて……はないと思うよ。多分、だけど」
友人は少ないぼくだけど、それでも何か役に立つ情報が回っていたのなら、きっとリィフが教えてくれるはずだ。仲良くなっておよそ二年、ぼくはリィフに対し、かなりの信頼を置いている。
「じゃあ、皆で行こうよ。リリーやジェームズ達も誘ってさ」
「いや……それは……」
歯切れが悪いセブルスに「どうしたの?」ともう一度尋ねる。するとセブルスは、一度周囲を窺った後、どうにも気にかかることを囁いた。
「……グリフィンドールの生徒は、呼んではダメらしいんだ」
「……何それ? どういうこと?」
「だから、僕にもよく分からないんだよ。だというのに、先輩からは絶対に来るようにと言われているし、グリフィンドールには他言無用だとまで厳命されてしまったし。だから秋、君が一緒に来てくれたら、とても心強いんだけど」
「そう、なんだ。じゃあ……」
ぼくも行こうかな、と言おうとした瞬間、目の前のガラス細工が突如粉々に砕け散った。ガシャンッと大きな音を立てテーブルに落ちたガラス細工にしばしの間呆然とした後、セブルスに向かって『ぼくじゃないよ』と頭を振る。
「あー……本当か?」
「失礼な!」
そう頻繁に魔力の暴発なんぞ起こさない。一年生の頃とは違うのだ。
しかし、このガラス細工はどうしたものか。割ってしまったのなら弁償しなきゃと途方に暮れていると、先程の大きな音につられてジェームズやシリウスを筆頭としたグリフィンドール集団が近寄ってきた。少し遅れて、バックヤードから店員さんが飛び出してくる。
ガラス細工を割ってしまったことを伝えると、店員さんは笑顔で「あぁ、これはこういう仕掛けなんですよ」と教えてくれた。
「しばらくしたら、勝手に元通りになりますから」
そう教えてくれた店員さんがいなくなった後、興味津々とばかりに悪戯仕掛人とリリーが頭を突っ込んできた。仕組みをじっくり観察しながら、これはこうなっているのだと思うと持論を挙げ出す。一人がそう言い出せば、皆も思い思いに自分の仮説を述べ始めた。白熱した議論の最中、ガラス細工がゆっくりと元に戻っていく様子はなかなかに壮観な眺めだった。
ぼくらから少し距離を取っていたセブルスは、やがてぼくに静かに手を振ると、そのまま気配なく離れて行った。あ、と思わず呟くも、誰のぼくの声なんか聞いちゃいない。
「なぁ秋! 秋はどう思う!?」
そこで、シリウスがぼくの肩に腕を回して尋ねてきた。ぼくはセブルスから目を逸らすと、ちょっとため息をついて、自分の考えを辿々しくも喋り始める。
気付けば、セブルスのさっきの話など全部頭から吹き飛ぶくらい、ぼくらは議論に熱中していた。
多分ここが、一番最初のターニングポイントだったのだろう。
ぼくらの関係は、この日を境に、目に見えて変わっていく。
◇ ◆ ◇
「この日記がどういうものなのか、ぼくにはよく分からなかったよ。君に、ハグリッドが捕まった現場を見せた理由も……ごめんね、ハリー」
ほとんど全ての生徒が待ち侘びていただろう、イースター休暇がやってきた。
ほとんど、という表現を選んだのは、ハーマイオニーのような勉強熱心で毎日授業があることを望んでいるかのような、勤勉で真面目に真面目を重ねたような生徒も中にはいるからだ。でもほとんどの生徒にとって、学校が休みだということほど嬉しいものはそうそうない。特にホグワーツは全寮制の学校だから、酷い天気で休校になることもないし。だからこそぼくら生徒は、そんな数少ない休暇を楽しみに日々を過ごしているのである。
そんなイースター初日、ぼくはハリーがいるグリフィンドールの談話室へと遊びに来ていた。アリスは朝から早々に身支度をしては、いつものごとく一人先んじて起きていたぼくに「ちょっと出かけてくる」と寮を出て行ってしまったので少し暇だったのだ。暇な時はハリーと遊ぶに限る。ハリーと話したいこともあったしね。
……余談だけど、多分アリスは父親であるリィフと共に何処かへと出掛けたんじゃないかと思う。旅行カバンも持っていたし、まだ眠っていた同室の奴らはともかくとして、ぼくの目は誤魔化せない。
休暇中であっても、ホグワーツの生徒だけで外へ出ることは許されない。だとしたら、まぁ父親同伴だろうと思うのは当然の思考だ。親子水入らずを邪魔するなんて野暮なことはしないさ。
「あぁ、気にしなくていいよ。アキにも見てもらいたかっただけだから。ところで、リドルとは話せた?」
「うん、まぁ……」
曖昧に言葉を濁した。
思わず本名である『アキ・ポッター』ではなく、何故か『幣原秋』を名乗ってしまいました、そして未だに訂正できていないままです……なんて、ハリーには言えっこない。
「……ちょっと調べてみたんだけど、あの日記の秘密は分からないままだったよ。君は、ぼくが作った羊皮紙とリドルの日記が似たようなものだと解釈したみたいだけど、実態は全然違うんだ。ぼくのなんかよりも、これは遥かに高度な魔法だよ……信じられないくらいに高級な魔法だ。日記の中のリドルは五年生だったみたいだけど、少なくとも、一介の五年生が作り出せる代物じゃない……ハーマイオニー、いや、彼女以上……この日記を作ったトム・リドルは、ぼくらが知る誰よりも頭が良いよ。例えるなら……ダンブルドアくらい、かな」
ダンブルドアほどの頭脳の持ち主で。
ダンブルドアほどの魔力の持ち主。
そんな人なら、何か功績を立てていてもおかしくない。でも、ハーマイオニーもトム・リドルなんて人は知らないときた。これは一体どういう意味を持つのだろう?
「まぁ、小難しいことはいいよ、今は。それよりもさ、アキは来年、何の科目を選ぶんだい? せっかくアキが来てくれたんだし、これも話しておきたかったんだ。この選択科目は寮関係なしに学年で一括だろ? そしたら、闇の魔術に対する防衛術の授業以外でもアキに会えるじゃないか」
思考の海に沈みかけていたぼくをそっと掬い上げるように、ハリーはぼくに声を掛けた。そこでハッと我に返る。
……本当に、ぼくの兄貴は言葉を掛けるタイミングが絶妙だ。長年一緒にいるんだもんな。
「そうだね。ぼくも、ハリーとおんなじ授業がいいなぁ。ハリーは何を取るつもりなの?」
今現在、グリフィンドールとレイブンクロー合同の授業は闇の魔術に対する防衛術の授業だけだ。基本的に、グリフィンドールはスリザリンと、レイブンクローはハッフルパフと合同の授業が多い。でも週に二コマしか会えないのはいくら何でも寂しすぎる。
「僕、魔法薬学をやめたいな」
「そりゃ、ムリ。これまでの科目は全部続くんだ。そうじゃなきゃ、僕は『闇の魔術に対する防衛術』を捨てるよ」
ハリーの隣に座って新しい科目のリストに目を通していたロンが、憂鬱げに呟いた。
なるほど、ロックハートか。あの演劇授業はなかなかに不評らしい。ぼくとしては内職が捗って助かるのだけれど。それはそうとしてロックハート、期末試験はどうやって作るつもりなんだろうな。初回にやったロックハート知識問題を流用するのは、流石にダンブルドアからストップが掛かりそうだ。
しかし、ロンの言葉が聞き捨てならない御方が一人この場にいることをロンは失念している。そう、ハーマイオニーだ。
「だってとっても重要な科目じゃないの!」
「ロックハートの教え方じゃ、そうは言えないな。彼からは何にも学んでないよ。ピクシー小妖精を暴れさせること以外はね」
ロンとハーマイオニーはそのまま口喧嘩に入ったようだ。いつものことだとハリーは全く気にした様子もない。
そう言えば、幣原も。セブルスとリリーと三人でわいわい考えて、選択科目を取ったことを思い出す。休みの日に三人図書館で、あーでもないこーでもないこの授業は云々あの授業は云々などと言いながら……。
「ハーマイオニー、君はどの科目を選ぶんだい?」
「私? 私は勿論、全部の科目を履修するわ!」
ハーマイオニーの言葉に、ぼくら三人は揃って目を丸くした。
流石は秀才ハーマイオニー、考えることがぼくら一般人とはまるで違う。そして、それだけたくさんの科目を取っても、一個たりとも単位を落とすどころか、全てにおいてとても優秀な成績を修めるであろうことが既に分かる。すっごいなぁ。
結局ぼくは、ハリーとロンと同じ科目を履修することにした。ぼくらの傍を通りがかったパーシーには、『将来のことを考えて選べ』とかやいのやいの言われたけど、将来のビジョンなんてまだ全然思い浮かばないし。とりあえず、ハリーとロンがいれば、どんな授業も楽しくなるに違いない。
アリスが帰ってきたら、アリスも同じ授業を取ろうよと勧めてみよう。
そう考えて、ぼくはにっと微笑んだ。
いいねを押すと一言あとがきが読めます