結局、シリウスとセブルスは決別したらしい。仕方ないと言われれば、確かに仕方がないのかもしれない。
シリウスの実家は代々スリザリンで、シリウスはその雰囲気と気質に猛反発しているのだと、後からジェームズに教えてもらった。一家全員がスリザリン出身の中、シリウスだけがそれに反発するようにグリフィンドールに入ったのだという。
シリウスが生まれた家は旧くから続く名家で、その直系長子がグリフィンドールに組み分けされたことは、ブラック家にとっては相当な衝撃だったようだ。
そんなシリウスとスリザリン寮所属のセブルスは、最初から相容れない存在だったのだろう。むしろ、よく『
ぼくには遠く及ばない、知らない世界の話のよう。
ぼくは無力で、何もできなくて、いつも、全ては終わった後────
本当に?
本当に、ぼくには何もできなかったのか?
本当は、何かをすることができたんじゃないのか?
全てが終わる前に、こんな結末を迎えてしまう前に、何かを為すことが、本当はできたんじゃないのか?
ただ、やろうとしなかっただけで。
できないと思い込もうとしただけじゃないのか?
────分からない。
全てが終わってしまった今、全てはただの夢物語で、ただの夢想だ。
「で、君はどうしたいんだい?」
ジェームズは静かに尋ねた。
「君とエバンズに関しては、ただただ僕のワガママで連れてきただけだ。このグループに明確な名前はない。目的もない。だから秋、抜けたかったらいつでも抜けていいんだよ」
ジェームズ達には『悪戯仕掛人』という明確な名前がある。それに対してぼくらが加わった後は、特に名もないふわふわとしたものだった。
……でも、グループに名前なんて必要なのか? そんなにしっかりとした拠り所がないと、人は集まり合えないのか?
「そんなことはないさ。ただ強制力はない。『悪戯仕掛人』では僕が一応のリーダー的な役割を担っているけれど、このグループはそんなものはないし、必要もない」
……ぼくはただ、皆でずっと一緒にいたかっただけなんだ。
それだけだったんだよ。
「知ってるよ、秋」
ジェームズは僅かに笑った。
「秋。最初も言っただろう? 僕は君と、友達になりたいだけなんだって」
友達。ジェームズは確かにそう言った。
ぼくはこれから、どうすればいいんだろう?
そう尋ねると、ジェームズは困ったように眼鏡の奥の目を細めた。
「それは、君が決めることだよ」
ジェームズの言う通りだった。ぼくはいつも、行動の理由を誰かに求める。
そろそろ、自らの意志で歩き出さないといけない。
進む方向くらいは、自分で決めなくてはいけないんだ。
「君がやりたいようにやればいいんだ。君の人生は、君のものなんだから」
ぼくがやりたいこと。
ぼくが求めるもの。
ぼくは────
「ぼくは、ぼくが好きな人達と、ずっと一緒にいたい」
左の手を、ぎゅっと強く握り締めた。
「守られるんじゃなくて、ぼくが、守りたい」
今まで散々守られてきた。
セブルスに。リリーに。リィフに。ジェームズ達に。
居場所がなかったぼくに、ここにいていいんだと言ってくれた。悪意から、ぼくを守ってくれた。それはとてもありがたい行為で、どれだけ感謝してもしきれない。
でも、もう守られてばかりではいたくない。ぼくにだって、皆を守る力くらいはあるはずだ。
「君の好きにするといいよ、秋」
そう言ったジェームズの口調は、暖かだった。
◇ ◆ ◇
全ての真相をハリーがダンブルドアとマクゴナガル先生に説明し終わった後、ぼくはハリー達と別れ、一人レイブンクロー寮へと向かっていた。
「しかし、まさかなぁ……」
先程の光景を思い出し、思わず笑みが零れる。
校長室から出た瞬間のことだった。息を切らせたリィフが、アリスを見つけた途端凄い顔で飛んできて、ぼくらの目の前にもかかわらず思いっきりアリスを叱りつけたのだ。やがてまだ叱り足りないとばかりに、アリスの耳を引っ掴んでは行ってしまった。
アリスのあんなシュンとした表情はそうそう見られそうにもない。心のアルバムに焼き付けておこう。
きっと心から叱ることができるようになっただけ、あの親子の間にも信頼関係が戻ったのだ。
──ともかくとして。
あらかたの人間は、宴会が始まる大広間へともう行ってしまっている。人気がないレイブンクロー塔を昇り、ぼくは寝室へと辿り着いた。誰もいない室内を突っ切り、一直線に自分のスペースへと向かう。
「……っ、……あった」
やはり、というべきか、幸いに、というべきか。
机の引き出しの中には、リドルの日記の数ページが、何の損傷もなくそのままの状態で保管されていた。
ハリーが壊した日記帳。しかしそのページの一部は、今も尚、ぼくの手元に存在する。
インク壺と羽根ペンを取り出すと、震える手で羽根ペンにインクをつけた。
『リドル?』
疑問符付きで書き込むと、インクは一瞬だけ発光し、やがて吸い込まれるように消えた。しばらく祈るような気持ちで待つ。
……やはり本体が壊れた以上、こちらも効力を失ったのだろうか?
そう不安になり始めた頃、やっと日記は『何?』という返事を書いて寄越した。思わず目を見開く。
『なんでもない』
急いでそれだけを書き込み、ぼくは日記のページを折り畳んだ。引き出しを一段分空にすると、その中に日記を仕舞い込む。数重に魔法で鍵を掛け、ぼくは小さく息を吐いた。
──リドル。
本当は燃やして、この世から消滅させてしまった方が良い、のかもしれない。ぼくがジニーのようにリドルに操られた挙句、再び秘密の部屋が開かれる事態にならないとは決して言い切れない。
……でも、それでも。
なんとなく、捨ててはいけない気がした。
まるで────
「赦してあげよう、ね」
君には、何の罪もないのだから。
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